学位論文要旨



No 120111
著者(漢字) 玉木,栄一郎
著者(英字)
著者(カナ) タマキ,エイイチロウ
標題(和) ナノ流体化学プロセスの基盤技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 120111
報告番号 甲20111
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6053号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北森,武彦
 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 助教授 立間,徹
 東京大学 講師 火原,彰秀
 東京大学 教授 藤田,博之
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は近年著しい進歩を遂げているマイクロスケールの空間を利用した化学実験をさらに集積化し、ナノ空間における化学と化学プロセスを実現するための基盤技術に関する研究の結果をまとめたものである。近年、数cm角の基板へ化学システムを集積化する研究が世界的に注目を集めている。当研究室も独自の研究で集積化化学システムを実現し、世界に先駆けて迅速分析・高効率な合成・単一細胞分析・コンビケム合成などといった複雑な化学プロセスを実現してきた。集積化化学システムにおける流路となるマイクロチャネルは、比界面積が大きく拡散距離が短いなどのサイズ効果から、高効率で迅速な分析や反応に利用できる。技術的な視点から見て、さらなる高効率化・高速化した化学システムを目指すには、必然的に集積化の極限であるナノスケールにまで加工密度を上げる必要が出てくる。一方で科学的な視点から見て、当研究室ではナノスケール空間において溶液の誘電率や粘性がサイズ依存することを明らかしてきており、溶液物性のサイズ依存を調べる上で、ナノ空間で化学プロセスを実現することは重要な知見をもたらす。これまでの研究例では、1μm以上のマイクロ空間で化学実験を行っている例はあったが、1μm以下の空間を作製すること自体が難しく、特に化学実験を実現している例はなかった。本研究では、ナノスケールの空間で分析・合成などの化学プロセスを達成することは非常に重要であると考え、これをナノ流体化学プロセスと称し、その基盤技術の開発を目指す。具体的には、マイクロ・ナノ複合構造の作製と利用・ナノ空間オンライン検出のための検出法・ナノ流体制御とナノ流体化学プロセスを検証し、化学プロセスのサイズ依存効果を明らかにした。

 第1章では、近年のμ-TASやLab-on-a-chip といわれる類似的研究の歴史的背景とその意義をまとめ、本研究の基礎となる「集積化化学実験室」という概念の有用性を示した。また、サイズ効果が液相に与える影響について概説し、ナノ空間において化学プロセスを行うことの重要性を明らかにした。さらにナノ流体化学プロセスを実現するための課題として、ナノ流体を制御するためのマイクロ・ナノ複合構造の作製と利用・ナノ空間オンライン検出のための検出法・ナノ流体制御とナノ流体化学プロセスの検証を上げ研究に対する意義を明確にし、本研究の目的を明らかにした。

 第2章では、ナノ空間の流体を自在に操るためには人間のアクセスできるcmのスケールからμmスケールの構造を経てnmスケールに至る逐次階層構造が必要であるとし、この逐次階層構造にとって最も重要なマイクロ・ナノ複合構造を作製する手法を開発した。具体的には、ナノ構造作製のための電子線描画装置、プラズマエッチング装置の実験条件を最適化することナノ構造の作製法を確立し、ナノ構造を破壊や変形をさせずにマイクロ構造の作製が出来るようにした。この手法を用いて実際に石英ガラス基板に溶液導入のためのマイクロチャネルと化学プロセスのためのナノチャネルを組み合わせたマイクロ・ナノ複合構造を作製できることを示した。マイクロ・ナノ複合構造はナノ空間で連続流プロセスを実現するのに必要不可欠であるが、ガラス基板にこのような複雑な構造を作製している研究例はない。また、マイクロ・ナノ複合構造に実際に溶液を導入すると微量な気体が中に残ってしまい、さらにラプラス圧によりナノチャネル内の液体が動かないため、溶液操作に重大な支障が生じる。これを避けるために、水に溶けやすい二酸化炭素をあらかじめ導入し、液体内で一旦減圧してから常圧にもどす、CO2置換導入法を開発した。この手法はマイクロ・ナノ複合構造中で溶液を取り扱うのに重要な手法である。以上のように本章では、ナノ流体化学プロセスを実現するのに必要不可欠な、マイクロ・ナノ複合構造の作製と溶液導入法を開発した。

