学位論文要旨



No 120160
著者(漢字) 中村,貴
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,タカシ
標題(和) 破骨細胞における性ステロイドホルモン受容体高次機能の解明
標題(洋)
報告番号 120160
報告番号 甲20160
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2843号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 高橋,直樹
 東京大学 教授 千田,和広
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 助教授 加藤,久典
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 骨は身体の支持組織であるとともに、カルシウム等のミネラル貯蔵器官として重要である。骨基質はコラーゲンを主成分とする基質にハイドロキシアパタイトが沈着した硬組織であるにも関わらず、内外からの刺激に応じて常に活発に再構築(骨リモデリング)を繰り返している。この過程は、破骨細胞による骨吸収と骨芽細胞による骨形成の正負の調節の上に成立するため、正常な骨組織の維持には骨リモデリングのバランス維持が重要である。骨リモデリングには数多くの代謝制御因子が知られているが、なかでも性ステロイドホルモンは主要制御因子として知られている。実際、近年顕在化している閉経後骨粗鬆症は、女性ホルモン(エストロゲン)欠乏によって引き起こされることが広く知られている。一方、雄性骨組織は雌性に比較して骨長・骨量でも優位であるため、骨粗鬆症や骨折の頻度が少ない。これは男性ホルモン(アンドロゲン)の同化作用による骨増強効果と考えられている。

 アンドロゲンの生理作用はリガンド依存性転写制御因子であるアンドロゲン受容体(AR)を介した標的遺伝子の転写制御により発揮されると考えられている。実際に当研究室の佐藤らによって作製されたAR遺伝子欠損(ARKO)マウスでは顕著な骨量低下が雄のみで観察された1)。しかしながら、ARKOマウスの解析で明らかとなったARを介した骨増強作用が骨組織内の骨芽細胞または破骨細胞内の機能であるのか、あるいは骨組織以外の器官からの間接的な機能なのかが不明であった。加えて、骨組織でのAR発現パターンは骨芽細胞での発現が報告されてきたが、破骨細胞については検出限界以下である。よって破骨細胞はARの非標的細胞と考えられてきた。そのため骨組織に対するアンドロゲンの直接的な作用は骨芽細胞内ARを介したものと考えられてはいるものの、in vitro培養系の観察であり、AR機能を個体レベルで解析した報告はない。更に、in vitro初代破骨細胞培養系では性ステロイドホルモン作用を直接解析した例に乏しく、破骨細胞内での性ステロイドホルモン受容体機能は不明であった。

 そこで本研究では破骨細胞内でのAR高次機能解明を目的に、Cre/loxPシステムを利用した破骨細胞特異的AR遺伝子破壊法を確立し、その骨組織変異を解析した。

2.破骨細胞特異的Creリコンビナーゼ発現マウスの作製と解析

 破骨細胞特異的に当該遺伝子を欠損させるCreトランスジェニックマウスは存在しないため、Cathepsin K遺伝子を介した破骨細胞特異的Creリコンビナーゼ発現マウスの作製を行った。一般的なトランスジェニックマウスの問題点である組織特異性の低さや、成長・継代に伴う発現量低下などの解決を期待し、特異的遺伝子座に直接Cre遺伝子を挿入したCreノックインマウスの作製を行った。破骨細胞特異的に発現する骨基質分解酵素の一種、Cathepsin K遺伝子座を含む全長188kbpのBACクローンを先ず取得し、近年開発されたλ-プロファージ遺伝子相同組換えシステムを用いた2段階組換えによりターゲティングベクターを構築した。Cathepsin K遺伝子(Ctsk)の1st ATG以降をCre遺伝子に置き換え、選択マーカーには両端にFRT配列を付加したネオマイシン耐性遺伝子を用いた。エレクトロポレーションによりTT2 ES細胞株へ導入し、相同組換え体クローンを取得、アグリゲーション法によりCtskCre/+;neo+キメラマウスを得た。このキメラマウスをFlpeトランスジェニックマウスと交配する事でネオマイシン耐性遺伝子を除去し、Ctsk-Creノックインマウス系統を樹立した。各組織でのCre遺伝子発現をRT-PCR Southern法にて調べたところ、骨組織特異的な発現を確認した。CAG-CAT-Zテスターマウスと交配を行う事で生体でのCre依存的遺伝子欠損について検討した結果、胎生期・成体で破骨細胞特異的なLacZ遺伝子の発現が確認された。以上の結果から破骨細胞特異的Cre発現マウスの作製に成功したと判断した。

