学位論文要旨



No 120164
著者(漢字) 渡辺,祥司
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ショウジ
標題(和) 大腸菌リポ蛋白質特異的分子シャペロンLolAの結晶構造に基づいた機能解析
標題(洋)
報告番号 120164
報告番号 甲20164
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2847号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 助教授 大西,康夫
 東京大学 助教授 西山,賢一
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

 グラム陰性細菌である大腸菌は、外膜、ペリプラズム、内膜、および細胞質の4つの区画から成り立っている。外膜と内膜にはN末端のシステイン残基が脂質で修飾されたリポ蛋白質が約90種類存在しており、細胞の形態維持、細胞分裂、物質輸送、薬剤排出など多くの重要な細胞生理機能を担っている。

 リポ蛋白質は、内膜に存在するLolCDE複合体、ペリプラズムに存在するリポ蛋白質特異的分子シャペロンLolA、および外膜に存在するリポ蛋白質受容体LolBが触媒する一連の反応によって外膜に局在する。これら全てのLol因子は大腸菌の生育に必須である。

 外膜局在化シグナルを持つリポ蛋白質はLolCDE複合体に認識され、ATPの加水分解エネルギーを利用しLolAと1:1の水溶性複合体を形成して内膜から遊離する。複合体としてペリプラズム空間を横断したリポ蛋白質は、LolBへ受け渡され、外膜に組み込まれる。一方、内膜局在化シグナルを持つリポ蛋白質はLolCDE複合体の認識を回避するため、内膜に局在する。

 LolAとLolBは一次構造の相同性は低いにもかかわらず、立体構造は良く似ておりLolABフォールドと呼ばれている。LolAは11本の逆平行βシート、1本の平行βシート、および3本のαヘリックスにより構成されており、片方が開いたハーフバレル構造にαヘリックスの蓋がついている構造をしている(図1)。これまでの解析からLolAの機能には、β1-β2間のループに存在するArg43とα1に存在するLeu10、α1-β1間に存在するVal13、およびα2に存在するIle93とAla94の間で形成される水素結合が重要であると推測されている。Arg43をLeuに置換した変異LolAは、リポ蛋白質を結合して複合体を形成することはできるがLolBにリポ蛋白質を受け渡すことができない。このことから、Arg43と4残基間で形成される水素結合は、LolCDE複合体のATP加水分解エネルギーにより切断され、αヘリックスが開くことによりリポ蛋白質が結合すると予測されている。また、Ile93と疎水的キャビティーを形成しているβ10に存在するPhe140との疎水的相互作用はリポ蛋白質の結合に重要であると推測されている(図2)。

2.結晶構造に基づいた網羅的な変異体の構築

 LolAの結晶構造から特に重要であると推測された15残基に部位特異的変異を導入した。その結果、12残基について合計23種の機能を失った変異LolAを取得した。これらの内、3残基について得られた5種類の変異体は、野生型LolAの機能を阻害する優性欠損変異体であった。

 変異体を過剰発現させた大腸菌からペリプラズムを調製して外膜リポ蛋白質LppまたはPalの抗体でウエスタンブロティングを行った。通常、野生型の大腸菌において、リポ蛋白質はペリプラズムからは検出されない。しかし、蓋の役割をしているαヘリックスを構成する4残基7種類の変異体、および疎水的キャビティーを形成している2残基4種類の変異体においてLppおよびPalが検出された。これらの変異体はリポ蛋白質との相互作用が強くなったか、LolBと相互作用できなくなった変異体であると考えられる。一方で、ペリプラズムにLppおよびPalが検出されなかった8残基12種類の変異体は、リポ蛋白質と結合することができなくなったか、LolCDE複合体と相互作用ができなくなった変異体であると考えられる(図3)。

3.優性欠損変異体LolA(I93G)の機能解析

 網羅的に構築した変異体のうち、Ile93は親水的なAsp(I93N)やGlu(I93E)に置換すると機能を失い、LolAとして単独で発現すると大腸菌は生育できない。一方で、側鎖の小さいGly(I93G)に置換すると、生育を支持しないだけでなく優性欠損変異体となった。また、I93NまたはI93Eを過剰発現させた大腸菌のペリプラズムにはリポ蛋白質は蓄積しないのに対して、I93Gを過剰発現させた大腸菌のペリプラズムにはリポ蛋白質が蓄積していた。現在までに、ペリプラズムにリポ蛋白質を蓄積する優性欠損変異体は取得されておらず、in vitroにおける詳細な機能解析を行った。

