学位論文要旨



No 120094
著者(漢字) 小林,史歩
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,シホ
標題(和) ハイパースペクトル計測によるカラマツ林の生理モニタリングに関する研究 : 葉の成分含有量に基づく生育環境及び炭素蓄積量の推定
標題(洋)
報告番号 120094
報告番号 甲20094
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6036号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 六川,修一
 東京大学 教授 藤田,豊久
 東京大学 助教授 登坂,博行
 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 教授 山路,永司
内容要旨 要旨を表示する

 我が国の京都議定書における温室効果ガスの削減目標値は,2008−2012年の第一約束期間内に1990年比−6%であるが,現在逆に+8%と排出量は増加しており,実に現在から14%の削減を行う必要がある.しかしながら,現在の我が国の削減努力や植林余地を考慮すると,これらの削減目標の自国内での達成は困難である.したがって,自国が他国において行った事業によって削減した温室効果ガス量を自国の削減量にカウントできる制度であるCDM(相手国は発展途上国)や共同実施(相手国は先進国)を行うことになる.現在迄のところ,共同実施の相手国はロシアが濃厚であり,共同実施の内容はロシアに広大に広がるカラマツ林の植林及び森林管理である可能性が高い.したがって,カラマツ林に対するこれらの森林活動によって増加した炭素蓄積量を精度良く算定するための方法を構築することが求められている.

 本研究では,"葉の成分含有量"によって樹木の炭素蓄積量をより精度良く推定する可能性があるのではないかと考えた.なぜなら,樹木葉の成分含有量は樹木生理の一部であるため,その他の樹木生理を反映している可能性が考えられたためである.また,葉の各種成分含有量により,同時に樹木の置かれている環境(生育環境)をも推定できる可能性があるのではないかと考えた.京都議定書では森林管理による炭素蓄積量の増加分もカウントされるが,森林管理を行う際にもし樹木の生育環境を知ることができたなら,迅速かつ適切な管理を行うことが可能になると考えられる.

 更に,葉の成分含有量は簡便な測定手段であるハイパースペクトル計測により測定できるという報告がされている.また,光利用効率(この値と光合成放射束密度により純光合成量の算出が可能)もハイパースペクトル計測により測定の可能性があるという報告がされている.したがって,ハイパースペクトル計測による葉の成分含有量や光利用効率の測定により,簡便に炭素蓄積量の精度の良い推定及び生育環境の推定ができる可能性が考えられた.

 そこで,本研究では,ハイパースペクトル計測による葉の成分含有量及び光利用効率の推定を通じた森林の炭素蓄積量及び生育環境の推定可能性を検討することを目的とした.そして,以下の各部分に分けて実験による調査を行い,それぞれにおける指針を示した.1)葉の各種成分含有量及び光利用効率と樹木の炭素蓄積量との関係,2)葉の各種成分含有量と樹木の生育環境との関係,3)葉のスペクトル特性と各種成分含有量との関係,4)群落のスペクトル反射率と葉の各種成分含有量及び光利用効率との関係である.

 まず,カラマツのハイパースペクトル計測による葉の各種成分含有量(クロロフィルa,クロロフィルb,クロロフィルa+b,カロテノイド,リグニン,セルロース)と純光合成速度の測定を通じた樹木の各部位(幹・枝,葉,根)における1)炭素蓄積量及び2)生育環境の推定可能性について調査を行った.

 この調査を行うために,本研究では160個体のカラマツ幼木を日長や二酸化炭素濃度,気温,湿度を管理可能な人工光チャンバー内での生育した.そしてこれらのカラマツ幼木を4等分にし,各カラマツ個体群を,基準の環境(Standard),潅水量の少ない環境(Less Water),施肥量の少ない環境(Less Nitrogen),光量の少ない環境(Less Radiation)の下で生育した.そして,このように生育したカラマツ幼木に対して,その葉の各種成分含有量と生育環境との関係や炭素蓄積量との関係を,各種実験によって調査し,葉の各種成分含有量から樹木の各部位における生育環境及び炭素蓄積量の推定可能性について調査を行った.

 一方で,これらのカラマツ幼木を用いてその葉のハイパースペクトル計測を行い,3)そのデータ(葉の擬似無限反射率)と葉の各種成分含有量との関係を,反射率と見かけの吸収率の一次微分を用いて詳細に調査を行った.また,針葉の放射伝達モデルであるLIBERTY Inversionモデルに逆推定過程を追加し,このモデルを用いた葉の擬似無限反射率から各種成分含有量の推定可能性について調査を行った.

