No | 120103 | |
著者(漢字) | 裵,潤秀 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ベー,ユンスー | |
標題(和) | 体内環境応答性機能化高分子ミセル薬物キャリヤーの設計及び癌標的治療への応用に関する研究 | |
標題(洋) | A Study on the Design of In Vivo Environment-sensitive Intelligent Polymeric Micelle Drug Carriers and their Biological Applications for Tumor-directed Treatment | |
報告番号 | 120103 | |
報告番号 | 甲20103 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第6045号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | マテリアル工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 人間の体を構成する細胞は、体内物質の移動や交換を正確に制御することによって生命活動を維持している。ところで、体内物質移動は物質の合成・分解といった化学変化を伴っており、このような体内物質間の正常なバランスを保つことができなくなった場合、細胞は死滅したり、あるいは突然変異を起こして癌化する。一方、薬物の効果や毒性は、体内での吸収(Absorption)、分布(Distribution)、代謝(Metabolism)、排出(Excretion)といったメカニズムによって決定されるため、薬物の体内投与はADMEを総合的に考慮して行わなければいけない。以上のような事実は、我々が体内で物質の流れや変化を制御することさえできれば、必要な物質を体内の的確な場所へ必要な量だけ輸送することによって、癌の治療および予防ができることを示唆している。 このような背景で、抗癌剤による毒性を軽減し、癌組織を標的部位として薬物を正確に且つ効率良く輸送するドラックデリバリシステム(DDS)の開発が進められており(1-2)、実際の癌治療において大きな変化をもたらしつつある(3)。その中でも、体内環境変化に応答するインテリジェントキャリアーは、薬物の活性を選択的にコントロールすることができることから、今までとは異なる治療効果をもたらすと期待されており、その創製は、近年ますます強く要求されている(4-5)。本稿は、その一つの試みとして筆者が平成14年4月から現在に至るまで過去3年間博士課程在学中に行った、細胞内pH応答性超機能化高分子ナノミセルキャリアに関する研究を、その実験結果に基づいて、材料学、生物学、薬学的な観点から考察した内容を学位論文としてまとめたものである。 第1章では、体内環境変化に連動して選択的に機能する機能性高分子ナノミセルの設計に関する研究の背景を記述した。特に高分子材料の応用範囲を、がん治療を目的とする医療分野へ展開させる際、考慮しなければいけない重要なポイントに焦点を合わせて、本研究の意義及び論点を明らかにした。 第2章では、高分子ミセルの調製に用いられる両親媒性ブロック共重合体の構造設計及び精密合成方法を説明しており、実際に得られた機能性ブロック共重合体からなる高分子ミセルの物理化学的な特性の解析結果を記述した。用いられたブロック共重合体の主鎖は、生体適合性に優れた親水性ポリエチレングリコール(PEG)ブロックと疎水性ポリアスパラギン酸(PAsp)ブロックから構成されており、PAspブロックの側鎖にはヒドラジド基が導入されている。このヒドラジド基は抗癌剤であるアドリアマイシン(ADR)のC-13位カルボニル基とシッフ塩基を経由して結合されており、外部pH低下と連動して選択的に開裂することが可能である(図1)。調製された高分子ミセルは約50nmの粒径を有するコアーシェルニ層構造をしており、逆送クロマト解析からは、本ミセルがpH7.4の生理条件では48時間以上安定に存在するが、pH6.0以下では迅速に内包薬物を放出できることが明らかとなった。このような結果は、ミセルがエンドソーム及びリソソームといった細胞内酸1生環境(pH4-6)で薬物を選択的に放出できることを示唆している。 第3章では、ミセルの細胞内挙動及び細胞成長阻害活性を綿密に調査した。細胞内挙動を観察する際に有効だったのはミセルの蛍光消光効果であった。強い自家蛍光を有するADRはミセルの内部コアで局所的な濃度増加によってその蛍光強度が消光されるが、薬物の放出と伴い再び強い蛍光が観測されると知られている。このような特徴を利用すると、ミセルの構造変化及び薬物放出挙動を細胞内で追跡することができる。実際に、生きている細胞にミセルを接触させてその挙動を観察した結果、本ミセルは細胞内で薬物を、その活性を失わせることなく、選択的に放出できることが確認された。