学位論文要旨



No 120101
著者(漢字) 西ノ入,聡
著者(英字)
著者(カナ) ニシノイリ,サトシ
標題(和) レーザーAE法の材料信頼性評価への応用
標題(洋)
報告番号 120101
報告番号 甲20101
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6043号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 榎,学
 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 教授 武田,展雄
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

 第1章は序論であり,他の非破壊評価手法や従来のAE法の特徴・問題点を明らかにし,研究目的を述べた.

 アコースティック・エミッション(AE)法は,構造材料の信頼性評価手法として多くの分野で用いられている.しかしセンサにPZTを用いる従来の手法は多くの問題を有しており,非接触AE計測手法の確立が求められている.そこで筆者らはレーザー干渉計を用いた非接触AE検出手法について検討を行ってきた.この手法は,AE信号を測定面の速度変化として絶対値測定可能であり,測定雰囲気の制約を受けにくく,微小領域での計測も可能である.これまでに計測システムの検出能力向上を試みるとともに,コーティング材の熱サイクル損傷評価への適用を行った.

 レーザーAE法の応用範囲を広げるためには,どのような対象に適用でき,どの程度有用であるのかを明らかにする必要がある.そこで本研究では,最初に現在までに構築したシステムの基本特性を把握し,どのような応用が可能かを検討した.次にレーザーAE法の可能性を探ることを目的として,PZTの適用が困難な対象におけるAE計測を試み,その有効性について検討を行った.具体的には,測定環境の影響,大型〜微細試料への適用可能性,微視破壊以外に起因するAEの検出可能性,を評価するために,材料評価への応用として,誘電体薄膜の絶縁破壊プロセス,アクティブ複合材料の熱変形プロセス,微小試料の変形・損傷プロセスへの適用を行った.また材料作製インプロセス計測への応用として,溶射コーティングプロセス,セラミックス焼成プロセスへの適用を行った.レーザーAE法という方法論にもとづきこれらの対象を評価することにより,個々の現象についての新たな知見を得るとともに,信頼性評価手法としての有効性と限界を明らかにすることを目的とした.

第2章 AE波形解析手法

 本研究では,レーザーAE計測システムを用いて検出されたAE波形を定量解析することにより,微視破壊に関する情報の抽出を試みた.第2章では,本論文において用いたAE波形解析手法である,ウェーブレット解析,AE波形逆解析,弾性波伝播シミュレーション手法の概要を示し,第3章以降の具体的な材料評価,インプロセスモニタリングへの適用に向けた準備とした.

第3章 レーザーAE計測システムの基礎的検討

 第3章ではレーザーAE法の材料信頼性評価への応用を進める上で重要となる,現在までに構築したシステムの基本特性を把握するための検討を行った.

(1)測定周波数範囲を400kHzまでに設定した場合,半径約30μmの割れを5mm離れた位置で検出可能である.また周波数帯域制限により,さらに微小な割れも検出も可能であると考えられる.

(2)干渉計システムの最小計測面積よりも微細な,50μmのワイヤ表面において擬似AE信号を検出できた.計算結果との比較から結果の妥当性が確認でき,このような微細な対象の表面においても非接触AE検出が可能であることが示された.

(3) 薄膜試料を対象として位置標定精度の検証を行った結果,測定周波数範囲を200kHzまでとした場合,Lamb波A0モードの到達時間差を利用して,最大誤差0.7mmで擬似AE信号の入力位置を同定できた.これは縦波を利用したPZTセンサでの検出時と遜色ない精度である.

 以上のように,レーザーAE計測システムは検出感度の面ではPZTセンサに及ばないものの,高い位置標定精度や非接触で50μm程度の微小な対象への適用が可能であることなどから,広範な分野への応用が可能であることが示された.

第4章 レーザーAE法の材料評価への応用

 第4章では,レーザーAE法を材料・構造の損傷プロセスモニタリングに適用し,その有用性を検証した.

 誘電体薄膜の絶縁破壊直前に観測される前駆電流現象解明へのAE法の適用が期待されているが,薄膜であることや放電を生じるためPZTの適用は困難である.またAE法による部分放電検出は発電設備の信頼性評価に重要であるが,発生源近傍での直接測定は困難である.そこで,レーザーAE法による誘電体薄膜の液体中での絶縁破壊試験モニタリングを試みた.その結果,直接センサを取り付けることが困難な誘電体薄膜表面において非接触AE計測に成功した.AEの発生電界値によって絶縁破壊, 沿面放電, 部分放電を明確に区別することができた.また検出波形の周波数の面からもその違いを明らかにした.誘電体薄膜で観測される前駆電流の要因はAEによって捉えることのできる相転移や微視破壊ではないことが示唆された.本手法は微小な部分放電を検知でき,液体中においても大気中と同程度のしきい値でAE計測が可能であることが確かめられた.

