学位論文要旨



No 120106
著者(漢字) 平野,覚浩
著者(英字)
著者(カナ) ヒラノ,アキヒロ
標題(和) 微細構造を制御した親水性機能界面の構築とその生医学的評価
標題(洋) Preparation of Functional Hydrophilic Interfaces with Controlled Microstructure for Biomedical Applications
報告番号 120106
報告番号 甲20106
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6048号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 助教授 吉田,亮
 東京大学 講師 山崎,裕一
 東京大学 教授 牛田,多加志
内容要旨 要旨を表示する

(本文)

 本論文は6章より成り、バイオマテリアルへの応用を主な目的とした、親水性高分子による界面の機能化に関する研究を軸に構成されている。

 第1章では、研究の背景および目的についての概説が記されている。近年の生物・医学・薬学関連分野の目覚しい進歩に伴い、それら各分野において用いられる材料、すなわちバイオマテリアルに対する要求性能もますますの高度化、複雑化の傾向にある。バイオマテリアルとは、広義には生体及び生体関連物質との直接的・間接的相互作用下において用いられる材料と定義され、したがってそれら物質との相互作用場である材料界面の設計は、バイオマテリアルの高性能化にとって極めて重要な問題として位置付けられている。本研究ではこのような背景の元、親水性高分子を用いた新規機能性界面の構築について検討を行った。界面を構築するための高分子として、近年その特性から注目を浴びているポリ(エチレングリコール)(以下PEGと称する)、および従来より幅広く用いられているポリ(ビニルアルコール)(以下PVAと称する)を出発物質として用い、それらの様々な誘導体による界面の構築について検討した。

 PEGはエチル連鎖が酸素原子にはさまれた、極めて単純な分子構造を有する。その構造的な単純さにもかかわらず、他の高分子とは極端に異なる特異な機能をもつことから、生医学材料分野で非常に幅広く応用研究がなされている高分子である。ポリ(エチレングリコール)の特性として、(1)低毒性、(2)免疫原性を有さない、(3)水および幅広い有機溶媒に溶解し、また極めて特異な溶解挙動を示す(4)他の高分子との高い相分離性、などがあげられる。これらの特性に着目し、タンパク質へのコンジュゲーションによる体内ステルス性の付与、材料表面への固定化による非特異吸着の抑制能を付与する、ブロックコポリマーおよびグラフトコポリマーの一成分として用いることによる分子集合体形成への応用、などの試みがなされている。PVAはわが国で伝統的に研究されてきた高分子であり、分子量、けん化率の制御による水に対する溶解挙動の変化、側鎖への官能基の導入による機能化などが幅広く検討されている。紡績・成型技術が確立されていることとあいまって、透析膜などへの応用が図られている。

 本研究においてはこれら二つの高分子をベースとし、特にナノ〜マイクロスケールでの構造に着目して界面構築を行い、それらの機能を評価した。第2章から第5章の各章において、詳細について論じている。第2章及び第3章ではPEGを、また第4章及び第5章ではPVAをベースとした界面設計及びその生医学方面への応用について、それぞれ論述している。