 これらのカラマツ幼木の群落ハイパースペクトル計測を行うために,本研究では,室内型群落反射率測定装置を製作した.そして,Standard,Less Water,Less Nitrogen,Less Radiationの環境で生育したカラマツ幼木に対してそれぞれの擬似森林を作り,それらのハイパースペクトル反射率を取得した.また,Standardの環境で生育したカラマツ幼木を用いた擬似森林については,その樹木密度を変えたときのハイパースペクトル反射率を取得した.4)これらの群落ハイパースペクトルデータを用いて,既存の植生指標(NDVI,mNDVI,WI,NDWI,PRI)と,本研究の葉レベルの調査において考案した指標や,スペクトル特長による各種成分含有量の推定可能性を調査した.また,これらの植生指標が樹木構造から受ける影響を調査し,様々な密度の森林への適用性を調査した.

 結果として,本研究では,葉の4種類の成分含有量(クロロフィル,水,リグニン,セルロース)の量によって,ある基準の地域から,その他の地域の生育環境を相対的に判断できる可能性を示した.

 また,どのような環境で生育したカラマツ幼木に対しても,クロロフィル含有量(及びその他の色素)が樹高伸長度と非常に高い相関を持つことを示した.また,クロロフィル含有量と光合成放射束密度と樹木の全葉面積との積は,地表上部(幹・枝・葉)の炭素蓄積量と高い相関を持つことを示した.そして,施肥量の同じ環境で生育したカラマツ幼木に対しては,葉のリグニン含有量と根の炭素蓄積量が非常に高い相関を示した.

 これらの結果から,本研究では,葉の4種類の成分含有量により,森林の生育環境ごとに地域の区分を行い,各環境地域において,a) LIDARによる樹高計測の補佐的情報として,クロロフィル含有量を用いて推定した樹高伸長度情報を与え,より精度良く樹高の算出を行う.そしてこの樹高を用いて地表上部の炭素蓄積量を推定する方法を提案した.また,b)クロロフィル含有量と光合成放射束密度(もしくは1日の総光量など)と樹木の全葉面積との積により,地表上部の炭素蓄積量を推定する方法も提案した.この際,光利用効率の測定を適宜取り入れることにより,更に精度の良い推定が可能となることを示唆した.そして,地表下部(根)については,各生育環境において葉のリグニン含有量によって推定する方法を提案した.

 カラマツ葉のハイパースペクトルデータ(擬似無限反射率)と各種成分含有量との関係調査からは次のことが示された.クロロフィル含有量はカラマツ葉のスペクトル特徴における多くの波長での反射率,反射率の一次微分,見かけの吸収率,見かけの吸収率の一次微分と高い相関を示したため,カラマツ葉のスペクトル特性によって,これらの含有量を精度良く推定できる可能性が示された.本研究では,クロロフィル含有量と特に高い相関を持つスペクトル特徴に着目し,NDCI=(R550−R480) / (R550 + R480)と,CI=R550/R480という指標を考案した.水分含有量に対しては水分の吸収ピークのある波長よりも,その周囲の波長(反射率の一次微分でピークが現れる波長)での反射率の方がより強い相関を示した(R1143など).また,本研究では,リグニン含有量とセルロース含有量は,それらの吸収特徴が報告されている波長(リグニン:1754nm,セルロース:1540nm)における反射率の一次微分と高い相関を持つことを示した.

 更に,LIBERTY Inversionモデルによってカラマツ葉の擬似無限反射率から各種成分含有量(クロロフィル,水分,リグニン+セルロース)の推定可能性を示唆した.

 植生指標のカラマツ群落レベルの有効性については,mNDVIがクロロフィル含有量と高い相関をもつことが示された.しかしながら,mNDVIはLAI (Leaf Area Index)とも高い相関を示したため,mNDVIを用いる場合には,ハイパースペクトル計測以外の方法により事前にLAIの測定を行う必要があることが示唆された.一方で,本研究において,葉のレベルのスペクトル調査によって考案したNDCIと,CIは,群落レベルにおいてもクロロフィル含有量と高い相関を持ち,かつLAIとはあまり相関しないことが示されたた.したがって,本研究で考案したこの2つの指標は実際のカラマツ林でのクロロフィル含有量推定のために有効である可能性が示された.また,本研究の葉レベルのスペクトル調査によって見出されたR'1143とR'1540は,それぞれ群落スペクトル特性に対しても,葉の水分含有量とクロロフィル含有量と良く相関することが示された.LAIとも高い相関を持つが,事前にLAIを別手法によって計測されていれば,問題なく使用可能であると考えられる.

 なお本研究では,水分含有量は,水指標であるNDWIとWIとほとんど相関しないことが示された.また,PRIがLAIと相関しないことを調査し,これにより森林の構造に関わらず光利用効率の測定可能性があることを示した.

 したがって,本研究では,ハイパースペクトル計測による,葉の各種成分含有量推定及び光利用効率の推定を通じた,森林の炭素蓄積量及び生育環境推定の指針を示すことができた.

