学位論文要旨



No 120149
著者(漢字) 中条,哲也
著者(英字)
著者(カナ) チュウジョウ,テツヤ
標題(和) イネにおけるエリシター応答性WRKY型転写因子の機能解析
標題(洋)
報告番号 120149
報告番号 甲20149
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2832号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 西澤,直子
 東京大学 助教授 鈴木,義人
 東京大学 助教授 野尻,秀昭
内容要旨 要旨を表示する

 植物は動物のような免疫系を持たないが、糸状菌、細菌、ウィルスなどの病原体が感染すると、これを特異的な機構で認識し、様々な抵抗性反応を示すことで生存を図っている。病原体感染に対する植物の抵抗性応答の直接的な引き金となる特異的因子を一般にエリシターと呼び、病原体の感染を受けた植物では、病原体や植物の細胞表層由来の断片などがエリシターとなって活性酸素の発生、PRタンパク質と総称される抗菌性タンパク質やファイトアレキシンと呼ばれる低分子の抗菌性物質の生産など様々な抵抗性反応が誘導されることが知られている。

 我々の研究グループは、イネ液体培養細胞におけるエリシター誘導のシグナル伝達経路の全貌の解明を目的として研究を進めてきた。その過程において、イネのexpression sequence tag(EST)を用いたマイクロアレイ解析を行ったところ、エリシター応答性のWRKY遺伝子が少なくとも2種類存在していることが明らかになった。WRKY型転写因子は、エリシター応答性遺伝子のエリシター応答配列(W-box)に特異的に結合する植物特有の転写因子として同定されたが、エリシター応答はもとより、サリチル酸応答を示す防御関連遺伝子の発現制御に重要な役割を果たす転写因子として、現在もっとも注目されている転写因子ファミリーの一つである。イネにおいてWRKY型転写因子の生物学的な役割はほとんど報告されていない。イネ以外の植物において、これまで報告されている防御応答に関わるWRKY型転写因子の多くがエリシターによって誘導されることから、これらのイネのエリシター応答性WRKY型転写因子もイネの防御応答に関わっている可能性が高いと考えられ、その生物学的機能に非常に興味が持たれる。

 本研究では、イネのエリシター誘導のシグナル伝達経路の一端を明らかにすることを目的として、これら2種のエリシター応答性WRKY型転写因子を単離し、機能解析を試みた。

1.エリシター応答性WRKY遺伝子OsWRKY53・OsWRKY71の単離

 マイクロアレイ解析によって存在が示された2種のエリシター応答性WRKY遺伝子のcDNAをESTデータベースの配列データ及びRice GAASの推測配列データに基づいて設計したプライマーと、キチンエリシター処理後1時間のイネ液体培養細胞から抽出したtotal RNAを用いてRT-PCRによってクローニングした。得られたcDNAの塩基配列をデータベースで解析した結果、それぞれOsWRKY53、OsWRKY71であることが確認された。また、アミノ酸配列を解析した結果、OsWRKY53はCys2His2 zinc finger motifタイプであるWRKYドメインを2個持つグループI、OsWRKY71はCys2His2 zinc finger motifタイプであるWRKYドメインを1個持つグループIIに属していることが明らかになった。

 ノーザン解析により、OsWRKY53、OsWRKY71はイネ液体培養細胞において、イモチ病菌由来の2種類のエリシターであるキチンエリシター及びスフィンゴリピドエリシターによって処理後30分以内に発現が誘導され、1時間でピークに達し、以後漸減することが示された。さらに、OsWRKY53、OsWRKY71はイネ植物体において、イモチ病菌接種によって接種後6時間以内に発現が誘導されることが示された。以上の結果から、これらのWRKY型転写因子がイネのイモチ病菌に対する非特異的な抵抗性反応の初期段階に関与している可能性が示唆された。

