学位論文要旨



No 120124
著者(漢字) 中茂,睦裕
著者(英字)
著者(カナ) ナカシゲ,ムツヒロ
標題(和) 低融点金属を用いた2次元形状触知ディスプレイに関する研究
標題(洋)
報告番号 120124
報告番号 甲20124
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6066号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣瀬,通孝
 東京大学 教授 伊福部,達
 東京大学 助教授 井野,秀一
 東京大学 助教授 広田,光一
 東京大学 講師 川上,直樹
内容要旨 要旨を表示する

 点字ディスプレイは、3x2の行列で構成された点字情報を提示するために開発されたもので、極めて記号的な表示装置と言える。装置を利用するためには記号をエンコード/デコードする技能が必要で、ある程度の熟練が必要であった。そのため、記号化された文字情報のみならず、文字そのものの形状や図形など、より直感的な情報を表示するために様々な研究がなされてきた。複雑な形状表現には表示密度の向上が要求されるが、従来の方法では個々の点を表示するためにアクチュエータを使用することから、その大きさによる制限を受ける。このため、点間ピッチは2mm程度が限度となり、解像度は低く大型のディスプレイ装置でも提示可能な情報量は少なかった。

 本論文では、このような平面状に点を配置した触覚ディスプレイにおいて、複雑な形状情報の表示を効率的に実現することを目的とする。そのためには、高密度な刺激を生成可能な実装が必要であり、これに適した新たなアクチュエーションメカニズムを提案する。触覚提示用ピンをドットマトリクス状に細かく配置することで、高精細な平面型触覚ディスプレイシステムを開発する。触覚提示ピンを固定/開放する手段として、低融点金属を状態変化させる方法を提案し、ディスプレイ装置の開発と評価を行う。

 同一の表示面積内で複雑な形状表現するためには表示密度の向上が要求されるが、従来の方法では個々の点を表示するために高機能なアクチュエータを使用することから、表示部の実装はその大きさによる制限を受ける。このため、点間ピッチは2mm程度が限度となり、多数のアクチュエータを並べた大型のディスプレイ装置でも表示の解像度は低く、提示可能な情報量は少なかった。これまで、解像度の高い平面型の触覚ディスプレイ装置については、直感的な情報を限られた表示面積の中で効果的に認知するために様々な方法で表示の高密度化が検討されている。しかし、現状では駆動されるピンなどの大きさに対して非常に大きなアクチュエータを必要としているのが実情である。

 高精細平面型触覚ディスプレイ装置を実現するために、新たなアクチュエーションメカニズムを提案する。新たなメカニズムに必要な要件としては、高密度な実装を可能にすることと拡張性の高さが挙げられる。具体的にはアクチュエータの構造を単純化し、クラッチおよびリリースする機構を小さくまとめる必要がある。これらの用件を満足するために、低融点金属と正負の空気圧を利用したメカニズムを開発する。また、提案したアクチュエーションメカニズムによるディスプレイ装置の実現可能性を確かめるために、2種類のプロトタイプを製作する。プロトタイプ1では駆動メカニズムの動作を確認し、プロトタイプ2ではヒータマトリクスによるパラレル駆動を実現し、ディスプレイ上に任意のパターンを効率よく表示することを目指す。

 2つのプロトタイプを実装して提案手法によるアクチュエーションメカニズムの有効性を確かめるとともに、提案手法によるアクチュエータを用いて、さらに高密度な実装を可能とするディスプレイを構成するために考察する。駆動部は個別のケースを持たず、ディスプレイ装置のケース本体に組み込まれて構成される。加工精度の許す限りの高密化が可能であり、低コストで高精細な点刺激型の平面ディスプレイを構成できる。提案手法によるアクチュエーションメカニズムは、より細かな加工を施すことで実装密度をさらに高くできる。クラッチおよびリリースする機構に熱を使っていることから、構造が細かくなるほど駆動に要求される熱量は小さくなり、高速な動作が可能となる。また、ディスプレイ装置のすべての触覚提示ピンは低融点金属によってピット内部で物理的に完全に固着されるので、表示部に外力を与えても容易には表示が変化しない。常温を保っておくことで、最後の制御で表示した情報をそのまま長期間にわたって保存できる。目的の表示を継続するために、外部からのエネルギーを必要としない。

