学位論文要旨



No 120097
著者(漢字) 羽柴,公博
著者(英字)
著者(カナ) ハシバ,キミヒロ
標題(和) 岩石の時間依存性を調べる試験法の開発と構成方程式の改良
標題(洋)
報告番号 120097
報告番号 甲20097
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6039号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 教授 玉木,賢策
 東京大学 教授 山冨,二郎
 東京大学 助教授 茂木,源人
 東京大学 助教授 福井,勝則
内容要旨 要旨を表示する

 地下は従来からさまざまな目的で利用されてきている.近年の都市人口の過密化や地価の高騰,地上に構造物を作った場合の環境への負荷などを考慮すると,今後も多くの構造物が岩盤内に建設されると予想される.ただし地下の構造物は,地上と比べて完成後の作り直しや寿命を迎えた後の取り扱いが難しい.さらに,経済性や合理的な利用を考えると,地下空間開発では地上よりも長期間の使用を前提にした設計・計画が必要となる.しかし,従来の土木工学や鉱山学の分野の設計では,構造物の長期安定性や耐久性に関して,せいぜい 100 年程度の使用を前提としていたにすぎないと思われる.よって,放射性廃棄物地層処分場のように,数千年から数万年にわたる長期間の安定性を評価する方法は確立されていない.

 岩盤の長期的な挙動を評価するためには,その構成要素である岩石の時間依存性挙動について調べる必要がある.岩石力学の分野では,長年にわたる研究により,現在までに多くの知見が蓄積されてきている.しかし,そのほとんどが一軸応力下での研究であり,地下の岩盤の状態を模擬する周圧下での試験結果は少ない.特に周圧下での時間依存性挙動については,多くの解決すべき点が残っている.この理由として,周圧下での岩石の時間依存性を調べる適当な試験法が確立されていない点が挙げられる.現象の目視はその機構を解明するうえで重要であり,最も基本的な研究手段の一つである.しかし従来の研究では,岩石の周圧下の試験は金属製のベッセル内で行われてきた.そのため,試験中の試験片の様子を観察したり,多箇所の変位を計測したりするのが困難であった.つまり,周圧下での変形挙動を調べるための試験装置の整備が必ずしも十分ではないのが現状である.また,地下構造物を設計する際,周辺岩盤の時間依存性の程度を見積もることは重要である.しかし,岩盤の性質は場所ごとに異なり,さらに,同じ場所でも物性値はばらつく.そのため,原位置で採取した岩石から物性値を取得するのには,多大な時間と試験片とが必要である.つまり,岩石の時間依存性を調べることは研究レベルでは可能であるが,実際の現場での実施や設計への応用といった面では未だ困難なことが多い.そこで本研究の目的として,まず,岩石の周圧下での時間依存性挙動の解明を目指した試験法,および,データ整理方法の開発を挙げた.

 岩盤の長期的な変形挙動を評価するためには数値シミュレーションが有効である.近年の計算機の進歩と計算力学の発展により,より複雑な構造,応力状態での岩盤の変形挙動に関するシミュレーション結果が数多く報告されている.しかし,そのほとんどが弾性計算か弾塑性計算によるものであり,時間依存性挙動や長期間の安定性評価に関する研究は少ない.この原因として,岩石の非線形粘弾性を表現できる構成方程式の確立が十分でない点が挙げられる.さらに最近の研究により,異なる荷重条件下での岩石の時間依存性挙動,例えば,応力−歪曲線,クリープ,応力緩和などの間に密接な関係があることが徐々に解明されつつある.しかし,これら複数の荷重条件下に適用可能な構成方程式についてはほとんど研究されていないのが現状である.そこで本研究では,種々の荷重条件下に適用可能な構成方程式の構築をもう一つの目的とした.