 精製したIle93変異体を用いてスフェロプラストからのリポ蛋白質遊離実験を行った。その結果、I93NおよびI93Eはリポ蛋白質の遊離機能を失っていた。このことから、Ile93とPhe140との疎水的相互作用(図2)はリポ蛋白質との結合に重要であると考えられる。一方で、I93Gは野生型LolAより約1.5倍強い遊離活性を有していたが、リポ蛋白質を外膜へ組み込む活性は野生型の約25%であった。

 I93Gが野生型より強い遊離活性を有していることに着目し、リポ蛋白質の遊離競合実験を行った。一定量の野生型LolA-FLAGに対して、野生型LolA-HisまたはI93G-Hisの量を変化させて加えたLolA溶液を用いて、スフェロプラストからリポ蛋白質を遊離させた。その後、FLAG抗体カラムまたはHisタグカラムを用いてLolAと複合体を形成しているリポ蛋白質の量を調べた。その結果、野生型LolA-Hisの添加量に依存してLolA-Hisと複合体を形成するリポ蛋白質の量が増加した。最終的に等量の野生型LolA-Hisを加えたとき、結合しているリポ蛋白質の比率は1:1となった。それに対してI93G-Hisを混合させたとき、野生型LolA-FLAGとI93G-Hisの量比が2:1以上になると、遊離したリポ蛋白質の全てがI93G-Hisと複合体を形成していた。すなわち、この結果はI93Gが野生型LolAより優先的にリポ蛋白質と結合することを示している。

 Glyは、ヘリックスを破壊する残基の一つである。I93Gはα2ヘリックスがGlyにより破壊され、内部の疎水的キャビティーが露出している構造をしていると考えられる。その結果、野生型LolAよりリポ蛋白質との親和性が高くなりLolCDE複合体により提示されたリポ蛋白質を優先的に結合するようになったと考えられる。また、LolB-リポ蛋白質の親和性よりI93G-リポ蛋白質の親和性の方が高くなったので、LolBに受け渡せなくなったと考えられる。その結果、過剰発現させるとペリプラズムにI93G-リポ蛋白質複合体が蓄積し、大腸菌の生育を阻害する優性欠損変異体の表現型を示したと考えられる。

 以上の解析結果は、蓋の役割をしているLolAのαヘリックスの開閉がリポ蛋白質との親和性を調節し、LolCDE複合体からリポ蛋白質の遊離およびLolBへの受け渡しを効率よく進行させるために重要な役割を担っていることを示唆している。

4.Cys導入によるリポ蛋白質結合機構の解明

 Ile93変異体の解析により、リポ蛋白質の結合には蓋の開閉が重要であることが明らかとなった。そこで、野生型LolAにはCysが存在しないことを利用してIle93とPhe140にCysを導入することにより、基質結合機構の解明を目的として解析を行った。

 Ile93をCysに置換したI93CおよびPhe140をCysに置換したF140Cは、LolAとして単独で発現させると野生型の大腸菌と同じ生育を示した。一方で、両方の残基をCysに置換したI93C/F140Cは、生育を支持しないだけではなく優性欠損変異体であった。しかし、I93C/F140Cのin vivoの表現型は、還元剤の添加により野生型と同じ表現型に回復した。このことから、I93C/F140Cは分子内でS-S結合を形成し、蓋であるα2ヘリックスが開くことができない変異体であると推測された。そこで、精製したI93C/F140Cを用いて、LolCDE複合体およびPalを組み込んだプロテオリポソームからPalの遊離活性を調べた。その結果、I93C/F140Cは野生型LolAと比較して約60%の活性しか有していなかった。この結果は、I93C/F140Cの酸化型と還元型との混在が原因であると予想した。そこで、酸化剤または還元剤で処理したI93C/F140Cを用いて遊離活性を調べた。その結果、還元剤で処理したI93C/F140Cは野生型LolAと同じ活性を示した。一方で、酸化剤で処理したものは野生型LolAの約20%しか活性を有していなかった。これらの結果は、リポ蛋白質を結合するためにはα2ヘリックスが開くことが重要であることを裏付けている。更に、スペーサーアームの長さが異なる3種のSH基特異的架橋剤で処理したI93C/F140Cの遊離活性を調べたところ、スペーサーアームの長さが短くなればなるほどLolAの遊離活性は低下していった。以上の解析により、リポ蛋白質を結合するためには蓋の役割をしているα2ヘリックスが少なくとも16.1Å以上開く必要があると考えられる。