 金属母材と強化繊維からなるアクティブ複合材料は,熱膨張差によって形状制御可能な材料である.この材料の曲率変化は加熱/冷却時に非線形挙動を示し,微視破壊の可能性が考えられる.そこで高温にも適用可能であるレーザーAE法を用いて熱変形プロセスを非接触モニタリングした.その結果,SiC/Ni系複合材料はカイザー効果を示し,熱変形過程での曲率ヒステリシスの原因は,熱応力による微視破壊であることがわかった.ウェーブレット解析によって検出AE波形を区別でき,この違いは金属間化合物層の割れと繊維/マトリックス界面での微視破壊という損傷タイプの違いと対応するものと考えられた.AE発生挙動より,ヒステリシスの原因となる微視破壊が生じた温度域を明らかにした.母材がAlの場合にはAEは検出されず,微視破壊も観察されなかった.したがって本手法によりアクティブ複合材料の動作保証が可能であることがわかった.

 微細試料の力学試験時のAE計測にPZTセンサを用いることには多くの問題点があり,非接触計測が望まれる.レーザーAE法は,50μm程度の領域での非接触計測が実現できるため,治具にセンサを取り付けることなく,試料表面において微視破壊の検出が可能であると思われる.そこでレーザーAE法を用いて厚さ50-100μmの金属薄膜の変形・損傷モニタリングを行った.その結果,金属薄膜試料表面における変形・損傷過程での非接触AE検出に成功した.またレーザーAE法では主に微視破壊のAEが検出され,塑性変形による連続型AEはノイズレベルの増大として観測されたと考えられた.

 以上のように,レーザーAE法を用いた材料・構造の損傷プロセスモニタリングを構築し,従来法の適用が困難な環境(液体中・高温)および微小領域での非接触AE計測に成功した.

第5章 レーザーAE法の材料作製プロセス評価への応用

 第5章では第4章の発展として,材料作製インプロセスモニタリングにレーザーAE法を適用し,初期欠陥の発生や構造変化を検出することを試みた.

 溶射条件の差が皮膜強度におよぼす効果について知ることは,プラズマ溶射技術の高度化に不可欠である.そこで溶射コーティング中の初期欠陥導入・成長プロセスに溶射条件がおよぼす影響を,高温にも適用可能なレーザーAE法にもとづくインプロセス計測システムを用いて評価した.その結果,AE発生挙動の違いとはく離経路の観察にもとづき,ボンドコート・ガン移動速度・予熱温度・トップコート膜厚が皮膜強度におよぼす効果を考察できた.プラズマ溶射冷却過程で検出されたAEはピーク周波数により2つのタイプに分類でき,観察結果との対応により,それぞれはく離の進展,トップコート中でのき裂進展に対応すると考えられる.

 大型セラミックスの焼成割れは大きな問題であるが,実際に焼成プロセスのどの段階で生じているのかは不明である.また設計外の温度分布が存在した場合には,予測外の割れが生じることが考えられる.焼成プロセスの信頼性向上にはAE法が有用であると考えられるが,従来法ではきわめて高温での計測は困難である.そこでレーザーAE法を用いてセラミックス焼成プロセスをモニタリングした.その結果,セラミックス焼成プロセスでの割れを検出することに成功し,1500℃を超える高温の対象にも適用可能であることが確認できた.また焼成中には試料表面に到達しない微視割れをAEとして検出することができた.このことは焼成体の健全性を非接触AE計測にもとづいて保証可能であることを示している.大型試料の焼成モニタリングの結果, 50, 300℃/hで昇温後炉冷した場合には冷却過程の脆性領域においてのみAEが検出され,試料内部から割れが生じた.温度分布の影響が小さい小型試料を延性領域で保持後炉冷しても表面に到達する割れが生じなかった.このことから,延性領域での保持,あるいはきわめて遅い速度での昇温によって試料内部の温度差が低減された場合には,冷却時に作用する熱応力が低減し,割れが抑制できると考えられる.

 以上のように,レーザーAE法を用いた材料作製インプロセスモニタリングを構築し,従来法の適用が困難な高温・苛酷な環境下での非接触AEモニタリングに成功した.レーザーAE法はこのような高温環境における信頼性評価手法としてきわめて有用であると考えられた.

第6章 結論

 第6章では本論文の結果を総括した.レーザーAE法はPZTセンサの使用できない環境(液体中・高温)においても非接触計測が可能であり,高い位置標定精度で50μm程度の微小な対象への適用が可能であることが明らかになった.本手法は材料の信頼性評価のみならず従来法の適用が困難な苛酷な環境でのインプロセス計測にも大きな可能性を有しており,本論文で扱った以外にも広範な分野への応用が期待できる.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は極限環境でのヘルスモニタリング手法として期待されている,レーザー干渉計をプローブに用いた非接触レーザーAE法について,計測手法に関する基礎的検討および高度化を行い,さらにこの手法の材料信頼性評価手法としての有効性を検討したものであり,全6章より構成されている.

