学位論文要旨



No 120140
著者(漢字) 倉岡,雅征
著者(英字)
著者(カナ) クラオカ,マサユキ
標題(和) パイエル板CD3-IL-2R+細胞のIgA産生制御機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 120140
報告番号 甲20140
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2823号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 福井,泰久
 東京大学 客員助教授 戸塚,護
 東京大学 助教授 八村,敏志
内容要旨 要旨を表示する

 腸管は,生体にとって必要な栄養素を吸収する役割を果たしている一方で,病原細菌やウイルスなど有害な抗原を選択的に排除している。腸管を含む粘膜表面積はテニスコート1.5面分に相当するといわれ,生体内で最も抗原に暴露されている部位であると言っても過言ではない。腸管では腸管関連リンパ組織(GALT)が発達し,全身性の免疫応答とは異なる特有の防御機構により抗原の排除を行っている。GALTにおいて防御の主体をなすのが分泌型IgA抗体であり,IgA抗体はバイエル板や腸管膜リンパ節で誘導されると考えられている。パイエル板は小腸に散在するリンパ組織で,上皮細胞層に存在するM細胞を介して積極的に抗原をパイエル板内へと取り込んでいる。抗原が取り込まれると,パイエル板内に存在する樹状細胞,T細胞,B細胞などの相互作用により抗原特異的な抗体産生応答が惹起される。この際,パイエル板では優先的にB細胞抗体遺伝子座定常領域でμ→αのクラススイッチが起こり,表面IgA+B細胞が誘導される。IgA+B細胞は血流やリンパ管を利用して粘膜固有層に到達し,IgA抗体を分泌するIgA形質細胞へと分化,成熟する。分泌されたIgA抗体は,免疫グロブリンのJ鎖や上皮細胞からの分泌片と結合して二量体を形成し,上皮細胞を通過して腸管壁で抗原の排除にあたる。IgA産生を増強するサイトカインとしてTGF-β(μ→αのクラススイッチ),インターロイキン(IL)-5,IL-6(IgA+B細胞の成熟)などが知られているが,これらのサイトカインがどこで,どの細胞群により産生されて作用しているのかは,未解明な部分が多く残されている。

 我々は,これまでにパイエル板細胞のIL-5産生がIL-2刺激によって誘導され,これが脾臓細胞では認められないことからパイエル板に特有のIL-5誘導機構であること,またこれは非T細胞によるものである可能性が考えられることを報告している。そこで,本研究ではパイエル板におけるIL-5産生細胞の同定と表現型の解析,およびこの細胞のIL-5産生,腸管IgA産生における役割について解析することにより,パイエル板でのIL-5産生応答と腸管IgA産生誘導機構を明らかにすることを目的とした。

1.パイエルCD3-IL-2R+,細胞の同定とIL-5,産生応答における役割

 まず,パイエル板細胞のうちIL-2刺激に対してIL-5を産生する細胞群を同定することを目的として,パイエル板細胞から様々な細胞を分離してIL-5産生について検討した。その結果,一般にIL-5の供給源と考えられているCD4+T細胞では抗CD3抗体と抗CD28抗体の共刺激によりIL-5産生が誘導されたが,IL-2刺激では誘導されなかった。また,B細胞やマクロファージ,樹状細胞などパイエル板を構成する代表的な免疫担当細胞においてもIL-5の産生は認められなかった。一方で,パイエル板非T・非B細胞画分より精製したCD3-IL-2R+細胞はIL-2刺激に対してIL-5を産生することが確認された。

 次に,CD3-IL-2R+細胞がパイエル板でのIL-5産生にどの程度寄与しているのかについて検討するため,パイエル板細胞よりセルソーターを用いてCD3-IL-2R+細胞を除去し,in vitro培養系におけるIL-5産生について評価した。その結果,CD3-IL-2R+細胞を除去した場合にパイエル板細胞のIL-5産生量が大きく低下した。また,パイエル板CD4+T細胞と比較してCD3-IL-2R+細胞では約2000倍のIL-5mRNAの発現が認められたことからも,CD3-IL-2R+細胞はパイエル板における主要なIL-5供給源として考えられた。