5.総括

 結晶構造に基づいたLolAの機能解析により、蓋であるαヘリックスの開閉がリポ蛋白質の結合およびLolBへの受け渡しに重要な役割を果たしていることが本研究で示された。また、Cys変異体を用いた解析によりリポ蛋白質の結合機構の一端を解明することができた。今後、Cys変異体の更なる詳細な研究により、リポ蛋白質結合機構の全貌解明および各Lol因子間の相互作用部位の特定などの解析に期待が持たれる。

図1;LolAの構造

図2;機能に重要であると推測されている残基間の相互作用

図3;変異を導入した残基

審査要旨 要旨を表示する

 大腸菌のリポ蛋白質は、内膜に存在するLolCDE複合体、ペリプラズムに存在する分子シャペロンLolA、および外膜に存在する受容体LolBが触媒する一連の反応によって外膜に運ばれる。最近、LolAとLolBの結晶構造が解明され、両因子は片方が開いたハーフバレル構造にαヘリックスの蓋がついている構造をしていることが明らかとなった。本論文は、結晶構造に基づいたLolAの機能を、原子レベルで解析したものである。

 LolAの結晶構造から特に重要であると推測された15残基に部位特異的変異を導入した変異体を構築した。その結果、12残基について合計23種の機能を失った変異LolAを取得した。これらの内、3残基について得られた5種類の変異体は、野生型LolAの機能を阻害する優性欠損変異体であった。

 αヘリックス構成残基の一つであるIle93を親水的なAspやGluに置換するとLolAは機能を失い、大腸菌の生育を支持できない。一方、側鎖の小さいGlyに置換したI93G変異体は、優性欠損変異体となった。また、I93Gを過剰発現させた大腸菌のペリプラズムにはリポ蛋白質が蓄積していた。ペリプラズムにリポ蛋白質を蓄積する優性欠損変異体は取得されておらず、in vitroにおける詳細な機能解析を行った。

 精製したI93G変異体は、野生型より約1.5倍強い遊離活性を有していた。一方、リポ蛋白質をLolBに受け渡す活性は野生型の約25%であった。リポ蛋白質の遊離競合実験の結果、野生型とI93Gが共存したとき、遊離したリポ蛋白質の全てがI93Gと複合体を形成していた。すなわち、I93Gはリポ蛋白質との親和性が高くなり、過剰発現させるとリポ蛋白質のほぼ全てがI93G-リポ蛋白質複合体となることが示唆された。以上の解析結果により、LolAのαヘリックスがリポ蛋白質との親和性を調節し、LolCDE複合体からリポ蛋白質の遊離およびLolBへの受け渡しを効率よく進行させるために重要な役割を担っていることが示唆された。

 αヘリックスの重要性をさらに詳細に解析するために、Ile93およびIle93と疎水結合を形成しているPhe140を標的としてCys変異体を構築した。。I93CおよびF140Cは、LolAとして単独で発現させても大腸菌の生育は阻害されなかった。一方、I93C/F140Cは優性欠損変異体として大腸菌の生育を強く阻害した。しかし、この生育阻害は、培地に還元剤を添加することにより解消した。このことから、I93C/F140Cが分子内でS-S結合を形成し、αヘリックスが固定されると優性欠損変異体の性質を持つと考えられる。精製したI93C/F140Cを酸化剤または還元剤で処理した後、LolCDE複合体を再構成したプロテオリポソームにおいてリポ蛋白質の遊離活性を調べた。その結果、還元型I93C/F140Cは野生型と同じ活性を示した。一方、酸化型は野生型の約20%しか活性を有していなかった。さらに、長さが異なる3種のSH基特異的架橋剤でCys間を架橋したところ、長さが短くなればなるほどLolAの遊離活性は低下した。これらの結果から、リポ蛋白質の結合にはαヘリックスが大きく構造変化することが重要であることが示唆された。

 以上、本論文は結晶構造に基づいたLolAの機能解析を行うことにより、リポ蛋白質結合機構の一端を明らかにしたものであり、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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