学位論文要旨



No 120156
著者(漢字) 佐々木,隆宏
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,タカヒロ
標題(和) 細胞性粘菌を用いた動物型細胞質分裂分子機構の解析
標題(洋)
報告番号 120156
報告番号 甲20156
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2839号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 教授 馬渕,一誠
 東京大学 助教授 堀内,裕之
 東京大学 助教授 足立,博之
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 細胞分裂は最も根源的な生命現象の1つであり、細胞成分を娘細胞に均等に分配するため、様々なタンパク質により厳密に制御されている。細胞質分裂は染色体を等分配する核分裂に引き続いて起こる細胞分裂の最終段階であり、細胞質を等分配するプロセスである。

 動物型の細胞質分裂は、アクチン収縮環の収縮によるとされる分裂溝の陥入を中心として、微小管とその結合タンパク質などから成る紡錘体の動態、小胞輸送などが密接に関わり合って進行し、最後に娘細胞を繋ぐ架橋構造である中央体が形成・切断されることで完了する。最近、高等動物の中央体タンパク質の網羅的同定による細胞質分裂関連分子の同定とそれらの予備的機能解析が報告された。しかし、分裂溝の形成・陥入や中央体切断の詳細な分子機構、制御分子間の相互作用やシグナルカスケードはその多くが未解明のままである。

 本研究は、細胞性粘菌Dictyostelium discoideumの増殖期アメーバをモデルとして動物型細胞質分裂の分子機構を解明することを目的とした。当研究室では、タギング法REMI(Restriction Enzyme-Mediated Integration)により、基質上で巨大細胞を生じる細胞質分裂変異株を分離し、その変異遺伝子からIQGAP様タンパク質をはじめとする新規タンパク質を同定し、細胞質分裂における機能を解析してきた。本研究では、変異遺伝子が未同定の細胞質分裂変異株についてその同定を行い、新しく見出されたタンパク質の細胞質分裂における役割を解析した。

2.細胞性粘菌細胞質分裂変異株の変異遺伝子の同定

 当研究室でREMI法を用いて分離された17株の細胞質分裂変異株のうち、解析が進んでいなかった12株について詳細に解析した。プラスミドレスキューによりタグ挿入部位近傍のゲノムDNAのクローニングを試みたところ、5株について取得できた。残り7株についてはタグDNAの部分欠損のためか取得できなかった。成功した5株については、相同組換えにより同一の挿入変異を野生株に導入したところ、D108-6、D47-1、D411-2の3株は元の変異株と同一の表現型を示し、変異遺伝子の細胞質分裂への関与が確認されたが、D49-2、D108-1の2株では多核化が再現せず解析を中止した。D108-6、D47-1、D411-2の3株のタグ挿入部位近傍の塩基配列を決定し、相同性検索を行ったところ、いずれも新規のMKLP1ファミリーキネシン様タンパク質、アクチン結合タンパク質のフィンブリン様タンパク質、データベース上他に相同配列を持たないタンパク質をそれぞれコードしていた。前2者について全長遺伝子と全長cDNAをクローニングし、変異株にcDNAをGFP融合タンパク質として発現させたところ、D108-6では変異が相補され、遺伝子の細胞質分裂への関与がさらに確認されたが、D47-1では、相補されなかった。

3.細胞質分裂に関わる細胞性粘菌新規タンパク質の解析

3-1.D108-6pの構造と細胞質分裂における機能及び局在

 D108-6株の変異遺伝子がコードするタンパク質D108-6pは、そのN末端領域でMKLP1サブファミリーに属するキネシン様タンパク質のモータードメインと高い相同性を示した。このタンパク質はモータードメインに続き、ネック領域、ホモダイマー形成に必要なコイルドコイル領域、C末端領域から構成されていた。D108-6pは、ネック領域とC末端領域での相同性が見られないものの、他生物のMKLP1ファミリーのキネシンと同じ構成をとるため、共通の細胞内機能を持つものと考えられた。また、MKLP1ファミリーのキネシンは、高等動物で保存され、酵母で見つかっていないことは、動物型細胞質分裂の分子機構を研究する上で興味深いタンパクであると思われる。

 D108-6pの細胞分裂における働きを明らかにするため、相同組換えにより新たにマーカー挿入部位の異なる遺伝子破壊株D108-6CKO1を作製して解析を行った。D108-6pが細胞質分裂のどの段階に関与するか調べるため、基質上で増殖中のD108-6CKO1株の形態変化をタイムラプスビデオで記録し、単核細胞からの分裂について解析した。その結果、D108-6CKO1株では、細胞の球形化、分裂溝陥入、中央体形成までの形態変化は野生株と同じだったが、中央体が切断されずに分裂溝陥入が逆行して1つの2核細胞になる細胞質分裂の失敗が約50%の確率で起こり、これがくり返されることで多核化した。従って、D108-6Pは少なくとも中央体切断に関与していることが示唆された。

