学位論文要旨



No 120131
著者(漢字) 今野,智介
著者(英字)
著者(カナ) イマノ,トモユキ
標題(和) 住民意識からみた市街地の水辺整備のあり方に関する研究
標題(洋)
報告番号 120131
報告番号 甲20131
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2814号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邉,達三
 東京大学 教授 岸野,洋久
 東京大学 教授 武内,和彦
 東京大学 助教授 恒川,篤史
 東京大学 助教授 加藤,和弘
内容要旨 要旨を表示する

 市街地における水辺は、独特の潤いある景観を持つことや水辺の動植物とのふれあいに場となることなどから、住民にとって貴重なアメニティ資源となり得る。しかし河川は市街化とともに減少あるいは環境の悪化が進み、大規模な水辺のない地域にとって大切な都市公園などに整備された水辺も、その存在は限られている。今日では、人々が利用することのできる水辺環境はきわめて乏しい状況にあると考えられる。

 近年ではライフスタイルの変化に伴い、自然性や若年者の環境認識への影響に関する意義が期待されるなど、人々の水辺に対する価値観や要求も変化してきている。市街地における水辺を取り巻く環境が変遷している中で、それに応えられる水辺整備のあり方を追究していく必要がある。そのためには、既存の市街地の水辺と住民との関係を把握することが重要な課題であると考えられる。とくに河川以外の、都市公園などの緑地の水辺を対象とした研究についてはほとんど進んでいない状況にあり、この面での研究が求められている。

 以上のことから、市街地住民の水辺に対する意識や利用行動の分析を通じ、アメニティに資する水辺整備のあり方を考察することを本研究の目的とした。本研究においては、市街地が形成されているものの、河川および都市公園に各種の水辺が存在している東京都文京区を対象地とした。また、今後の水辺環境の形成という視点から、将来を担う若年層ならびに育児を終え比較的自分の時間を持ちやすくなった成人層の利用が重要であるとの考えのもとに、これらの人たちを対象とした分析および考察を行うことにした。

 まず、文京区内の4つの区立中学校の生徒およびその保護者を対象として、水辺に対する意識および利用行動を尋ねるアンケートを実施した。本アンケート調査により、以下の結果が得られた。

 1)身近な水辺とのふれあいの機会および水辺の質の両方について、いずれの中学校においても、保護者は生徒より充足度が低い傾向にあることが明らかになった。さらに、保護者では水辺とふれあう機会および質の両方に対して不満を感じているものがきわめて多いこと、生徒では水辺に対する関心が低いとみられるものが2割程度存在することなどの特徴が示された。

 2)水辺のある緑地について、保護者は生徒よりも多くの地点を日常的に利用している傾向が見られた。そして保護者が緑地を利用する機会においては、通勤や外出時の移動の時間がより重要な役割を果たしているといえることが示された。また、より多くの水辺を利用している人ほど、満足あるいは不満という水辺に対する意識を明確に持っていることが示された。しかし、水辺に対する充足度と利用している水辺の個数の間には、明確な関連性を見ることはできなかった。

 3)保護者の利用行動について、ほとんどの水辺で、水や緑を眺めることおよび休息やリラックスをすることが全利用行動の半数以上を占めていた。一方で生徒は、友人とのコミュニケーションの場としての利用が全利用行動の4分の1前後を占め、利用上での重要な目的となっていた。同じ水辺であっても、両者の利用行動の傾向に差異があることが明らかになった。

 4)利用される機会や利用行動の内容を用いた対応分析により、生徒と保護者にとって区内15地点の水辺は、スポーツなど水辺に関する利用以外のことも多くなされる場所にあるグループ、移動時の利用も多く気軽なふれあい行動がなされるグループ、日本庭園のように頻度は低いけれどもじっくりと水辺とふれあう利用がなされるグループの3つに加え、保護者では神田川のようにふれあい行動の乏しいグループ、生徒では友人とのコミュニケーションがよく行われる場所のグループなどに分類された。

 これらの結果から、水辺の利用意欲のある保護者を満足させ、かつ生徒も関心を持って利用できるよう質的な整備をすすめることが、両者の水辺の質に対する充足度の向上のうえで効果があるものと考察された。また、水辺を市街地の利用しやすい位置に整備することは、とくに保護者の利用機会に対する充足度の向上に有効であると考察された。

 つぎに、とくに質に対する充足度を形成している要因について追究するために、現状の水辺に対する評価を把握する必要があるものと考えられる。そこで、生徒および保護者を対象に、区内に存在する23地点の水辺のビデオ映像を用いて、水辺から受ける印象や利用行動のふさわしさなどに関する全19項目を用いたSD法による景観評価調査を実施した。本景観評価調査により、以下のような結果が得られた。

 1)全ての項目について、評価の上位および下位5つ前後の水辺は生徒と保護者で共通していた。一方で、たとえば生徒よりも保護者は水辺による休息やリラックスの効果を評価しやすいなど、全項目のおよそ半数で両者の評価に異なる傾向があることが明らかになった。