審査要旨 要旨を表示する

 京都議定書におけるわが国の共同実施相手国としてはロシアが想定され,その内容には,ロシアに広大に広がるカラマツ林の植林及び森林管理が考えられる.従って,わが国とすれば,カラマツ林に対するこれらの森林活動によって増加した炭素蓄積量を精度良く算定するための方法を構築していく必要があると考えられる.

 本研究は,このような背景において,ハイパースペクトル計測による葉の成分含有量や光利用効率の測定により,簡便な炭素蓄積量の高精度推定及び生育環境推定の可能性を探求したものである.具体的には,カラマツのハイパースペクトル計測による葉の各種成分含有量(クロロフィルa,クロロフィルb,クロロフィルa+b,カロテノイド,リグニン,セルロース)と純光合成速度の測定を通じた樹木の各部位(幹・枝,葉,根)における炭素蓄積量及び生育環境の推定可能性について実験的研究を行った.このため,本研究では160個体のカラマツ幼木を日長や二酸化炭素濃度,気温,湿度を管理可能な人工光チャンバー内で,基準の環境(Standard),潅水量の少ない環境(Less Water),施肥量の少ない環境(Less Nitrogen),および光量の少ない環境(Less Radiation)の4群に分け数ヶ月間にわたって生育した.そして,このように生育したカラマツ幼木に対して,その葉の各種成分含有量と生育環境との関係や炭素蓄積量との関係を,各種実験によって計測し,葉の各種成分含有量からの樹木各部位における生育環境及び炭素蓄積量の推定可能性について調査を行った.次いでこれらのカラマツ幼木を用いてその葉のハイパースペクトル計測を行い,そのデータ(葉の擬似無限反射率)と葉の各種成分含有量との関係を,反射率と見かけの吸収率の一次微分を用いて分析を行った.さらに,針葉の放射伝達モデルであるLIBERTY Inversionモデルに逆推定過程を追加し,このモデルを用いた葉の擬似無限反射率から各種成分含有量を推定する可能性についても詳細な分析を行った.一方,森林の群落についてはハイパースペクトルデータを用いて,5種類の植生指標(NDVI,mNDVI,WI,NDWI,PRI)によるクロロフィル含有量と水分含有量の推定可能性を精査した.また,これらの植生指標が樹木構造から受ける影響を調査し,様々な密度の森林への適用性についても調査を行った.

 研究の結果,葉の4種類の成分含有量(クロロフィル,水,リグニン,セルロース)の量によって,ある基準の地域から,その他の地域の生育環境を相対的に判断できる可能性が示された.また,どのような環境で生育したカラマツ幼木に対しても,クロロフィル含有量(及びその他の色素)が樹高伸長度と非常に高い相関を持つことを示し,クロロフィル含有量と光合成放射束密度と樹木の全葉面積との積は,地表上部(幹・枝・葉)の炭素蓄積量と高い相関を持つことを示した.そして,施肥量の同じ環境で生育したカラマツ幼木に対しては,葉のリグニン含有量と根の炭素蓄積量が非常に高い相関を示すことを明らかにした.包括的な提案として,以下の調査フローを新規に提案した.すなわち,葉の4種類の成分含有量により,森林の生育環境ごとに地域の区分を行い,各環境地域において,1) LIDERによる樹高計測の補佐的情報として,クロロフィル含有量を用いて推定した樹高伸長度情報を与え,より精度良く樹高の算出を行う.そしてこの樹高を用いて地表上部の炭素蓄積量を推定する.また,2)クロロフィル含有量と光合成放射束密度(もしくは1日の総光量など)と樹木の全葉面積との積により,地表上部の炭素蓄積量を推定する.この際,光利用効率の測定を適宜取り入れることにより,更に精度の良い推定が可能となる.そして,地表下部(根)については,各生育環境において葉のリグニン含有量によって炭素蓄積量を推定する.

 一方,カラマツ葉のハイパースペクトルデータ(擬似無限反射率)と各種成分含有量との関係調査から多くの提案も行っている.中でも反射率の一次微分の分析に基づき,クロロフィル含有量と高い相関を示した波長に着目し,NDCI=(R550−R480) / (R550 + R480)と,CI=R550/R480という指標を考案した点が独創的である. 更に,LIBERTY Inversionモデルを確立することによってカラマツ葉の擬似無限反射率から各種成分含有量(クロロフィル,水分,リグニン+セルロース)を推定できる可能性を示唆した点も評価できる.

 これら一連の研究を通じ、本論文は,群落および葉のスペクトルデータによる森林の生理モニタリング分野における技術的かつ学術的発展に多大な貢献をしたと考えられる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク