学位論文要旨



No 120159
著者(漢字) 友野,理生
著者(英字)
著者(カナ) トモノ,アヤミ
標題(和) A-ファクター制御カスケード内の転写因子AdpAの標的遺伝子に関する研究
標題(洋)
報告番号 120159
報告番号 甲20159
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2842号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 助教授 大西,康夫
内容要旨 要旨を表示する

 原核生物である放線菌はカビのように気菌糸を張り巡らし胞子を着生するという複雑な形態分化と、抗生物質をはじめとする多種多様な二次代謝生産という特徴をもつことから、基礎生物学的にも医学的、工業的にも重要な菌群である。ストレプトマイシン生産菌であるStreptomyces griseusは、微生物ホルモンとも言われる低分子化合物A-ファクターを生産し、自身の形態分化と二次代謝を自己調節するという興味深い調節機構を持っている。

 A-ファクターはγ-ブチロラクトン環を有する分子量242の低分子化合物であり、10-9Mという極微量で作用を及ぼす。A-ファクターは特異的レセプターArpAに結合し、ArpAをadpA遺伝子のプロモーター領域から解離させることでadpAの転写抑制を解除する。これにより発現誘導される転写因子AdpAは、形態分化および二次代謝の両方に必須であり、S.griseusの分化において非常に重要な鍵となる転写因子である。AdpAの標的遺伝子としては、気中菌糸形成に必須なシグマ因子をコードするadsA、ストレプトマイシン生合成遺伝子群の経路特異的な制御因子strRなど、形態分化および二次代謝に重要な因子をコードする多数の遺伝子が同定されている。本研究は、AdpAのさらなる標的遺伝子を探索・同定し、それらの遺伝子の制御様式や機能の解析を行い、AdpAによる形態分化・二次代謝の制御機構を明らかにすることを目的とする。

1.ストレプトマイシン生合成制御遺伝子strRの解析

 strR遺伝子はストレプトマイシン生合成クラスターの経路特異的な制御因子をコードしており、AdpAの標的遺伝子として最初に同定された。しかしその制御について詳細な解析がなされていなかったため、AdpAによるstrRの転写活性化様式を明らかにすることを目的に研究を行った。

 strR遺伝子破壊株がこれまで取得されていなかったため、まずstrR遺伝子の大部分を欠失させた株(strR破壊株)を作製し、野生株に比べてストレプトマイシンをほとんど生産しないことを確認した。AdpAはstrRの転写開始点に対して-55位および-270位付近に結合することをDNase I footprintによって明らかにした。AdpAの結合が転写に必要であるかを調べるためにそれぞれのAdpA結合配列に変異を導入し、変異型プロモーターとstrRを組み込んだプラスミドをstrR破壊株に導入した。野生型プロモーターではstrR破壊株のストレプトマイシン生産能が回復するのに対し、2つの結合部位をそれぞれ変異させたもの、両方変異させたものは野生型ほどの回復が見られなかった。このことから、-55位および-279位の両方のAdpA結合部位がstrRの活性化に必要であることが示された。

2.キモトリプシン様セリンプロテアーゼの解析

 放線菌の複雑な形態分化においては、様々な分解酵素が働くと考えられている。これまでにAdpAの標的遺伝子として気中菌糸形成に関わる分泌型メタロエンドペプチダーゼSGMPIIをコードする遺伝子sgmA、分泌型トリプシン型プロテアーゼSGTをコードする遺伝子sprTが同定されており、AdpAは分泌型プロテアーゼを直接制御していることが分かってきた。筆者はS. griseusが生産する分泌プロテアーゼ中に多く含まれるキモトリプシン様セリンプロテアーゼがAdpAによって転写活性化されることを見出した。

2-1 sprA、B、D遺伝子はApdAによって転写活性化される

 S. griseusにおいて同定されていたキモトリプシン様セリンプロテアーゼ遺伝子sprA-Eのプロモーター上流について解析したところ、sprA、sprB、sprDの3つのプロモーター上流にAdpAが結合した。これらの遺伝子の転写は野生株に比べてadpA破壊株で減少あるいはほとんど消失しており、AdpA依存的であった。DNase I footprintの結果、AdpA結合部位はsprAの転写開始点に対して-49位および-372位、sprBの-48位、sprDの-40位および-179位であった。これらの結合配列に変異を導入し、それぞれの遺伝子の転写にAdpAの結合が必要であるかをin vivoで解析した結果、sprAの-49位と-372位、sprBの-48位、sprDの-40位が転写活性化に必須であることが明らかとなった。