審査要旨 要旨を表示する

 2次元形状を点刺激で表現する装置は、従来より、盲人用点字出力装置として開発が進められてきた。最近、文字情報のみならず、より直感的なパターン情報の表示が議論されるようになってきた。

 本論文では、平面状に点を配置した触覚ディスプレイにおいて、複雑な形状情報の表示を効率的に実現するための技術が論じられている。具体的には、高密度な刺激を生成可能な実装を実現するために、新たな駆動機構を提案し、触知用ピンをドットマトリクス状に細かく配置した2つのプロトタイプを実装している。

 第1章では、本研究の背景について述べたあとで本研究の目的と意義について述べている。研究の背景として、生活空間内に存在する案内情報の提示手法の事例について、とくに情報提示媒体が表示する情報の更新レートに着目して分類している。また、この情報更新レートと2次元形状の情報を触覚を通じて提供する手法との関係について触れ、本研究で扱うテーマの位置付けを明確にしている。また、最後に本論文の構成について述べている。

 第2章では、2次元形状の触覚情報を提供する手法を紹介し、それぞれの手法の特徴を明確にしながら、情報表示のための手順などを紹介している。次に、おもに点刺激による2次元形状表示装置について、過去の研究と既存の点図ディスプレイ装置の事例について画素表示方法に言及し、装置を情報掲示板として利用する際の問題点を明らかにしている。最後に、触覚の認知について心理学的な見地から議論し、本論文で扱う点刺激の形状を触知するためのディスプレイを開発することの意義について述べている。

 第3章では、高精細平面型触覚ディスプレイ装置を実現するために、新たな駆動機構を提案している。新たなメカニズムに必要な要件としては、高密度な実装を可能にすることと拡張性の高さが挙げられる。具体的にはアクチュエータの構造を単純化し、固定・開放機構を小さくまとめる必要がある。これらの要件を満たすために、触知用ピンを固定・開放する手段として低融点金属を状態変化させる方法を利用し、ピンを駆動するための動力として正と負の空気圧を利用する方法を提案している。さらに、提案した駆動方式によるディスプレイ装置の実現可能性を確かめるために、予備実験をおこなっている。

 第4章では、第3章で提案した駆動機構を実装して、縦10ドット横10ドットの合計100ドットから構成される、2次元形状ディスプレイとして現実的なプロトタイプを試作している。駆動機構を試作するために、要求される機能から構造を設計して材料を選択している。前章では、熱伝達のために台座の底を薄くして利用したが、熱伝達の効率を考えて金属を利用している。触知用ピンの配置ピッチは2mmである。最後に、駆動機構の動作を確認し、考察している。

 第5章では、第4章での考察をふまえて、ヒータをマトリクス状に配置することでパラレル駆動を実現し、ディスプレイ上に任意のパターンを効率よく表示することを目指している。全体的な設計は第4章を踏襲するが、触知用ピンそれぞれに対して個別のヒータを設けたプロトタイプを製作し、その動作を確認して評価している。さらに、大規模な点図ディスプレイ装置の実現に向けて考察している。

 第6章では、提案手法によるアクチュエータを用いて、さらに高密度な実装を可能とするディスプレイを構成するための考察を行っている。これによって、既存の点図ディスプレイの点間ピッチ約3mmを格段に拡大することが検討されている。

 第7章では、本論文を統括して研究の成果をまとめるとともに、今後の課題と展望に触れ、論文全体の結論としている。

 筆者によって提案された駆動機構は、従来の触覚ディスプレイと比較して、種々の特色を持ち、低コストで高精細な点刺激型の平面ディスプレイを構成できる可能性を有している。すべての触知用ピンは低融点金属によってピット内部で物理的に完全に固着されるので、表示部に外力を与えても容易には表示が変化しないなど、新しい触覚表現のためのデバイスとして期待できる。

 本論文は、2次元形状触知ディスプレイシステムを構築するために新たな駆動機構を発明し、ディスプレイ上に任意のパターンを効率よく表示するための知見を得ており、社会的にも寄与が大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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