2.パイエル板CD3-IL-2R+細胞の表現型と局在性

 これまでにIL-5を産生する細胞としてT細胞,マスト細胞,ナチュラルキラー(NK)細胞,好酸球が知られている。これらの細胞は,細胞表面分子の発現様式や形態学的な特徴により分類することが可能である。そこでまず,パイエル板CD3-IL-2R+細胞がどのような細胞群に属するのかについて検討するため,フローサイトメトリーを用いてCD3-IL-2R+細胞の表面分子の発現を検討した。その結果,CD3-IL-2R+細胞はT細胞のマーカー分子であるT細胞抗原受容体(TCR),NK細胞のマーカー分子であるNK1.1,DX5を発現していなかった。マスト細胞のマーカー分子であるc-kitに関しては,c-kit+CD3-IL-2R+細胞とc-kit-CD3-IL-2R+細胞のサブポピュレーションが存在したので,それぞれ精製してIL-5産生を検討したところ,c-kit-CD3-IL-2R+細胞のみがIL-5を産生した。形態学的には,大部分が核で構成されたリンパ球様の形態を示し,好酸球とは異なることが確認された。また,B220,CD11b,CD11cなどB細胞,マクロファージ,樹状細胞のマーカー分子の発現も認められなかった。一方で,白血球の共通マーカーであるIFA-1やCD45,粘膜免疫系に重要な役割を果たすβ7インテグリンやIL-7Rの発現が確認された。

 以上をまとめると,パイエル板CD3-IL-2R+細胞は骨髄由来のリンパ球様細胞で,代表的な免疫担当細胞や既知のIL-5産生細胞とは異なる独特な表現型を有する細胞群であることが示された。

 続いて,CD3-IL-2R+細胞のパイエル板における存在部位について検討したところ,CD3-IL-2R+細胞はパイエル板のT/B細胞境界領域および胚中心で確認された。これらの部位は,細胞間相互作用が行われ,IgA+B細胞が誘導される部位であるので,CD3-IL-2R+細胞がパイエル板におけるIgA産生に関与している可能性が考えられた。

3.CD3-IL-2R+細胞の腸管IgA産生への関与についての検討

 パイエル板CD3-IL-2R+細胞がIL-5を高産生すること,IL-5が代表的なIgA増強因子であることから,腸管IgA産生におけるパイエル板CD3-IL-2R+細胞の役割について検討した。

 コレラトキシン(CT)は粘膜アジュバントとして知られ,通常抗原の単独投与ではその抗原に特異的な抗体産生応答を惹起することが困難であるが,CTと共に投与することにより,より強い抗体産生応答を誘導できる。これを利用してCTと共に卵白アルブミン(OVA)を経口投与して腸管にOVA特異的IgAを誘導し,この際のCD3-IL-2R+細胞の活性を対照群(PBS投与群)と比較した。その結果,CT+OVA投与群(免疫群)においてパイエル板細胞のIL-2刺激に対するIL-5産生量が有意に増加していた。これは,1.対照群と免疫群とでパイエル板細胞中のCD3-IL-2R+細胞の割合は同程度であったこと,2.パイエル板細胞の細胞内IL-5を染色した結果,免疫群では対照群と比較してIL-5陽性CD3-IL-2R+細胞の割合および細胞あたりのIL-5産生量が約2倍に増加していたこと,からCT+OVAの経口免疫によりパイエル板CD3-IL-2R+細胞は活性化され,よりIL-5を産生出来るようになったことが示された。すなわち,腸管IgA産生を誘導する経口抗原に対してパイエル板CD3-IL-2R+細胞は応答し活性化されることが示され,腸管IgA産生への関与が示唆された。

 次に,細胞移入系を用いてパイエル板CD3-IL-2R+細胞の腸管IgA産生におよぼす影響について検討した。野生型マウスより調製したCD3-IL-2R+細胞を野生型マウスに腹腔より移入した場合に,対照群と比較してパイエル板細胞中のB220+IgA+細胞の割合が有意に増加した。一方,腸管膜リンパ節や脾臓ではIgA+細胞の増加は見られず,血中IgA濃度および糞中IgA含有量も移入群と対照群で同程度であった。これらより,CD3-IL-2R+細胞は生体内でパイエル板におけるIgA+B細胞の誘導に強く関与していることが示唆された。

 そこで,パイエル板CD3-IL-2R+細胞によるIgA産生誘導機構を解明することを目的として,B細胞とのin vitro共培養系を用いて解析した。リポ多糖(IPS)刺激でパイエル板B細胞とパイエル板CD3-IL-2R+細胞を共培養した場合に,パイエル板B細胞単独の場合と比較して培養上清中のIgA濃度が有意に亢進した。この共培養による増強効果は,抗IL-5抗体の添加により抑制されたことから,パイエル板CD3-IL-2R+細胞はIL-5を産生することによりB細胞のIgA産生を亢進することが示された。

