学位論文要旨



No 120096
著者(漢字) 沢辺,頼子
著者(英字)
著者(カナ) サワベ,ヨリコ
標題(和) クレータ自動抽出アルゴリズムを用いた月面地質解析法に関する研究
標題(洋)
報告番号 120096
報告番号 甲20096
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6038号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 六川,修一
 東京大学 教授 玉木,賢策
 東京大学 教授 縄田,和満
 東京大学 助教授 徳永,朋祥
 東京大学 講師 定木,淳
 国立天文台 教授 佐々木,晶
内容要旨 要旨を表示する

 月は、地球の自然衛星であり、人類が唯一到達した地球外天体である。月には大気がほとんどなく、また激しい地質運動が無いため、太陽系初期の歴史を今もなおその表面に保持している。この表面情報を読み解くことで、我々は月、地球、さらには太陽系の形成過程を理解できる可能性がある。ここで、月に残された重要な手がかりとして、クレータがある。クレータは、40億年以上続く隕石爆撃の歴史をもの語り、また月の地質活動に大きく関わっている。クレータの情報からは、その表層年代、隕石フラックス、また溶岩流の厚さなど、月形成史を把握する上で欠かせない情報が推測可能である。

 近年、世界各国では多くの月探査計画が進行中である。今後の惑星科学は、このような探査により取得される大量かつ多種多様なデータから、如何に必要な情報を引き出せるかが重要になってくるだろう。

 本研究では地質解析の新たな視点として、クレータを鍵とするComputational Crater Geologyを提案する。それを実現するシステムとして、月面の地質解析をコンピュータ上で自動的に行う月面GISの構築を試みた。

 月面GISを構築する上で、まずは月画像からクレータを抽出する必要がある。クレータの目視による抽出は、単純な作業でありながら膨大な時間を有する上、作業者によって結果が異なるといった問題がある。そのため、様々なクレータの自動抽出手法が提案されたが、クレータ及び月画像に特有の問題点により、未だ実用化されていないのが現状である。

 そこで、それらの問題を解決する新しいクレータ自動抽出アルゴリズム(MARC法: Multiple Approaches based Robust Crater extraction)を開発した。MARC法は、クレータの大きさによる形状変化等を考慮し、複数のアプローチを用いている。具体的には、1)低太陽高度の場合、クレータの影と日向パターンの抽出、2)エッジ画像の円形連結画素の抽出、3)細線化、連結化した円形エッジ線の抽出、4)途切れたエッジ線からファジィハフ変換による抽出、という4つアプローチでクレータの抽出を行う。この方法は、カメラ、太陽高度、空間分解能、場所等によらないロバストな手法である。MARC法の評価は、実際の多様なカメラ、海や高地、低・高太陽高度下で撮影された月画像を用いて行った。MARC法の抽出結果を手動抽出結果と比較したところ、一人の作業者による結果との比較では8割の一致率、複数の作業者のうち、半数以上の作業者が抽出したクレータとの比較では9割以上の一致率が得られた。また、クレータ年代学に適用し、抽出結果から年代を求めた所、既往文献とほとんど一致し、その差は0.1−0.2 b.y.であった。それらから、MARC法の信頼性が確かめられた。

 月面GISにより地質解析をするためには、対象とする地域の地質区分を行う必要がある。既往地質区分の多くは手動によって行われており、その区分基準はあいまいで、作業者により区分結果が異なる。また、通常用いられる自動区分では、画素単位で区分を行うため、手動区分で得られるような滑らかな区分境界線が得られず、全体の構造が把握しにくい。そこで、本研究ではスペクトル情報と空間情報を利用し、月の海の溶岩流を対象とした新たな地質区分法を開発した。この手法は画素単位でクラス分けした後、空間的なつながりとクラス同士のスペクトル的な近さを利用してクラスの統合を行うもので、滑らかな地質ユニットの境界線が得られ、またユニット毎のパラメータ値が明確である。

 さらに、開発したMARC法、自動地質区分法や、その他海の溶岩流厚さ推定等様々な解析手法を組み込んだ月面GISの試作を行った。月面GISとは、月情報のデータベースであり、さらに自動解析機能を併せ持ったシステムである。本システムを用いて、月の海の地質区分、表面年代、溶岩流の厚さ、溶岩流の容積などを推定することができる。

