学位論文要旨



No 120136
著者(漢字) 朴,養虎
著者(英字)
著者(カナ) パク,ヤンホー
標題(和) 植物における亜硝酸還元へのアスコルビン酸からの電子供与の可能性
標題(洋)
報告番号 120136
報告番号 甲20136
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2819号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 教授 中西,友子
 東京大学 教授 篠崎,和子
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 助教授 柳澤,修一
内容要旨 要旨を表示する

 植物におけるアスコルビン酸の合成はほぼ全過程が細胞質で行われているが、最後のL-ガラクトノ-1,4-ラクトンからL-アスコルビン酸合成反応はミトコンドリアで行われている。ちなみに人はこの L-ガラクトノ-1,4-ラクトン脱水素酵素が欠損しているのでアスコルビン酸(ビタミンC)を野菜などから摂らなかればならない。植物では約2−4mMのアスコルビン酸が 細胞内外に存在し、特に葉緑体には25mM程度の高い濃度で存在している。アスコルビン酸は植物の中で三つの形で存在し、多くは還元型(AsA)で、残りは酸化型(DHA)で存在し、その中間形(モノデヒドロアスコルビン酸)はごくわずか存在している。アスコルビン酸は植物の中でこの形態変化により、抗酸化作用等の役割を果たしている。

 植物での硝酸還元過程は硝酸が硝酸還元酵素によって細胞質で亜硝酸に還元され、この亜硝酸は葉緑体に移行し、亜硝酸還元酵素によってアンモニアに還元される。最近、亜硝酸が細胞質において硝酸還元酵素によって一酸化窒素に還元されることも報告されている。

 この様に植物細胞内で硝酸還元と亜硝酸還元が行われている所とアスコルビン酸が多く存在している所が一致していることで、アスコルビン酸が硝酸還元過程になにかの影響しているのではないかと考えられる。しかしこれまではこのことについての研究報告はない。

 これを確認するため研究は大きく三つの段階に分けて進めた。第一はホウレンソウ葉断片による亜硝酸還元へのアスコルビン酸の効果、第二はホウレンソウ葉抽出液による硝酸、亜硝酸の還元へのアスコルビン酸の効果、第三は再構成系による亜硝酸還元へのアスコルビン酸の効果である。

 第一のホウレンソウ葉断片による亜硝酸還元へのアスコルビン酸の効果に関する実験では細断したホウレンソウに5mMのAsAを与えた時と与えてないときの時間ごとの植物の亜硝酸とアスコルビン酸の含在率の変化を見た。 その結果植物の亜硝酸濃度の変化は5mMのAsAを与えたときに、与えてない場合と比べて亜硝酸濃度の減少が大きいことが分かった。そのときの還元型と酸化型のアスコルビン酸の変化から、特に5mMのAsAを与えた時の植物で酸化型のDHAが多く増えているのが分かった。植物での亜硝酸還元による還元体窒素(アンモニアとアミノ酸)生成に及ぼすアスコルビン酸の影響を確認するため15N標識亜硝酸を添加して、15Nの還元体窒素への取り込みの比をみた所、 AsA添加が多い程、還元体窒素への15Nの取り込み比が高かった。またコンウェイ微量拡散分析用ユニットを利用してアンモニアのみを集め、15Nの取り込み比を調べた所同じ結果を得た。

 第二はホウレンソウ葉抽出液による硝酸、亜硝酸の還元へのAsAの効果に関する研究である。 硝酸還元酵素の役割である硝酸から亜硝酸への還元に対するAsAの影響と、硝酸還元酵素のもう一つの機能である亜硝酸からの一酸化窒素生成に対するAsAの影響を調べた。まず前者の反応でのAsAの効果は一般に硝酸還元酵素の活性を測定する時用いられるNADHの効果の10分の1位であるが、硝酸のみの添加での反応と比べて、AsAを添加した場合に硝酸が多く還元された。だがNADHとAsAを両方添加した場合はNADHだけの場合に比べると硝酸の還元が低くなった。