 以上をまとめると,本研究では新規IL-5産生細胞としてパイエル板CD3-IL-2R+細胞を同定し,パイエル板CD3-IL-2R+細胞がIL-2刺激に対してIL-5を産生すること,パイエル板での主要なIL-5供給源だと考えられること,既知のIL-5産生細胞とは異なる表現型を示すことを明らかにした。また,CD3-IL-2R+細胞がパイエル板内でIgA+B細胞が誘導される胚中心に存在すること,in vitroにおいてパイエル板B細胞のIgA産生をIL-5依存的に亢進することを示した。さらに,移入系を用いた実験によりパイエル板CD3-IL-2R+細胞はパイエル板でのB220+IgA+細胞の産生に寄与していることが示された。本研究により,パイエル板CD3-IL-2R+細胞を介した新たなIL-5産生誘導機構,および新たな腸管IgA産生誘導機構が提示され,腸管免疫応答の全貌の解明につながるものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 腸管は,病原細菌やウイルスなど有害な抗原を選択的に排除する。防御の主体をなすのがIgA抗体であり,IgA抗体はパイエル板で誘導される。IgA抗体はTGF-βやインターロイキン-5(IL-5),IL-6などのサイトカインにより制御されていることが知られているが,なぜパイエル板でIgA抗体が優先的に誘導されるのか不明であった。本論文ではパイエル板におけるIL-5産生に着目し,IL-5産生細胞を同定して表現型の解析を行い,腸管IgA産生における役割について解析している。

 緒言において本論文の背景について言及した後,第一章ではパイエル板細胞中IL-2刺激に対してIL-5を産生する細胞群を同定することを目的として解析を行い,パイエル板非T・非B細胞画分より精製したCD3-IL-2R+細胞(CD3を発現せずIL-2受容体を発現する細胞)がIL-2刺激に対してIL-5を産生することを示している。さらに,CD3-IL-2R+細胞を除去した場合にパイエル板細胞のIL-5産生量が大きく低下したこと,CD4+T細胞と比較してCD3-IL-2R+細胞は約2000倍のIL-5mRNAを発現することから,CD3-IL-2R+細胞はパイエル板での主要なIL-5供給源であることが示されている。

 第二章では,パイエル板CD3-IL-2R+細胞がどのような細胞群に属するかについて細胞表面分子の発現や形態学的な特徴について検討した。その結果,CD3-IL-2R+細胞はIL-5産生細胞として知られているT細胞,マスト細胞,ナチュラルキラー細胞,好酸球のいずれの細胞群にも属さないことが示されている。また,代表的な免疫系細胞のマーカー分子の発現は認められなかった。すなわち,パイエル板CD3-IL-2R+細胞は新規IL-5産生細胞であり,代表的な免疫系細胞とは異なる独特な表現型を有する細胞であることが示されている。また,組織染色の結果からCD3-IL-2R+細胞はパイエル板内でIgA+B細胞が誘導される部位である胚中心に存在することが示され,CD3-IL-2R+細胞がパイエル板でのIgA産生に関与している可能性が示されている。

 第三章では,パイエル板CD3-IL-2R+細胞の腸管IgA産生における役割について検討した。コレラトキシン(CT)は粘膜アジュバントとして知られ,抗原をCTと共に投与することで腸管に強いIgA産生応答を誘導できる。これを利用してCTと共に卵白アルブミン(OVA)を経口投与(免疫群)して腸管にOVA特異的IgAを誘導し,CD3-IL-2R+細胞のIL-5産生を対照群と比較した。パイエル板細胞の細胞内IL-5を染色した結果,免疫群では対照群に比しIL-5陽性CD3-IL-2R+細胞の割合,細胞あたりのIL-5産生量が約2倍に増加することが示され,腸管IgA産生を誘導する経口免疫に対してパイエル板CD3-IL-2R+細胞が活性化されることが示されている。また,細胞移入系を用いた解析からCD3-IL-2R+細胞をマウスに腹腔より移入した場合,パイエル板細胞中のB220+IgA+細胞の割合が有意に増加することから,CD3-IL-2R+細胞はパイエル板でIgA+B細胞を誘導することが示されている。また,パイエル板B細胞とCD3-IL-2R+細胞をリポ多糖刺激下で共培養した場合に,B細胞単独の場合と比較して培養上清中のIgA濃度が有意に亢進した。このIgA増強効果は抗IL-5抗体の添加により抑制されたので,パイエル板CD3-IL-2R+細胞はIL-5を産生してB細胞のIgA産生を亢進することが示されている。最後に,総合討論ではパイエル板CD3-IL-2R+細胞のIL-5供給源としての可能性,CD3-IL-2R+細胞を介したパイエル板での新たなIgA抗体誘導機構について考察している。

 以上をまとめると,本論文ではパイエル板CD3-IL-2R+細胞がIL-2刺激に対してIL-5を産生すること,パイエル板での主要なIL-5供給源であること,既知のIL-5産生細胞とは異なる表現型を示すことを明らかにした。また,CD3-IL-2R+細胞がIgA+B細胞が誘導されるパイエル板胚中心に存在すること,パイエル板においてB220+IgA+細胞を誘導すること,パイエル板B細胞のIgA産生をIL-5依存的に亢進することを示した。本論文により,パイエル板CD3-IL-2R+細胞を介した新たなIL-5産生誘導機構および新たな腸管IgA産生誘導機構が提示され,学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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