 試作した月面GISにより、Mare Crisiumの地質解析を行った。地質区分では、既往研究と大局的に良く一致する区分結果が得られ、さらに既往地質区分図より詳細に区分可能であった。区分した地質ユニットについてクレータ年代学に基づき年代を算出したところ、37−30億年の間に順次溶岩が噴出してMare Crisiumが形成されたことが推定された。若い溶岩は海の中央付近に分布していた。また、成分量と年代の関係から、年代が古いほどTiO2、FeO量の成分量は様々な値を持ち、34−35億年より若くなると、TiO2、FeO量の多い溶岩のみが噴出するという傾向が見られた。また、最も若い溶岩はリング状の部分で噴出しており、おそらくリング地形は何らかの断層を伴う内因性地形である可能性がある。また、クレータ情報から溶岩流の厚さを求めた所、海の縁は薄く、中央付近は厚い盆地形状であることが確かめられた。海全体を埋めている溶岩流の体積はおよそ122,000km3、また31−33億年の間に噴出した若い溶岩はおよそ14,000km3と推定された。

 以上から、作成した月面GISにより、詳細な地質解析が行え、さらに新たな知見を見出せる可能性を示唆した。今後は月面GISを充実させ、月のみならず他惑星、衛星にも本システムを適用し、惑星地質解析を行う予定である。

審査要旨 要旨を表示する

 月は、地球の自然衛星であり、人類が唯一到達した地球外天体である。月には大気がほとんどなく、また激しい地質運動が無いため、太陽系初期の歴史を今もなおその表面に保持しており、この表面情報を読み解くことで、月、地球、さらには太陽系の形成過程を理解できる可能性があると考えられている。月に残された重要な手がかりとして、クレータがあるが、これは、40億年以上続く隕石衝突の歴史をもの語り、月の地質活動にも大きく関わっている。クレータの情報からは、その表層年代、隕石フラックス、また溶岩流の厚さなど、月形成史を把握する上で欠かせない情報が得られる可能性がある。

 近年、世界各国で多くの月探査計画が進行中であり、今後の惑星科学では、このような探査により取得される大量かつ多種多様なデータから、如何に必要な情報を引き出せるかが重要になってくる。そこで、本研究では、クレータを鍵として月面の地質解析をコンピュータ上で自動的に行うシステムである月面GISの構築を行っている。

 月面GISを構築する上で、まずは月画像からクレータを抽出する必要がある。クレータの抽出は、単純な作業でありながら膨大な時間を要する上、作業者によって結果が異なるという問題がある。そのため、様々なクレータの自動抽出手法が提案されたが、クレータ及び月画像に特有の問題点により、未だ実用化されていないのが現状である。

 そこで、まず本研究では、それらの問題を解決する新しいクレータ自動抽出アルゴリズム(MARC法: Multiple Approaches based Robust Crater extraction)の開発を行った。このMARC法は、クレータの大きさによる形状変化等の特性を考慮し、複数のアプローチを最適化した統合化手法である。具体的には、1)低太陽高度の場合のクレータの影と日向パターンの抽出、2)エッジ画像の円形連結画素の抽出、3)細線化、連結化した円形エッジ線の抽出、4)途切れたエッジ線からファジィハフ変換による抽出、という4つのアプローチでクレータの自動抽出を行う方法を提案している。この方法は、カメラ、太陽高度、空間分解能、場所等によらないロバストな手法である点が大きな利点である。実際のMARC法の評価には、多様なカメラにより、海や高地、低・高太陽高度下で撮影された様々な月画像を用いて、MARC法の抽出結果と手動抽出結果とを比較しており、結果として高い一致率を得ている。

 次いで本研究ではスペクトル情報と空間情報を利用し、月の海の溶岩流を対象とした新たな地質区分法も開発している。この手法は画素単位でクラス分けした後、空間的なつながりとクラス同士のスペクトル的な近さを利用してクラスの統合を行うもので、滑らかな地質ユニットの境界線がユニット毎のパラメータ値と共に明確に得られる独創的な方法である。

 続いて、開発したMARC法、自動地質区分法や、その他海の溶岩流厚さ推定等様々な解析手法を組み込んだ月面GISの試作を行っている。月面GISとは、月情報の自動解析機能を併せ持ったデータベースシステムである。本論文では、本システムを用いて、海の地質区分、表面年代、溶岩流の厚さ、溶岩流の容積などを推定することができることを実証している。たとえば、区分した地質ユニットについてクレータ年代学に基づき年代を算出したところ、37−30億年の間に順次溶岩が噴出してMare Crisiumが形成されたこと、成分量と年代の関係から年代が古いほどTiO2、FeO量の成分量は様々な値を持ち、34−35億年より若くなると、TiO2、FeO量の多い溶岩のみが噴出するという傾向が見られたこと、さらには海全体を埋めている溶岩流の体積はおよそ122400km3、また31−33億年の間に噴出した若い溶岩はおよそ13600km3と推定されること、などの成果を残している。以上から、作成した月面GISにより、詳細な地質解析が行え、新たな知見を見出せる可能性を実証した。

 これら一連の研究を通じ、本論文はクレータの分析によって惑星の起源を知ろうとするクレータ地質学に関連する技術的かつ学術的発展に多大な貢献をしたと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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