学位論文要旨



No 120168
著者(漢字) 佐竹,敬恵
著者(英字)
著者(カナ) サタケ,タカエ
標題(和) 地域社会における森林の管理・利用への住民参加およびパートナーシップに関する研究
標題(洋)
報告番号 120168
報告番号 甲20168
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2851号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,博一
 東京大学 教授 白石,則彦
 東京大学 教授 井上,真
 東京大学 助教授 石橋,整司
 東京農工大学 助教授 土屋,俊幸
内容要旨 要旨を表示する

 近年,地域住民や都市住民による森林ボランティア活動が盛んに行われ,住民を含めた関係者がパートナーシップを形成して森林を共同管理・利用する方法が模索されている。住民参加・パートナーシップによる森林管理・利用システムは,森林所有者による森林経営,行政による森林管理など既存の森林管理システムに対し,市場機構行政機構にかわる第3の資源配分方法としての協議システムを内在した森林管理システムと位置づけられる。同時に,住民参加の森林ボランティア活動を通じて,地域住民や森林の関係者同士が交流し,新しい地域社会を形成する可能性も秘められている。本研究ではこうした住民参加・パートナーシップによる森林管理・利用システムの持つ社会経済的側面に注目している。

 地域社会の抱える森林に関する社会背景や利害関係者が様々であるため,住民参加の位置づけや参加層,パートナーシップの形成過程は地域社会によって異なると考えられるが,これまで形成過程の違いが何故起きるのかについては十分に検討されていない。住民参加・パートナーシップによる森林管理・利用システム形成過程を解明することができれば,今後新たに同様のシステムを導入する際に有益な情報になると期待される。そこで,本研究では,文献調査,アンケート調査を実施して住民参加・パートナーシップの現状を分析し,住民参加・パートナーシップによる森林管理・利用システムの形成過程を類型化・モデル化してその特長と課題を明らかにし,住民参加・パートナーシップの持つ社会経済的意義を考察した。

 まず,森林科学・経済学・環境社会学にまたがる研究レビューを行い,概念整理を行った。参加主体には,(1)地域社会の構成員で森林の身近な受益者である人々,(2)地域社会の非構成員だが森林から何らかの効用を得ており自らの意思で参加する人々の2種類がおり,(1)を「住民」,(2)を「市民」と位置づけた。住民・市民は森林ボランティア団体を結成し,森林管理作業や環境保全活動を通じて森林の諸機能を社会に供給するとともに,森林から様々な効用を需要していることから,その活動を「森林の管理・利用」と呼んでいる。パートナーシップには,関係者が協議システムにより合意形成を行う関係,資金提携など経済的提携関係,制度化されていない社会的協力関係など様々なものが想定された。そこでパートナーシップを「地域社会における森林の管理・利用について,一定の共通認識と役割分担を持った住民や森林所有者,行政といった森林の関係者によって結ばれる社会的・経済的協働(協力)関係」と包括的な内容で定義した。

 次に,公共経済学的観点から森林が持つ公共財としての性格,参加組織である森林ボランティア団体の経済学的性質を明らかにした。森林には広域に及ぶ環境機能を持つ森林など純粋公共財,利用者が一定の地域に限定されやすい地方公共財,木材経営林などの私的財など,非競合性・非排除性の度合いの異なる森林があり,地域的な森林利用が行われやすい森林(地方公共財など)では主な参加主体が住民に,広域的な森林利用が行われやすい森林(純粋公共財)では参加主体が住民と市民になりやすいことが示唆された。一方,森林ボランティア団体には経済学で民間非営利組織(NPO)と定義されるものが多い。民間非営利組織は,民間企業が起こしやすい「市場の失敗」(フリーライダーや外部性の存在が原因)と「契約の失敗」(供給者による背信行為),行政が起こしやすい「政府の失敗」(情報コストの増大・行政の硬直性などが原因)を回避できるため,森林を含めた公共財供給者として期待されるが,「組織の失敗」(非効率的な組織運営が温存されやすい),「調整の失敗」(資金調達などの提携関係がうまくできず公共財を供給できなくなる)を起こしやすく,特に「調整の失敗」を回避するため,パートナーシップが必要であると指摘されていた。

