学位論文要旨



No 120116
著者(漢字) 松本,圭司
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,ケイジ
標題(和) シリコンCVDプロセスの化学反応素過程に関する研究
標題(洋) A Study on Key Elementary Reactions in Silicon Chemical Vapor Deposition
報告番号 120116
報告番号 甲20116
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6058号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 山下,晃一
 東京大学 客員教授 船津,公人
 東京大学 助教授 戸野倉,賢一
 東京大学 講師 泉,聡志
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1.緒論

 シリコンCVD (Chemical Vapor Deposition)プロセスの代表例として、熱CVD・Hot wire CVD (HWCVD)・Plasma enhanced CVD (PECVD)があるが、これらにより生成されるアモルファス・シリコンや微結晶シリコンはそれぞれ薄膜トランジスタ・太陽電池、発光素子の材料として現在広く使用されている。しかし、それらは経験的製法に依存している現状でありそれらの詳細な膜質制御にはシリコンCVD過程の化学反応素過程からの解明が必要である。シリコンCVD過程の気相反応モデル・表面反応モデルはこれまでに提案されており[1]-[3]、それらはparticle生成の実験結果を再現できるものの、まだ解決できていない問題が存在する。

 具体的な問題点は次の通りである。気相反応に関しては、多経路反応の各分岐経路の反応速度が正確に求められていないという点である。各分岐経路の反応速度はchemical activationの反応速度とも密接に関連しており、シリコンCVDプロセスにおいて重要な役割を果たす。それにも関わらず反応速度が正確に求められていないのは、生成物の検出方法が確立していない点とともに、遷移状態のエネルギーが生成物より低い時の適切な速度定数導出モデルが存在しないためである。表面反応に関しては、disilyneやsileneの表面反応性に関して実験的にも理論的にも全く調べられていないため、モデル中で使用されているdisilyneやslileneの表面反応速度は完全な推測である点というである。特にdislilyneは、SiH4 HWCVDにおけるSi(3P)とSiH4との主要生成物であることが最近の量子化学計算から予測されており [4], さらに本研究室におけるSiH4 HWCVDの実験において気相反応生成物として検出されている。disilyneの表面反応性が高い場合、シリコン製膜の前躯体としての重要な寄与をしていると考えられるため、その表面反応性を明確にすることは非常に意義がある。

 本研究ではシリコンCVDプロセスの化学反応素過程からの解明を目指し、まず気相反応において、遷移状態のエネルギーが生成物より低い時の適切な速度定数導出モデルを確立し、そのモデルを使用しSi2H6熱分解反応に関わる分解の各分岐経路の速度定数及びSiH2 + SiH4の各分岐経路(chemical activation, stabilization)の速度定数を導出する。さらに気相反応において、SiH3 + SiH3の反応機構を明確にするために、室温における各分岐経路の分岐比を実験的に決定する。表面反応に関しては、現在のモデルでは単純な推測でしかないdisilyne及びsileneの表面反応性に関して、量子化学計算によりその表面反応性を明らかにし製膜前駆体としての重要性を明確にする。

2.シリコンCVDプロセスの既存モデル

 既存の気相反応モデル・表面反応モデルを表1・2に示す。気相反応モデルのA factor及び活性化エネルギーは量子化学計算により導出したパラメータを基に計算されている。表面反応モデルの反応(1)-(4)については速度定数の妥当性が実験により確認されているが、反応(5),(6)については前記の通り、単純な推測である。

3. 気相反応素過程に関する結果及び考察

3.1. Si2H6熱分解反応における分解経路特有の反応速度定数

Si2H6熱分解に関する素反応は次の3組の反応である。

Si2H6 → SiH2 + SiH4       (R1)

Si2H6 → H3SiSiH + H2       (R2)

SiH2 + SiH4 → Si2H6       (R-1)

SiH2 + SiH4 → H3SiSiH + H2    (R3)

H3SiSiH + H2 → Si2H6       (R-2)

