学位論文要旨



No 120169
著者(漢字) 菊池,研介
著者(英字)
著者(カナ) キクチ,ケンスケ
標題(和) 外生菌根菌の生態生理的特性
標題(洋)
報告番号 120169
報告番号 甲20169
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2852号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,和夫
 東京大学 教授 宝月,岱造
 東京大学 教授 富樫,一巳
 東京大学 助教授 福田,健二
 東京大学 講師 松下,範久
内容要旨 要旨を表示する

 森林において、樹木の多くは根の表面を覆う菌糸体である菌鞘と皮層の細胞間隙を縫うように広がる菌糸体であるハルティヒネットで特徴付けられる外生菌根を形成しており、植物の根では吸収不可能な場所にある無機養分や水を菌根から伸びる根外菌糸を介して吸収することが可能である一方、外生菌根菌は宿主植物の光合成産物を受け取って自らの炭素源とするという共生関係が成立している。

 外生菌根を形成する菌類は地球上に5000種以上が存在するとされ、化石の存在から5,000万年以上維持されている関係であることも報告されており、生理的・生態的な多様性の存在が窺われるが、その詳細については不明である。

 本研究は、外生菌根菌の動態を明らかにするためのDNA分析法の検討を行った上で実際の適用を試みることを第一の目的としたが、その動態の裏にある生理的性質についても併せて考察し、研究の過程で外生菌根菌を対象とした研究でも急速に広まっているものの、あまり省みられないDNA分析の課題についても整理されることを目指した。

人工培地上での外生菌根菌の成長比較とsiderophore産生能力

 DNA抽出用の菌糸体の培養などに用いる培地を検討することを目的として、外生菌根菌4種を用いて菌根菌の培養に使用される浜田培地、太田培地、MMN培地の3種類の寒天培地上での成長量を比較した。その結果、ヌメリイグチとアミタケは順調な成長を見せた一方で、MMN培地上ではホンシメジ及びマツタケでは2週目までに菌叢直径の成長がほぼ停止した。培地の組成の比較などから、MMN培地中のFe3+がPO43-と不溶性の塩を形成することで鉄またはリンの欠乏が起こったことが原因であると考えられたが、両者の培地への添加量を比較すると鉄欠乏が原因である可能性が高いものと考えられた。

 鉄欠乏下では菌類はsiderophoreと呼ばれる鉄と親和性の高い物質を産生することが知られており、種間でその産生能力に差があるためにMMN培地上で成長の停止が起こった可能性が考えられることから、CAS assayによるsiderophore産生能力の評価を試みた。その結果、MMN培地上での成長抑制が特に顕著であったホンシメジがほぼ0%で推移したのに対し、緩やかながらも若干成長し続けたマツタケは4〜5%程度、成長が順調であったアミタケはマツタケの倍の10%程度で推移しており、MMN培地上での成長とほぼ一致した結果となった。

 siderophoreの機能として、Pseudomonas属菌で主に研究された種間競争力の強化の他、植物への鉄の供給、風化の促進によるリンなどの可給化、鉄以外との錯体形成能力に基づく重金属耐性への影響などが他の菌類を用いた研究で報告されており、外生菌根菌でもその産生能力の差を通じて土壌条件による棲み分けや宿主植物の成長促進効果における種間差につながっていることが示唆される。

DNA分析法の検討

ITS領域の塩基配列に基づいた種の識別

 核rDNAのITS領域の塩基配列を比較した結果、Tricholoma属、Suillus属の各種ではいずれの属でも同種では99%以上の相同性を示したのに対して異種間では95%を超えることは稀であったことから、ITS領域の塩基配列に基づいた種の同定が有効であるものと考えられた。実際、Tricholoma属の各種についてITS領域の配列に基づいた種特異的プライマーの設計が可能であり、マツタケについては野外採取のサンプルへの適用も可能であったことから、接種試験の結果の評価などへの応用可能性が示された。