 第2章及び第3章においては、PEGと疎水性連鎖とのブロック共重合体を用い、その相分離性を利用した表面構築法を検討した。疎水性連鎖としては、生分解性ポリマーとして知られているポリ(ラクチド)(以下PLAと称する)を選択した。PEGは主としてエチレンオキサイドのアニオン開環重合によって合成され、これをマクロモノマーとするブロックコポリマー及びブロックコポリマーの合成が幅広く知られている。そこで、保護された官能基を有する重合開始剤を用いてエチレンオキシドとラクチドの逐次開環重合を行うことで、両末端に異なる官能基を有するPEG/PLA(ヘテロ2官能性PEG/PLA)を合成し、そのブロックコポリマーの自己組織化反応を利用した界面構築法を検討した。PEG/PLAブロックコポリマーは水中で自己組織化によるコア-シェル構造を有する高分子ミセルを形成することが知られている。この点に着目し、アセタール-PEG/PLA-メタクリロイルという構造を有するブロックコポリマーを用い、内核を化学結合により安定化した反応性高分子ミセルを調製した。このナノ構造体を利用した表面の秩序構造の構築、及びその構造が有する特異な高分子篩効果を検討が第2章の骨子である。また第3章では、PEG/PLAブロックコポリマーの自己組織を溶液中のみならず固相界面へ展開することを着想し、PLA界面でのPEG/PLAブロックコポリマーの自己組織化によるPEG化界面の構築および応用展開を企図した。PEG化界面がタンパク質及び細胞の非特異的吸着を高度に抑制することを利用し、微細加工技術との融合展開を図ることで、細胞の空間位置制御および機能性肝細胞マイクロアレイの調製について材料化学および細胞生物学の観点から詳細な実験を行い、その有用性についての議論を展開している。

 第4章および第5章は、第3章においてその可能性が議論された機能性細胞マイクロアレイの構築に主題をおき、PVAを主骨格とする細胞非接着性を有する光反応性高分子材料を利用した研究についての論述から構成されている。第4章では、微細加工技術として広く知られている紫外光リソグラフィを用い、PVA側鎖にアジド基を導入した材料による細胞マイクロアレイ用培養基板の直接調製法を確立し、物性評価および細胞パターニング能の検討を行っている。第5章ではこの培養基板を用い、初代培養肝細胞のマイクロアレイ化およびその長期機能維持について、薬物代謝酵素の機能発現という観点から詳細な検討を加えた結果について論述している。

 第6章において、これら一連の実験から得られた結果の位置付け、及びバイオマテリアル界面の設計について及ぼす波及効果について論述し、これらを総括することで次世代バイオマテリアル開発の将来展望について言及した。

審査要旨 要旨を表示する

 医学と工学の融合により革新的な医療技術が開発されることに伴い、先端医療およびその研究にかかわる分野での材料、すなわちバイオマテリアルに求められる要求性能も飛躍的に高度化しつつある。バイオマテリアルは生体および生体由来成分との直接・間接的な相互作用下において用いられる材料であり、それゆえに材料界面の設計は高度機能の発現において極めて重要な問題となってくる。申請者はこの点に着目し、本学位申請論文に関わる研究において、親水性有機高分子を用いたバイオマテリアル界面の新規表面修飾および高機能化について検討を行った。

 第1章は序論であり、バイオマテリアルの定義、界面修飾法の概念について詳述し、さらに今後のバイオマテリアルに求められるであろう諸機能について論じることで、現時点での問題点を提起している。これら問題点を解決するための道筋として、本研究の目的と構成が述べられている。

 第2章では、ポリエチレングリコール(PEG)側末端にアセタール基を、ポリラクチド(PLA)側末端にメタクリロイル基を有するブロックコポリマーからなる高分子ミセルの表面修飾剤への適用について検討が行われている。水中にてコア-シェル型高分子ミセルを形成させた後に、弱酸処理によるアセタール基のアルデヒド基への変換、コアに存在するメタクリロイル基の重合を順次行うことで、高度に安定化された反応性内部重合高分子ミセル(ナノボール)を調製した。表面に存在するアルデヒド基を介して、アミノ基を有する表面上にナノボールを固定化し、さらにナノボール修飾表面に存在する未反応のアルデヒド基を介してポリアリルアミンを固定化する手順を逐次的に繰り返すことで、ナノボールを積層化した界面構造を構築している。この積層化構造を利用した親水性高分子の透過制御について、分子量の異なる三種類のデキストランを親水性直鎖高分子のモデルとして、またミオグロビン及びアルブミンを高次構造を有する親水性高分子のモデルとして用いて検討を行った結果、ナノボール積層化構造により分子量及び高次構造依存的に透過速度が顕著に変化することが示され、また親水性高分子鎖に対する溶質の親和性により物質の透過がコントロールできる可能性が示唆されている。この結果から、ナノボール積層化構造により物質分離性能を有する新規界面構築が可能であることが結論付けられている。