H3SiSiH + H2 → SiH2 + SiH4    (R-3)

 本研究では、B3LYP/6-311G++(d,p)レベルの量子化学計算により遷移状態(TS)・生成物・反応物の構造最適化を行いQCISD(T)によりそれらのエネルギーを計算した(図2)。速度定数計算はKlippensteinにより開発されたVARIFLEXにより行った。マイクロカノニカル速度定数計算には標準的なRRKMモデルを使用し、高圧極限のカノニカル速度定数は熱平衡分布関数によるマイクロカノニカル速度定数の平均化により計算し、fall-off領域及び低圧領域のカノニカル速度定数は一次元支配方程式による非平衡分布関数を用いて導出した。

 構造最適化の結果、SiH2+SiH4のTSは合計4つ見つかったが、これらは最低エネルギーのTSを基準としたtorsional motionにより記述した。

 遷移状態のエネルギーが生成物より低い場合のマイクロカノニカル速度定数導出は、新規dual transition state theory (D-TST)により行い、その遷移状態(TS)の状態和は次式で表される。

 ここでNTSはD-TSTにおけるTSの実効的な状態和、NouterはOuter TSの状態和、NinnerはInner TSの状態和を指す。NouterはPhase Space Theory (PST) により計算し、Ninnerの計算には従来のFixed TSTを適用した。

 まず分解反応の各分岐経路の反応速度(k1, k2, k-1, k-2)について、D-TSTモデル(NTS)、Fixed TST (F-TST)モデル(Ninner)、PST(Nouter)によりk-1,k-2(高圧極限)を計算した結果、k-1ではD-TSTモデルとF-TSTモデルの差は大きく(300K<T<1500K)、k-2では両者は700K以上でほぼ同一となった。このようなD-TSTモデルとF-TSTモデルとの差の相違は、各分解経路(SiH2 + SiH4 , H3SiSiH + H2)におけるInner TSとOuter TSとのエネルギー差に起因していると考えられる。この結果から、k-2 (k2) の導出にはF-TSTモデルを、k-1 (k1) にはD-TSTモデルを適用することとした。計算により導出したk1 は全ての温度域(300K<T<1500K)で実験結果とよく一致していることを確認した。

 Si2H6熱分解におけるk2の分岐比は、温度上昇・圧力上昇とともに増加し1400K、高圧極限では約0.08である。一方100Torr以下では無視できる程度である。

 続いてSiH2 + SiH4反応の速度定数(k-1, k3)について、上記モデル(SiH2 + SiH4 にはD-TST, H3SiSiH + H2にはF-TST) により導出した結果、k3は温度上昇・圧力低下に従い増加しchemical activation反応に特有の温度・圧力依存性を示した。これに伴いk3の分岐比は温度上昇・圧力低下に従い上昇し、約1100K以上かつ約100Torr以下では支配的経路(分岐比50%以上)であることを明確にした。従って、chemical activation反応を気相反応モデルに含める必要性を明らかにした。

3.2. SiH3 + SiH3の反応機構

SiH3 + SiH3の反応機構は次のように考えられている。

SiH3 + SiH3 → SiH2 + SiH4    (2)

SiH3 + SiH3 → Si2H6**     (3)

Si2H6** → SiH2 + SiH4     (4)

Si2H6** → H3SiSiH + H2    (5)

SiH2 + SiH4 → Si2H6*     (6)

Si2H6* + M → Si2H6 + M    (7)

SiH3 は、C2Cl4 の193nm 光分解 (ArF レーザー)により生成したClを用いて次の反応(1)により生成した。

Cl + SiH4 → SiH3 + HCl    (1)

 本研究では時間分解質量分析法を用いた実験を行い、実験条件は全圧2 - 5Torr, C2Cl4 0.02 - 0.5mTorr, SiH4 2 - 10mTorr, 温度297 ± 2K(室温)である。

