学位論文要旨



No 120102
著者(漢字) 本田,智則
著者(英字)
著者(カナ) ホンダ,トモノリ
標題(和) 環境経営度を考慮に入れた製品選択手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 120102
報告番号 甲20102
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6044号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 教授 七尾,進
 東京大学 教授 足立,芳寛
 東京大学 教授 前田,正史
内容要旨 要旨を表示する

 企業にとっての環境問題は、従来の公害抑止型の取り組みから、社会の一構成員として循環型社会構築のためにいかに優れた環境調和型製品やサービスを提供できるのか、という問題に移ってきた。近年では、企業経営の際に、経済・環境側面に加えて、社会的側面をも考慮に入れて経営を行うことが、企業の社会的責任(CSR: Corporate Social Responsibility)であるとして、CSRに配慮した経営が求められるようになってきた。

 これらの問題を改善するための一つの方策として、グリーン調達があげられている。グリーン調達は、企業が部材や資材を調達する際に、従来のコスト等に加えて環境配慮を加えることである。大企業がグリーン調達を行うことで、その効果をサプライチェーン全体に及ぼすことができると期待されている。しかし、このグリーン調達を行う際に用いることが可能である環境影響を考慮に入れた製品等の選択手法はない。

 そこで、本論文では、企業の環境経営度を評価する手法を開発するとともに、環境影響統合化手法であるLIME(Life-cycle Impact assessment Method based on Endpoint modeling)とJEPIX(Environmental Policy Priorities Index for Japan)Xを用いて製品の環境影響評価を行い、グリーン調達に応用可能な企業の環境経営度を考慮に入れた製品選択手法に関する研究、及び開発を行うことを目的とした。

 本論文の構成は、企業の環境経営評価手法に関する研究と環境経営度を考慮に入れた製品選択手法に関する研究、社会影響評価手法に関する研究に大別される。

第1章では、序論では、研究背景、研究目的、及び企業にとっての環境問題の現状とそれに関する研究の状況について述べた。

第2章では国際標準規格「ISO14040シリーズ」に定められたLCAの枠組み、既存のLCIA(Life Cycle Impact Assessment)手法についての解説を行った。

第3章では、本論文で用いているLCIA手法である、LIMEとJEPIXについて解説を行った。ここで、LIMEとJEPIXは日本国内で開発された手法である。環境影響は適用する地域により状況が異なるため、適用地域にあった手法の開発が必要である。

第4章では企業の環境報告書とそこに含まれる環境負荷物質排出量に関するデータの収集をおこなった。

 各社の環境活動の状況や環境負荷物質排出量、資源消費量等のデータは各社が発行している環境報告書から得ることができるが、環境報告書を発行する企業数は年々増大しており、どの企業が環境報告書を発行しているのかを知ることは困難である。そこで、専用のソフトウェアを開発し、インターネット上で2423社について調査を行い、そのうち328社から環境報告書が発行されていることを確認した。

 既存のアンケートによる調査では環境報告書の発行を取りやめたり、自社に不利になる内容を含んでいたりする場合にはアンケートを返信しないことが考えられるが、本論文で開発したソフトウェアを用いることで、有利・不利な情報の有無にかかわらず調査が可能となるといった面で意義があるものと考えられる。

 また、得られた環境報告書から19種類の環境負荷物質の排出量と資源消費量についてデータの抽出を行った。得られた結果を分析したところ、各社が使用する原単位データの違いによって公開されている二酸化炭素排出量等の定量的データには誤差が含まれている可能性が示唆された。また、得られた結果を踏まえて、今後の企業が公開するデータについての提案を行なった。

第5章では企業の環境経営評価手法の開発と結果の検証を行った。

 定性的な環境経営度評価手法として環境経営格付機構のもとで開発された環境経営評価手法について詳細を述べた。さらに、筆者自身が環境経営格付機構の一員として開発を行った項目()について、調査結果を環境負荷物質排出量などの定量的なデータと比較することによって開発した手法の検証を行った。検証は、得られた環境経営評価結果と評価後3年を経てからの環境負荷物質排出量との比較を行った。

 その結果、温室効果ガスの排出量と最終埋立処分量については、ばらつきはあるものの環境経営度が高い企業ほど環境負荷物質排出量を分母とした環境効率が高くなっていることを確認した。ただし、有害化学物質については、そのような傾向を確認することはできなかった。その理由として、有害化学物質はその種類によって影響が大きく異なり、また企業ごとに使用している化学物質が異なるためPRTR指定化学物質の排出量のみから検証を行うことに問題があったと考えられる。また、手法自体の問題点として、有害化学物に関する質問項目では社内の管理手法や製品などに含有されている有害化学物質の測定方法などに偏った項目を作成してしまった結果、実際の有害化学物質の排出量を予測することができなかったものと考えられる。

