学位論文要旨



No 120171
著者(漢字) 田原,恒
著者(英字)
著者(カナ) タハラ,コウ
標題(和) Melaleuca cajuputiのアルミニウム耐性機構
標題(洋)
報告番号 120171
報告番号 甲20171
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2854号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小島,克己
 東京大学 教授 宝月,岱造
 東京大学 教授 丹下,健
 東京大学 助教授 練,春蘭
 東京大学 講師 益守,眞也
内容要旨 要旨を表示する

 酸性硫酸塩土壌は、強酸性土壌の中でも特にpHが低く、粘土鉱物から溶出したアルミニウム(Al)が植物に有害なAl3+として土壌溶液中に高濃度に含まれている。酸性硫酸塩土壌で生育可能な植物の探索は十分ではないが、フトモモ科樹木Melaleuca cajuputi Powellなど少数の植物が生育できることがわかっている。M. cajuputiなどの酸性硫酸塩土壌で生育可能な植物の特性を理解することにより、酸性硫酸塩土壌での造林技術の確立に寄与するとともに、広く強酸性土壌での生物生産向上に資することができよう。本研究では、酸性硫酸塩土壌で生育可能な樹種を選抜するとともに、強酸性土壌で問題になるAlに対する樹木の反応と耐性樹種であるM. cajuputi耐性機構を明らかにすることを目的とした。Alによって植物に現れる最も顕著な障害は根の伸長阻害であり、根端がAlの標的部位である。植物のAl耐性機構は、Alが根端に集積しないようにする「Al排除機構」と根端にAlが侵入しても耐えられる「根端内Al耐性機構」の二つに大きく分けて考えることができる。植物のAl耐性機構の研究は、Al排除機構を中心になされてきており、Alと結合する有機酸を根端から分泌し、Alが根に吸収されるのを防ぐ機構が明らかになっている。一方、根端内Al耐性機構については、未解明な部分が多い。本研究では、M. cajuputiのAl耐性機構をAl排除機構、根端内Al耐性機構の両側面から解析した。

 タイ国ナラティワート県に分布する酸性硫酸塩土壌に試験地を設け、植栽後2年間の生残と樹高成長を調べ、生育可能な樹種の選抜を行った。試験地の地下水および土壌溶液のpHが2.8-3.7と非常に低く、土壌溶液のAl濃度が2-3mMと非常に高かった。フトモモ科のEucalyptus alba Reinw. ex Bl.、Melaleuca arcana S.T.Blake、M. cajuputi、M. leucadendra (L.) L.、Syzygium lineatum (DC.) Merr. & L.M.Perry、S. oblatum (Roxb.) A.M.Cowan & J.M.Cowan、S. pachyphyllum(Kurz)Merr. & L.M.Perry、S. scortechinii(King) Chanter & J.Parn.、S. zeylanicum(L.) DC.、マメ科のAcacia mangium Willd.、フジウツギ科のFagraea fragrans Roxb.の11種は、活着率が高く樹高成長量も大きく、酸性硫酸塩土壌で生育可能だった。E. camaldulensis Dehn.は活着率は高かったが、次第に枯死個体が増加し成長量も低下した。M. bracteata F.Muell.は植栽2年後までにすべて枯死し、酸性硫酸塩土壌での生育には適していないと考えられた。

 Melaleuca属とEucalyptus属の9種のAl耐性を評価するために、植物育成装置内で水耕実験を行った。1mM AlCl3の培養液(pH4.0)で24時間処理し、根の伸長阻害によってAl耐性を評価した。その結果、M. cajuputi、M. leucadendra、M. quinquenervia(Cav.) S.T.Blake、E. deglupta Bl.、E. grandis W.Hill ex Maidenの5種は根の伸長が阻害されず1mMのAlに耐性があり、M. bracteata、M. glomerata F.Muell.、M. viridiflora Sol. ex Gaertner、E. camaldulensisの4種は根の伸長が阻害され1mMのAlに耐性がないことがわかった。Alによる9種の根端へのカロース(1,3-b-D-グルカン)の沈着量と、根の伸長の間に種を越えて負の相関が認められた。このことは、カロースが種間のAl耐性比較の指標として利用できる可能性を示している。次に、M. cajuputi、E. camaldulensis、M. bracteataの3種についてAl濃度を6段階設け(0.1、0.2、0.5、1、2.5、5mM)、5日間処理しAl耐性を調べた。E. camaldulensisは2.5mM以上のAlで、M. bracteataは0.2mM以上のAlで根の伸長が阻害された。M. cajuputiは5mM Alでのみ根の伸長が阻害され、非常に高いAl耐性を持っていることがわかった。