 次の反応(8)も考慮に入れると、SiH3のtime profileは(9)((10))式のように表される。

SiH3の実験におけるtime profileに対し(9)式を用いてfittingすることによりβを求めることができ、さらにSi2H6の実験におけるtime profileに対してfittingを行うことによっても同様にβを求めることができる。これらのfittingから、SiH3 + SiH3の反応速度はk = k2 + k3 = (9.5 ± 3.5) ×10-11 cm3 molecule-1 s-1と決定した。

 続いて反応(5)の生成物であるH2を検出しその収率を求め、0.11 ± 0.04と決定した。H2の収率は式のように表される(ηが収率)。

Reimann らは実験によりk3/(k2 + k3 ) = 0.59と求めており、これと(12)式とからk5の分岐比をk5/(k4 + k5 ) = 0.19 と決定した。3.1.(Si2H6熱分解反応における分解経路特有の反応速度定数)で確立した速度定数導出モデルによりH2の収率を計算した結果 0.08となり実験結果と良く一致した。

 Si2H6についてもH2と同様に収率を求めたところ、僅かにC2Cl4濃度依存性があり、C2Cl4濃度が0のときに外挿しSi2H6の収率を0.7以上と決定した。

 さらにSi2H6が反応(6)を経由して生成していることを確認するために、H2添加によりSiH2をトラップした時のSi2H6生成量の変化を測定した。ここでR=[ H2添加時の規格化したSi2H6生成量]/[ H2を添加しない時の規格化したSi2H6生成量] と定義すると1/Rは次式で表される。

実験により求めた1/Rを[H2]/[SiH4]に対してプロットすることによりk15/k14を決定することができるが、その値はJasinskiらやBaggotらが実験により直接求めたk14, k15から算出したk15/k14に良く一致しており、Si2H6はSiH2との反応(6)を経由して生成することを明確にした。

4.表面反応素過程に関する結果及び考察

4.1.disilyneのSi(100)-(2×1)表面における反応性

 disilyneの表面反応性を明確にする目的で、Si(100)-2×1表面を取り上げ、Si9H12クラスターモデル、Si9H14クラスターモデル(H終端)により表面を再現し、その吸着過程の活性化エネルギー・吸着エネルギーを量子化学計算により導出した。計算はB3LYP /6-31G(d) レベルで行った。

 計算の結果、H終端されていないSi(100)-2×1表面では、最安定構造に関して活性化エネルギーは存在せず吸着エネルギーは -56.0 kcal/molであった。第二安定構造・第三安定構造においても活性化エネルギーは存在しなかった。これらの結果から、disilyneのH終端されていない表面における反応性は非常に高い(sticking coefficient =1)と考えられる。

 H終端されているSi(100)-2×1表面では、最安定構造に関して10.9 kcal/molの活性化エネルギーが存在し吸着エネルギーは -25.3 kcal/molであった。第二安定構造・第三安定構造においては14.7kcal/molの活性化エネルギーが存在し、吸着エネルギーはそれぞれ-24.3, -8.5 kcal/molであった。この活性化エネルギーの値(10.9 - 14.7 kcal/mol)は、計算によるSiH4やCH3SiH3のH終端されていないSi(100)-2×1表面における活性化エネルギー(それぞれ12.0 kcal/mol, 9.0 kcal/mol)と類似しており、disilyneはH終端されている表面に対しても、SiH4やCH3SiH3のH終端されていないSi(100)-2×1表面に対する反応性と同様の反応性があると考えられる。従って、SiH4 HWCVDにおけるSi(3P)とSiH4との主要生成物であるdisilyneの表面反応性は非常に高いことが量子化学計算の結果より予測され、disilyneは製膜前駆体として非常に重要であることを明らかにした。

4.2.sileneのSi(100)-(2×1)表面における反応性

 sileneの表面反応性を明確にする目的でdisilene (H2SiSiH2, Swihart modelではSi2H4A) を代表例として取り上げ、4.1.(disilyneのSi(100)-(2×1)表面における反応性)と同様の方法でSi(100)-2×1表面吸着過程の活性化エネルギー・吸着エネルギーを量子化学計算により導出した。