 また、ノーザン解析により、OsWRKY53、OsWRKY71はイネ液体培養細胞において、ジャスモン酸によっても発現が誘導されることが明らかになった。我々の研究グループは、イネ液体培養細胞におけるエリシター誘導のファイトアレキシン生産において、エリシター刺激のシグナルトランスデューサーとしてジャスモン酸(JA)が重要な役割を果たしていることを明らかにしていることから、イネの抵抗性反応におけるJAの役割を解明する上でも、これらのWRKY型転写因子の機能に興味が持たれる。

2.OsWRKY53・OsWRKY71の核局在性・W-box結合能の確認

 GFPとOsWRKY53及びOsWRKY71の融合タンパク質をCaMV35Sプロモーターの制御のもと、タマネギ表皮細胞内で一過的に発現させたところ、核にのみGFPの蛍光が観察されたことから、OsWRKY53、OsWRKY71の核局在性が確認された。また、thioredoxin(Trx)とOsWRKY53の融合タンパク質及びmaltose-binding protein(MBP)とOsWRKY71の融合タンパク質をタンデムに並んだW-boxを含むプローブに対するゲルシフトアッセイに供した結果、シフトバンドが観察された。Trx及びMBPのみではシフトバンドが観察されなかったこと、及びW-boxに変異を導入したプローブを用いた場合Trx-OsWRKY53またはMBP-OsWRKY71を加えてもシフトバンドが観察されなかったことから、OsWRKY53、OsWRKY71が特異的にW-boxを認識して結合することが確認された。

3.OsWRKY53の機能解析

 OsWRKY53の機能解析の一環として、マイクロアレイ解析を用いてOsWRKY53の標的遺伝子をスクリーニングすることにした。アグロバクテリウムを用いた形質転換によりOsWRKY53過剰発現変異株(イネ培養細胞)を5ライン作製し、そのうち2ラインをマイクロアレイ解析に供した。対照区として、空のプラスミドで形質転換したイネ培養細胞を用いた。アジレント社のオリゴマイクロアレイを用いた結果、OsWRKY53過剰発現変異株においてキチナーゼやPR-4などのPRタンパク質遺伝子や、いくつかのWRKY遺伝子などの抵抗性反応に関わると考えられる遺伝子の発現量が対照区と比べて2倍以上増加していることが明らかになった。また、OsWRKY53過剰発現変異株5ライン全てにおいて、これらの遺伝子の発現が活性化されていることを定量的RT-PCRにより明らかにした。これは、マイクロアレイ解析によって得られた複数の遺伝子の発現が活性化しているという結果が、ライン特異的なものではなく、OsWRKY53を過剰発現させたことによるものであることを示している。

 次に、データベースを用いてこれらの遺伝子の5'上流域の塩基配列を解析した結果、多くの遺伝子の5'上流域にW-boxが複数存在していた。また、現時点で少なくとも3種類の遺伝子(キチナーゼ、PR-4、WRKY)がキチンエリシターによって発現が誘導されることが明らかになった。以上の結果は、これら一連の遺伝子群が、キチンエリシターによって誘導されたOsWRKY53によって発現を正に制御されている可能性が極めて高いことを示している。現在、レポータージーンアッセイにより、これらの遺伝子のキチンエリシター応答性領域の同定をW-boxを中心に試みるとともに、OsWRKY53過剰発現変異株、OsWRKY53発現抑制株(それぞれイネ植物体)を作製し、それらのイモチ病菌に対する抵抗性の変化を観察している。

4.OsWRKY71の機能解析

 OsWRKY71の機能解析の一環として、マイクロアレイ解析を用いてOsWRKY71の標的遺伝子をスクリーニングすることにした。アグロバクテリウムを用いた形質転換によりOsWRKY71過剰発現変異株(イネ培養細胞)を6ライン作製したが、OsWRKY71の発現量にライン間で差が認められたため、発現量が多いほうから2つのラインをマイクロアレイ解析に供した。アジレント社のオリゴマイクロアレイを用いた結果、OsWRKY71過剰発現変異株においてキチナーゼやヒートショックプロテインなどの抵抗性反応に関わると考えられる遺伝子の発現量が対照区と比べて2倍以上増加していることが明らかになった。

