学位論文要旨



No 120095
著者(漢字) 尾西,恭亮
著者(英字)
著者(カナ) オニシ,キョウスケ
標題(和) 地下水環境計測のための地中レーダ探査法の高精度化に関する研究
標題(洋)
報告番号 120095
報告番号 甲20095
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6037号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 六川,修一
 東京大学 助教授 登坂,博行
 東京大学 助教授 増田,昌敬
 東京大学 助教授 茂木,源人
 東京大学 助教授 徳永,朋祥
内容要旨 要旨を表示する

人口増加や工業生産の拡大,加えて進行する気候変動に伴い,戦略物資としての水の重要性が高まる傾向にある.水管理の観点から地下水観測の重要性が高まりつつある.現在唯一十分な信頼性を有する地下水観測手段である井戸観測は,水位精度は高いが空間時間方向への記録の連続性は不十分である.そのため,井戸観測を補完する広域経時観測手法の需要がある.すなわち,物理探査による地下水観測の信頼性向上への強い要求がある.

本研究は地中レーダ法による地下水観測の信頼性向上と情報量増加を目的とする.地中レーダ法が地下水観測に有用であることを示し,技術開発の軌道に乗せることを目指し進められた.この目的に対し,本研究は以下の5点の探査および解析法の改良を行った.(1)地中レーダ記録の探査位置精度の向上をねらいとしたRTK-GPS同期観測法の開発.(2)地中レーダによる地下水観測の信頼性向上のための毛管帯付近のレーダ反射波分析.(3)地下水経時観測手段確立のための,Time-lapse法の適用効果の評価と実地探査の実用性向上.(4)探査記録のS/N向上のためのCMP法の高効率化手法の考案と実用性向上.(5)情報量増加と適用用途拡大を図った周波数解析による導電率観測法の提案.

これまでの地中レーダ法は埋設管,空洞,舗装層厚等の対象の判別技術に過ぎない.これに対し,現在研究開発が進められているプラスチック地雷探知技術等はより低コントラスト対象の判別技術への発展と捉えられる.さらに,本研究では物性分布や物性値の導出法を追求している.水分率分布や油汚染域の計測法の確立を最終目標と掲げている.地中レーダ技術における本研究の位置づけは現行技術の2歩先を目指したものと捉えられる.

本論文では5つの研究方法,すなわち,RTK-GPS同期観測法の開発,水分率遷移領域反射波の評価,Time-lapse法の実用化,高効率CMP法の考案,周波数解析による導電率分布観測手法の考案,各々について独立した章で方法と結果を述べる.

始めに,RTK-GPS同期観測法の開発を述べる.一般の地中レーダ探査と異なり,Time-lapse法やCMP法等高度な探査法や処理法の適用には,10〜100倍高い探査位置精度が必要となる.地中レーダ探査の探査位置精度の向上を目的に,水平精度1cmのRTK-GPSを利用した高精度探査手法を開発した.この結果,Time-lapse法やCMP法が実地観測可能な高い探査位置精度の記録取得が可能となった.また,標高静補正が処理可能となり,記録解釈の信頼性が向上した.さらに,50m四方の3次元探査が1時間で高速に探査可能となり,地中レーダの活用性が向上した.地中レーダ法の発展展開にはS/N改善技術の革新がなければ為し得ない.提案するRTK-GPS同期観測法は地中レーダ法のブレークスルー技術となる高い可能性を有する.

次に,地下水面上部領域の電磁波反射を分析した.油汚染の拡散は地下水面上部の水分率遷移領域や毛管帯の幅に大きな影響を受ける.しかし,井戸観測だけでは水分率遷移領域幅や毛管帯厚の測定は困難である.また,地中レーダによる広域地下水面分布の高精度探査の実現には,地下水面上部領域における反射波の詳細な分析と検討が必要となる.そこで,本研究では試験観測設備を用い模擬土壌の水位を変化させ,高周波アンテナで地下水面上部の反射波を記録し分析した.その結果,地中レーダの電磁波は水分率遷移領域で強く反射することを確認した.遷移領域幅に伴う反射波の波長変化を確認し,その比率変化を関数化し,反射波長による遷移領域幅の評価手法を提案した.さらに,実地観測記録に提案評価手法を適用し,遷移領域幅や毛管帯厚の推定を試み,粒径分布による推定値と適合する結果を得た.