一方、体内固形癌組織は、巨大分子の浸透性が低いと一般的に言われていることから、多くの高分子薬剤にとって越えなければいけないバリアとなっている。従って、ミセルのがん組織浸透性を検証することはとても重要であるが、実際に腫瘍組織浸透性を細胞培養系で確認することは困難であり、新しい実験モデルが必要とされる。そこで、本章では、腫瘍の体内ミクロ環境を培養プレート上で再現できると知られている癌スフェロイドを用いることによって、ミセルの細胞マトリックス間での挙動を観測することができた。その結果、ミセルは半径約100μmの組織内範囲で薬物を細胞内へ確実に輸送していることが示唆された。 第4章では、ミセルの抗腫瘍効果をマウスを用いた動物実験で確認した。その結果、本ミセルは広い投与範囲で高い制癌活性を示していることが明らかとなった。特に、薬物単体の場合に比べて約4倍以上の毒性軽減効果が確認されたにも関わらず、投与後6匹中3匹で腫瘍が完全に消えたことは注目すべきである。このような特徴的な抗腫瘍効果は、ミセルの薬物放出を体内シグナルに連動させることによって達成されたことと考えられており、薬物を時間依存的に放出する多くの高分子薬剤とは明らかに異なる挙動であった。このようなミセルの低毒性・高活性を実現したメカニズムは、続いて行われた投与後体内分布を調べる、biodistribution実験によって薬理学的な観点から明らかとなった。投与後の血中濃度変化から、本ミセルは長い血中滞在性を示していることが確認されており、また、効果的に薬物を癌組織へ輸送していることが確認された。さらに、癌組織へのミセルの集積量は大幅に増加した反面、心臓や腎臓といった臓器への集積は殆どなく、肝臓や脾臓への集積も他の高分子薬剤に比べて低い値を示していることが明らかとなった。すなわち、本ミセルは腫瘍特異的な薬物輸送能を有することによって、薬剤の毒性を大きく軽減できたと結論づけられる。 第5章では、本システムの特性を維持、あるいは向上させる為に必要な最適薬物導入量を検討した。第2章で示したように、薬物導入量はミセルを形成するブロック共重合体のヒドラジドリンカーの置換率によって決定されるが、本章ではヒドラジドの導入をより簡便かつ精密に制御する方法として、エステルーアミド交換反応を用いる新しい合成ルートを開発した。その結果、P(Asp)の高分子鎖にヒドラジド基をワンステップ反応で定量的に導入することが可能となった。合成されたブロック共重合体はそれぞれ導入されたヒドラジド基の量に比例して薬物導入率も増加したが、安定なミセルを調製できる組成はP(Asp)の側鎖置換率が50%以上のものだけであった。特に注目すべきな点は、置換率が100%であるP(Asp)からなるミセルが酸性条件下でも薬物は放出しなかったことである。このような現象は、さらなる研究は必要であるものの、薬物放出制御においてコア内導入薬物量の制御がミセルにpH応答性を付与するために重要であることを実証したことから、その意義は大きい。また、この合成法は、今後酸に敏感な分子にやさしい合成法として、本システムの応用を更に広められるだろうとも期待される。 第6章では、前章まで述べた実験結果および開発された精密合成法を総網羅して、細胞内pHに応答して薬物を放出できるだけでなく、がん細胞表面に過剰発現している受容体と選択的に結合できる、超機能化高分子ミセル薬物キャリヤーを設計・調製した。ビタミンの一種である葉酸(folic acid)はその受容体(folate-binding protein:FBP)が癌細胞の表面に多量に存在していることから、癌細胞標的治療において高い指向性と選択性を有する優れたパイロッティング分子として知られている。本章ではその葉酸分子をミセルの表面に装着させることによって、癌細胞標的指向型ミセルを調製することができた。調製されたミセルはpH応答性薬物放出挙動を示す一方、FBPと強力かっ選択的に相互作用していることが、表面プラズモン共鳴(SPR)測定装置によって確認された。さらに人の喉頭癌細胞であるKB細胞を用いた実験の結果、この葉酸表面修飾型pH応答性高分子ミセルは、短い細胞接触時間でもより効果的な癌細胞成長抑制活性を示していることが明らかとなった。このような結果は、本システムが今後の体内標的治療において大きな進展をもたらすことが可能であることを示唆している。 以上のように、本論文は機能性高分子ミセルを用いることによって、種々の医療目的に応じた機能化デバイスを設計及び構築可能であることを実証しており、将来的には、このような試みによって、癌の予防、検出、診断、治療などの機能を一体化とした、生体内で働く超機能化ナノマシンが実現されると期待される。 図1.pH応答性高分子ミセル薬物キャリヤーの設計及び細胞内挙動 | |
