学位論文要旨



No 120107
著者(漢字) 呉,嘉文
著者(英字)
著者(カナ) ウ,チャウン
標題(和) 自己組織化メソポーラス薄膜材料 : 合成、パターニング、光電応用
標題(洋) Self-Assembled Mesoporous Thin Film Materials : Synthesis,Micropatterning,and Photo-Electronic Applications
報告番号 120107
報告番号 甲20107
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6049号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 講師 高井,まどか
 九州大学 教授 桑原,誠
内容要旨 要旨を表示する

 "ナノテクノロジー"が新たな産業革命を引き起こす科学技術として大きな注目を浴びている。一般的に「分子の構造と機能を制御する技術」と定義されるナノテクノロジーは、ボトムアップとトップダウンの2つの方法が存在し、現在、IT、バイオ、環境、材料など様々な研究分野で使われている。ボトムアップアプローチの中では、「自己組織化」が最も注目されている手法の一つである。「自己組織化」の一例として、1992年Nature誌に発表された自己組織化特性をもつ両親媒性有機分子を鋳型としたシリカ多孔質材料(M41Sシリーズ)の合成研究が挙げられる。この方法による合成条件を制御することにより、メソスケール(穴のサイズは2〜50 nm)の多様な規則メソポーラス(メソ孔)構造を有する多孔質材料を合成することが可能である。これらのメソポーラス構造材料は、大きな表面積、均一な径の細孔を持つため触媒や吸着剤としての応用が期待される。また、1998年Stuckyグループにより、トップダウンアプローチのリソグラフィを用いてメソポーラス構造材料をパターニングすることがScience誌に発表された。この方法により、ナノスケールのメソポーラス構造材料をマイクロやミリメートルのスケールにパターニングや配列することが可能である。この階層的なメソポーラス材料は光・電子デバイスやセンサーなどの新たな応用が期待される。

 1992年のメソポーラス材料合成の発表以来、様々なメソポーラス材料の合成方法、特性評価、応用などについての様々な研究が進められている。しかし、構造相転移に関する研究、結晶性遷移金属メソポーラス材料の合成、あるいは新しいパターニング形成技術の開発などまだ多くの課題が残っており、応用面においても、触媒や吸着剤以外の新規光・電子デバイスの作製と評価などに関する報告例がまた少ない。メソポーラス材料の構造・形態制御および新規光電応用のためには、合成メカニズムの究明や新たなプロセスの開発が不可欠である。そこで本研究では、自己組織化とリソグラフィの2つの代表的なボトムアップとトップダウンナノテクノロジーを用いた新規メソポーラス薄膜材料の開発とその光電応用について着目した。具体的には、メソポーラス材料の合成については以下の3点である。(1)独自に開発した水蒸気中加熱エージング過程で起こる新しいメソ構造相転移を用いた高配向メソポーラス薄膜の合成。(2)垂直孔を有する結晶性チタニアメソポーラス薄膜の合成。(3)精密パターニングが可能な新規パターニング方法の開発。一方、応用に関しては、これらのメソポーラス薄膜に色素を導入し、導波路および色素増感太陽電池への応用に向けた光・電子特性の評価を行った。

 第1章では、本研究の研究背景及び目的を詳細に記述した。

 第2章では、独自に開発した水蒸気中加熱エージング過程で、シリカ薄膜のメソ構造がラメラから六方に相転移する現象を発見した。この手法を用いた、高配向六方メソポーラスシリカ薄膜および30%チタニア添加シリカメソポーラス薄膜の合成結果について報告した。メソポーラス材料の構造相転移についての報告は、従来粉末材料のみであった。メソポーラス粉末試料は水熱反応により構造相転移が起こることは知られていたが、薄膜では熱水中に入れると薄膜が基板から剥離しやすく、薄膜での構造相転移についての報告はなされていなかった。そこで、我々は熱水に浸すのではなく、水蒸気による熱処理を行うことを試みた。まず、テトラエチルオルソシリケート(TEOS)とトリブロックコポリマーP123を用い、室温でラメラ構造シリカ薄膜を合成し、その後、水蒸気中エージング処理すると、その過程でラメラ構造が六方構造に転移することを見出した。構造相転移を経たシリカ薄膜は極めて高配向の六方メソ孔構造と均一な細孔(8 nm)を持ち、高い透明性と高い熱安定性を示すことが確認された。メカニズムに関しては、水蒸気中エージング時にメソ構造表面のSi-OHとH2Oの反応が相転移を引き起こし、熱は六方メソ孔構造の安定性を与えると提案した。さらに、この手法を用い30 mol%まで任意の量のチタニア(アナターゼ)微結晶を含有し、かつ熱安定性に優れたチタニア添加メソポーラスシリカ薄膜の作製にも成功した。