 2)各項目の評価を用いた対応分析により、水辺は生徒では5グループ、保護者では6グループに分類された。これらのグループについて、以下の特徴が見られた。

 i.生徒と保護者の両方に形成された、播磨坂さくら並木の石造りの流れなどを含む、人工的ではあるが水のきれいさや涼しさなどが評価されている水辺のグループは、両者に好まれ、身近に欲しいと望まれている水辺であり、さらに保護者にとって休憩する場所としての評価も最も高かった。

 ii.日本庭園の池を含むグループは、生徒よりも保護者に好まれ、風景に対する評価や休息する場所としての評価が高かった。また、他のグループに比べて生物感や動植物とのふれあいが評価される傾向にあった。

 iii.本郷給水所公苑のビオトープなどの水辺の含むグループは、とくに保護者にとって、水のきれいさ、生物感、自然性ならびに休憩する場所や動植物とのふれあいの場所としての評価が高く、身近に欲しいと望まれ好まれる傾向にあった。

 iv.神田川に各地点は広さに対する評価が目立つものの、その他の評価はよいとはいえないものが多かった。生徒の方ではこれらは他の水辺と別のグループを形成しており、身近に欲しい水辺としての評価がもっとも低い傾向にあった。また徒歩池を含むグループは、接しやすさ以外に目立った評価を得ていなかった。

 3)石造りの修景施設のように、景観評価で良好な評価を得ていても実際の利用行動が多いとはいえない地点があることや、逆に利用行動が比較的多くてもそれに関係した景観評価が高いとはいえない場合があることなど、両者に乖離がある状況が示された。

 これらの結果から、水の質感が高く評価される水辺はあるものの、自然性や動植物とのふれあいの評価が高い水辺は少なく、河川の景観評価も低いといえること、また水辺の良いところを活発な利用行動を通じて住民が体感するという機会が十分にもたれていないと考えられることが、水辺の質に対する充足度に影響を与えている可能性があるものと考察された。

 以上の点から、つぎのことが結論づけられた。

 現在の文京区の住民は身の回りの水辺に対する充足度が高いとはいえず、区内の水辺によるアメニティは十分に機能しているとはいえない状況にあることが示された。この状況を改善するためには、住民の要求に応えられる質と、利用する機会を得やすい配置の両方について、今後の整備が必要であると考えられる。

 そして文京区では、住民の水辺とのふれあいにおいて都市公園などの緑地に存在する水辺が重要性を持つことが確認された。現状において、河川は人々の利用が活発であるとはいえず、景観に対する評価も低くなっている。住民に身近な都市公園において水辺の整備を推進していくと共に、水辺としての資源がより活用されるような河川環境造りが求められると考えられる。

 景観評価調査からは、水のきれいさや涼しさが高く評価され、生徒および保護者に好まれている水辺の存在が明らかになった。このようなものが利用しやすくなれば、水辺の風景を眺めたり涼しさを感じたりすることへの要求に応えることが可能であると考えられる。一方で、動植物とのふれあいが評価された水辺は少なく、それらの評価自体もあまり高いとはいえなかった。水辺の動植物を観察したりすることへの対応は不十分であり、今後はそれに適した水辺を整備していくことが重要であると考えられる。また、給水所の屋上に作られたビオトープや崖地に復元された滝のような独特の水辺は、市民から良好な評価を得ていた。石造りの修景施設や日本庭園の池などの既存の都市公園に比較的よく見られる水辺とは異なる、新たな整備の方向性を示す存在であると考えられる。

 さらに、生徒は保護者とは水辺に対する意識について異なる面をもっており、利用行動や景観評価の特徴をふまえた若年層にも親しまれる水辺の必要性が示唆された。加えて、保護者が好む水辺は多岐にわたることが示されており、目的に応じて各種の利用が行えるよう多様な水辺環境を存在させることが望ましいと考えられる。

 市街地の河川や都市公園における水辺整備においてこのような環境を創出することにより、住民の水辺のアメニティ機能に対する要求に応えやすくなり、水辺に対する充足度を改善することが可能になるものと考察された。

審査要旨 要旨を表示する

 市街地における水辺は住民にとっての貴重なアメニティ資源である。しかし、市街化に伴い、河川が減少し、また河川環境の悪化が進む一方で、都市公園などにおける水辺の整備は不十分な状況におかれている。さらに、近年、ライフスタイルが変化し、人々の水辺に対する意識や価値観、要求などが変化してきているものとみられ、それらに応えられる水辺の整備が求められているものといえる。それにはまず、市街地におけるハードウェアとしての水辺の現状とそれに係る住民の意識・利用行動との関係について把握することが必要であろう。従来、河川以外の、とくに都市公園などの水辺を対象とした研究についてほとんど行われていない現状にあり、この面での研究が求められている。

 以上の背景のもとに本研究では、住民の水辺に対する意識や利用行動の調査・分析をつうじてその実態を明らかにし、そこから得られる知見をもとにアメニティの向上に資する水辺整備のあり方についての提言を行うことを目的としている。調査地は市街化が進んでいるが、都市公園等において各種の水辺が比較的豊かに存在する東京都文京区を、対象者は、将来に向けた水辺環境の整備という点から、若年層とその保護者を取り上げている。