さらに,本研究ではTime-lapse法の実用化を図った.Time-lapse法とは地下対象の状態変化前後で探査を行い変化域を推定する方法である.Time-lapse法は弾性波探査においてEORや地熱貯留層探査で成果を上げている.地中レーダは再現性が高く,Time-lapse法に適している.Time-lapse法には高い探査位置精度が要求されるが,RTK-GPS同期観測法により実現性が高まった.本研究では始めに地中レーダのTime-lapse法の有効性および精度評価を行った.試験観測設備を用い,時系列記録による情報量増大効果を確かめた.さらに,差分処理によるエタノールの拡散深度特定に成功し,Time-lapse探査により背景雑音に埋没する流体流動の検出能力を実証した.この事実は,地中レーダによる油汚染域直接観測の高い実現可能性を有することを示している.最後に,RTK-GPS同期観測法による地中レーダのTime-lapse法の実地探査の適用性を評価した.相模川河岸および黒部川扇状地沿岸で試験した.参照井の水位変化に伴う反射面の変動を観測し,地中レーダのTime-lapse法の実地探査への高い実用性を証明した.

本研究は地中レーダのCMP法実用化のため,効率向上手法の考案を行った.CMP法は弾性波探査では不可欠なS/N改善技術であり,地中レーダにおいてもCMP記録による高いコヒーレントノイズ抑制効果が確認されている.しかし,現在の地中レーダの利点は高速,低費用観測とされ,CMP探査の強い要求がない.このため,本研究では,商業利用における実現性を高めるため,地中レーダのCMP観測の効率を向上させ,高効率CMP探査法の考案と効率改善評価を行った.提案手法は通常探査に対し15倍の探査経費増加に対し,コヒーレントノイズ抑制効果は4倍と評価した.また,実地試験観測を応用地質株式会社の筑波試験地と黒部川扇状地沿岸で行い,十分な運用性と高い記録取得効率を確認した.重合度の増大により,高精度な速度解析が行え,水分率の空間分布情報を提供可能とした.

改良手法の最後として,周波数解析による導電率分布の計測手法を検討した.現在の地中レーダ記録解析は誘電率分布のみを解析対象としているが,電磁波伝播は誘電率だけでなく導電率にも影響を受けるため,理論的には地中レーダにより地下導電率情報の抽出が可能である.導電率分布の検出は塩淡境界や汚染域の観測に有効である.導電率境界において電磁波は反射し,反射波の中心周波数は低下することをFDTDシミュレーションで確認した.損失項を考慮した反射係数の解析解では,導電性媒質境界の反射係数は高周波側で低下傾向を示し,その結果の中心周波数の低下が原因のひとつであると指摘した.試験観測設備を用い,一定地下水面下での塩水領域拡大条件の探査記録を取得し,高導電領域拡大に伴う周波数低下傾向が確認され,周波数解析による導電率領域分布観測の実際の観測装置による有効性が確かめられた.さらに,周波数変化解析による導電率分布観測手法を提案した.

本研究は,地中レーダによる地下水観測の信頼性向上と情報量増加を目的に5点の探査および解析法の改良を行った.始めに,RTK-GPS同期探査法を開発した.実地探査における高再現性と高速探査を実現し,S/N向上効果が高い高度な探査および処理法の適用を可能とした.次に,地中レーダによる高精度地下水探査に必要な,レーダの地下水面上部領域反射を詳細に分析検討した.遷移領域幅と反射波長の関係を定量評価し,遷移領域幅の推定方法を提案した.また,地中レーダのTime-lapse法による微少変動の検出能力を実証した.Time-lapse法の実地探査の実用性を向上させた.さらに,高効率CMP探査法を考案し,地中レーダの活用用途拡大可能性を高めると共に,水分率の空間分布観測を実利用可能とした.最後に,導電率境界反射波の周波数低下傾向を明らかにし,周波数解析による導電率分布観測手法を提案した.