 第3章では、結晶化チタニアメソ孔薄膜の合成と構造特性評価を行った。チタニアは光触媒や光電池などの応用が期待されている。しかし、従来チタニアメソポーラス材料の作製に関しては合成時の加水分解や縮重合反応などの制御が困難であり、熱安定性が低く、結晶化などによるメソ孔構造の崩壊がしばしば起こることから、合成の成功例は少なかった。そこで、本研究では強酸性環境でチタンテトライソプロポキシド(TTIP)とP123の先駆体溶液を作製し、成膜後に-20度の低温でエージングすることによりTTIPの加水分解を制御した。得られたチタニアメソポーラス薄膜は3次元立方メソ孔構造を持ち、大きな比表面積(100 m2g-1)と均一な細孔径(4 nm)を有することが確認された。また、300℃、4時間の焼成後、メソ孔構造を保ったままアナターゼ微結晶の生成も確認された。さらに高温(400℃)で焼成すると、3次元立方構造からチタニアアナターゼ柱に構造転移することを見出した。このチタニアアナターゼ柱が形成されると共に3次元立方ポアは垂直なチャンネルに変わった。得られた垂直な配向メソ孔を有する結晶性チタニア薄膜は触媒や浄化能力の向上や新規光電応用などに期待される。

 第4章では、電子線リソグラフィを用い、新たなメソポーラス薄膜材料のパターニング法を開発した。近年、材料の小型化やインテグレーションのために、Si半導体技術を用いたパターニング研究が活発に行われている。メソポーラス材料のパターニングについても、ナノスケールからマイクロやミリメートルのスケールまで規則的に配列され、階層的なメソポーラス材料の合成が注目されている。しかし、従来のパターニング方法ではそのプロセスや用いる光感光材料に関する制限するなど様々な問題点があった。そこで、本研究ではより簡単で精密、かつ多様な物質に適用できるプロセスの開発を目指した。具体的には、レジスト膜をコートしたSi基板に電子線リソグラフィを用い、円孔が四角格子状に配列されたパターンを得た(レジストモールド)。次いで、作製したレジストモールドにメソ構造前駆体溶液をキャスティングした後、乾燥、研磨、レジスト除去、焼成することにより、パターンニングしたメソポーラス薄膜を得た。パターニングされたメソポーラス薄膜は、新しい光・電子デバイスやセンサーなどへの応用が期待される。

 第5章では、本研究で合成したメソポーラスシリカおよびチタニア薄膜を用い、その光・電子応用に関する研究として、導波路と色素増感太陽電池の2つの応用特性評価についての結果を報告した。導波路作製では、規則的なメソ孔構造を利用し、色素をより高分散に添加したリッジ型メソ孔構造シリカ導波路の作製を行った。次いで、そのメソ構造シリカ導波路の光学特性とメソ構造の関係を調査した。まず、1次元ラメラ、2次元六方、3次元立方メソ孔構造の3種類の色素添加メソ孔構造シリカ導波路を作製した。その上部から、波長532 nmのレーザー光を照射すると一定の光照射強度(しきい値)以上でリッジの端面から579 nmの強い発光が観測された。また、そのしきい値はメソ孔構造に依存し、ラメラ<六方<立方の順に小さくなることを見出した。ポーラスTiO2の色素増感太陽電池は、従来コロイド状の粒子から形成され、構造の配向や均一な細孔径を持つ材料の作製が困難であった。そこで、本研究では自己組織化P123高分子を用いて均一な細孔を有するチタニア薄膜を導電性基板上に直接合成し、その色素増感太陽電池の光電特性に及ぼす焼成温度の影響について調べた。その結果、チタニアメソポーラス薄膜の結晶性が色素増感太陽電池の短絡電流密度、開放電圧及び光電変換効率に強い影響を及ぼすことが観測された。しかし、作製した膜の厚さが薄いため光電変換効率が従来方法より低く、より厚い結晶性チタニア膜の作製が必要であることが分かった。

 以上述べたように、本研究では、自己組織化メソポーラスシリカおよびチタニア薄膜材料の新規合成法とパターニング法の開発、さらに応用特性の評価を行った。この研究成果により、メソポーラス薄膜材料の光・電子デバイスへの新しい応用展開がもたらされることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 1992年に、自己組織化特性をもつ両親媒性有機分子を鋳型としてメソサイズ(2〜50 nm)の規則孔構造を有するシリカ(SiO2)多孔質材料の合成が報告されて以来、その大きな比表面積と規則孔構造の持つ特異な機能を用いた触媒担体、吸着材、フィルター、等への応用が期待され、メソポーラス材料の合成と応用に関する非常に多くの研究がなされてきた。メソポーラス材料に関する研究は、従来その多くが合成の容易な非晶質絶縁体のシリカを主成分としたものであったが、近年、光・電子デバイスやセンサーなどへの応用に向けた新機能メソポーラス材料の開発を目指して、物質自体が多様な機能を持つ遷移金属酸化物から成るメソポーラス材料の合成やリソグラフィを用いたパターニングなどに関する研究が進められている。しかしながら、明確なメソ孔構造を持つ結晶性遷移金属メソポーラス薄膜材料の合成やそのサブミクロンサイズのパターニング形成に関する報告例はまだ少なく、メソポーラス材料技術の新展開をもたらすこれらの技術の早急な確立が望まれている。本論文は、薄膜材料において新しく見出したメソ構造相転移現象とリソグラフィパターニング技術を用い、光電デバイス応用を目指した新規メソポーラス薄膜材料の開発に関する基礎研究を纏めたものであり、全6章よりなる。