 Melaleuca cajuputiの極めて高いAl耐性がAl排除機構によるものであるかどうかを明らかにすべく、根からのAl結合性物質の分泌について調べ、Al耐性がより低いE. camaldulensis、M. bracteataと比較した。1mM Alの0.35mM CaCl2溶液(pH4.0)に根を24時間浸け、根からの分泌物を採取し分析した。3種ともクエン酸とリンゴ酸を分泌しており、E. camaldulensisではシュウ酸も分泌していた。しかし、M. cajuputiのクエン酸とリンゴ酸の分泌量は、Al感受性種M. bracteataよりも少なく、また、有機酸を分泌してAl耐性を得ている既知の種と比べて分泌量が小さいことから、有機酸の分泌はM. cajuputiの主要なAl耐性機構ではないと考えられた。Al結合能力を持つリン酸の分泌は、M. bracteataがM. cajuputiとE. camaldulensisよりも多く、M. cajuputiとE. camaldulensisの主要なAl耐性機構とは考えられなかった。Al結合能力を持つフェノール物質の根からの分泌量は、E. camaldulensis>M. cajuputi>M. bracteataの順で多かった。従って、E. camaldulensisでは、根からのフェノール物質の分泌がAl耐性に寄与している可能性があり、M. cajuputiでは主要なAl耐性機構ではないと考えられた。また、E. camaldulensisでは、Alによって分子量500程度のAl結合性物質の分泌量が増えることが、ピロカテコールバイオレット比色法によるAl結合性物質の定量ならびにゲル濾過法による分泌物の分画により明らかになった。Alに反応したAl結合性物質の分泌がE. camaldulensisのAl耐性に寄与している可能性がある。しかし、M. cajuputiでは、M. bracteataよりもAl結合性物質の分泌量が小さく、Al耐性にAl結合性物質の分泌は関与していないと考えられた。

 感受性種M. bracteataのAl障害発生までの時間を調べたところ、M. bracteataでは1mM Al処理3時間で根の伸長阻害と根端へのカロース沈着が観察された。これらの現象はM. cajuputiでは観察されず、M. cajuputiとM. bracteataの耐性の違いは3時間で現れることがわかった。もし、M. cajuputiのAl耐性がAl排除機構によるものであれば、Al処理開始3時間でM. cajuputiとM. bracteataの根端のAl濃度に違いが現れるはずである。そこで、1mM Alの0.35mM CaCl2溶液に2種の根を浸け、根端5mmに取り込まれるAl量を比較した。処理開始1時間後の根端のAl濃度は、M. cajuputiのほうがM. bracteataよりも高く、3時間と6時間後のAl濃度は、M. cajuputiとM. bracteataで同程度だった。この結果から、M. cajuputiのAl耐性はAl排除機構によるものではなく、根端内Al耐性機構によるものであることが明らかになった。Al処理をした2種の根端のAlを細胞膜を破壊してから1mMクエン酸ナトリウムと5mM CaCl2を含む溶液で抽出した。M. cajuputiでは抽出されずに残るAlがM. bracteataよりも少なかった。このことは、根端に強く結合したAlがM. cajuputiでM. bracteataよりも少ないこと、つまり、2種で根端内でのAlの存在形態が異なっていることを示している。M. cajuputiではAlが根端内で有機酸やフェノール物質などと強く結合して無害化されていることが考えられる。M. cajuputiの根全体のクエン酸濃度は、24時間の1mM Al処理後、M. bracteataの約4倍であり、このことがM. cajuputiのAl耐性に寄与している可能性がある。しかし、根端の可溶性フェノール物質の濃度は樹種による違いがなかった。

 酸性硫酸塩土壌の土壌溶液に、M. bracteataなどのAl耐性の低い樹種が障害を受けるのに十分なAlが含まれていた。酸性硫酸塩土壌でM. bracteataが生育できなかった原因の一つは過剰なAlによるものであり、酸性硫酸塩土壌に植栽する樹木は、高いAl耐性を持っていることが必要条件であると言える。植物のAl障害の研究に主に用いられている作物やモデル植物が1-50μMのAlで根の伸長が阻害されることと比べると、1mMのAlに耐性を示した5種は高いAl耐性を有しており、中でも2.5mMのAlに耐性を示したM. cajuputiはAl耐性が極めて高いと言える。Melaleuca属に0.2mM Alで根が著しく根の伸長が阻害される種M. bracteataを見いだし、Al耐性の大きく異なるこの近縁2種を比較することによってM. cajuputiのAl耐性機構を解析した。その結果、M. cajuputiのAl耐性は、有機酸分泌などによる既知のAl排除機構によるものでなく、根端内Al耐性機構によるものであることが明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、熱帯の低湿地域に分布する強酸性の問題土壌である酸性硫酸塩土壌での造林候補樹種を選抜するとともに、強酸性土壌で問題となるアルミニウム(Al)の過剰に対して耐性を有しており、選抜された造林候補樹種の1つでもあるMelaleuca cajuputi PowellのAl耐性機構を、他のフトモモ科樹木との比較により明らかにしたものである。