 第1章は序論であり,既存の非破壊評価手法や従来のAE法の特徴・問題点を明らかにすることにより研究目的を明確にしている.PZT素子を用いる従来のAE法は換子の接着に伴う多くの問題を有している.一方,レーザー干渉計を用いたAE計測手法は,表面速度の絶対値測定可能であり,また雰囲気の制約を受けにくいため苛酷な環境下での非破壊評価手法として大きな可能性を有しているが,これまでに十分な検討は行われていなかった.そこで本論文ではこの手法の高度化と,基礎的検討および応用を通して,レーザーAE法の信頼性評価手法としての有効性を明らかにすることを目的としている.

 第2章では,本論文で研究に用いたAE波形解析手法の概要を示し,第3章以降の材料評価・材料作製インプロセス計測で用いた解析方法を紹介している.レーザーAE法で得られる定量的な情報を用いて,ウェーブレット解析やAE波形順解析を行うことで,損傷位置・モードを推定できることは,絶対値計測が可能なレーザーAE法を用いることの大きな利点であると結論している.

 第3章では,計測システムについての基礎的検討を行い,筆者が本論文で行った計測システムの高度化によって,従来に比べ大幅な検出能力向上が実現できたことを明らかにしている.ダイナミックレンジ50 dB,半径約30μmの割れを検出可能,微小領域(50μm程度)でAE計測可能,薄膜でも誤差0.7 mm程度でAE位置標定可能であるといった優れた特徴を有することを明らかにした.感度の面ではPZT素子に及ばないものの,これらの特徴を生かすことで広範な分野への応用が期待できると結論している.

 第4章では,レーザーAE法を種々の材料評価に適用した例を示している.まず誘電体薄膜の絶縁破壊プロセス評価に適用し,発生電界値および周波数によって損傷形態が区別できることや,前駆電流の要因が相転移や微視破壊ではないことを明らかにした.さらに微小な部分放電を検知でき,液体中でも直接AE計測可能であることを明らかにしている.次にアクティブ複合材料の熱変形過程評価に適用し,動作特性の非線形性の原因が熱応力による微視破壊であることを明らかにし,その損傷の生じる温度域を求めている.さらに波形のウェーブレット解析により複合材料の個々の損傷過程を明らかにした.次に,厚さ50-100μmの金属薄膜の変形・損傷過程での非接触AE検出にも成功している.これらの知見はレーザーAE法を用いることで初めて明らかにできたものであり,現象の基礎的理解や材料設計を行う上で,本手法を用いた評価が有用であると結論している.

 第5章では,材料作製プロセスに非接触AE計測を行いることにより,インプロセスでの信頼性評価を行っている.まずプラズマ溶射時のインプロセスインプロセスAE計測を行い,AE発生挙動とはく離経路観察にもとづき,溶射条件が皮膜強度におよぼす効果を明らかにし,さらに周波数解析によりコーティングの損傷導入過程を推定している.次にセラミックス焼成時のインプロセスAE計測を行い,1500℃を超える高温でも微視割れを検出可能であることを示している.焼成条件によらずAEは冷却過程の脆性領域においてのみ検出されたことより,焼成割れの支配因子が温度低下時に発生作用する熱応力であることを示した.またAE波形順解析を行うことにより微視破壊モードを求め,内部で開口型き裂が進展したことを明らかにした.レーザーAE法を用いることにより,雰囲気の苛酷さからこれまで測定が不可能であったプロセス中の損傷についても,AE法を用いて定量評価が可能であることが示し,プロセス改善に大きく寄与できるものと考えられると結論している.

 第6章は結論であり,本論文の成果についてのまとめを行っている.本論文によりレーザーAE法はPZT素子の使用できない環境(液体中・高温)においても非接触計測が可能であり,十分な高い位置標定精度で微小な対象への適用が可能であることが明らかになった.レーザーAE法は本手法材料の信頼性評価のみならず,従来法の適用が困難な苛酷な環境でのインプロセス計測にも大きな可能性を有しており,本論文で扱った以外にも広範な分野への応用が期待できるとことを結論している述べている.

 以上要するに,本論文は従来適切な信頼性評価手法の存在しなかった,極限環境でのヘルスモニタリングを実現するためには,著者らが開発を進めたレーザー干渉計を用いた非接触計測手法がきわめて有用であることを実証したものであり,本論文の成果にもとづき,構造物の安全・信頼性の向上が期待され,マテリアル工学の発展への寄与が大きいと判断できる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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