学位論文要旨



No 120154
著者(漢字) 浦田,雅章
著者(英字)
著者(カナ) ウラタ,マサアキ
標題(和) Sphingomonas属細菌由来carbazole分解系プラスミドpCAR3上にコードされるcarbazole 1,9a-dioxygenaseの解析
標題(洋)
報告番号 120154
報告番号 甲20154
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2837号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 助教授 野尻,秀昭
内容要旨 要旨を表示する

 当研究室では、変異原性を有する含窒素芳香族化合物であるcarbazole(CAR)の資化性細菌としてPseudomonas resinovorans CA10株、Janthinobacterium sp.J3株、Sphingomonas sp. KA1株等を単離し解析を行ってきた。特にCA10株のCAR分解系遺伝子群(car遺伝子群)、CAR分解系酵素群については詳細に解析が行われてきた。その過程で、CAR代謝経路の最初の反応を触媒するcarbazole1,9a-dioxygenase(CARDO)は、触媒活性部位を持つterminal oxygenase(CarAaCA10)と電子伝達鎖であるferredoxin(CarAcCA10)、ferredoxin reductase(CarAdCA10)から成るthree-component systemであり(図1)、(1)CARの窒素原子に隣接した位置(angular position)の炭素原子とその隣の炭素原子に二原子酸素を添加するangular dioxygenationを触媒する(図1)、(2)電子伝達鎖においてterminal oxygenaseとferredoxinの特異性は高く他のferredoxinからの電子伝達は確認されていないが、ferredoxinとferredoxin reductaseとの特異性は比較的低い、という興味深い特徴を持つことが明らかにされた。このため、その立体構造に興味がもたれ、現在までの研究により、CarAaCA10単体、CarAaJ3単体、CarAcCA10単体、CarAaJ3・CarAcCA10複合体の立体構造が決定されている。

 一方、Sphingomonas sp. KA1株はCAR分解系plasmid pCAR3上にcar遺伝子群を持つが、そのcar遺伝子群は、CA10株を含めたPseudomonas属CAR資化菌のcar遺伝子群とは低い相同性しか示さないことが知られていた。carKA1遺伝子群及びCARDOKA1の興味深い特徴として、(1)terminal oxygenase(CarAaKA1)はCarAaCA10とはアミノ酸レベルで約60%と比較的高い相同性を示すものの、CarAaKA1に電子を伝達するCarAcKA1はputidaredoxin型ferredoxin(鉄硫黄クラスターがC-X5-C-X2-C-Xn-Cmotifの4つのCysに配位する)であり、Rieske型ferredoxin(鉄硫黄クラスターが2つのCys、2つのHisに配位する)のCarAcCA10とは異なるタイプに分類される、(2)CarAcKA1に電子を伝達するferredoxin reductaseをコードすると考えられる遺伝子がcarKA1遺伝子群内、及び近傍約5-kbの範囲には見られない、ことが明らかにされた。即ち、CARDOKA1はCARDOCA10とは異なる電子伝達鎖を持つ可能性が示唆され、CARDOKA1の機能・構造を明らかにし、詳細に機能・構造が解析されているCARDOCA10と比較することで、CARDOの立体構造の違いに伴うその機能、特に電子伝達機構の変化について重要な知見が得られることが期待された。

 以上の背景より、本研究ではKA1株のCAR初発酸化の実体を明らかにする観点から、(1)pCAR3上のCARDO componentの同定、(2)CARDOKA1とCARDOCA10の電子伝達機構及び基質特異性の比較、(3)CarAaKA1の結晶化、を行った。

1.CAR分解系plasmid pCAR3上のCARDO componentの同定

pCAR3上の推定CARDO componentの探索

 carAa、carAc両遺伝子はpCAR3上にあるため、ferredoxin reductaseをコードする遺伝子もpCAR3上にあると予想された。pCAR3の全塩基配列が解析された結果、推定CARDOcomponent遺伝子が4つのlocusで発見された(図2)。既知のcarKA1遺伝子群とアミノ酸レベルで約50-60%の相同性を持つ第二のcar遺伝子群が見出され、既知のcarKA1遺伝子群をcar-I遺伝子群(図2、locus A)、新たに発見されたcar遺伝子群をcar-II遺伝子群(図2、locus B)、と命名した。また、locus C(図2)にはputidaredoxin型ferredoxinをコードするfdx1遺伝子が、putidaredoxin型ferredoxinに電子を伝達すると考えられるferredoxin reductaseをコードするfdr1とクラスターを成す形で見出された。Locus D(図2)にもFdr1と同じタイプのferredoxin reductaseをコードするfdr2が他の遺伝子とクラスターを成す形で見出された(図2、locus D)。

