学位論文要旨



No 120125
著者(漢字) 阿部,浩二
著者(英字)
著者(カナ) アベ,コウジ
標題(和) 大量生物情報の可視化に関する研究
標題(洋)
報告番号 120125
報告番号 甲20125
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6067号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣瀬,通孝
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 浜窪,隆雄
 東京大学 特任教授 井原,茂男
 東京大学 助教授 広田,光一
内容要旨 要旨を表示する

 生物・医学分野における測定機器の開発・改良により、多くの実験に関して並列処理が可能となり、遺伝子配列や蛋白質の立体構造、DNAの発現量情報、蛋白質間の相互作用情報などに関するデータは膨大なものとなってきた。このため、大量に取得された生物情報を効果的に利用する技術の重要性が高まりつつある。しかし、これら情報群が蓄積されたデータベースは多数公開されてきているものの、格納された個別の情報を提示する以上の機能を有するものは少なく、多くのものは生物学的に高度な知見の導出を望む利用者の要求を満たすものとなっていないと考えられた。

 本論文は,大量の生物情報群の生物学的により高度な把握を目指す立場から,提示情報の要約処理技術および提示形式としての可視化手法について論じたものである.具体的には,大規模ネットワークの持つGraph的な特性情報を明確にし,この構造特性に現われる可視化上の問題点,反映すべき生物学的知見に応じた情報処理方式の提案および可視化手法の実装,あわせて将来の大量生物情報提示環境のあり方について論じたものである.すなわち,次世代の生物学分野における高度で複雑な情報処理・利用に向けて,

 ・どのような情報が必要となるのか?

 ・どのように生物学的知見を導出可能とするのか?

 ・どのように情報を提示すべきなのか?

 という問題を,特に蛋白質間相互作用ネットワークを対象とし,可視化により解決することを目的としたものである.

 本論文は,7章から構成されており ,第1章序論では,背景と目的について述べ研究の位置づけを明確化している.

 第2章で,従来のネットワークモデル,Graph drawing,大量上情報の提示技術についてそれぞれ概観し,大量生物情報提示の実現に必要な研究課題及び方針について整理している.

 第3章では,大量生物情報で構築されたネットワークのGraph論的な特性についての調査を行っている.具体的には,ヒトに関する全蛋白質間相互作用ネットワークの大規模性の確認とGraph構造的な特性を求めている.確認された,対象ネットワークの示すスケールフリー性に由来する問題点を解決することは,今後情報量がさらに増大した同種のネットワークに対しても容易に適用可能となることが示唆される.

 第4章では,大量生物情報の新たな処理・提示手法として,Graph構造の折り畳みによる要約化および可視化手法を提案している.

 具体的には,他の要素間の経路情報に影響を及ぼさない要素,および同一経路パターンを保持する要素群の要約化を行うことで,把握が容易な段階まで大規模ネットワークを簡略化する.また,部分的に要約を解除することで階層的な可視化も可能とする.さらに,要約化後の大域的な要約表現中においても,同時に提示することが難しかった異なるスケールでの複数視点を同時に提供することが出来るようにする.

 第5章では,提案可視化手法を2種類の異なる薬剤によるDNA発現量データに適用し,提案手法の適用事例を紹介している.

 この結果を元に,実在データへの適用時の有効性評価及び導き出される生物学的な知見に関する議論する.さらに,従来の描画手法との比較も行い,本提案手法の有効な特性についての確認も行う.

 第6章では,前章までに得られた知見から,本手法の意義の評価・考察を述べている.

 まず,現状での情報提示手法が情報の再構築および高度な意味の抽出に向いておらず,本提案手法で採用した大量情報全てを反映させた結果の提示が持つ重要性を示す.次いで,より具体的な情報提示を行うために,各種情報処理アルゴリズムに目的とする生物学的な知見を反映させることについて述べる.さらに,提案手法による情報提示が,現在の生物・医学分野で行われている作業に対し,高い正確性と時間効率を提供可能とすることについて議論する.

 最後に第7章では,結論として,本論文の主たる成果についてまとめると共に,今後の課題と展望が述べられている.

 大量生物情報の例として挙げた,蛋白質間相互作用ネットワークについて,従来の手法に比べ生物学的に高度な考察を可能とするような提示手法を提案および実証することができたと考えられる.今後,実際に利用してもらった研究者からのフィードバックを活かしインタフェースの改良を行い,幅広い生物学的な知見の取り込み方の検討を行うことで,本提案手法の適用可能な情報群を増やしていくことが期待される.