2-2 sprA,B,Dの機能解析

 これらのプロテアーゼの機能を調べるために、3つの遺伝子の単独破壊株、二重破壊株、三重破壊株をそれぞれ作製した。キモトリプシン様セリンプロテアーゼの特異的な基質を用いてこれらの破壊株の菌体外セリンプロテアーゼ活性を測定したところ、それぞれの単独破壊株の活性は野生株より減少し、sprAB二重破壊株およびsprABD三重変異株は活性がほとんどなくなった。このことは、sprAおよびsprBがs. griseusの主要なセリンプロテアーゼをコードしていることを示唆している。またこれらの破壊株は、スキムミルクを含んだ培地上において野生株とほぼ同程度のスキムミルク分解能を示したため、これらのセリンプロテアーゼは菌体外の栄養分摂取のためのタンパク質分解においては主要な役割をしていないと思われる。一方、sprAB二重破壊株およびsprABD三重破壊株はMicrococcusのペプチドグリカンを混合したプレート上でのハロー形成能を失った。グルコースやガラクトース存在下では、これらのセリンプロテアーゼ活性があるにもかかわらずペプチドグリカン分解を示すハローが形成されなかったことから、ペプチドグリカン分解を担う酵素はこれらのプロテアーゼ自身ではなく炭素源によって制御される別の酵素であり、プロテアーゼによって活性型にプロセシングされるのではないかと考えられた。そこでペプチドグリカンを分解する酵素としてリゾチームに着目し、S. griseusのChalaropsis-type(Ch-type)リゾチームと相同性のある2つの遺伝子およびgoose egg-white(g-type)リゾチームと相同性のある1つの遺伝子をクローニングし、野生株およびsprABD三重破壊株において強制発現させた。その結果Ch-typeの2つのリゾチームは、野生株およびプロテアーゼ破壊株どちらにおいてもペプチドグリカン分解能を示し、野生株においてより強く活性を持っているという結果が得られた。これらのリゾチームがセリンプロテアーゼの基質となっているかについては、今後さらに詳細な解析が必要である。

3.AdpA結合断片AdBS3およびAdBS4の解析

 AdpAの標的遺伝子を探索することを目的に行われたゲルシフトとPCRを組み合わせたSELEX法により、約60種類のAdpA結合断片(AdBS:AdpA-binding sequence)が取得されていたが、筆者はAdBS3およびAdBS4の下流に存在する遺伝子BS3-orfA、BS4-orf1の転写がAdpA依存的であることを見出した。

3-1 BS3-orfAの解析

 AdpAはBS3-orfAの転写開始点に対して-230位に結合した。BS3-orfAは103アミノ酸のタンパクをコードしているが、モチーフ等は見つからないため機能を予想することはできなかった。BS3-orfA破壊株は野生株との顕著な形質の違いを示さなかった。

3-2 BS4-orf1の解析

 AdpAはBS4-orf1の転写開始点に対して-45位および+190位に結合した。BS4-orf1はLAL(Large ATP-binding regulators of the LuxR family)と呼ばれる転写因子に属していた。放線菌に存在するLALのほとんどはタイプI型ポリケタイド生合成(PKS)遺伝子クラスターに含まれ、PKSの転写活性化因子であると考えられているが、BS4-orf1の2つ下流にもタイプI型PKS遺伝子が、存在した。野生株においてもPKS遺伝子の転写を検出することができなかったため、直接BS4-orf1がPKS遺伝子の転写に関わっているかどうかを示すことはできなかったが、BS4-orf1遺伝子産物もPKS遺伝子クラスターの制御因子であり、A-ファクターシグナルをこの生合成遺伝子クラスターに伝達していると考えられる。

4.まとめ

 AdpAレギュロンの新しいメンバーとして、分泌型セリンプロテアーゼ遺伝子sprA、sprB、sprD、機能未知の遺伝子BS3-orfA、タイプI型PKSの制御因子と予想されるBS4-orf1を新たに同定した。sprA、sprB、sprDおよびストレプトマイシン生合成の経路特異的制御遺伝子strRのAdpA結合が転写に必須であることを明らかにした。また分泌型セリンプロテアーゼ遺伝子の多重破壊株はMicrococcusのペプチドグリカンを含む培地上でのハロー形成能を失っており、これらのセリンプロテアーゼが分解酵素の成熟化に関わることが示唆された。これまでの研究で明らかにされたA-ファクター制御カスケードを図に示した。

参考文献Yamazaki, H., Tomono, A., Ohnishi, Y., and Horinouchi, S.(2004)DNA-binding specificity of AdpA, a transcriptional activator in the A-factor regulatory cascade in Streptomyces griseus. Molecular Microbiology 53(2) : 555-572.