 ITS領域は菌株の識別を行うためには変異が不十分であり、接種試験等で定着した菌株が接種したものと同一であることを厳密に証明することはできないため、菌株の識別には他の領域もしくは手法を用いる必要があるものと考えられた。

菌株の識別法の検討

 外生菌根菌の種内の遺伝的な変異を検出する方法として、DNA分析およびSI test(対峙培養)について、アミタケを対象にして検討を行った。

 供試したアミタケの18菌株は、本研究で開発した4種類のSSRマーカーでは12タイプ、2種類のプライマーを用いたISSR多型解析では8タイプに分かれ、両者を合わせると15タイプに分かれた。SI testでは、経年によって帯線が不明瞭となる傾向が観察され、誤判定が生ずる可能性があるものと考えられた一方、比較的新しく分離された菌株ではSI testでも菌株間の遺伝的な関係を良好に示しており、潜在的にはDNA分析をしのぐ識別能力を有していることも示唆された。更なる検討のためには人工的に作出され、遺伝的な背景が明らかな複核菌糸による実験を行う必要があるものと考えられる。

アミタケの単胞子分離法の検討と単核菌糸の生理的性質

 人工条件下での外生菌根菌の胞子の発芽率は一般に非常に低く、外生菌根菌を対象とした遺伝学的研究を進める上での障害となっていることから、単核菌糸を得る方法についてアミタケを対象に検討を行った。

 外生菌根菌の胞子発芽に有効とされる既往の報告を組合せた処理による発芽率を比較した結果、活性炭処理とアカマツ無菌苗との二員培養を組合せた処理でのみアミタケ胞子の発芽がみられた。この方法では他にもマツタケなどでも胞子の発芽が観察され、宿主植物の根の滲出物中の物質によって胞子発芽が起こる現象が多くの種で共通である可能性が考えられた。

 また、アミタケ胞子懸濁液をアカマツ実生へ接種した結果、4週目には菌根の形成が確認されたことから、土中でも根の滲出物によって胞子が発芽し、菌根形成に至っているものと考えられた。

 上記の方法で得た同一子実体由来のアミタケ単核菌糸をアカマツ実生に接種した結果、供試した単核菌糸全てで複核菌糸である親子実体からの分離菌株と外観的に同様の菌根を形成し、菌根の形成が確認されるまでの期間も同等であった。この結果、これまでに報告のある4属(Laccaria,Hebeloma,Suillus,Pisolithus)では、いずれも単核菌糸が菌根形成能力を持つ結果を得ることとなり、外生菌根菌の多くが単核菌糸であっても菌根形成能力を持っている可能性が高く、仮に胞子の発芽後すぐに複核化に至らない場合でも単核菌糸のまま菌根を形成して長期の生存が可能であることが示唆された。

 複核化は、単核菌糸同士の交配による他、担子菌類では複核菌糸との核の受け渡しによる複核化(di-mon交配)も知られており、外生菌根菌は炭素源を宿主植物に依存するという制約の元でも他の腐生菌などに劣らない複雑な繁殖メカニズムを持つ可能性が示唆されるが、この点については本研究でも開発したSSRマーカーを用いた解析などにより今後明らかにされることが期待される。

地掻き及び除伐がアミタケの発生動態に及ぼす効果

 広島県加計町内のアカマツ天然林内で行った地掻きや除伐などの施業が試験地において主に発生したアミタケの発生動態に及ぼす効果とその根拠について遺伝構造の解析から検討を行った。

 施業を行った処理区では施業後数年経過してからアミタケ子実体の発生本数は増加する傾向が見られ、施業はアミタケの発生本数に正の効果を及ぼすものと考えられた。

 L関数による発生位置の空間構造の解析から、毎年の子実体は半径1m以内のパッチを構成して集中分布を示した一方で、各プロットにおける調査年間の発生位置に明確な関係は認められなかったことから、胞子による繁殖を毎年行っている可能性と土壌中を広く分布した同一ジェネットの菌糸から毎年不規則に子実体を発生している可能性が考えられた。さらに、SSRマーカーなどによる遺伝構造の解析を行った結果、調査を行った4年間にわたって同一の複数のジェネットが各プロットで優占していたことから、後者の可能性が高いものと考えられた。