推定CARDO component遺伝子の転写解析

 SuccinateまたはCARで生育させたKA1株から抽出したtotal RNAをtemplateとしたRT-PCRにより、推定CARDO component遺伝子の転写解析を行った。その結果、carAaI、carAcI、carAaII、carAcII、fdx1、fdr1、fdr2の全てについてCAR生育時における転写が確認され、これらの遺伝子がKA1株のCAR初発酸化に関与している可能性が強く示唆された。また、carAaI、carAcI、carAaII、carAcIIについては、succinate生育時に比べ、CAR生育時における転写の増大が確認され、car-I、car-II遺伝子群内にコードされるGntR-type転写制御因子CarRI、CarRII(図2)を介して転写レベルで発現が制御されている可能性が考えられた。

推定CARDO component proteinの機能解析

 CAR生育時における転写が確認された遺伝子がコードするタンパク質が、どの様な組み合わせでCARDOとして機能するのかを明らかにするため、休止菌体反応による解析を行った。pUC119を用いた推定CARDO componentの発現・共発現用plasmidシリーズを構築し、これらを保持する大腸菌を用いて、CARを基質とし、CARDO活性を評価した。その結果、同じ遺伝子クラスター内にコードされるCarAaI・CarAcI及びCarAaII・CarAcIIのセット(図2)にferredoxin reductase Fdr1、Fdr2を共発現させた場合に、顕著なCARDO活性の増大が観察され、転写解析の結果と併せて、KA1株ではそれらがCARDOとして生理的に機能していることが示された(図3、CarAaI・CarAcI・[Fdr1 or Fdr2]及びCarAaII・CarAcII・[Fdr1 or Fdr2])。またterminal oxygenase、ferredoxinとは別locusにコードされ(図2)、異なる発現調節がなされているferredoxin reductaseを利用可能なことも明らかにされた。また、CarAcIはCarAaIIに、CarAcIIはCarAaIに電子を伝達することも可能であることも示された。以上の結果より、推定アミノ酸配列から予想されたように、CARDOKA1はCARDOCA10とは異なるタイプに分類される電子伝達鎖を有することが実験的に示された(図3)。

2.CARDOKA1とCARDOCA10の電子伝達能及び基質特異性の比較

CARDOKA1とCARDOCA10間における電子伝達鎖のinterchangeability解析

 CarAaJ3(CarAaCA10とアミノ酸レベルで99.2%の相同性を持ち、立体構造的にもCarAaCA10と同等と見なせるタンパク質)とCarAaIKA1について、His-tagを付加する形で、大腸菌内で大量発現させた後、常法に従い精製した。各精製酸化酵素に対して、CarAcCA10・CarAdCA10を共発現させた大腸菌の粗酵素抽出液を加え、in vitroでCARDOを再構成した場合、精製CarAaJ3を用いた系でのみ酸化活性が検出された。反対に、CarAcIKA1・Fdr2KA1を共発現させた大腸菌の粗酵素抽出液を加えCARDOを再構成した場合、精製CarAaKA1を用いた系でのみ酸化活性が検出された。このことから、CARDOCA10、CARDOKA1の電子伝達鎖において、terminal oxygenaseがアミノ酸レベルで約60%と比較的高い相同性を示すものの、全く異なるタイプのferredoxinを各々正確に選択し、電子を受け取っていることが示された。現在、CARDO componentの全てを精製酵素で再構成した系で、より詳細に電子伝達鎖のinterchangeability解析を行っている。

CarAaI、CarAaIIの基質特異性

 大腸菌を用いた休止菌体反応により、CarAaI、CarAaIIの基質特異性をCarAaCA10と比較した。その結果、CarAaI、CarAaIIの基質特異性は、CarAaCA10とアミノ酸レベルで比較的高い相同性を示すことから推測されたように、CarAaCA10と同様の傾向を示した。CarAaI、CarAaII共にCAR、dibenzofuran、dibenzo-p-dioxinに対しangular dioxygenationを効率良く触媒する一方で、9-fluorenone、dibenzothiophen-sulfoneに対するangular dioxygenationの触媒効率は低いことが示された。また、fluoreneに対しmonooxygenationを、biphenyl、naphthaleneに対してはlateral dioxygenationを触媒できることも示された。

3.CarAaIの結晶化

 精製CarAaIを使用し、結晶化条件の検討を行った結果、複数の条件下でタンパク質と思われる結晶が確認された。結晶化条件の最適化を行った結果、10-20mg/ml CarAaI(5mM Tris-HCl,pH7.5)とreagent(0.2M CaCl2,0.1M MES[pH5.6],1-2% PEG6000)を用いたhanging drop蒸気拡散法による結晶化において最も良好な結晶が確認された。この結晶のX線結晶構造解析を行ったが、分解能が最大3.5Åと、解析には不十分な結果であったため、現在、より良好な反射の得られる結晶が生長するための条件を検討中である。