 第3章では、ナノ空間オンライン検出のための検出法を新たに開発した。ナノ空間内にある分子を検出するには、検出絶対量が少ないために高い感度が必要になる。また、様々な化学プロセスに適用する上で汎用性が求められる。当研究室で開発してきた熱レンズ法は、適用範囲が広く検出感度が高いことで知られている。まず、実際にナノ構造を含む試料として神経細胞を直接測定し、細胞内のミトコンドリアからアポトーシスに伴って放出されるチトクロームcの細胞内分子分布を定量した。しかし、ナノチャネルのような試料が完全にナノ空間内に限定される場合は、これまでのような溶液内にレーザーを絞り込む方法が適用できない。そこでチャネル全体に励起光を照射して測定する手法を新たに開発し、原理を検証した。本章で開発した検出法はナノスケールの空間で多様な分子を測定する上で不可欠な検出法であり、ナノ流体化学プロセスを実現する上で大きな役割を果たすといえる。

 第4章では、ナノ空間で連続的な化学プロセスを実現するための流体制御法を開発した。ナノスケールのチャネルに溶液を流す場合、極めて大きな圧力が必要である一方、体積流量は毎分ナノリットルオーダーと非常に小さく、安定に溶液を流し続けることはポンプの性能上困難である。そのためナノチャネルに圧力駆動により溶液を流している例はこれまでになかった。そこで、本章ではナノチャネルに接続したマイクロチャネルに溶液を流し続け、背圧を制御することでナノチャネルに安定した圧力をかける手法を考案した。この手法を用いて実際にナノチャネルに流れている液の流量を測定し、背圧に応じて流量が変化することを確かめた。実際にこの手法を用いてY字のナノチャネル内で溶液を混合することに成功した。これまでの研究例ではナノチャネルで溶液を流す駆動力は電気浸透流のみであり、本章のように圧力駆動で実現した例はなかった。本章で開発した流体制御法は、ナノ空間における圧力駆動による溶液操作が可能にし、水溶液系に限らない様々な溶液を用いた化学プロセスが実現できるようになったという点で意義がある。

 第5章では、第2章から第4章までで開発したナノ流体化学プロセスの基盤技術の意義についてまとめ、展望を示した。

 以上要約したように、本研究ではナノ流体化学プロセスの基盤技術として、マイクロ・ナノ複合構造の作製と利用・ナノ空間オンライン検出のための検出法の開発・ナノ流体制御法の開発について研究した。これらの、加工・検出・流体制御の技術は化学システムをナノ空間にまで集積化する上で必要不可欠な技術であり、ナノ空間における化学システムという新たな研究分野の確立に大きく貢献するものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「ナノ流体化学プロセスの基盤技術に関する研究」と題し、近年著しい進歩を遂げているマイクロスケールの空間を利用した化学実験をさらに集積化して、ナノ空間における化学プロセスを実現するための基盤技術に関して研究した結果をまとめたものである。

 第1章では、近年のμ-TASやLab-on-a-chip といわれる類似的研究の歴史的背景とその意義をまとめ、本研究の基礎となる「集積化化学実験室」という概念の有用性を示した。また、サイズ効果が液相に与える影響について概説し、ナノ空間において化学プロセスを実現することの重要性を明らかにした。さらにナノ流体化学プロセスを実現するための課題として、ナノ流体を制御するためのマイクロ・ナノ複合構造の作製と利用・ナノ空間オンライン検出のための検出法・ナノ流体制御とナノ流体化学プロセスの検証を上げ研究に対する意義を明確にし、本研究の目的を明らかにした。