3.破骨細胞特異的ARKOマウスの解析

3-1.破骨細胞特異的ARKO(ARΔOc/Y)雄マウスの作製

 2.で樹立したCtsk-CreマウスとARfloxマウスの交配により破骨細胞特異的ARKO雄マウスの作製を行った。先ず、破骨細胞分化段階におけるAR遺伝子欠損に関してin vitro破骨細胞形成系を用いて検討を行った。CtskCre/+;ARflox/Yマウス骨髄から骨髄マクロファージを調整後、M-CSF,RANKL刺激を与え、破骨細胞様細胞分化過程で一日おきにゲノムDNAを採取、サザンブロッティング法にてAR遺伝子欠損について確認を行った。その結果、RANKL刺激から少なくとも2日後には遺伝子欠損が観察された。作製したARΔOc/Y雄マウスは、全身性ARKOマウスの特徴的ある不妊や肥満を示さず、内分泌系にも異常が無い事から、二次作用や間接的な骨組織への影響を排除した系統であると考えられた。これにより生体レベルにおいて破骨細胞特異的なAR機能解析が可能となった。

3-2.破骨細胞特異的ARKO(ARΔOc/Y)マウス骨組織の解析

 12週齢雄マウス大腿骨のX線撮影および3次元マイクロCTによる解析を行った。全身性ARKOマウスでは骨密度・皮質骨量・海綿骨量ともに減少していたのに対し、ARΔOc/Yマウスでは全体的な骨密度に差は無いものの、大腿骨遠位の大幅な海綿骨減少が観察された。KO群で観察された海綿骨減少について詳細に検討するため、骨形態計測による解析を行った結果、骨組織中の破骨細胞数が大幅に増加し、骨吸収面の増加が観察された。更に代表的な骨吸収マーカーである尿中デオキシピリジノリン濃度がWT群に対して有意に上昇していた事から、破骨細胞機能亢進による骨吸収速度の増加が起きていると考えられた。興味深い事に骨芽細胞数も増加しており、骨形成速度・石灰化速度が上昇傾向にあった。以上の結果をまとめると、ARΔOc/Yマウスでは破骨細胞機能が亢進する事で骨代謝回転が高回転となり、その結果として海綿骨量の減少が起きている事が明らかとなった。

4.考察

 本研究では破骨細胞特異的ARKO雄マウスを作製する事で、生体レベルにおける雄性破骨細胞内AR機能について解析を試みた。

4-1.破骨細胞特異的遺伝子破壊法の確立

 現在、骨吸収機能をもつ唯一の細胞種が破骨細胞であると考えられている。in vitroの実験系を通じてこれまで多くの骨吸収制御因子が報告されているが、培養破骨細胞を用いた検証には限界が有り、それら因子が破骨細胞で特異的に機能しているか証明する手段が存在しなかった。本研究で樹立したCtsk-Creノックインマウスを用いた成熟破骨細胞特異的な遺伝子欠損が可能となった事で、今後、これら因子群の詳細な作用メカニズムの解析が可能となった。しかしながら、破骨細胞分化の初期段階で特異的に遺伝子欠損を行う手段は未だ存在していない。そのため、Cathpsin Kより更に早い段階から発現する遺伝子を用いたCreノックインマウスの作製が今後の課題である。