 定量的に定性的な評価の裏づけを行ったことで疑問視さえることが多いアンケート調査の有効性を示すことができた。

第6章では企業の環境経営度を定量的に評価するための手法の一つとして、企業の環境負荷物質削減目標を設定・評価する手法を開発を行った。

 現在、国や企業、その他多くの団体で、様々な環境負荷物質排出量の将来目標値を設定している。しかし、設定された目標値の多くは、必ずしも科学的な根拠に基づいたものではない。それ故、目標を達成できたとしてもどの程度、環境が改善するのかについて知ることは困難である。環境問題を改善するための投資を最小限に抑えるためには、様々な環境問題を同時、かつ効率的に改善して行くことが望まれる。

 そこで、まず日本の環境負荷物質排出目標値を予測するための手法、「環境目標設定手法(STSM:Sustainable Target Setting Method)」の開発を行った。

 STSMでは8種類の環境負荷物質について効率的に環境負荷を低減できると考えられる目標値の予測を行った。また、BOD、全窒素、全燐、CFCs、埋立処分場の4種類の環境負荷物質について実際の汚染状況に関する統計データを用いて検証を行った。その結果、BOD、全窒素、全燐についてはSTSMによる目標値が達成できた場合には、環境問題が保護対象に大きな影響を与えなくなることが示された。

 既存の研究では、企業の環境経営の状況を定量的に評価する手法として、現在の環境負荷物質排出量によって各社の環境効率を計算し、その結果を各社の環境経営の状態であるととらえている場合がある。しかし、現在の環境負荷物質の排出量は、過去の環境経営の結果であり、将来も継続して環境負荷物質の排出量が低減されることは保証されない。そこで、開発されたSTSMによって各社で設定されている環境負荷低減目標値の妥当性について評価を試みた。その結果、最も差し迫った環境問題であると予測された廃棄物の埋立処分に関する対策は、多くの企業で対策が進んでいるという結果を得た。しかし、地球温暖化に対する対策は京都議定書にのみ焦点を当てており、現状ではIPCCによってシミュレーションされたシナリオのうち、地球温暖化への影響が最も小さいシナリオを達成するのは困難であることが示唆された。

第7章ではグリーン調達に適用可能な企業の環境経営度を考慮に入れた製品選択手法を開発を行った。

 環境経営度を考慮に入れた製品選択指標の開発を行った。開発された手法は企業の環境効率と製品の環境効率をベクトルと考えて和を取ることによって環境経営度と製品の環境影響について同時に評価する手法である。また、本手法では製品コストの概念も取り入れているため、従来のように環境効率の高い製品の価格は高くなってしまうようなこともない。

 ケーススタディでは実際の製品やサービス、プロセス等について比較検討を行った。その結果、製品単独では優劣をつけがたいような場合に、環境経営度を考慮に入れることによって明確な差がつき調達指標としては有効なものであることが示された。ただし、本研究で開発された製品選択手法は製品の環境面と経済面、企業の環境経営の状況のみを評価しているため、それ以外の側面が重要な製品やサービス・プロセス等の選択は困難であるという知見を得た。特に材料のように特性が重要になる製品の選択は困難であることがわかった。

第8章では社会影響評価手法の開発について基礎的な検討を行った。

 現在のグリーン調達で考慮されている環境側面に加えて社会的側面を考慮に入れた製品の選択を行うことで、サプライチェーン全体のCSR配慮を促すことが可能であると考えられる。そのため、社会影響評価手法について基礎的な検討を行った。社会影響評価手法としてエンドポイント評価手法とDistance to Target法を応用した社会影響評価手法について議論した。その結果、エンドポイント評価手法が客観性を保持するためには有用であるが、現時点ではデータの整備状況などからエンドポイント評価手法の開発は困難であると考えられる。そこで、現時点で可能なDistance to Target法による社会影響評価を試みた。その結果、社会影響評価の場合についても法律基準値等の目標値がある場合には社会影響評価が可能であることが示された。ただし、何をもって社会影響とするかに関する議論は、多くの利害関係者の合意が必要であり、今後活発な議論が期待される。