審査要旨 | 近年、高分子科学、超分子化学、さらにはバイオマテリアル分野の発展と共に、癌組織を標的部位として抗癌剤を正確かつ効率良く輸送するドラックデリバリーシステムの開発に大きな注目が集まっている。一方、両親媒性ブロック共重合体から形成される数十nmの粒径を持つ超分子構造体、すなわち高分子ミセルは優れた体内安定性および高い腫瘍集積性を特徴とするドラックキャリヤーとして知られており、中でも、体内環境変化に応答するインテリジェント高分子ミセルドラックキャリアーは、薬物の活性を選択的にコントロールすることによって、今までは両立が難しかった低毒性および高治療効果を同時に実現できると期待されていることから、その創製がますます強く要求されている。申請者はこのような研究の背景に基づいて、細胞内pH応答性超機能化高分子ミセルを設計・調製して、その特性解析を行い、得られた実験結果を、バイオマテリアル学観点から総合的に考察した内容を本学位請求論文にまとめている。 第1章は序論である。ここでは、機能性ブロック共重合体を、高分子材料学的見地からがん治療を目的とする医療分野へと展開させる際、考慮しなければならない重要なポイントに焦点をあてて考察を行い、本研究の意義及び論点を明らかとしている。 第2章では、目的機能を達成すべく設計したブロック共重合体の合成経路を確立し、さらには得られたブロック共重合体からの高分子ミセル調製条件の決定を行っている。また、高分子ミセルの物理化学的な特性解析についても詳細な検討を実施している。約50 nmの粒径を有する本高分子ミセルは、コアーシェル二層構造を有しており、pH7.4の生理条件では安定に存在するが、pH6.0以下では迅速に内包薬物を放出出来ることを逆相クロマトグラフィーを用いる方法によって確認している。このような結果より、本ミセルがエンドソーム及びリソソームといった細胞内酸性環境(pH4-6)で薬物を選択的に放出する性能を有することを結論づけている。 第3章では、ミセルの細胞内挙動及び細胞成長阻害活性を、蛍光消光効果ならびに細胞生存率測定から評価している。その結果に基づいて、本ミセルが細胞内で内包薬物を、その薬効を失わせることなく選択的に放出できることが確認されている。特に、腫瘍の体内ミクロ環境を培養プレート上で再現するシステムである癌細胞の塊状集合体(癌スフェロイド)を用いた、ミセルのがん組織浸透性を検証する実験を考案している。この方法より、本ミセルが半径約100 μmの組織内範囲において、薬物を各細胞内へ確実に輸送できることを実証している。この結果は、現在多くの高分子薬剤の臨床応用において本質的な問題となっている組織浸透性とキャリヤー構造の関係を適切に指摘するものであり、本ミセルシステムの優れた点を効果的かつ実証的に主張していると評価できる。 第4章では、ミセルの抗腫瘍効果をマウスを用いた動物実験で確認しており、本ミセルが広い投与範囲で低毒性・高治療効果を示すことを明らかにしている。特に、薬物単体の場合に比べて約4倍以上の毒性軽減効果が確認されたにも関わらず、投与後6匹中3匹で腫瘍が完全に消えたことは注目すべき成果であると言える。更に申請者は、このような結果が本ミセルの腫瘍特異的な薬物輸送能によるものであることを、薬物投与後の体内分布を調べる薬動力学実験から明確に説明している。 第5章では、本システムの特性を維持・向上させる為に必要なミセル内最適薬物導入量が検討されている。そのために、ブロック共重合体中の薬物結合サイトであるヒドラジドの導入を簡便かつ精密に制御する方法として、エステル−アミド交換反応を用いる新しい合成ルートを開発している。この方法の開発によって、最適なpH応答性薬物放出挙動を示す高分子ミセルをより簡便かつ温和な反応条件で調製可能にしているが、これは、耐酸性の低い分子を的確に高分子鎖中に導入出来る新規合成法として広い応用展開が期待されるものである。 第6章では、前章までの実験結果を元に、より高度な機能を有する環境応答型インテリジェントドラックキャリヤーとして、細胞内pHに応答して薬物を選択的に放出するだけではなく、がん細胞表面に過剰発現している葉酸受容体との結合能をも有する超機能化高分子ミセルを設計・調製している。ビタミンの一種である葉酸と細胞表面に存在するその受容体との相互作用に着目した本システムは、癌細胞標的治療において高い指向性と選択性を有するキャリヤーの創製といった観点から注目すべきものであり、今後の体内標的治療において大きな進展をもたらすものと考えられる。本システムは申請者独自のアプローチであり、今後、関連分野に大きな科学的なインパクトを与えるものと期待される。 以上のように、本論文は機能性高分子ミセルが、癌の標的治療をはじめとする様々な薬物送達分野において優れたナノデバイスとして機能することを、その合成から動物実験に至る一連の周到な実験から実証しており、将来的には、このような試みを推進することによって、癌の予防、検出、診断、治療などの機能を一体化とした、生体内で働く超機能化ナノマシンの実現をも提示するものである。本論文の内容は、その独創的なアプローチや得られた成果の高い有用性から考えて、バイオマテリアル工学の分野において極めて秀逸であると判定される。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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