4-2.ARは破骨細胞内骨吸収抑制因子である

 現在まで破骨細胞での明確なAR発現報告がないにも関わらず、実際に破骨細胞特異的ARKOマウスを作製したところ、骨量の減少が観察された。特に大腿骨遠位部等における海綿骨量の低下が顕著であった。一般的に破骨細胞は海綿骨部分に多く存在する事から考えても、この結果は破骨細胞機能亢進による直接の結果であり、破骨細胞内ARが破骨細胞機能を直接抑制する事を示している。一方、皮質骨での明確な骨量減少は観察されず、破骨細胞内ARを介する皮質骨への作用は僅かであると考えられる。しかしながら、全身性ARKOマウスでは海綿骨・皮質骨ともに減少する事が分かっていることから、皮質骨に対するAR作用は主に骨芽細胞を介したものである可能性がある。加えて、全身性ARKOマウス骨芽細胞では、破骨細胞分化誘導因子であるRANKLの発現量の上昇が観察されている1)。しかしながら、この上昇が骨芽細胞内ARを介した転写抑制解除によるものであるのか、それとも破骨細胞機能亢進に伴う二次的な作用なのかは現時点では判別できない。これらの点を明確にするため、骨芽細胞特異的ARKOマウスの解析が今後必須である。以上の結果から、これまでアンドロゲンの骨組織に対する同化作用は骨芽細胞を介した骨形成促進作用によるものと考えられてきたが、少なくとも海綿骨においては破骨細胞ARを介した骨吸収抑制の結果である事を明らかにする事ができた。

4-3.性ステロイドホルモン受容体の骨組織での高次機能

 また、現時点でエストロゲンによる骨代謝制御メカニズムが不明である。特に、卵巣切除によってエストロゲン産生を抑えたマウスでは骨量が低下するものの、エストロゲン受容体(ER)KO雌マウスでは骨量低下が起こらず、その作用点は不明である。ERKO雌マウスではエストロゲンの前駆体且つアンドロゲンの一種であるテストステロンの血中濃度が上昇する。そのため、破骨細胞内ARを介した骨吸収抑制によってER欠損による骨量低下が回避されている可能性がある。しかしながら破骨細胞内ERを介した同様の骨吸収抑制メカニズムの存在が想定される事から、現在、破骨細胞特異的ERKOマウスの解析を行っているところである。

 以上、本研究は破骨細胞特異的ARKOマウスの作製および解析により、破骨細胞内ARが骨代謝制御に直接関与している事を明らかにし、骨組織に対する性ステロイドホルモン作用メカニズムの一端を解明した。

 参考文献1.Kawano H., Sato T. et al : Suppressive function of androgen receptor in bone resorption. Proc Natl Acad Sci USA 100: 9416-9421, 2003

3次元μCTによる大腿骨遠位部断面画像

(左:野生型マウス,右:破骨細胞特異的ARKOマウス)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は性ステロイドホルモン受容体の骨代謝制御機構に関するもので、4章より構成される。男性ホルモン(アンドロゲン)は主要な骨代謝制御因子として知られている。アンドロゲンの生理作用はリガンド依存性転写制御因子であるアンドロゲン受容体(AR)を介した標的遺伝子の転写制御により発揮されると考えられている。AR遺伝子欠損(ARKO)マウスでは顕著な骨量低下が雄のみで観察された。しかし、ARを介した骨増強作用が骨組織内の骨芽細胞または破骨細胞内の機能であるのか不明であった。加えて、骨組織でのAR発現は骨芽細胞での発現が報告されてきたが、破骨細胞については検出限界以下である。よって破骨細胞はARの非標的細胞と考えられてきた。しかし、破骨細胞内での作用を個体レベルで解析した報告はない。