5.まとめ

 本研究ではイネにおける2種のエリシター応答性WRKY遺伝子、OsWRKY53、OsWRKY71を単離し、それぞれの遺伝子がイネ植物体においてイモチ病菌接種によっても発現が誘導されることを明らかにするとともに、核内局在性、W-box特異的な結合能を確認した。さらに、OsWRKY53過剰発現株及びOsWRKY71過剰発現変異株を用いたマイクロアレイ解析の結果、イネの抵抗性反応に関わると考えられる様々な遺伝子の発現が活性化されていることが明らかになった。また、これらの遺伝子の多くがエリシター応答性であり、かつそれらの5'上流域には、複数のW-boxが存在しているものが多く見受けられた。以上のことは、イネの抵抗性反応に関わると考えられる遺伝子群が、OsWRKY53、OsWRKY71もしくはそれらによって誘導されるWRKY型転写因子によって発現を制御されている可能性が高いということを示唆している。

 近年、植物が有している抵抗性を高めることによって病害を防除する薬剤が注目されている。本研究で得られた知見は、イネの自己防御機構の解明につながるとともに、そのような薬剤開発のための科学基盤の構築に寄与するものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 WRKY型転写因子は植物特有の転写因子である。病原体感染シグナルとして機能するエリシターやサリチル酸に応答性を示し、植物における防御関連遺伝子の発現制御に重要な役割を果たしていると考えられることから、近年注目を集めている。イネにおいても、90種以上が存在し、大きなファミリーを形成しているが、それらの生物学的機能についてはほとんど未解明である。本論文では、イネのエリシター応答性WRKY型転写因子をコードするOsWRKY53、OsWRKY71のcDNAを単離し、その遺伝子産物の機能を解析した。

 まず序論で、植物の抵抗性反応機構や、WRKY型転写因子をはじめとする植物の抵抗性反応に関与する転写因子、イネの抵抗性反応におけるWRKY型転写因子の関与について概説し、さらに本論文の研究目的について述べた。

 第1章では、OsWRKY53、OsWRKY71のcDNAを単離し、それらのイネ液体培養細胞におけるキチンエリシター、スフィンゴリピドエリシター、ジャスモン酸応答性およびイネ植物体における親和性イモチ病菌応答性を明らかにした。さらに、OsWRKY53、OsWRKY71が核に局在すること、エリシター応答性遺伝子のエリシター応答配列であるW-boxに対し特異的結合能を有することを明らかにした。

 第2章では、OsWRKY53を過剰発現させたイネ形質転換培養細胞を作製し、マイクロアレイ解析によるOsWRKY53標的遺伝子のスクリーニングを行った。その結果、OsWRKY53を過剰発現させたイネ形質転換培養細胞において、イネの抵抗性反応に関与すると考えられる様々な遺伝子群の発現が活性化されていることが示された。さらに、OsWRKY53を過剰発現させたイネ形質転換植物体が、親和性イモチ病菌に対する抵抗性を獲得することも明らかになった。以上のことから、OsWRKY53がイネの抵抗性反応に関与する転写因子であることが明らかになった。

 第3章では、OsWRKY71を過剰発現させたイネ形質転換培養細胞を作製し、マイクロアレイ解析によるOsWRKY71標的遺伝子のスクリーニングを行った。その結果、OsWRKY71を過剰発現させたイネ形質転換培養細胞において、イネの抵抗性反応に関与すると考えられる様々な遺伝子群の発現が活性化されていることが示され、OsWRKY71がOsWRKY53と同様にイネの抵抗性に関与する転写因子であることが強く示唆された。

 以上、本論文はイネのエリシター応答性WRKY型転写因子遺伝子OsWRKY53、OsWRKY71のcDNAの単離・機能解析を行い、それらがイネの病害抵抗性発現において重要な機能を果たしている可能性を示したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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