 本論文の第 2 章では,周圧下での破壊過程の可視化を目指して,試験機器と試験法の改良と開発を行った.最近になって,大久保他によって開発された透明なアクリル樹脂製の可視化三軸ベッセルにより,試験途中の試験片の観察が可能になった.しかし,試験片の目視や等時間間隔での写真撮影は,一定の載荷速度での強度試験には適用できるが,破壊の予測が難しく,試験片ごとに寿命がばらつくクリープ試験には適さない.また,変化の小さい 1 次,2 次クリープでの写真撮影は少なくて良いが,急激な変形が起こる破壊直前ではできるだけ多くの写真を撮る必要がある.そこで本研究では,試験片の変形と連動した写真撮影システムを構築し,サーボ試験機の制御システムに組み込んだ.その結果,クリープ破壊直前の連続写真撮影に成功し,さらには,開発した測定プログラムを用いることで,撮影した写真から試験片の横方向への変形特性を定量的に把握することができるようになった.開発した写真撮影システムは,岩石だけでなく他の工業材料の試験にも適用可能であり,さらには予測が難しい現象のモニタリングにも応用できると考えている.

 第 3 章では,必要な試験片数が大幅に少ないにもかかわらず,高い精度で岩石の時間依存性の程度を調べる試験法の開発を行った.従来の研究により,岩石のピーク強度は載荷速度の 1 / (n + 1) 乗に比例することがわかっている.n はクリープ寿命の応力依存性やき裂進展の時間依存性とも関連がある重要なパラメータである.しかし,従来 n を求めるためには多くの時間と試験片が必要であったり,高度な試験技術が要求されたりする場合が多かった.そこで本研究では,岩石の時間依存性を表すパラメータ n を,少数の試験片を用いて比較的容易に取得できる試験法を開発した.試験開始から歪速度を交互に切り換えながら行う強度試験は,簡単に岩石の時間依存性の程度を調べることができる試験法である.しかし,最近提案された方法であるため実績が少なく,また,試験自体は簡単であるがデータの整理と n の取得にはかなりの手間と時間がかかっていた.本研究では,まず 5 種類の岩石を用いて一軸応力下と周圧下で歪速度を切り換えた試験を行い,試験方法や適切な試験条件の設定方法を確立した.さらに,スプライン補間を用いて,1 本の試験片から 2 種類の載荷速度に対応する応力−歪曲線を得ることに成功し,n の取得を自動化した.時間依存性は岩石だけでなく他の多くの工業材料が有している性質であり,本研究で確立した試験法およびデータ整理方法は,時間依存性の程度を調べるための一般的な方法になると考えられる.

 岩石の試験では,同じ岩種,同じブロック用いた場合でも,得られる結果にはある程度のばらつきが生じる.そのため,従来はそれらの平均値や最頻値を用いて変形特性や破壊機構の解明が行われてきた.しかし,物性値がばらつくことも岩石の特性の一つであり,破壊機構の解明にはその分布特性を調べることも有効な手段であると考えられる.そこで第 4 章では,強度とクリープ寿命の分布特性を理論的に検討し,理論に則したデータ整理方法により破壊機構の解明を行った.確定論では,強度の載荷速度依存性とクリープ寿命の応力依存性の関係を定量的にうまく説明できるが,両者のばらつきは説明できない.そこで本研究では,損傷の程度を表すパラメータがワイブル分布に従うと仮定した.その結果,寿命の形状母数は強度の形状母数 b の n+1 倍になることがわかった.試験結果を整理したところ,強度と寿命の分布には理論どおり上記の関係があることが確認された.すなわち,n は時間依存性の程度だけでなく,物性値の分布特性も説明する重要なパラメータであることがわかった.さらに,試験結果のばらつきの程度を表す b は,各環境下,各条件下での破壊機構の比較・解明のための重要な情報の一つであることも確認された.