審査要旨 要旨を表示する

 生物・医学分野における測定機器の開発・改良により、多くの実験に関して並列処理が可能となり、遺伝子配列や蛋白質の立体構造、DNAの発現量情報、蛋白質間の相互作用情報などに関するデータは膨大なものとなってきた。このため、大量に取得された生物情報を効果的に利用する技術の重要性が高まりつつある。しかし、これら情報群が蓄積されたデータベースは多数公開されてきているものの、格納された個別の情報を提示する以上の機能を有するものは少なく、生物学的に高度な知見の導出を望む利用者の要求を満たすものとなっていないのが現状である。

 本論文は、生物学的な意味での高度な把握を目指す立場から、大量の生物情報群の要約処理技術および可視化手法の提案を行い実証している。ヒトに関する蛋白質間相互作用情報により構築されたネットワークの持つGraph的な特性情報を明確にし、構造特性に現われる可視化上の問題点、反映すべき生物学的知見に応じた情報処理方式の提案および可視化手法の実装により、生物学的に高度な知見の導出に適すると考えられる情報提示手法を実現している。

 本論文は、7章から構成されており 、第1章序論で研究の位置づけを明確化した後、第2章で、従来のネットワークモデル、Graph drawing、大量情報の提示技術についてそれぞれ概観し、大量生物情報提示の実現に必要な研究課題及び方針について整理している。これらの検討結果を元に、蛋白質間相互作用情報を高度に可視化・提示利用するための満たすべき基礎的要件を考察している。

 第3章では、大量生物情報で構築されたネットワークのGraph論的な特性についての調査を行っている。具体的には、二項関係で記述される蛋白質間相互作用情報を元に、ヒトに関する全蛋白質間相互作用ネットワークを構築し、大規模性の確認とそれまで報告の無かったGraph構造的な特性を示している。これらのGraph特性的に由来する問題点を解決することで、今後の情報量がさらに増大した同種のネットワークに対しても容易に適用が可能となるとの議論を展開している。

 第4章では、大量生物情報の新たな処理・提示手法として、Graph構造の折り畳みによる要約化および可視化手法を提案している。

 まず、他の要素間の経路情報に影響を及ぼさない要素および同一経路パターンを保持する要素群の要約化を行い、部分的に要約を解除することで階層的な可視化も可能となる。また、要約化後の大域的な要約表現中においても、各要素及びそれらの関係性に元となる個別の情報を同一要素で表示可能とすることで、それまで同時に提示することが難しかった異なるスケールでの複数の視点を同時に提供することが出来るようになることを示している。

 第5章では、提案可視化手法を2種類の異なる薬剤によるDNA発現量データに適用し、提案手法の適用事例を紹介すると共に、実在データへの適用時の有効性評価及び導き出される生物学的な知見に関する議論を行っている。また従来の描画手法にとの違いの比較も行い、本提案手法の有効な特性について確認している。

 第6章では、前章までに得られた知見から、本手法の意義について評価・考察を行っている。まず、現状での情報提示手法が情報の再構築および高度な意味の抽出に向いておらず、本提案手法で採用した大量情報全てを反映させた結果の提示が重要であることを示している。次いで、より具体的な情報提示を行うために、各種情報処理アルゴリズムに目的とする生物学的な知見を反映させることについて述べている。さらに、提案手法による情報提示が、現在の生物・医学分野で行われている作業に対し、高い正確性と時間効率を提供可能とすることについて議論している。

 最後に第7章では、結論として、本論文の主たる成果についてまとめると共に、今後の課題と展望が示されている。

 以上のように本論文では、「大量の生物情報に関して、より生物学的に高度な把握・利用を可能とするような提示手法を構築する」という困難な命題に対し、

「ネットワークのGraph構造特性に対する処理による複雑さの回避」、「各情報の生物学的な特性をアルゴリズムへ反映することによる大域情報と複数の細部情報の同時表示」、「大量情報全てを利用し影響を反映させる手法」を提案し、解決の方法論を実証したところに大きな功績があると考えられる。提案された手法は実在する生物学的な実験データに対し適用され、当初に考察された満たすべき要件に関する検証実験を行うなど、実証的な研究となっている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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