第9章では、本研究で得られた結果を総括し、今後の課題と展望について述べた。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、企業にとっての環境問題は、従来の公害防止型の取り組みから、社会の一構成員として循環型社会構築のために環境経営を行い、いかに優れた環境配慮型製品やサービスを提供するのかという問題に移りつつある。

 環境配慮型製品やサービスの普及の有力な手段として、企業による部材、部品のグリーン調達や、政府や消費者による最終製品のグリーン購入が実施されている。グリーン調達は、企業が部材や資材を調達によって、従来のコスト等に加えて環境配慮を加えて調達することである。大企業によるグリーン調達の効果は、その影響がサプライチェーン全体に及び、サプライヤーの環境経営の促進に資することが期待されている。

 本研究は、企業の環境経営度を評価する手法を提案し、環境影響統合化手法であるLIME(Life-cycle Impact assessment Method based on Endpoint modeling)とJEPIX(Environmental Policy Priorities Index for Japan)を用いて製品やサービスの環境影響評価を行い、企業の環境経営度を考慮に入れた製品選択手法に関する研究を行うことを目的としたものである。論文は全9章からなっている。

 第1章は序論であり、環境問題の現状と企業の環境問題への取り組みの状況について概観し、本研究の目的と論文構成について述べている。

 第2章は国際標準規格に定められているLCA(Life Cycle Assessment)の枠組みについて述べている。

 第3章は、本研究で用いられているLCIA手法である、LIMEとJEPIXについて詳細に説明している。

 第4章は企業の環境報告書の収集を行うための手法を提案している。専用のソフトウェアを開発し、インターネット上の2423社について調査を行い、その内環境報告書を発行している328社について、19種類の環境負荷物質の排出量と資源消費量についての定量的なデータを収集している。これらの情報を自動的に収集することでアンケート回答に伴う企業の負担を軽減できるとしている。

 第5章では企業の環境経営評価手法の提案と手法の検証を行っている。提出者も参加している環境経営格付機構によって開発された定性的な環境経営評価手法について述べている。2002年度の企業の環境経営度の評価結果を2003年度の環境負荷物質の排出量を調査することによって、提案された環境経営評価手法の妥当性の検証を試みている。

 その結果、温室効果ガスの排出量と最終埋立処分量について、ばらつきはあるものの環境経営度が高かった企業ほど環境効率が向上していることを確認し、定性的な環境経営評価手法が有用であると結論している。

 第6章では、環境負荷物質の排出削減目標値を設定するための手法を提案している。JEPIXとLIMEにより8種類の環境負荷物質について将来の排出削減目標値を設定している。また、BOD、全窒素、全燐、CFCs、埋立処分場の4種類について統計データを用いて検証を行っている。その結果、BOD、全窒素、全燐については提案された目標値が適切であると結論している。ただし、LIMEは全ての環境影響項目を考慮しているわけではないため、計算された目標値が低く見積もられている可能性があると指摘している。

 第7章ではグリーン調達に適用可能な企業の環境経営度を考慮に入れた製品選択手法の提案を行っている。提案された手法は企業の環境効率と製品の環境効率をベクトルと考えて和を取ることによって環境経営度と製品の環境影響について同時に評価する手法となっている。ここで環境効率は製品の付加価値あるいは、企業の営業利益をLIMEによって計算される環境影響値で割ったものとして定義している。

 ケーススタディとして複写機、カメラ、パソコンのリース、セメントの製造プロセスを取り上げている。複写機については、企業経営の環境効率に約10倍の差があることから、製品の環境効率のみによって選択を行う場合よりも、企業の環境効率を考慮に入れて製品選択を行うことで、より効率的な環境影響の低減が行い得ると述べている。カメラの選択事例では企業の環境経営度も考慮に入れて評価を行った結果、デジタルカメラは従来の銀塩カメラに比べて約5倍環境効率が高いという結果を得ている。提案された選択手法では基本性能以外の利便性を取り入れることは困難であると述べている。

第8章では社会影響評価手法の開発について基礎的な検討を行っている。328社について、環境報告書の社会的側面に関する記述状況を調査している。その結果、156社で社会的側面に関する記述があることを確認している。Distance to Target法による業種別の社会影響評価を試み、法律基準値等の目標値が社会的に設定されている場合には社会影響評価が可能であるとしている。

第9章は、本研究の総括である。

 以上を要するに、本研究は材料、部品、製品、サービスの選択において、製品等の環境影響と企業の環境経営度を同時に考慮に入れた選択手法を提案したものであり有用である。本研究は循環型社会の形成にとって重要な社会技術研究を目指したものであり、環境材料工学の発展に大きく寄与している。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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