 計算の結果、H終端されていないSi(100)-2×1表面では、最安定構造に関して活性化エネルギーは存在せず吸着エネルギーは -84.8 kcal/molであった。第二安定構造においても活性化エネルギーは存在しなかった。これらの結果から、disilyneと同様に、disileneのH終端されていない表面における反応性は非常に高い(sticking coefficient =1)と考えられる。

 一方、H終端表面においては、吸着安定構造は見つからなかった。disileneが終端H原子2つを同時に引き抜く構造は見つかったが、これはdisileneの各Si原子が終端H原子にそれぞれ等距離で近づく場合のみに起こる反応であり非常に稀であると考えられる。従って、量子化学計算の結果、disileneのH終端表面における反応性は非常に低いと予測され、disileneの製膜前駆体としての寄与は非常に小さいと予測した。

5.シリコンCVDプロセスの既存モデルへの効果

 3. 気相反応素過程に関する結果及び考察、及び4. 表面反応素過程に関する結果及び考察で導出した気相反応・表面反応速度定数を既存シリコンCVDモデルに適用し、そのモデルによる複合反応シミュレーションを行い、SiH4熱CVD・Si2H6熱CVD・SiH4 HWCVDの実験結果との比較を行うことにより、本研究で導出した気相反応・表面反応速度定数の妥当性を明確にした(図9、Si2H6熱CVDにおけるSi2H6濃度の温度依存性)。複合反応シミュレーションは温度分布・熱伝導・粘性を考慮したCHEMKIN(CRESLAF)により行った。disilyneの表面反応の活性化エネルギーに関してのみ、現在のSiH4 HWCVDの実験結果からはその値の妥当性は検討できないが、本研究で導出した活性化エネルギーの時、前記の通りSiH4 HWCVDにおけるdisilyneの製膜前駆体としての寄与が非常に大きいことを示した(図10)。

6.結論

シリコンCVDプロセスの化学反応素過程からの解明を目的とした本研究の成果は次の通りである。

 気相反応において、遷移状態のエネルギーが生成物より低い時の速度定数導出モデル(dual transition state theory (D-TST) モデル)を確立した。このモデルをSi2H6熱分解反応に関わる速度定数に適用し、k1(Si2H6 → SiH2 + SiH4)における実験値との比較からD-TSTモデルの妥当性を明示した。一方、k2(Si2H6 → H3SiSiH + H2 )については、従来のfixed transition state theory (F-TST) モデルによる計算結果とD-TSTモデルによる計算結果との間に明確な差はなく、F-TSTモデルで記述可能であることを示した。 k1にD-TSTモデル、k2にF-TSTモデルをそれぞれ適用し、k2の分岐比を温度・圧力の関数として計算することにより、通常の熱CVD条件下ではk2の寄与が小さいことを明らかにした。さらにこのモデルを使用し、これまで実験では求められていないchemical activation反応の速度定数k3(SiH2 + SiH4 → H3SiSiH + H2 )とstabilization反応速度定数k-1(SiH2 + SiH4 → Si2H6)を導出し、chemical activation反応(3)が約1100K以上かつ約100Torr以下では支配的となることを明確にした。従って、chemical activation反応を気相反応モデルに含める必要性を明らかにした

 続いて実験によりSiH3 + SiH3反応における分解経路の分岐比(k4 (Si2H6** → SiH2 + SiH4 (4))とk5(Si2H6** → H3SiSiH + H2 (5))を決定し、さらにSi2H6がSiH2を経由して生成する(SiH2 + SiH4 → Si2H6* (6))ことを明らかにし、SiH3 + SiH3反応機構を明確にした。また前記速度定数導出モデルによる分岐比が実験結果と良く一致することからモデルの妥当性を再度確認した。