 次に、遺伝子破壊による変異をGFP融合タンパク質の発現で相補した株を用いて、細胞内での挙動を詳細に観察した。間期の細胞では核内の点状構造にあり、これは核小体に局在するHsp32と共局在した。細胞分裂が始まると核内に拡散した後、中央紡錘体と分裂溝表層の2箇所に分かれて濃縮した。前者は中央紡錘体の中央部分にしだいに強く濃縮し、その位置で中央紡錘体が断裂した。その局在は断裂後の2つの先端に残り、微小管束と共に娘核側に引き込まれた。一方、後者は中央紡錘体がなくなった後も分裂溝とその後形成される中央体の表層に強く局在し、それは中央体切断直後まで続いた。このような中央体におけるD108-6pの局在から、表層のD108-6pが中央体切断に機能していることが示唆された。細胞性粘菌では高等動物の場合と異なり、分裂溝陥入の途中で中央紡錘体が断裂して分裂面からなくなり、微小管束のない中央体が形成されるため、その切断に微小管束は直接関与しない。MKLP1ファミリーの機能が生物種を超えて保存されているとすれば、高等動物においてもこれらは中央体表層で微小管束非依存的に働くものと考えられる。また、微小管上に局在するD108-6pは、核分裂にも関与するか、表層に局在する前に何らかの機能獲得のため局在している分子である可能性が考えられる。

 さらに、D108-6p各ドメインの細胞質分裂における機能と局在化シグナルとしての機能を調べるため、部分断片を遺伝子破壊株及び野生株で発現させた。その結果、遺伝的相補にはほぼ全長が必要であること、核小体への局在にはC末端領域のみで十分であること、中央紡錘体と分裂溝表層への局在にはモータードメインからコイルドコイル領域までで十分であることが明らかとなった。また、野生株にコイルドコイル領域を持つ断片を発現させると多核化した。これは、内在性の全長分子と部分断片がコイルドコイル領域で機能しないヘテロダイマーを形成し、これがドミナントネガティブ型として働くためと考えられた。

3-2.D47-1pの構造とその遺伝子破壊株の解析

 D47-1の変異遺伝子がコードするタンパク質D47-1pは、中央にスペクトリンリピート、C末端にアクチン結合タンパク質フィンブリンと高い相同性を持つドメインを持っていた。ユニークな構造と酵母などのフィンブリンで細胞質分裂への関与が示唆されていることから興味が持たれた。元の変異株とは別の位置にマーカーを挿入した遺伝子破壊株も同様に多核化した。既知の細胞質分裂関連タンパク質GAPA、DGAP1(いずれもIQGAP様タンパク質)、cortexillin、coronin(いずれもアクチン結合タンパク質)との関係を調べるため、遺伝子破壊株にこれらを高発現させたがいずれも局在は野生株の場合と同一であり、多核化の回復も見られなかった。

4.D108-6pの細胞質分裂における機能と局在化に関わるタンパク質の検索

 D108-6pは分裂溝と中央体の表層に局在し、少なくとも中央体切断に関わるが、単独破壊株では致死とならないことから、他の切断メカニズムの存在も考えられる。IQGAP様タンパク質GAPAは基質上で多核化する変異株から同定されたタンパク質で、これまでの研究から分裂時に分裂溝と中央体の細胞表層に局在し、中央体切断に関わることが知られている。中央体切断におけるD108-6pとGAPAの関係を調べるため、まず、GAPA遺伝子破壊株にD108-6pのドミナントネガティブ型を高発現させたところ、致死とはならないものの少なくとも懸濁培養において細胞質分裂欠損がより重篤になった。さらに、GAPAとD108-6pの遺伝子二重破壊株を作製したところ、単独破壊株はいずれも生育は可能であるのに対し、二重破壊株は細胞質分裂欠損のため合成致死となった。従って、D108-6pとGAPAの中央体切断に関する機能の重複性が示唆された。細胞質分裂欠損が原因となり基質上の細胞が致死となる例は報告されておらず、これが初めての知見である。また、動物型細胞質分裂において、中央体切断の欠損が細胞に死をもたらす可能性も示唆された。一方、各GFP融合タンパク質の細胞内局在は、他方の単独遺伝子破壊に影響されなかった。これらのことから、D108-6pとGAPAそれぞれを含む2つのシステムが中央体表層に局在し、相助的に中央体切断を行っている可能性が示唆された。

 また、D108-6pは分裂溝にも局在するので、アクチン収縮環を収縮させ分裂溝陥入の原動力とされるミオシンIIとの関係も二重遺伝子破壊、高発現抑制、局在への依存性により調べたが、両者に相互関係は見られず、細胞質分裂において独立に働くことが示唆された。

 さらに、表層への局在がアクチンとの直接的相互作用による可能性を考え、D108-6p部分断片のGST融合タンパク質を大腸菌から精製し、アクチンとの共沈実験を行ったところ、コイルドコイル領域を含む領域とC末端ドメインが共沈した。このことから、D108-6pは中央体表層にアクチンを介して局在している可能性が示唆された。