 その一方で、新たなジェネットもごく稀ながら出現しており、その頻度は施業区の方が多かったことから、施業によって胞子の定着が促進されていることも示唆された。新たに出現したジェネットは、その近傍に優占して存在するジェネットの対立遺伝子をホモ接合で持っており、同一ジェネットに属する子実体由来の胞子同士の交配によって出現した可能性が高いものと考えられた。

 今までに報告されたアミタケなどのSuillus属各種の交配様式は2極性であるため、同一子実体由来の胞子でも50%の確率で和合性であることや、子実体直下に落下する胞子がかなりの数にのぼる報告例から、同一子実体由来の胞子同士の交配が実現されている可能性は非常に高いものと考えられる。仮にそのような繁殖が行われた場合、本研究で遺伝構造の解析に用いた方法でそれを識別できるか否かは未知数であり、今後、解析に用いるマーカーを増やすことに加え、人工的に交配した菌株による実験を行うことでこの点について明らかにされることが期待される。

 Suillus属は、本研究から高い産生能力が示されたsiderophoreの産生や成長速度の速さが種間競争力の高さにつながっており、さらには胞子からの菌根の形成も容易なこともあって撹乱ともいえる施業後の発生本数の増加に至っており、菌根菌相の遷移ではearly-stage、late-stageのいずれにも当てはまらないmulti-stage fungiに分類されるようなしたたかな生活を送ることが可能であるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 外生菌根菌は宿主植物の光合成産物を受け取り自らの炭素源とするという樹木との共生関係を保ち、地球上に5千種以上が存在するとされるが、その生理的・生態的な詳細については不明な点が多い。

 本論文は、外生菌根菌の動態を明らかにするためにDNA分析法の検討を行い実際に適用するとともに、その動態の裏にある生理的性質について考察したもので、7章よりなっている。

 第1章は、序論にあてられ、外生菌根菌に関する既往の研究と本研究の目的について述べられている。

 第2章では、人工培地上での外生菌根菌の成長比較とsiderophore産生能力について検討し、鉄欠乏条件下では外生菌根菌のsiderophore産生が宿主植物の成長を促進することを明らかにした。

 第3章では、核rDNAのITS領域の塩基配列に基づいて外生菌根菌の種の識別を行った結果、Tricholoma属、Suillus属ではいずれの属でも同種間では99%以上の相同性を示し、一方、異種間では95%を超えることは稀であったことから、ITS領域の塩基配列に基づいた種の同定が有効であることを示した。

 第4章では、外生菌根菌であるアミタケの種内の遺伝的変異な変異を検出する方法についてDNA分析および対峙培養を用いて検討を加え、供試した18菌株ではSSRマーカーでは12タイプ、ISSR多型解析では8タイプに分かれ、対峙培養では比較的新しく分離された菌株ではDNA分析を凌ぐ識別力を有している可能性が示唆された。

 第5章では、アミタケの単胞子分離菌株の生理的性質について検討し、活性炭処理とアカマツ無菌苗との二員培養の組み合わせでアミタケ胞子の発芽が認められ、アビエチン酸添加では発芽しなかったことから、この手法は、マツタケ胞子などの発芽にも応用可能であり、宿主植物の根からの滲出物が外生菌根菌の胞子発芽を誘導する可能性が示唆された。

 第6章では、林内の施業がアミタケの発生動態に及ぼす影響と遺伝構造の解析を行い、施業がアミタケの発生に正の効果を及ぼし、その発生は胞子による繁殖あるいは土壌中の菌糸からの不規則な発生に起因することが明らかにされた。

 以上を要するに、本論文は外生菌根菌の動態と関与する生理的性質について明らかにしたもので、学術上、応用上、貢献することが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

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