 そこで本研究では破骨細胞内でのAR高次機能解明を目的に、Cre/loxPシステムを利用した破骨細胞特異的AR遺伝子破壊法を確立し、その骨組織変異を解析した。

 第2章では、破骨細胞特異的Cre発現マウスの作出と解析を行っている。破骨細胞特異的に当該遺伝子を欠損させるCreトランスジェニックマウスは存在しないため、Cathepsin K遺伝子を介した破骨細胞特異的Creリコンビナーゼ発現マウスの作製を行った。一般的なトランスジェニックマウスの問題点である組織特異性の低さや、成長・継代に伴う発現量低下などの解決を期待し、Creノックインマウスの作製を行った。破骨細胞特異的に発現するCathepsin K遺伝子座を含むBACクローンを取得し、λ-プロファージ遺伝子相同組換えシステムにより1st ATG以降をCre遺伝子に置き換えたターゲティングベクターを構築した。ベクターのES細胞への導入、キメラマウスの作出を経て、Ctsk-Creノックインマウス系統を樹立した。各組織でのCre遺伝子発現を調べたところ、骨組織特異的な発現を確認した。CAG-CAT-Zテスターマウスと交配を行う事で生体でのCre依存的遺伝子欠損について検討した結果、胎生期・成体で破骨細胞特異的なLacZ遺伝子の発現が確認された。以上の結果から破骨細胞特異的Cre発現マウスの作製に成功したと判断した。

第3章では、樹立したCtsk-CreマウスとAR floxマウスの交配により破骨細胞特異的ARKO雄マウスの作製を行っている。先ず、破骨細胞分化段階におけるAR遺伝子欠損に関してin vitro破骨細胞形成系を用いて検討を行った結果、RANKL刺激から少なくとも2日後には遺伝子欠損が観察された。作製したAR ΔOc/Y雄マウスは、全身性ARKOマウスの特徴的ある不妊や肥満を示さず、内分泌系にも異常が無い事から、二次作用や間接的な骨組織への影響を排除した系統であると考えられた。これにより生体レベルにおいて破骨細胞特異的なAR機能解析が可能となった。

 12週齢雄マウス大腿骨の解析を行った結果、AR ΔOc/Yマウスでは大腿骨遠位の大幅な海綿骨減少が観察された。骨形態計測による解析を行った結果、骨組織中の破骨細胞数が大幅に増加し、骨吸収面の増加が観察された。更に代表的な骨吸収マーカーである尿中デオキシピリジノリン濃度がWT群に対して有意に上昇していた事から、破骨細胞機能亢進による骨吸収速度の増加が起きていると考えられた。興味深い事に骨芽細胞数も増加しており、骨形成速度・石灰化速度が上昇傾向にあった。以上の結果をまとめると、AR ΔOc/Yマウスでは破骨細胞機能が亢進する事で骨代謝回転が高回転となり、その結果として海綿骨量の減少が起きている事が明らかとなった。

 これまで多くの破骨細胞制御因子が報告されているが、培養破骨細胞を用いた検証には限界が有り、それら因子が破骨細胞で特異的に機能しているか証明する手段が存在しなかった。本研究で樹立したCtsk-Creマウスにより、今後、これら因子群の詳細な作用メカニズムの解析が可能となった。

 破骨細胞特異的ARKOマウスを作製したところ、骨量の減少が観察された。この結果は、破骨細胞内ARが破骨細胞機能を直接抑制する事を示している。以上の結果から、これまでアンドロゲンの骨増強効果は骨芽細胞を介した骨形成促進作用によるものと考えられてきたが、破骨細胞ARを介した骨吸収抑制の結果である事を明らかにする事ができた。

 以上、本論文は破骨細胞特異的ARKOマウスの作製および解析により、破骨細胞内ARが骨代謝制御に直接関与している事を明らかにし、骨組織に対する性ステロイドホルモン作用メカニズムの一端を解明しており、骨代謝学、分子遺伝学いずれの分野においても発展性が期待され、学問上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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