 表面反応において、これまで製膜前駆体として重要性が全く認識されていなかったdisilyneについて、Si(100)-2×1表面およびH終端Si(100)-2×1表面における吸着過程の活性化エネルギー・吸着エネルギーを量子化学計算により導出した。Si(100)-2×1表面吸着においては活性化エネルギーが存在せずH終端Si(100)-2×1表面吸着においては10.9-14.7kcal/molの小さい活性化エネルギーが存在するという結果から、disilyneの表面反応性の高さを予測した。さらにこの結果を適用した複合反応シミュレーションでは、SiH4 HWCVDにおいてdisilyneは製膜前駆体として高い寄与をしていることを示した。

 一方、sileneの代表例と考えられるdisileneに関しては、Si(100)-2×1表面吸着においてはdisilyneと同様に活性化エネルギーが存在しないが、H終端Si(100)-2×1表面吸着においては吸着安定構造が見つからないという結果から、disileneのH終端表面に対する反応性は低いと予測した。さらにこの結果を適用した複合反応シミュレーションでは、SiH4熱CVD・SiH4 HWCVDの実験結果を良く再現することを示した。これは、シリコンCVDプロセスにおける製膜前駆体としてdisileneの寄与は小さいことを示唆する。

7.本研究の意義及び今後の発展

 本研究により、気相反応において、遷移状態のエネルギーが生成物より低い時の速度定数を正確に求めることが可能となり、chemical activation反応も含め(表3の(2)')信頼性の高い気相反応モデルを確立した(表3)。これにより、より正確なシリコンCVDモデルに関する今後の焦点は表面反応モデルに移ると考えられる。表面反応に関しては、これまで推測でしかなかったdisilyne, silene (代表例: disilene)の表面反応性を量子化学計算により予測し、(推測を含まない)実験または理論に基づく基礎的な表面反応モデルを構築した(表4)。今後の発展として、Si薄膜の膜質までモデルにより予測することが考えられ、その際にはH終端Si表面としてmonohydride (SiH)だけでなくdihydride (SiH2), trihydride (SiH3)まで表面反応モデルに含めることが必要になるが、本研究で構築した表面反応モデルはそのような表面反応モデルの基盤となると考えている。

図1.シラン熱分解反応におけるシリコン薄膜生成過程[5]

表1.シリコンCVDプロセス気相反応モデル

表2.シリコンCVDプロセス表面反応モデル

図2.Si2H6熱分解反応のエネルギーダイアグラム

図3.Si2H6熱分解反応におけるk2の分岐比

図4.SiH2+SiH4反応におけるk3の温度・圧力依存性

図5.SiH2+SiH4反応におけるk3の分岐比

図6.(a)SiH3,(b)Si2H6のtime profile

図7.Si(100)-(2×1)表面におけるdisilyneの吸着最安定構造(活性化エネルギー・吸着エネルギー)

図8.H終端Si(100)-2×1表面におけるdisilyneの吸着最安定構造(活性化エネルギー・吸着エネルギー)

図9.Si2H4熱CVDにおけるSi2H6濃度の温度依存性(本研究で導出した速度定数を適用したモデル(Revised gas phase model)と既存モデル(Swihart model)、実験値との比較)

図10.SiH4HWCXVDにおけるdisilyne(Si'(H2)Si)の製膜前駆体としての寄与

表3.本研究で新規に提案するシリコンCVDプロセス気相反応モデル

表4.本研究で新規に提案するシリコンCVDプロセス表面反応モデル

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「A Study on Key Elementary Reactions in Silicon Chemical Vapor Deposition (シリコンCVDプロセスの化学反応素過程に関する研究)」と題し、CVDプロセスでの気相及び表面における重要な化学反応素過程を解明することを目的とし、7章よりなっている。

 第1章は緒論であり、シリコンCVDプロセスにおける重要な化学反応素過程を指摘し、その反応速度がシリコンCVDプロセスに与える影響を明示するとともに、シリコンCVDプロセスの反応機構の概要を記述している。