 硝酸還元酵素による一酸化窒素の生成へのアスコルビン酸の効果については、AsAによる化学的な一酸化窒素の生成を抑えるためpHを7.5(葉緑体のpH)に調節し、亜硝酸の添加と無添加の実験をした。その結果0.1mMの亜硝酸添加と、亜硝酸無添加両方ともAsAがあると亜硝酸が増える傾向を見せた。これは植物内にもともとあった硝酸が亜硝酸に還元されたと考えられた。これらの結果AsAは硝酸還元酵素の機能に対して硝酸還元には少し正の影響はあるが亜硝酸還元による一酸化窒素の生成には影響がないと考えられた。

 葉緑体での亜硝酸還元はまず光合成ができる昼間は光化学反応系1から電子を得てフェレドキシン(Fd)を経て亜硝酸還元酵素に電子が渡って、亜硝酸がアンモニアに還元されるが、暗条件下ではNADPHから電子がFerredoxin NADP+ reductase(FNR)を経てFdに、さらに亜硝酸還元酵素に電子が渡って、亜硝酸還元が行われると考えられている。

 暗条件下で、光合成系1に代わりにAsAが電子供与体となるかを確認する実験でホウレンソウ葉抽出液にAsA、Fdを添加して、亜硝酸還元をみた所、Fdだけを添加した場合より、FdとAsAを添加して反応させた場合に亜硝酸の還元量が多くなった。葉抽出液にAsAのみの添加では亜硝酸還元が認められなかった。この結果からAsAから直接亜硝酸還元酵素に電子が渡るのではなくFdを経て亜硝酸還元酵素に電子が渡ると考えた。NADPHとFNR,Fdが存在している場合AsAを与えても与えなくとも亜硝酸還元に差はなかったが、これに比べるとAsAとFdだけを反応させたときに亜硝酸還元量が多くなった。

 第三の再構成系による亜硝酸還元へのアスコルビン酸の効果に関する実験では亜硝酸還元過程に関わるタンパク質を単品で用いた。 使用したFdとFNRはトウモロコシの遺伝子から作成されたタンパク質、亜硝酸還元酵素はソウ類の遺伝子から作成されたものである(阪大、長谷俊治教授からの提供)。実験の結果、上記の実験と同じくFdとAsA別々による亜硝酸還元は極くわずかであった。しかしFdとAsA両方存在する場合亜硝酸還元が認められた。

 この場合AsA濃度10mMまでは亜硝酸還元が多くなった。これはAsAからFdに化学反応として直接電子が渡されるがFdには限界があることを示している。ホウレンソウ葉抽出液を再構成された亜硝酸還元系に添加すると加えてない場合に比べてAsA−Fdによる亜硝酸還元が多くなった。添加植物抽出液の量を増やしてみたが、0.2mlまでは亜硝酸還元が多くなったが、それ以上に多くならなかった。このように植物抽出液を与えることによって、亜硝酸還元が多くなったことにより、AsAからFdへの電子の移動を促進する植物因子が存在することを示唆した。再構成された亜硝酸還元系を空気あるいは窒素ガス下に置いた場合窒素ガス条件が空気よりAsAとFdによる亜硝酸還元が多くなった。15N標識亜硝酸を利用した結果AsAとFdによる亜硝酸の還元では15Nアンモニア生成量も多くなった。さらに葉抽出液を添加すると植物因子によってそのアンモニア生成量が増加した。

 以上結論としてアスコルビン酸による硝酸還元への影響のうち硝酸の亜硝酸への還元では若干の正の影響を認めたが、pH7.5での亜硝酸還元による一酸化窒素の生成では影響を認めなかった。これらに比べ亜硝酸還元へのアスコルビン酸の効果は大きく、FD,亜硝酸還元酵素タンパク質などを用いた再構成系による解折からその効果はAsAから亜硝酸還元酵素への直接の電子の供与ではなくFdの還元を通じて行われており生成物はアンモニアであった。またこれらの反応を促進する植物因子も存在すると考えられた。すなわち本研究は植物細胞においてアスコルビン酸は光化学反応系1に代わり、暗条件下でFdを還元し、この還元型Fdにより亜硝酸還元酵素に電子を供与すること、前者の反応を促進する植物因子が存在することを強く示唆した。

