学位論文要旨



No 120110
著者(漢字) 熊澤,和久
著者(英字)
著者(カナ) クマザワ,カズヒサ
標題(和) 自己集合性π共役レセプターの設計と芳香族分子の有限集積
標題(洋)
報告番号 120110
報告番号 甲20110
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6052号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,誠
 東京大学 教授 北森,武彦
 東京大学 助教授 河野,正規
 東京大学 助教授 引地,史郎
 東京大学 教授 加藤,隆史
内容要旨 要旨を表示する

 芳香族分子は非局在化したπ電子を持つことから、それらが集積することで特異な物性を発現することが知られている化合物である。例えば、芳香族分子が無限に集積した固体は、有機導電体などの電子移動材料として注目を集めている。また、芳香環に柔軟な側鎖を修飾した分子が積層することによって、カラムナー液晶性を示すなど興味深い知見が数多く報告されている。しかしながら、溶液中で芳香族分子の集積度を制御することは難しく、通常は分子が個別に分散した状態をとっている。芳香族分子を狙った数だけ集積することができれば、芳香族分子1分子の物性とも、無限に発散した集積体から発現される物性とも異なった性質を示すことが期待される。

 本研究では、芳香族分子の集積の有限制御を目指し、遷移金属錯体と有機多座配位子の自己集合により構築されるレセプターを用いて、π共役分子の選択的な認識およびπ‐π相互作用を利用した芳香族分子の有限集積を達成した。また、芳香族分子の有限集積体が特異な性質を発現することを明らかにした。論文は以下の章から構成される。

 第1章では、レセプター分子とそのゲストとなる芳香族分子の間で、π‐π相互作用が最も効率よく働くシステムの設計を行った。具体的には、2枚のパネル状有機配位子を上下に配置し、その間に芳香族分子とπ‐π相互作用するのに最適な分子空間を作ることを目指した。そこで、パネル配位子間の距離を固定する直線状の二座配位子を架橋分子(ピラー)として加え、90°の配位結合角度を持った遷移金属錯体との配位結合でパネルとピラーをつなぎ留めたレセプター構造を設計した(図1)。

 第2章および第3章では、1分子の芳香族分子を認識する自己集合性レセプター1の構築を行い、そのレセプターの性質を調べた。レセプター1を構築するための成分として、パネル配位子としてトリアジン型三座配位子2を用い、ピラーとしてピラジン3を選択した。これら2種類の配位子を、鋳型となる芳香族分子の存在下、シス位をエチレンジアミンで保護した白金錯体4で連結することによりレセプター1の自己集合に成功した(図2)。また、レセプター1に、π共役系の平面分子を選択的に認識し、その平面配座を安定化する効果があることも明らかにした。

 第4章では、π共役レセプターのパネル配位子を拡張することにより、巨大π共役系分子を包接可能なレセプター5を構築することに成功した。パネル配位子として、芳香環10枚で構成される、六座パネル配位子6を設計した。この配位子6とシス位を保護したパラジウム錯体4'と反応を行うことで、トリフェニルトリアジン7を内部に1分子包接した錯体7⊂5の定量的な自己集合を達成した(図3)。

 第5章では、π共役レセプターのピラー配位子を伸長することにより、芳香族分子を内部に2分子集積できるレセプター8の自己集合に成功した。芳香環2枚分の長さを持つピラー配位子9を用いて、パネル配位子2、パラジウム錯体4'を、鋳型分子10の存在下で反応させることによってレセプター8を構築した。さらに芳香環3枚で構成されるピラー配位子11を用いて、内部に3分子集積可能なレセプター12の自己集合も達成した(図4)。レセプター8および12は、積層したドナー性(D)、およびアクセプター性(A)芳香族分子の積層パターンの相違により、異なる吸収スペクトルを示すことを見出した(図5)。

 6章では、既存のレセプターを用いた、芳香族分子のより高次な集積を行った。その方法として、5章で得られたレセプター12を、鋳型分子10の存在下で2分子インターロックさせることによりレセプター12のパネル配位子2と鋳型分子10が交互に7重集積した構造を得ることに成功した。

 7章では、2分子の芳香族分子を包接できるレセプター8の内部空間を利用して、TTFのダイマー状態に由来する混合原子価状態の観測に成功した。テトラチアフルバレン(TTF:13)を2分子包接した錯体(13)2⊂8について、13を1分子だけ酸化することができる電位で電気分解を行い、電解後の吸収スペクトルを測定した。その結果、レセプター8内で2分子の13が混合原子価状態をとり、電荷が2分子間で非局在化したことを示す近赤外領域の吸収スペクトルを観測することに初めて成功した(図6)。

 第8章では、水溶性置換基を修飾した芳香族分子を、添加剤としてレセプターの水溶液に添加することにより、自己集合性レセプターの質量分析を行う新たな手法を開発した。本章で開発した添加剤は、π‐π相互作用によってレセプターを分子認識することで安定化し、質量分析の条件下で不安定なレセプターの分子イオンピークを観測することに成功した。