 第3章では、PEG末端にアセタール基を有するブロックコポリマーを用い、疎水性表面上における親疎水型ブロックコポリマーの自己組織化によるポリエチレングリコールブラシ界面構造の構築とそれを利用した機能性細胞培養床への展開についての検討結果が述べられている。PEGブラシ構造により細胞の非特異的接着を抑制した上で、プラズマ微細加工技術によりマイクロオーダーの細胞接着性ドメインを作成し、血管内皮細胞のマイクロパターニングについて検討したところ、細胞のパターニングはPEG末端に存在する官能基およびドメインの間隔に強く影響されることが示された。続いて、肝細胞特異的なリガンドであるラクトースを導入したPEG表面において肝細胞と血管内皮細胞の海-島型共培養を試みたところ、肝細胞はラクトース部位に接着することなく内皮細胞上へ特異的に接着し、スフェロイド形態をとることが示されている。このスフェロイド形成に関しては、数百ミクロン部位に限局された内皮細胞の存在がきわめて重要であることが示され、また肝細胞特異的機能の維持にも内皮細胞ドメインサイズが影響を与えることが指摘されている。これらの結果から、肝機能を固定化した細胞チップの実現が可能であることが結論づけられている。

 第4章では、前章において示された肝細胞チップをより簡便に実現するための手段として、ポリビニルアルコール(PVA)からなる細胞非接着性を有するフォトレジストを用いた細胞パターニング表面の効率的な調製が検討されている。フォトマスクを介して100ミクロンオーダーの細胞接着性ドメインを作成するための光照射条件について、表面形状の詳細な観察から最適化を行っている。続いて長期にわたって細胞のパターンを維持するために求められる性能である膜の安定性について検討を行った結果、基材とPVA膜の間に化学的な架橋構造を導入し、かつPVA膜厚を薄くすることで、一ヶ月以上の長期にわたって培養液中で安定に存在する基板を調製することに成功している。加えて、化学結合を導入した場合、PVA膜はオートクレーブ処理によっても基材から剥離することなく安定に存在し、実用化を考慮した場合の大きな利点となることが示されている。種々細胞を用いた検討の結果、調製した基板は極めて優れたパターニング能を有していることが示され、また高い細胞進展抑制能を発揮することが明らかとされている。さらに、肝細胞と内皮細胞の共培養を行ったところ、肝細胞は一ヶ月以上の長期にわたり生存することが示されている。以上の結果を元に、この基板が肝細胞機能固定化チップを実現するための極めて有用な材料であることを結論付けている。

 第5章においては、PVAパターン化基板上にて調製した肝細胞スフェロイドチップの有用性を実証するための実験として、薬物代謝機能の測定を行った結果が述べられている。薬物代謝において極めて重要な酵素であるシトクロムP450の活性を、テストステロン部位特異的水酸化反応により検討した結果、二週間にわたり初期活性を維持することが示され、一ヶ月以上の培養においても初期活性の70%程度が維持されることが示されている。加えて、誘導剤による刺激存在下において活性を測定したところ、誘導剤に応答する形で薬物代謝能が向上していることが示され、本研究において検討された肝細胞スフェロイドチップが薬物代謝アッセイのツールとして極めて有望であると結論付けられている。

 第6章は総括であり、第2章から第5章までに記述された内容を元に、研究の位置付けを再度明確にすることで、新たなバイオマテリアル界面設計の方法論の提示、それらの評価法を示すと共に、研究の波及効果及び展望についても述べられている。

 すなわち本論文は、独創的なシーズに基づく研究(第2、3章)とその結果として示されたニーズに基づく研究(第4、5章)という、両面的かつ独創的なアプローチにより、機能性高分子を用いた高性能バイオインターフェイス設計の発展性を提示するものであり、マテリアル工学の見地から極めて秀逸なものと判定される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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