 現状分析では,まず文献調査の結果から,住民参加・パートナーシップによる森林管理・利用は,地域社会が抱える社会問題や森林事情を背景としていることがわかった。具体的には,都市の宅地開発に伴う森林消失,過疎化の進む農山村部では人手不足による森林管理上の困難,さらに河川上流部における森林伐採による水資源の枯渇・汚染などが挙げられた。

 全国各地の森林ボランティア団体に対するアンケート調査(2001年実施・有効回答数156団体・回収率42%)では,森林ボランティア団体が活動を始めたきっかけ,活動頻度や活動内容など活動実態,団体の意志決定方法,資金や道具の調達方法,地域住民との関係などについて自由回答を中心とした回答を得た。森林ボランティア団体を「活動地域」の類型(「都市部」,「農山村部」,「流域」,「広域」,「海外」,「その他」)と「組織形態」の類型(「NPO」,「営利組織」,「準NPO・行政系の団体」,「パートナーシップ団体」)に分け,回答を各類型について分析した。「活動地域」の分析から,森林ボランティア団体の活動は,多くの団体で森林の管理・利用に対する地域社会のニーズと深く関わっていたが,いくつかの団体では地域社会の構成員でない市民の要求から行われていることがわかった。住民の参加に関する回答から,森林ボランティア団体が地域社会にとって外部の存在により主導されているケースでは,地域住民を団体の活動に取り込むことがより困難であると考えられた。一方,「組織形態」の分析から,森林ボランティア団体には住民主導・市民主導で設立された草の根的な団体と,市町村や都道府県など行政主導で設立された団体があるとわかった。しかし,行政主導で設立された団体でも,組織運営に住民・市民を参加させるなど徐々に団体運営のリーダーシップを住民や市民に移行させる努力がみられた。

 パートナーシップの現状と形成過程を明らかにするため,森林ボランティア団体アンケート回答団体のうち3つの活動地域(「都市部」,「農山村部」,「流域」の合計90団体)について資金・土地・森林管理情報における関係者の役割分担,パートナーシップ形成のリーダーシップとパートナーシップ構成員の組み合わせを分析して全体像を明らかにした。次に森林ボランティア団体の歴史が比較的長かった関東地方の都市近郊地域11事例を抽出してパートナーシップ形成の背景,活動開始時のリーダーと実際のパートナーシップの構成員との関係を整理し,さらに2事例については関係者に対する聞き取り調査や文献調査を行ってパートナーシップ形成過程を詳しく比較検討した。最後に行政主導で設立された森林ボランティア団体35団体についてパートナーシップ形成過程を検討し,行政の役割を明らかにした。その結果,住民・市民による森林ボランティア団体・行政・森林所有者・助成団体などの間には,資金・森林提供・技術・情報面でのパートナーシップが形成されているが,主要な関係者は森林ボランティア団体・行政・森林所有者の3者であり,リーダーシップでは森林ボランティア団体を構成する住民・市民か,行政かの2つのケースに大別できた。パートナーシップ形成過程の詳しい分析結果から,パートナーシップ形成過程には,(1)住民による自発的な森林保全運動や活動,(2)関係者によるパートナーシップの形成,(3)協議システムの成立の3つの形成段階が存在し,その3段階の出現順序が異なる5つの形成パターンに類型化できた。このうち3類型は(1)から始まるボトムアップ型,残り2類型はトップダウン型であった。