 第2章では、ナノ空間の流体を自在に操るためには人間のアクセスできるcmのスケールからμmスケールの構造を経てnmスケールに至る逐次階層構造が必要であるとし、この逐次階層構造にとって最も重要なマイクロ・ナノ複合構造を作製する手法を開発した。具体的には、ナノ構造の作製及びナノ構造を破壊や変形をさせないマイクロ構造の作製が出来るようにした。この手法により実際に石英ガラス基板に溶液導入のためのマイクロチャネルと化学プロセスのためのナノチャネルを組み合わせたマイクロ・ナノ複合構造を作製できることを示した。マイクロ・ナノ複合構造はナノ空間で連続流プロセスを実現するのに必要不可欠であるが、ガラス基板にこのような複雑な構造を作製している研究例はない。また、マイクロ・ナノ複合構造に実際に溶液を導入すると微量な気体が中に残ってしまい、さらにラプラス圧によりナノチャネル内の液体が動かないため、溶液操作に重大な支障が生じる。そこで、気体の混入を防ぐために手法として水に溶けやすい二酸化炭素を利用する溶液導入法を開発した。この手法はマイクロ・ナノ複合構造中で溶液を取り扱うのに重要な手法である。以上のように本章では、ナノ流体化学プロセスを実現するのに必要不可欠な、マイクロ・ナノ複合構造の作製と溶液導入法を開発した。

 第3章では、ナノ空間オンライン検出のための検出法を新たに開発した。ナノ空間内にある分子を検出するには、検出絶対量が少ないために高い感度が必要になる。また、様々な化学プロセスに適用する上で汎用性が求められる。当研究室で開発してきた熱レンズ法は、適用範囲が広く検出感度が高いことで知られている。まず、実際にナノ構造を含む試料として神経細胞を直接測定し、細胞内のミトコンドリアからアポトーシスに伴って放出されるチトクロームcの細胞内分子分布を定量した。しかし、ナノチャネルのような試料が完全にナノ空間内に限定される場合は、これまでのような溶液内にレーザーを絞り込む方法が適用できない。そこでチャネル全体に励起光を照射して測定する手法を新たに開発し、原理を検証した。本章で開発した検出法はナノスケールの空間で多様な分子を測定する上で不可欠な検出法であり、ナノ流体化学プロセスを実現する上で大きな役割を果たすといえる。

 第4章では、ナノ空間で連続的な化学プロセスを実現するための流体制御法を開発し、ナノ空間における化学プロセスを実現した。ナノスケールのチャネルに溶液を流す場合、極めて大きな圧力が必要である一方、体積流量は毎分ピコリットルオーダーと非常に小さく、安定に溶液を流し続けることはポンプの性能上困難である。そこで、本章ではナノチャネルに接続したマイクロチャネルに溶液を流し続け、背圧を制御することでナノチャネルに安定した圧力をかける手法を考案した。この手法を用いて実際にナノチャネルに溶液を流し、背圧に応じて流量が変化することを確かめた。これまでの研究例ではナノチャネルで溶液を流す駆動力は電気浸透流のみであり、本章のように圧力駆動で実現した例はなかった。本章で開発した流体制御法は、ナノ空間における圧力駆動による溶液操作が可能にし、水溶液系に限らない様々な溶液を用いることができるようにした点で意義がある。さらに、この流体制御法を利用してY字のナノチャネルに溶液を流しプロトン脱離反応をすることに成功し、ナノ空間における反応がバルクの反応とは異なることを示唆する結果が得られた。これまでの研究例では、ナノスケールの空間において物性を測定する例はあったが、実際に化学プロセスを実現している例はなかった。本章でナノ空間における化学プロセスを実現したことは、近年高効率化・高機能化が進んでいるμ-TAS分野において先駆的な意味を持つ。

 第5章では、第2章から第4章までで開発したナノ流体化学プロセスの基盤技術の意義についてまとめ、展望を示した。

 以上のように、本研究ではナノ流体化学プロセスの基盤技術として、マイクロ・ナノ複合構造の作製と利用・ナノ空間オンライン検出のための検出法の開発・ナノ流体制御法の開発について研究した。これらの、加工・検出・流体制御の技術は化学プロセスをナノ空間にまで集積化する上で必要不可欠な技術であり、ナノ空間における化学プロセスという新たな研究分野の確立に大きく貢献するものと期待される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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