 第1章は序論である。自己組織化特性を持つ有機化合物を鋳型(テンプレート)として用いるメソポーラス材料の基本的な合成法、自己組織テンプレート合成法におけるメソ孔構造の形成機構、およびメソ孔構造の評価法について述べた後、本研究の背景と目的を述べている。

 第2章では、薄膜材料において新たに見出したラメラ→六方メソ構造相転移現象を用いた高配向六方メソポーラスシリカおよびシリカ/チタニア(TiO2)薄膜の作製について述べている。具体的には、テトラエチルオルソシリケート(TEOS)とポリエチレンオキシド鎖とポリプロピレンオキシド鎖からなる両親媒性のABAブロップコポリマーP123を用い、室温でラメラ構造シリカ薄膜を合成した後、水蒸気中加熱エージング(室温→150℃)処理を行うと、ラメラ構造が六方構造に転移することを見出すと同時に、この構造相転移を経たシリカ薄膜は極めて配向性の高い六方メソ孔構造と均一な細孔(8 nm)を持ち、且つ高い透明性と熱安定性を示すことを確認している。また、この手法を用い30 mol%まで任意の量のチタニア(アナターゼ)微結晶を含有し、かつ熱安定性に優れたチタニア添加メソポーラスシリカ薄膜の作製にも成功している。さらに、このメソ構造の転移機構に関して、水蒸気中エージング過程でのメソ構造表面のSi-OHとH2Oの反応が重要な役割を演じているとするモデルを提案している。

 第3章では、ナノ結晶メソポーラスチタニア薄膜の合成とそのメソ孔構造の評価について述べている。チタニアは優れた光化学機能を有することから、光触媒や光電池などの応用を目指したチタニアメソポーラス薄膜材料の開発が期待されているが、メソ孔構造の崩壊に繋がる結晶化や粒成長が容易に起こり、現在でもその合成成功例は少ない。本研究では、チタンテトライソプロポキシドとP123から強酸性の前駆体溶液を作製し、成膜後に-20℃の低温でエージングすることにより3次元立方メソ孔構造を持つチタニアメソポーラス薄膜の合成に成功している。この薄膜は、大きな比表面積(100 m2g-1)と均一な細孔径(4 nm)を有し、300℃での焼成により、メソ孔構造を保ったままアナターゼ微結晶を生成させることが可能であることを確認している。また、400℃での焼成により、基板面に垂直なメソチャンネル構造を持つチタニアメソポーラス薄膜の作製にも成功しており、新規光電デバイス開発の可能性について言及している。

 第4章は、電子線リソグラフィを用いたメソポーラス薄膜材料の新しいパターニング技術の開発について検討している。具体的には、電子線リソグラフィによりSi基板上にサブミクロンサイズの円孔やラインから成るレジストパターンを形成し、そのレジストモールドにシリカおよびチタニア前駆体溶液をキャスティングした後、レジスト除去、焼成することにより、モールドの型を忠実に転写したシリカおよびチタニアパターン薄膜を得ている。作製されたピラーやラインは明確なメソ孔構造を有していることを、透過型および走査型電子顕微鏡により確認しており、このようなメソポーラスパターン薄膜材料の新しい光・電子デバイスやセンサーなどへの応用について述べている。

 第5章では、メソポーラスシリカおよびチタニア薄膜の光・電子デバイス応用に関する基礎研究として、導波路と色素増感太陽電池への応用に関する検討を行っている。導波路については、色素を添加したラメラ、六方、立方メソ孔構造を持つ3種のリッジ型シリカ導波路の作製を行い、上部からのレーザー光(波長532 nm)照射によりリッジ端面から強い発光(579 nm)を観測している。また、そのしきい値はメソ孔構造に依存し、ラメラ<六方<立方の順に大きくなることを見出している。一方、太陽電池については、色素を添加したメソポーラスチタニア薄膜(厚さ=200 nm)を導電性基板上に直接合成し、その色素増感太陽電池の光電特性の評価から、電池の短絡電流密度、開放電圧及び光電変換効率はチタニア薄膜の結晶性に強く依存していることを確認し、また、光電変換効率の向上には膜厚のさらなる増大が必要であることを明らかにしている。

 第6章は、本論文の総括である。

 以上のように、本論文は、メソ構造相転移現象とリソグラフィパターンニング技術の併用による新しい光・電子デバイス機能を有するメソポーラス薄膜材料の作製法を提案しており、メソポーラス薄膜材料における合成とデバイス応用研究の進展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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