5.まとめ

 細胞性粘菌の細胞質分裂変異株を用い、動物型の細胞質分裂において、中央体表層に局在するMKLP1ファミリーのキネシンとIQGAP様タンパク質が相助的に中央体切断に働くことを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 細胞分裂は最も根源的な生命現象の1つであり、細胞成分を娘細胞に均等に分配するため、様々なタンパク質により厳密に制御されている。細胞質分裂は染色体を等分する核分裂に引き続いて起こる細胞分裂の最終段階であり、細胞質を等分するプロセスである。動物型の細胞質分裂は、分裂面決定、分裂溝の陥入、中央体の形成と切断という流れで進行し、その正確な遂行には、アクチン系及び微小管系細胞骨格の制御が重要な働きしていると考えられているが、詳細な分子機構はその多くが未解明のままである。本論文は、細胞質分裂研究の重要なモデル生物として位置付けられている細胞性粘菌の増殖期アメーバ細胞を用い、動物型細胞質分裂に関わる新規タンパク質の同定、機能解析、相互作用解析を行った研究成果をまとめたもので、3章からなっている。

 第一章では、細胞性粘菌細胞質分裂変異株の変異遺伝子の同定について述べている。タギング法restriction enzyme-mediated integration(REMI)法を用いて分離された12株の細胞質分裂変異株についてプラスミドレスキューを行い、うち5株について変異遺伝子断片のクローニングに成功した。このうち3株については、変異の再生によりクローニングした遺伝子が細胞質分裂欠損に関わることを明らかにした。この3株の変異遺伝子のうち、新規のmitotic kinesin-like protein 1(MKLP1)ファミリーのキネシン様タンパク質をコードしている遺伝子について全長cDNAをクローニングし、green fluorescent protein(GFP)融合タンパク質として当該変異株において発現させたところ、巨大多核細胞を生じる表現型が相補され、このタンパク質cytokinesinが細胞質分裂に関わることが証明された。

 第二章では、第一章で細胞質分裂に関わることが証明された細胞性粘菌の新規タンパク質cytokinesinの細胞質分裂における機能及び細胞内局在を解析した結果が中心に述べられている。基質上における単核細胞からの細胞質分裂をタイムラプスビデオで記録・観察したところ、cytokinesin遺伝子破壊株の細胞では、細胞の球形化、伸長、分裂溝陥入、中央体形成までの形態変化は野生株と同じだったが、中央体が切断されずに分裂溝陥入が逆行して1つの2核細胞になる細胞質分裂の失敗が約50%の確率で起こり、これが繰り返されることで多核化した。この結果からcytokinesinが少なくとも中央体の切断に関わることが示唆された。

 次に、遺伝子破壊をGFP融合タンパク質の発現で相補した細胞を用いてcytokinesinの細胞内での挙動を観察した。その結果、cytokinesinは、間期には核小体に局在しているが、分裂期に入ると、一旦核内に分散した後、中央紡錘体と分裂溝表層の2箇所に分かれて局在した。前者は、分裂の進行とともに中央紡錘体中央部に濃縮し、その位置で中央紡錘体が断裂した。一方、後者は中央紡錘体が無くなり中央体が形成された後も中央体の表層に強く局在し、中央体切断直後も局在した。これらの局在はそれぞれ中央紡錘体での微小管束化、中央体切断に働くものと考えられた。高等動物では中央体に微小管束があり、中央体のMKLP1のうち中央体切断に関わる分子が表層上か微小管上は分かりにくいが、この結果から表層の分子が中央体切断に関与する可能性が示唆された。さらに、cytokinesin部分断片の、遺伝的相補能、細胞内局在の解析から、遺伝的相補にはほぼ全長が、核小体局在にはC末端部分が、分裂期の紡錘体と表層の局在には頭部から上流のコイルドコイル領域が、それぞれ必要であることも明らかにした。

 第三章では、cytokinesinの機能と局在化に関わるタンパク質について解析した結果について述べている。中央体切断に関わるIQGAP様タンパク質GAPAとの関係については、遺伝子2重破壊株とGAPAの遺伝子破壊株にcytokinesinのdominant negative型を高発現させた株に合成効果が現れたこと、それぞれの局在がいずれも他方の遺伝子破壊に影響されなかったことから、両者をそれぞれ含む2つのシステムが独立に中央体に局在し、相助的に中央体切断に関わる可能性が示唆された。また、遺伝子破壊株の性質が異なるが、細胞質分裂に関わることが示されているmyosinIIとcytokinesinとの関係も同様に調べたが、予想通り相互作用は見出されず、両者は細胞質分裂において別々の機構に関わることが示唆された。表層への一時的な局在化から予想されたFアクチンとの相互作用は、尾部断片の組換えタンパク質を用いた共沈実験より証明された。さらに、cytokinesinと相互作用するタンパク質を酵母two-hybrid法により検索し、多数のcytokinesin結合タンパク質の同定に成功した。

 以上、本論文は、細胞性粘菌の特性を利用して細胞質分裂に関わるタンパク質を同定し、同定したタンパク質のうち特にcytokinesinについて、その細胞質分裂における役割、機能、局在、タンパク質間相互作用を詳細に解析し、動物型の細胞質分裂における中央体の切断機構に関する重要な新知見を数多く明らかにしたものであり、これらの研究成果は、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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