 本論文は、次の6章からなる。

 第1章は、研究の背景となるAlによる植物の障害やAl耐性機構、酸性硫酸塩土壌での造林に関する既存の研究を総括し、本研究の位置づけを行っている。

 第2章では、タイ国ナラティワート県の酸性硫酸塩土壌地域に設けた試験地での造林試験の結果から、フトモモ科を中心とした11種の造林候補樹種の選抜に成功したことを述べている。また、土壌溶液には2〜3 mMのAlが含まれていたことから、高濃度のAlに対する耐性が選抜された樹種に備わっていることを示唆している。

 第3章では、フトモモ科のMelaleuca属とEucalyptus属9樹種についてAl耐性を評価し、耐性種と感受性種を選抜したことを述べている。さらにAl存在下での根端へのカロースの蓄積増加量と根の伸長量との間に樹種を越えて負の相関があることを見出し、カロースが種間のAl耐性比較の指標として利用できることを示唆している。このうちM. cajuputi、E. camaldulensis、M. bracteataについて培養液中のAl(0.1〜5mM)で用量反応試験を行ない、M. cajuputiは、2.5 mMまでは根の伸長が阻害されず、実験植物や作物の持つAl耐性とは異なる非常に高い耐性を持つことを明らかにしている。同時に、M. bracteataは、この非常に高いレベルのAl耐性を持たないことを明らかにし、M. cajuputiのAl耐性機構を解明するための比較樹種を得ている。

 第4章と第5章では、M. cajuputiのAl耐性機構の解明を試みている。第4章では、まずAl結合性物質の分泌による根端からのAl排除機構について検討を加えている。M. cajuputiの根からのシュウ酸、クエン酸、リンゴ酸、リン酸、フェノール物質の放出量は感受性種のM. bracteataよりも少なかった。また、M. cajuputiの根からの放出物のAl結合能力はM. bracteataに比べて小さかった。これらの結果から、M. cajuputiの非常に高いレベルのAl耐性機構は、他植物のAl耐性機構として知られている、根からのAl結合性物質の分泌によるAlの排除機構とは異なることを明らかにした。

 第5章では、根端に侵入したAlに耐える機構、すなわち根端内耐性機構について検討を加えている。Ca溶液中の1mM Alによる3時間の処理で、感受性種のM. bracteataの根の伸長阻害が起こったが、この条件でM. cajuputiの根の伸長阻害は起こらなかった。この時M. bracteataとM. cajuputiの根端のAl濃度に差がなかったことから、M. cajuputiのAl耐性はAl排除機構によるものではなく、根端内Al耐性機構によるものであることを明らかにした。さらに、M. cajuputiとM. bracteataのAl結合性物質(シュウ酸、クエン酸、リンゴ酸、フェノール物質)の含量からはM. cajuputiの根端内Al耐性機構を説明できなかったことから、これらのAl結合性物質によるAlの無害化は、M. cajuputiの主要な根端内Al耐性機構であるとは言えないとしている。M. bracteataではAlにより根端で脂質過酸化が起こったが、M. cajuputiでは起こらなかったことから、活性酸素消去の能力が根端内Al耐性機構と関連があることを示唆している。

 第6章では、以上に得られた結果を取りまとめ、M. cajuputiのAl耐性機構について総括し、その利用可能性についても考察を加えている。

 本研究は、実験植物や作物では得られない非常に高いレベルのAl耐性を持つ樹木種とその近縁の感受性の樹木種を用い、そのAl耐性が、低いレベルのAl耐性を持つ植物で従来から知られている、根からのAl結合性物質の分泌によるAl排除機構ではなく、根端内Al耐性機構によって付与されること明らかにしており、学術上重要な知見を与えるものである。また、酸性硫酸塩土壌という、高濃度のAlが生物生産を阻害し、荒廃地となっている問題土壌の造林への応用可能性を実証的に示しており、熱帯低湿地域の環境修復の技術開発の基礎となる先駆的な研究である。

 よって、審査委委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文としてふさわしいものであると判断した。

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