 第 5 章では,岩石の時間依存性挙動を再現する構成方程式について検討した.過去に提案されているコンプライアンス可変型構成方程式は,種々の荷重条件に適用できる非線形粘弾性モデルであり,岩盤の変形挙動のシミュレーションに広く用いられてきている.しかし,破壊の再現に重きを置いているため,強度破壊点以前の時間依存性を表せない.そこで本研究では,提案した 1 次クリープを表す構成方程式とコンプライアンス可変型構成方程式を組み合わせ,次式のような広範囲の応力レベルに適用可能な構成方程式を提案した.

dλ* / dt = a1 (λ* − 1)m1 (σ*)n1 + a3 (λ*)m3 (σ*)n3

ここで,t は時間,λ* は初期値で正規化したコンプライアンス,σ* は強度で正規化した応力である.計算結果と試験結果を比較したところ,上記の式で,完全クリープ歪曲線と完全応力−歪曲線を再現できることが確認された.さらに,同一の構成方程式が圧縮応力下だけでなく引張応力下にも適用できたことは,破壊機構の解明につながる重要な知見といえる.

 第 6 章では,拡張したコンプライアンス可変型構成方程式を有限要素法に組み込み,地下坑道の変形挙動のシミュレーションを行った.岩盤のモデル化では,本研究で開発した試験法による試験結果が大いに役立った.まず,従来の研究結果が少ない周圧下でのポアソン比の変化は,可視化ベッセルを用いた試験結果により定式化できた.歪速度を切り換えた試験により,拡張した式の時間依存性を表すパラメータ n1 と n3 の関係,および,それらの周圧依存性が解明された.さらに,各要素の強度をワイブル分布に従ってばらつかせることで,より実際に近い物性値の設定が行えた.有限要素法により得られた計算結果は原位置での計測結果と似た傾向を示した.

 本研究で開発した試験法は岩石の時間依存性挙動の解明の一助になると考えている.また,いずれの試験法も汎用性が高く,その適用や応用は多岐にわたると考えており,今後の進展も期待できる.提案した構成方程式は,従来と比べてより忠実に岩石の時間依存性挙動を再現できるため,破壊機構の解明や長期岩盤挙動予測のための有効なツールになると考えている.

審査要旨 要旨を表示する

 岩盤の長期挙動を解明し評価するためには,その構成要素である岩石の時間依存性挙動について調べる必要がある.本研究では,岩石の周圧下での時間依存性挙動の解明を目指した試験法,および,データ整理方法の開発をおこなった.開発した手法に則って試験,データ整理をおこなった後,得られた成果に基づいて種々の荷重条件下に適用可能な構成方程式を構築した.

 本論文の第 2 章では,周圧下での破壊過程の可視化を目指して,試験機器と試験法の改良と開発を行った.最近になって,大久保他によって開発された透明なアクリル樹脂製の可視化三軸ベッセルにより,試験途中の試験片の観察が可能になった.しかし,試験片の目視や等時間間隔での写真撮影は,一定の載荷速度での強度試験には適用できるが,破壊の予測が難しく,試験片ごとに寿命がばらつくクリープ試験には適さない.また,変化の小さい 1 次,2 次クリープでの写真撮影は少なくて良いが,急激な変形が起こる破壊直前ではできるだけ多くの写真を撮る必要がある.そこで本研究では,試験片の変形と連動した写真撮影システムを構築し,サーボ試験機の制御システムに組み込んだ.その結果,クリープ破壊直前の連続写真撮影に成功し,さらには,開発した測定プログラムを用いることで,撮影した写真から試験片の横方向への変形特性を定量的に把握することができるようになった.開発した写真撮影システムは,岩石だけでなく他の工業材料の試験にも適用可能であり,さらには予測が難しい現象のモニタリングにも応用できると考えられる.