 以上の結果をもとに,住民参加・パートナーシップによる森林管理・利用システム形成過程を表すモデルを構築し,森林管理・利用システムの今後を展望した。モデルは,森林ボランティア団体・行政・森林所有者のパートナーシップ・協議システムからなる「コアシステム」と,森林ボランティア団体の活動を媒介に参加の拡がりを表した「拡がりの部分」との2層構造になっており,リーダーシップの違いと参加の拡がり方の違いから,「コアシステム」の形成パターンには8通りが考えられ,「拡がりの部分」を合わせたモデル全体では,合計11通りのパターンが論理的に可能であった。このうち,現実にみられたのは「住民主導・地域内参加型」,「地域内行政主導・地域内参加型」,「住民主導・超地域的参加型」,「市民主導・超地域的参加型」,「地域内行政主導・超地域的参加型」,「広域行政主導・超地域的参加型」の6通りであった。残りの5通りは将来おこりうるケースで,そのうち4通りは森林所有者主導のケースであった。

 本研究の結果,森林ボランティア団体は,森林管理・利用システムのコアシステムに住民が参加する機会を提供するとともに,住民に対する森林教育・普及活動を行って参加の裾野を広げる重要な存在であるとわかった。同時に,森林ボランティア団体の活動を軸に資金面・技術面・合意形成面など様々な角度からパートナーシップが形成されていることが明らかとなり,制度化されていない社会的協力関係を含めて新しい地域社会の形成にも貢献していた。住民参加・パートナーシップによる森林管理・利用システムは,主にリーダーシップと参加の拡がり方によって異なる形成過程と地域社会への影響力を持つと考えられる。この2つの要素は地域社会の成熟度とも関連していると考えられ,地域社会の実情に見合ったシステムの形成過程をたどると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 近年,地域住民や都市住民による森林ボランティア活動が盛んに行われ,住民を含めた関係者がパートナーシップを形成して森林を共同管理・利用する方法が模索されている。住民参加・パートナーシップによる森林管理・利用システムは,森林所有者による森林経営,行政による森林管理など既存の森林管理システムに対し,市場機構,行政機構にかわる第3の資源配分方法としての協議システムを内在した森林管理システムと位置づけられる。同時に,住民参加の森林ボランティア活動を通じて,地域住民や森林の関係者同士が交流し,新しい地域社会を形成する可能性も秘められている。地域社会の抱える森林に関する社会背景や利害関係者が様々であるため,住民参加の位置づけや参加層,パートナーシップの形成過程は地域社会によって異なると考えられるが,これまで形成過程の違いが何故起きるのかについては十分に検討されていない。住民参加・パートナーシップによる森林管理・利用システム形成過程を解明することができれば,今後新たに同様のシステムを導入する際に有益な情報になると期待される。そこで,本研究では,文献調査,アンケート調査を実施して住民参加・パートナーシップの現状を分析し,住民参加・パートナーシップによる森林管理・利用システムの形成過程を類型化・モデル化してその特長と課題を明らかにし,住民参加・パートナーシップの持つ社会経済的意義を考察した。

 全国各地の森林ボランティア団体に対するアンケート調査結果から、森林ボランティア団体を「活動地域」の類型(「都市部」,「農山村部」,「流域」,「広域」,「海外」,「その他」)と「組織形態」の類型(「NPO」,「営利組織」,「準NPO・行政系の団体」,「パートナーシップ団体」)に分け,各類型について回答を分析した。「活動地域」の分析から,森林ボランティア団体の活動は,多くの団体で森林の管理・利用に対する地域社会のニーズと深く関わっていたが,いくつかの団体では地域社会の構成員でない市民の要求から行われていることがわかった。住民の参加に関する回答から,森林ボランティア団体が地域社会にとって外部の存在により主導されているケースでは,地域住民を団体の活動に取り込むことがより困難であると考えられた。一方,「組織形態」の分析から,森林ボランティア団体には住民主導・市民主導で設立された草の根的な団体と,市町村や都道府県など行政主導で設立された団体があり、後者では組織運営に住民・市民を参加させるなど徐々に団体運営のリーダーシップを住民や市民に移行させる努力がみられた。