審査要旨 要旨を表示する

 植物では2-4mMのアスコルビン酸が細胞内外に存在し、特に葉緑体には25mM程度の高い濃度で存在している。またアスコルビン酸は植物の中で三つの形で存在し、多くは還元型(AsA)で、残りは酸化型(DHA)で存在し、その中間形(モノデヒドロアスコルビン酸、MDHA)はごくわずか存在している。アスコルビン酸は植物の中でこれらの形態変化により、抗酸化作用等の役割を果たしている。植物での硝酸還元過程は硝酸が硝酸還元酵素によって細胞質で亜硝酸に還元され、この亜硝酸は葉緑体に移行し、亜硝酸還元酵素によってアンモニアに還元される。最近、亜硝酸が細胞質において硝酸還元酵素によって一酸化窒素に還元されることも報告されている。この様に植物細胞内で硝酸還元と亜硝酸還元が行われているオルガネラとアスコルビン酸が多く存在しているところが一致していることで、アスコルビン酸が硝酸還元過程になんらかの影響しているのではないかと考えた。しかしこれまではこのことについての研究報告はなく、本研究論文は、ホウレンソウ葉断片による亜硝酸還元へのアスコルビン酸の効果(第2章)、葉抽出液による硝酸、亜硝酸の還元へのアスコルビン酸の効果(第3章)、再構成系による亜硝酸還元へのアスコルビン酸の効果(第4章)の解析を行なった報告である。

 第1章では、研究の背景と目的を述べている。

 第2章の解析では、ホウレンソウ葉断片に5mMのAsAを与えた場合には与えないときと比べて葉内亜硝酸濃度の減少が大きく、同時に還元型アスコルビン酸(AsA)が酸化型のDHAに変化していた。また15N標識亜硝酸を添加して、15Nの還元体窒素への取り込みの比をみたところ、添加AsAが多い程、還元体窒素への15Nの取り込み比が高かった。またアンモニアのみを集め、15Nの取り込み比を調べたところ同じ結果を得た。

 第3章ではホウレンソウ葉抽出液による硝酸、亜硝酸の還元へのAsAの効果を解析した。AsAは一般に硝酸還元酵素の活性を測定する時用いられる電子供与体NADHの効果の10分の1程度の硝酸を亜硝酸に還元する活性を認めた。硝酸還元酵素による一酸化窒素の生成へのAsAの効果は認められなかった。暗条件下で、AsAが亜硝酸還元反応への電子供与体となるかを調べた。葉抽出液にAsAとフェレドキシン(Fd)の両者を添加して亜硝酸還元をみたところ、Fdだけを添加した場合より亜硝酸の還元量が多くなった。AsAのみの添加では亜硝酸還元が認められなかった。この結果からAsAから直接亜硝酸還元酵素に電子が供与されるのではなくFdを経て亜硝酸還元酵素に電子が供与されると考えた。

 第4章では亜硝酸還元過程に関わるタンパク質の単品を用いた再構成系によるAsAの効果を解析した。第3章の実験結果と同じくFdとAsAの個々の添加による亜硝酸還元は極わずかであり、FdとAsA両者が存在する場合亜硝酸還元が認められた。この場合AsA濃度10mMまでは亜硝酸還元が多くなった。ホウレンソウ葉抽出液を再構成された亜硝酸還元系に添加すると加えてない場合に比べてAsA−Fdによる亜硝酸還元が多くなった。このようにAsAからFdへの電子の移行を促進する植物因子が存在することを示唆した。15N標識亜硝酸を利用した結果AsAとFdによる亜硝酸の還元では15Nアンモニアが生成された。さらに葉抽出液を添加すると植物因子によってアンモニア生成量が増加した。

 第5章では、これまで考えられていた暗条件での亜硝酸への電子供与システムであるNADPH-FNR-Fdに対して本研究で発見したAsA-Fdによる電子供与の重要性を考察している。

 以上本論文は切断葉、葉抽出液そして再構成系を用いて還元型アスコルビン酸からフェレドキシンを介して亜硝酸還元反応に電子が供与され、亜硝酸がアンモニアに還元されることを初めて示したもので、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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