 第2章では既存の気相反応及び表面反応モデルの問題点を記述し、本論文の目的の背景を提示している。これまでにシリレンの反応などの化学活性化を伴う反応の圧力依存が気相反応モデルに適切に考慮されていないこと、また表面反応においてはシリコン原子を二つ以上含む反応の寄与が無視されていることが大きな問題であるとしている。

 第3章は本論文の中核をなす部分であり、気相反応に関する検討の結果を述べている。遷移状態のエネルギーが生成物より低い時の速度定数の計算方法としてDual Transition State(DTS)モデルを提案し、このモデルにより初めて速度定数導出を行いDTSモデルの有効性を示している。具体例としては、熱CVDにおいて重要なジシラン熱分解を取り上げている。ジシランの熱分解はシリレンとシランが生成する経路とシリルシリレンと水素が生成する経路の二つの経路があり、いずれの経路の遷移状態も生成系よりは低いエネルギーを持つ。ジシラン分解の各経路の分岐比、並びにシリレンとモノシランとの反応における化学活性反応と安定化反応との分岐比をDTSモデルにより温度・圧力の関数として導出している。またプラズマCVDにおいて重要なシリルラジカル再結合反応の速度定数、各経路の反応分岐比、ジシランの生成経路を電子衝撃質量分析法を用いた実験から決定し、シリルラジカル再結合反応の各反応経路の分岐比の導出においてもDTSモデルが有効であることを示している。

 第4章は表面反応に関する結果及び考察であり、これまで推測でしかなかったジシリン及びシレン類(代表例:ジシレン)の反応性を、量子化学計算により導出した吸着エネルギー、活性化エネルギーを基に検討している。Si(100)-2×1表面をSi9H12クラスターにより、またH終端Si(100)-2×1表面をSi9H14クラスターによりそれぞれモデル化している。ジシリンは水素終端されていない表面に対してはエネルギー障壁なしで解離吸着するが、水素終端されている場合には10kJ/Mol程度のエネルギー障壁が存在することを示している。水素終端Si表面における反応は、シリコンCVDプロセスにおいて重要であるが、本章の結果は、モノシランのホットワイヤーCVD(HWCVD)において気相反応生成物として検出されているジシリンが、製膜前駆体として大きな寄与をなしている可能性を示唆している。

 第5章では、モノシラン熱CVD・ジシラン熱CVD・モノシランHWCVDの実験において、これまでの気相反応・表面反応モデルでは再現できなかった実験結果が本論文第3章で導いた速度定数を用いることにより再現できることを示し、本論文で得られた気相反応速度定数・表面反応速度定数のCVDシミュレーションに対するインパクトを明示している。

 第6章はまとめの章であり、気相反応に関して遷移状態のエネルギーが生成物より低い時のDTSモデルの有効性、シリレンとシランとの反応における化学活性反応を気相反応モデルに含めることの必要性を述べている。表面反応に関しては、ジシリンが製膜前駆体として重要であるが、一方でシレン類は低い表面反応性を持つこと指摘している。

 第7章では本論文の意義及び今後の発展について論じている。本論文の意義として、気相反応においては複雑なポテンシャル形状の反応に対して速度定数を正確に計算できる手法を開発したこと、それにより信頼性の高い気相反応モデルが構築できる点をあげている。今後の発展として、本研究でその重要性が明らかになったシレンやシリンの反応性について、より正確な表面反応モデルを構築して、シリコン薄膜の膜質を予測することを挙げている。そのための方法論として本研究で構築した気相反応・表面反応モデルが基盤となるとしている。

 以上要するに本論文は、シリコンCVDプロセスの化学反応素過程に関する気相および表面反応において重要な反応素過程の速度定数を評価する方法を開発し、さらにこれまで推測でしかなかったジシリン・シレン類の反応性を量子化学計算に基づき予測し表面反応モデルを構築したものであり、CVDの反応工学および化学システム工学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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