 以上のように、本研究では大きな芳香族ゲスト分子を特異的に認識する自己集合性レセプターの構築に成功した。これらは、パネル状配位子と架橋配位子、および金属イオンの組み合わせから自己集合することから、パネル配位子の拡張または架橋分子を伸長するだけで、内部空間のサイズや形状の異なる様々なレセプターを構築することができた。これらのレセプターはπ‐π相互作用により、芳香族分子を強く取り込み、複数の芳香族分子の有限集積に成功した。また、有限集積した芳香族分子からは、集積体に特異的な物性の観測にも成功した。今後、この手法を利用してさらに多くの芳香族分子の有限集積、および集積分子の配列制御も可能であると考えられる。

図1.π共役レセプターの設計

図2.レセプター1の設計と結晶構造

図3.錯体7⊂5の構造

図4.レセプター8および12の自己集合

図5.錯体10⊂1、(10)2⊂8および(10・2・10)⊂12の吸収スペクトル

図6.媒体(13)2⊂8の電解スペクトル

審査要旨 要旨を表示する

 芳香族分子は非局在化したπ電子を持つことから、それらが集積することで特異な物性を発現することが知られている。例えば、芳香族分子が無限に集積した集合体は、有機導電体などの電子移動材料として注目を集めている。しかしながら、溶液中で芳香族分子の集積度を制御することは難しく、通常は分子が個別に分散した状態をとっている。芳香族分子を狙った数だけ集積することができれば、1分子の物性とも、無限集積体から発現される物性とも異なった性質を示すことが期待される。

 本研究では、芳香族分子の有限集積を目指し、遷移金属錯体と有機多座配位子の自己集合によるレセプターの構築、レセプターによるπ共役分子の選択的な認識およびπ‐π相互作用を利用したπ共役系分子の有限集積、およびその集積分子の特異な性質の発現についてまとめたものである。本論文は以下の章から構成される。

 第1章の序論では、芳香族ゲスト分子を複数個集積可能なレセプター分子の設計を行っている。ここで、2枚のパネル状有機配位子を上下に配置し、その間に芳香族分子とπ‐π相互作用するのに最適な分子空間を作るために、パネル配位子を直線状の二座配位子を架橋分子として加え、それらを遷移金属錯体の配位結合でつなぎ留めることにより、π系分子レセプター構造を設計した。

 第2章および第3章では、1分子の芳香族分子を認識する自己集合性レセプターの構築を行い、そのレセプターの性質を調べている。レセプターを構築するための成分として、パネル配位子としてトリアジン型三座配位子を用い、ピラジンをピラーとして選択した。これら2種類の配位子とシス位を保護した白金錯体を、鋳型となる芳香族分子の存在下で自己集合することにより、レセプターの定量的な構築に成功している。また、そのレセプターは、平衡混合物からπ共役系の平面的な配座を選択的に認識できることを明らかにしている。

 第4章では、2章で用いたパネル配位子を拡張し、芳香環10枚で構成される六座パネル配位子を用いることで、巨大π共役系分子を包接可能なレセプターを構築することに成功している。

 第5章では、2章で用いたピラー配位子を伸長することにより、芳香族分子を内部に2または3分子集積できるレセプターの自己集合に成功している。芳香環2または3枚分の長さを持つピラー配位子を用いて、パネル配位子の距離を制御することにより、芳香族分子の集積数を制御することが可能であることを示している。これらのレセプターは、集積したドナー性、およびアクセプター性芳香族分子の積層パターンに依存した、特異な吸収スペクトルを示すことも見出している。

 第6章では、芳香族分子のより高次な集積を行うための方法として、既存のレセプター骨格を芳香族分子存在下で2分子インターロックさせることにより、2種類の芳香族分子が交互に最大7重集積した構造を得ている。

 第7章では、2分子の芳香族分子を包接できるレセプターの内部空間を利用して、テトラチアフルバレン(TTF)のダイマー状態に由来する混合原子価状態の観測を行っている。TTFを2分子包接した錯体内で1分子のTTFのみを電気化学的に酸化することにより、レセプター内で2分子のTTFが混合原子価状態をとり、電荷が2分子間で非局在化したことを示す吸収スペクトルを近赤外領域に観測することに初めて成功している。

 第8章では、水溶性置換基を修飾した芳香族分子を、添加剤として自己集合性レセプターの水溶液に添加することにより、レセプターの質量分析を行うことに成功している。本章で開発した添加剤は、π‐π相互作用によってレセプターを分子認識することで安定化し、従来の質量分析の条件下では観測できない不安定なレセプターの分子イオンピークを観測するという新しい概念に基づいた添加剤である。

 以上のように、本研究では大きな芳香族ゲスト分子を特異的に認識する自己集合性レセプターの構築に成功している。これらは、パネル状配位子と架橋配位子、および金属イオンの組み合わせから自己集合することから、パネル配位子の拡張または架橋分子を伸長するだけで、内部空間のサイズや形状の異なる様々なレセプターの構築を可能にしている。これらのレセプターはπ‐π相互作用により、芳香族分子を強く取り込み、複数の芳香族分子の有限集積に成功した。また、有限集積した芳香族分子からは、集積体に特異的な物性の観測にも成功している。今後、この手法を利用した分子集積体を用いることで分子デバイスなどへの応用も可能であると考えられる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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