審査要旨 要旨を表示する

 生命活動基盤に関わる水資源の管理は,代替品のない資源として21世紀において人類の最も重要な課題になると考えられる.水文学の発展は陸域の水の流動を理解する際に,表層流と地下水を分離して理解することの意味を取り払いつつある.しかしながら,地下水に関する信頼性の高い情報を得る手段は,現在,井戸観測のみに限られていると考えてよく,空間的に分布する地下水挙動は充分には解明されていない現状にある.このような状況の中,本研究は,種々の物理探査手法の中でも,地下浅部の構造や物性を詳細に把握できる可能性のある地中レーダ法に着目し,データ取得方法の抜本的改善,それを踏まえた高精度のデータ解析技術の開発,ならびにその応用の可能性を探究したものである.

 地下水をターゲットとする地下浅部の構造・物性探査においては,詳細な地下のイメージングを必要とするため,観測における送受信アンテナの精密位置計測がボトルネックとなっていた.これに対し,本研究では,近年に実用化が始まったRTK-GPSを世界に先駆けて導入し,実運用可能なシステムとしてデータ取得方法の抜本的変革を実現している点が極めて先駆的かつ独創的である.これによって水平精度1 cm,鉛直精度2-3cmの送受信アンテナの位置決め精度を実現している.しかもレーダの高頻度観測性能を生かし,極めて能率的な観測をも可能としている.これが本研究の最大の貢献の一つである.

 上記の直接的効果は,詳細な静補正を可能にしたこと,すなわち,観測地表面の起伏に起因する地下構造面や地下水面での反射イベントの上下擾乱が抑制され,それらの位置特定が極めて高精度になったことがあげられる.さらにこの効果は,地下水面近傍でのレーダ反射現象が従来の解釈とは異なる可能性のあることを示した点に現れている.それは,地中レーダ記録に現れた水面からの反射イベントは,実際の地下水面より最大数十cm程度上部の毛管帯からのものであることを明らかにしたことである.これは,黒部川河口付近でのボーリング併用調査で実地に検証されている.

 次に,データ解析面では,上記のRTK-GPSの導入による高位置精度観測によって,実用面の効率上無理のあったTime-lapse法やCMP法の解析を可能にした点が特筆される.これらの手法は,従来石油探査で用いられてきた優れた解析法であるが,地中レーダに適用可能とした点は評価できる.前者のTime-lapse法は,地中レーダの高い再現性を生かして,異なる観測時の記録断面の差分をとることにより,通常の単独観測記録では,検知できない微妙な場の変動解析を可能とした.これにより,海面の変動による地下水面の変化や地下水汚染による異種流体の混入検出への端緒を開いた.同様にCMP解析法によって,地下におけるレーダ伝播速度の高精度解析を通じた土壌の詳細な物性解析を可能としている.とりわけ,この方法は,コヒーレント雑音の抑制に極めて効果があるため,本研究では,実際のデータ取得法の効率的提案を行い,従来法と比較した作業効率およびS/Nの改善効果を実証している.

 一方,本研究の理論面での貢献は,レーダの現象を支配している誘電率と導電率の両方を用いた解析手法を提案している点にある.一般に地下水面や空洞等は,その境界面で誘電率が異なるため,波動の反射面として検知される.しかしながら地下水と油の境界のように誘電率が同程度の物質境界では,レーダ観測が不可能とされてきた.これに対し,本研究では,両物質の導電率の違いに着目した解析法を提案している.その方法は,導電性の物質中では,レーダ波の高周波成分がその伝播に伴って減衰していく性質を利用したものである.レーダ記録をウェーブレット変換することにより,レーダ波の進行に伴う卓越周波数やスペクトル分布の低周波遷移などを分析して,導電性物質の違いを検知する方法である.本研究では,スケールモデル(砂箱)によってこの有効性を検証しており,今後の展開が期待される.以上,地中レーダ法を地下浅部の高精度探査に利用可能にするための要素技術研究および実用化研究において一定の成果をあげたと判断できる.

 これら一連の研究を通じ、地下水環境計測のための高精度物理探査分野における技術的かつ学術的発展に多大な貢献をしたと考えられる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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