 第 3 章では,必要な試験片数が大幅に少ないにもかかわらず,高い精度で岩石の時間依存性の程度を調べる試験法の開発を行った.従来の研究により,岩石のピーク強度は載荷速度の 1 / (n + 1) 乗に比例することがわかっている.n はクリープ寿命の応力依存性やき裂進展の時間依存性とも関連がある重要なパラメータである.しかし,従来 n を求めるためには多くの時間と試験片が必要であったり,高度な試験技術が要求されたりする場合が多かった.そこで本研究では,岩石の時間依存性を表すパラメータ n を,少数の試験片を用いて比較的容易に取得できる試験法を開発した.試験開始から歪速度を交互に切り換えながら行う強度試験は,簡単に岩石の時間依存性の程度を調べることができる試験法である.しかし,最近提案された方法であるため実績が少なく,また,試験自体は簡単であるがデータの整理と n の取得にはかなりの手間と時間がかかっていた.本研究では,まず 5 種類の岩石を用いて一軸応力下と周圧下で歪速度を切り換えた試験を行い,試験方法や適切な試験条件の設定方法を確立した.さらに,スプライン補間を用いて,1 本の試験片から 2 種類の載荷速度に対応する応力−歪曲線を得ることに成功し,n の取得を自動化した.

 第 4 章では,強度とクリープ寿命の分布特性を理論的に検討し,理論に則したデータ整理方法により破壊機構の解明を行った.確定論では,強度の載荷速度依存性とクリープ寿命の応力依存性の関係を定量的にうまく説明できるが,両者のばらつきは説明できない.そこで本研究では,損傷の程度を表すパラメータがワイブル分布に従うと仮定した.その結果,寿命の形状母数は強度の形状母数 b の n+1 倍になることがわかった.試験結果を整理したところ,強度と寿命の分布には理論どおり上記の関係があることが確認された.すなわち,n は時間依存性の程度だけでなく,物性値の分布特性も説明する重要なパラメータであることがわかった.さらに,試験結果のばらつきの程度を表す b は,各環境下,各条件下での破壊機構の比較・解明のための重要な情報の一つであることも確認している.

 第 5 章では,岩石の時間依存性挙動を再現する構成方程式について検討した.過去に提案されているコンプライアンス可変型構成方程式は,種々の荷重条件に適用できる非線形粘弾性モデルであり,岩盤の変形挙動のシミュレーションに広く用いられてきている.しかし,破壊の再現に重きを置いているため,強度破壊点以前の時間依存性を表せない.そこで本研究では,提案した 1 次クリープを表す構成方程式とコンプライアンス可変型構成方程式を組み合わせ,次式のような広範囲の応力レベルに適用可能な構成方程式を提案した.

dλ* / dt = a1 (λ* − 1)m1 (σ*)n1 + a3 (λ*)m3 (σ*)n3

ここで,t は時間,λ* は初期値で正規化したコンプライアンス,σ* は強度で正規化した応力である.計算結果と試験結果を比較したところ,上記の式で,完全クリープ歪曲線と完全応力−歪曲線を再現できることが確認された.さらに,同一の構成方程式が圧縮応力下だけでなく引張応力下にも適用できたことは,破壊機構の解明につながる重要な知見といえる.

 第 6 章では,拡張したコンプライアンス可変型構成方程式を有限要素法に組み込み,地下坑道の変形挙動のシミュレーションを行った.岩盤のモデル化では,本研究で開発した試験法による試験結果が大いに役立った.まず,従来の研究結果が少ない周圧下でのポアソン比の変化は,可視化ベッセルを用いた試験結果により定式化できた.歪速度を切り換えた試験により,拡張した式の時間依存性を表すパラメータ n1 と n3 の関係,および,それらの周圧依存性が解明された.さらに,各要素の強度をワイブル分布に従ってばらつかせることで,より実際に近い物性値の設定をおこなった.また,有限要素法により得られた計算結果は原位置での計測結果と似た傾向を示している.

 本研究で開発した試験法は岩石の時間依存性挙動の解明の一助になる.また,いずれの試験法も汎用性が高く,今後の進展も期待できる.提案した構成方程式は,種々の材料の時間依存性挙動や破壊機構の解明のための有効なツールになる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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