 まず、区内4つの区立中学校の生徒とその保護者を対象に水辺に対する意識ならびにその利用行動を尋ねるアンケートを実施し、つぎの点を明らかにしている。

 1) 身近な水辺とのふれあいの機会および水辺の質について、保護者は生徒より充足度が低く、保護者ではそのいずれにも不満を感じているものが多い。なお、生徒では、水辺への関心の低いとみられるものも相当数存在する。

 2) 水辺を有する緑地について、保護者は生徒よりも多くの地点を日常的に利用し、その利用に係る機会を形成するうえで、通勤や外出時の移動時間が大きな役割を演じている。また、多数の水辺を利用している人ほど、満足あるいは不満足といった水辺に対する明確な意識をもっている傾向がみられる。

 3) 利用行動では、保護者では水や緑を眺めることおよび休息をとる利用が多いのに対し、生徒では友人とのコミュニケーションを図る場として利用するケースが多くみられる。

 4) 利用される機会と利用行動の内容との対応分析の結果から、区内15地点の水辺が、生徒・保護者にとって、a.スポーツなど水辺に関する利用以外の利用も多くなされる場のグループ、b.移動時における利用なども多く、気軽なふれあい行動のなされる場のグループ、c.日本庭園のように頻度は低いものの、水辺とゆったりふれあう利用のなされる場のグループの3グループ、および、それに加え、保護者における、神田川のように、d.ふれあい行動の乏しい場のグループ、生徒における、e.友人とのコミュニケーションのよく行われる場のグループとに区分された。

 つぎに、水辺のビデオ映像による、水辺から受ける印象や利用行動のふさわしさなどに関する項目を用いたSD法による景観評価調査を実施している。各項目の評価を用いた対応分析から、水辺の「人工性−自然性」を示す第1軸と、「水−空間構造」のいずれが印象強さを与えているかを示す第2軸が抽出されたが、その布置結果に基づくグルーピングならびに各グループの性格づけを行い、それらに係るつぎのような考察を行っている。

 1) 生徒、保護者いずれの場合にも、人工的ではあるが水のきれいさや涼しさなどの評価されるグループが形成されている。それらは双方において好まれ、また身近に欲しいものとして望まれている。なお、保護者では休憩する場としての評価が最高であった。

 2) 日本庭園の池を含むグループは、生徒よりも保護者に好まれ、風景の享受や休息場所としての評価が高く、また生物の息吹を感じさせる点(以下、生物感と称す)ならびに動植物とのふれあいに係る点について比較的高く評価されている。

 3) 水辺を個別にみた場合、水の質感や風景に対する評価の高い水辺と比較して、自然性や動植物とのふれあいに関しての評価の高い水辺は少なかった。

 4) 景観評価において、良好な評価を得ているものの実際の利用の行動の伴わない地点がみられたり、逆に利用行動が多いにもかかわらずそれに関係した景観評価の高いとはいえないケースがみられるなど、両者間における乖離の関係のみられる状況が認められた。

 これらの結果から著者は、自然性や動植物とのふれあいについて、水辺のもつ特性の生かされた整備が少ないこと、良好な水辺において活発な利用行動をつうじて住民が体感するという機会が十分にもたれていないことが水辺の質に対する不充足感につながっている可能性のある点について指摘する。

 以上の結果をもとに、水辺整備のあり方に関し、つぎのような考察・提言を行っている。

 1) 現在の文京区の住民の身の回りの水辺に対する充足度は高いとはいえず、その改善を図るには、住民の要求に応えられる質と、利用しやすい配置の双方について満足できるような整備を行っていくことが必要である。

 2) 文京区では、都市公園などに存在する水辺が重要な役割を担っていることが確認されているが、他方で、河川の利用は活発とはいえない現状にあり、その景観上の評価も低位な状態におかれている。都市公園における水辺の整備を推進するとともに、水辺としての資源の生かされる河川における環境づくりが求められる。

 3) 中学生では、水辺に対する意識について保護者とは異なる面を有しており、その利用行動や景観評価の特性をふまえた、彼らにとっても親しむことのできるような水辺の整備の必要性が示唆される。他方、保護者の好む水辺は多岐にわたっており、その目的に応じた各種の利用に応えられる多様な水辺を用意することが望まれる。

 以上、本研究では、東京都文京区を対象として、今後の水辺環境の整備・形成上、重要な役割を担う若年層とその父兄を対象としたアンケート調査とビデオ映像による景観評価に関する調査によって、住民意識と水辺利用の実態における現状を明らかにし、そこから得られた知見をもとに水辺に対する充足度を高めるための整備のあり方に関する提言を行ったものであり、実際の政策面に反映し得る具体的な整備のあり方・方法についても何点か提示されており、学術上の価値ならびに応用面における有用性が高い。よって審査委員一同は、博士(農学)の学位を授与するのに十分値する論文であると判断した。

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