 パートナーシップの現状と形成過程を明らかにするため,森林ボランティア団体アンケート回答団体のうち3つの活動地域(「都市部」,「農山村部」,「流域」の合計90団体)について資金・土地・森林管理情報における関係者の役割分担,パートナーシップ形成のリーダーシップとパートナーシップ構成員の組み合わせを分析して全体像を明らかにした。次に森林ボランティア団体の歴史が比較的長かった関東地方の都市近郊地域11事例を抽出してパートナーシップ形成の背景,活動開始時のリーダーと実際のパートナーシップの構成員との関係を整理し,さらに2事例については関係者に対する聞き取り調査や文献調査を行ってパートナーシップ形成過程を詳しく比較検討した。最後に行政主導で設立された森林ボランティア団体35団体についてパートナーシップ形成過程を検討し,行政の役割を明らかにした。その結果,住民・市民による森林ボランティア団体・行政・森林所有者・助成団体などの間には,資金・森林提供・技術・情報面でのパートナーシップが形成されているが,主要な関係者は森林ボランティア団体・行政・森林所有者の3者であり,リーダーシップでは森林ボランティア団体を構成する住民・市民か行政かの2つのケースに大別できた。パートナーシップ形成過程の詳しい分析結果から,パートナーシップ形成過程には,(1)住民による自発的な森林保全運動や活動,(2)関係者によるパートナーシップの形成,(3)協議システムの成立の3つの形成段階が存在し,その3段階の出現順序が異なる5つの形成パターンに類型化できた。このうち3類型は(1)から始まるボトムアップ型,残り2類型はトップダウン型であった。

 以上の結果をもとに,住民参加・パートナーシップによる森林管理・利用システム形成過程を表すモデルを構築し,森林管理・利用システムの今後を展望した。モデルは,森林ボランティア団体・行政・森林所有者のパートナーシップ・協議システムからなる「コアシステム」と,森林ボランティア団体の活動を媒介に参加の拡がりを表した「拡がりの部分」との2層構造になっており,リーダーシップの違いと参加の拡がり方の違いから,「コアシステム」の形成パターンには8通りが考えられ,「拡がりの部分」を合わせたモデル全体では,合計11通りのパターンが論理的に可能であった。このうち,現実にみられたのは「住民主導・地域内参加型」,「地域内行政主導・地域内参加型」,「住民主導・超地域的参加型」,「市民主導・超地域的参加型」,「地域内行政主導・超地域的参加型」,「広域行政主導・超地域的参加型」の6通りであった。残りの5通りは将来おこりうるケースで,そのうち4通りは森林所有者主導のケースであった。

 本研究の結果,森林ボランティア団体は,森林管理・利用システムのコアシステムに住民が参加する機会を提供するとともに,住民に対する森林教育・普及活動を行って参加の裾野を広げる重要な存在であるとわかった。同時に,森林ボランティア団体の活動を軸に資金面・技術面・合意形成面など様々な角度からパートナーシップが形成されていることが明らかとなり,制度化されていない社会的協力関係を含めて新しい地域社会の形成にも貢献していた。住民参加・パートナーシップによる森林管理・利用システムは,主にリーダーシップと参加の拡がり方によって異なる形成過程と地域社会への影響力を持つと考えられる。この2つの要素は地域社会の成熟度とも関連していると考えられ,地域社会の実情に見合ったシステムの形成過程をたどると考えられた。

 以上のように,本論文は今後日本の森林管理に重要な役割を果たすと考えられる「住民参加・パートナーシップによる森林管理・利用システム」の特徴をその形成過程を分析することによって明らかにし、これまでさまざまな形態が報告される一方で特性については混沌としていた住民参加・パートナーシップの類型化を行ったものである。本研究の成果は今後の住民参加に関する研究に貴重な視点を示したと同時にあらたな活動に対する有益な情報を与えるものと高く評価できる。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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