図:s griseusにおけるA-ファクター制御カスケード

本論文では、図中の網掛けの遺伝子をAdpAレギュロンのメンバーとして同定した。

審査要旨 要旨を表示する

 放線菌は複雑な形態分化と多様な二次代謝生産を行うという特徴をもつことから、基礎生物学的にも医学的、工業的にも重要な菌群である。Streptomyces griseusは、低分子化合物A-ファクターを生産し、自身の形態分化と二次代謝を自己調節するという調節機構を持っている。A-ファクターは転写因子AdpAを介して形態分化および二次代謝に関わる多くの遺伝子の転写を制御する。本研究は、AdpAのさらなる標的遺伝子を探索・同定し、それらの遺伝子の制御様式や機能の解析を行い、AdpAによる形態分化・二次代謝の制御機構を明らかにすることを目的に行われた。本論文は、ストレプトマイシン生合成の制御遺伝子strR、キモトリプシン様セリンプロテアーゼ群をコードする3つの遺伝子、AdpA結合断片の下流に存在する機能未知の遺伝子およびタイプIポリケタイド生合成(PKS)遺伝子クラスターの制御因子と予想される転写因子をコードする遺伝子がAdpAによって制御されることを同定し、その制御様式についての解析を行ったことを述べたものである。

 第1章では、ストレプトマイシン生合成制御遺伝子strRのAdpAによる制御様式について解析した。S. griseusはストレプトマイシン生産菌として知られており、その生合成遺伝子クラスターに含まれる経路特異的制御因子をコードするstrR遺伝子は、AdpAの標的遺伝子として最初に同定された。しかしその制御について詳細な解析がなされていなかったため、本研究において解析した。AdpAはstrRの転写開始点を+1とすると-55位および-270位に結合することを明らかにした。これらの結合配列に変異を導入したところAdpAとの結合能を失った。ストレプトマイシン生産能を失ったstrR破壊株に、野生型のプロモーター、2つの結合部位をそれぞれ変異させたプロモーター、両方変異させたプロモーターをそれぞれ持ったstrRを導入したところ、野生型のものに対して変異させたプロモーターではストレプトマイシン生産を回復させなかったことから、-55位および-270位のどちらもstrRの活性化に必要であることが示された。

 第2章では、キモトリプシン様セリンプロテアーゼ群をコードする3つの遺伝子、sprA、sprBおよびsprDについて解析した。AdpAが直接分泌プロテアーゼを制御している可能性が考えられていたため、S. griseusにおいて同定されていた5つのキモトリプシン様セリンプロテアーゼ遺伝子について解析したところ、sprA、sprBおよびsprDのプロモーター上流にAdpAが結合することを見出した。これらの転写はAdpA依存的であり、またAdpAは、sprAの上流に2ヶ所、sprBの上流に1ヶ所、sprDの上流に2ヶ所結合することを明らかにした。AdpA結合領域に変異を導入すると転写が見られなくなることから、これらの遺伝子の転写をAdpAが直接活性化していることを示した。sprAとsprBの二重破壊株やsprA,sprBおよびsprD三重破壊株はキモトリプシン活性をほとんど失ったが、形態分化においては野生株との差違は見られなかった。しかしこれらの破壊株はMicrococcusペプチドグリカン分解活性を大きく失った。グルコースやガラクトース存在下では、キモトリプシン活性は充分見られるのに対し、ペプチドグリカン分解活性はほとんど観察されなかったこと、またこれらのプロテアーゼのホモログが分泌酵素のプロセッシングを行う例が報告されていることから、ペプチドグリカン分解はセリンプロテアーゼ自身によるものではなく、ムラミダーゼやアミダーゼなどの別の酵素であり、プロテアーゼによって活性型にプロセッシングされるのではないかと考えられた。これらの結果より、AdpAの制御下にあり、ペプチドグリカン分解酵素をプロセッシングすると予想されるキモトリプシン様セリンプロテアーゼを3つ同定した。

 第3章では、AdpA結合断片AdBS3およびAdBS4について解析した。AdpAの標的遺伝子を取得することを目的に行われたゲルシフトとPCRを組み合わせたSELEX法により、約60種類のAdpA結合断片(AdBS:AdpA-binding sequence)が取得されており、そのうちAdBS3およびAdBS4について解析を行った。その結果、それぞれの断片の下流に存在するBS3-orfA、BS4-orf1の転写がAdpA依存的であることを同定した。BS3-orfAは103アミノ酸のタンパクをコードしており、破壊株は野生株との顕著な形質の違いを示さなかったため、機能を明らかにすることはできなかった。BS4-orf1は放線菌のタイプIPKS遺伝子クラスターに含まれる転写因子の多くが属するLAL(Large ATP-binding regulators of the LuxR family)と高い相同性を示し、また下流にタイプIPKS遺伝子が存在するため、PKS遺伝子クラスターの制御因子であると予想された。

 以上、本論文は、放線菌の複雑な形態分化・多様な二次代謝生産を制御する代表的な制御機構であるA-ファクター制御カスケードにさらなる知見を与えたという点で、学術上ならびに応用上貢献するところ大である。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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