 本研究においてKA1株のCARDOの3つのcomponentを同定することに成功した。CARDOKA1のferredoxin reductaseはterminal oxygenase、ferredoxinとは別locusにコードされていることが示された。また、CarAaIKA1はCarAaCA10とはアミノ酸レベルで比較的相同性が高いものの、異なるタイプに分類されるferredoxinを正確に認識し電子を受け取っていることが明らかにされた。今後は、より詳細にCARDOKA1とCARDOCA10間における電子伝達鎖のinterchangeability解析を行うと共に、CarAaIKA1、CarAcKA1のX線結晶構造解析を進めて、その結果をCARDOCA10の結果と比較することで、terminal oxygenaseのどの様な構造的・機能的変化が、ferredoxinの選択性を変化させているのかについて明らかにすることができるものと期待される。

図1 CARDOCA10によるangular dioxygenation(CarAaCA10の触媒する反応は点線枠で示した)

図2 pCAR3上に発見された(推定)CARDO component遺伝子

図3 KA1株由来CARDO systemとCA10株由来CARDO systemの比較

審査要旨 要旨を表示する

 Carbazole1,9a-dioxygenase(CARDO)は細菌によるcarbazole分解系の最初の反応を触媒する酵素で、carbazoleのangular position(9a位)の炭素原子とそれに隣接する炭素原子に酸素を添加するangular dioxygenaseである。Pseudomonas resinovorans CA10株由来のCARDO(CARDOCA10)は、carbazole分解系car遺伝子群にコードされており、酸化反応を行うoxygenase(CarAaCA10)、oxygenaseに電子を渡すferredoxin(CarAcCA10)、NADHからferredoxinへと電子を伝達するreductase(CarAdCA10)の3つのタンパク質から成る。以前の研究において、Sphingomonas sp. KA1株のプラスミドpCAR3上に含まれるcar遺伝子群が、CA10株のcar遺伝子群とは比較的低い相同性を示す遺伝子群として単離された。KA1株由来CARDO(CARDOKA1)の注目すべき特徴としては、(1)ferredoxin(CarAcKA1)がputidaredoxin-typeに分類され、Rieske-typeのCarAcCA10とは異なるタイプであること、(2)reductaseをコードする遺伝子はcar遺伝子群内及びその近傍には存在しないことが明らかになっていた。以上の背景に基づき、本論文では、pCAR3上からCARDOコンポーネント遺伝子を同定するとともに、CARDOKA1のoxygenase(CarAaKA1)が効率良く電子を受け取れるferredoxinのタイプはCarAaCA10とは全く異なることを実験的に証明することを目的とした。さらに、CARDOKA1の基質特異性を調べ、CARDOKA1のCARDOCA10との機能面での類似点、相違点を明らかにした。

 まず、第一章でCARDOを含めたmulticomponent dioxygenase systemの諸性質と研究の背景について概説した後、第二章ではKA1株のpCAR3上にコードされるCARDOコンポーネントの同定を行っている。pCAR3の塩基配列情報をもとにアノテーションを行った結果、CARDOコンポーネント候補をコードする遺伝子を7つ見出した。これらについて、RT-PCRによるcarbazole生育時のKA1株での発現解析を行い、発現が検出された遺伝子に関して大腸菌を用いた休止菌体反応による機能解析を行った。その結果、同じ遺伝子クラスター内にコードされるCarAaI・CarAcI及びCarAaII・CarAcIIのoxygenase・ferredoxinのセットと、異なるlocusに見出されたreductase(FdrI、FdrII)がKA1株の生理的なCARDOとして機能していることが示された。以上の結果から、CARDOKA1はCARDOCA10とは全く異なるタイプの電子伝達鎖を有することが実験的に証明された。

 第三章では、CARDOCA10とCARDOKA1間の電子伝達系の互換性の解析、及び基質特異性の比較を行っている。各CARDOコンポーネントを精製し、精製酵素を使用してin vitroでCARDO活性を比較することでferredoxin互換性について解析した。その結果、CA10型CarAaはRieske-type ferredoxinから、KA1株由来CarAaI、CarAaIIはputidaredoxin-type ferredoxinから、効率良く電子を受け取ることが明らかになった。このことから、CARDOKA1、CARDOCA10においてそれぞれのoxygenaseがアミノ酸レベルの相同性が約60%と比較的高いにもかかわらず、異なるタイプのferredoxinを正確に認識し、効率良く電子を受け取れることが実験的に証明された。また、CARDOKA1の基質特異性について解析した結果、CARDOCA10と良く似ていることも示された。

 第四章では、CARDOKA1におけるoxygenaseのferredoxin選択の特異性に関する知見を得ることの一環としてCarAaIKA1のX線構造解析を行うことを目的とし、CarAaIKA1の結晶化を行った。X線構造解析に使用できる程の結晶の取得に成功し、現在X線構造解析を試みている。

 以上、本論文はKA1株由来CARDOコンポーネントの同定を行い、既に解析が進んでいるCARDOCA10との比較のもと、CARDOKA1の電子伝達系・基質特異性について詳細な解析を行ったものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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