学位論文要旨



No 120172
著者(漢字) 張,玉福
著者(英字)
著者(カナ) チャン,ユフ
標題(和) 中国における林産業・木材貿易及びその森林資源への影響の分析
標題(洋) Analysis of wood Industry, wood trade and their impacts on forest resources in China
報告番号 120172
報告番号 甲20172
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2855号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永田,信
 東京大学 教授 白石,則彦
 東京大学 教授 井上,真
 神奈川県自然環境保全センター研究部 主任研究員 山根,正伸
 森林総合研究所林業経営・政策研究領域 主任研究官 立花,敏
内容要旨 要旨を表示する

 中国では森林が少なく、森林率はわずか16.6%である。この値は、世界平均の29.6%を大きく下回る。森林率が66.5%を占める日本のような隣国とは比べるまでもない。高度経済成長、膨大な人口、外国からの大量の直接投資、更に資材充足の要求の拡大という状況の中で、森林資源を損なうことなく経済発展させるために、そのニーズを満たす林産業および木材貿易を発展させることが中国の重大なトピックとなっている。

 第1章 序論

 第1章では、背景、目的、研究の枠組み、および各章の内容をまとめた。本研究は、中国における林産業および木材貿易の発展について、それらの森林資源への影響に注目しつつ解明を試みたものである。

 研究の目的は、(1)中国の原木生産、特に各地区における原木生産の特性と、原木貿易状況とその森林資源への影響とを明らかにすること、(2)雁行形態論を用いて中国の林産業の発展パターンを評価すること、(3)中国において森林資源の変化に影響を与える主要な社会・経済要因を解明し、森林資源のU字型仮説の適用によって森林資源動態と経済水準との関係を特定することである。

 本研究では、質的アプローチも量的アプローチも採用した。日本人経済学者の赤松要教授が構築した雁行形態論を本研究の一つの分析手法として適用した。また、計量経済学的なアプローチも分析手法として導入し、時系列分析およびパネルデータ分析を用いた。時系列分析については原木貿易の森林資源への影響の分析および省単位で見た社会・経済要因が森林資源に及ぼす影響の分析に適用した。パネルデータ分析は全国ならびに数省を一括りとする地区における社会・経済要因の森林資源への影響の分析に用いた。

 本研究は、中国における社会・経済要因の森林資源へ影響の分析を多角的に行ったこと、雁行形態論を用いて産業発展論の観点から林産業を分析し評価したこと、森林資源変化のU字型仮説を利用して中国の森林資源動態と経済水準との関係を評価したことに際立つ特色がある。

 第2章 中国の森林資源

 第2章では、中国における森林資源の状況について論じた。中国の国土は巨大であり、地域間の違いが鮮明である。森林資源および林産業の特性をより良く捉えるために、中国大陸において31の行政の省・自治区・直轄市を6つの地区にグループ分ける。

 第2回森林資源調査において森林資源は減少したが、その後の2度の森林資源調査では面積と蓄積の両者がともに増加している。しかしながら、森林資源の質は悪化していると考えられる。過度な伐採および不法な伐採による森林の損傷は無視できないものとなっているからである。

 中国における森林資源の地理的格差は大きく、森林資源は主に東北、西南および南方の3地区に分布している。これらの3つの地区は、中国土地面積の58%を占め、森林資源は、総森林面積のうち84%に達する。中国の森林面積と蓄積は増加しているが、森林消失は地域的にも構造的にも生じている。すなわち、東北地区と西南地区、および国有林で森林消失が進んでいるのである。竹は多方面で木材の良い代用となるため、中国では最近になり竹林に対する注目が集まっている。また、果樹林のような経済林が中国で急速に増加しており、それが森林面積の増加に寄与するとともに農民にとっての収入源ともなっている。

 人工林が総森林面積の30.4%であり、天然林は同じく69.6%を占める。森林蓄積については、天然林が総蓄積の90%を占める一方で、天然林は10%を占めるに過ぎない。このことは、天然林が依然として森林の主要な部分にあることを意味する。これまでの森林資源調査結果を比較してみると、人工林のシェアが一貫して増加してきたと言える。

 全森林面積について見ると、41.6%が国有林であり、58.4%は集体林となっている。東北地区の森林は90%以上が国有であるが、南方地区の森林は90%以上が集体林であり、町、村あるいは集団所有企業のような集団的な単位によって所有されている。個人あるいは民間会社の中には樹木を所有する者もいるが、その場合でも林地は集体所有されている。なお、現在のところ私有林の統計データは存在しない。

 第3章 原木生産

 第3章では、森林資源の利用の第一段階である原木生産の状況を取り上げた。まず、木材伐採限度制度について論じている。この制度は、原木生産量をコントロールするための重要なアプローチとして採用されている。森林が重大な森林消失問題に直面した1980年代始め以来、原木生産を減少させるガイドラインとして設定されている。この制度は、当初の想定どおりには有効となっていないと非難されているが、なお継続して実施されている。次に、全国および地区別の原木生産の歴史および現在の状況を論じる。特に、南方地区における原木生産の重要性が再認識されるとともに、原木生産の増大に向けて南方地区が明るい展望をもたらすことが示される。原木生産量は、歴史的に見ると概して増加しているが、政治運動および全国経済調整によって引き起こされた減少により1995年にピークがあり、1996年より2002年まで減少した。しかし、2003年にはいくつかの南方地区の省において生産量が大幅に増加したことから、全国の木材生産量も増加した。

 1991年までは東北地区が原木生産の第一位であったが、1992年からは南方地区が最多の原木生産者となり、東北地区は第二位に後退した。南方地区の気候が樹木の成長により適切であり、南方地区は人工林の大きな割合を有している。南方地区では、今後より多くの原木生産を行うことが予想される。

 天然林への過度伐採により、大きな直径の原木が少なくなった。また、中齢人工林も過度伐採の危険に直面している。たとえ植林面積が巨大でも、造林地が森林になるまで時間がかかることになる。なぜなら、造林地のメンテナンスが依然として問題であり、過度の伐採によって森林消失が容易に生じるからである。したがって、原木の需要を満たしながら森林資源を如何に保全するかは、長期的な課題なのである。

 第4章 中国における林産業およびその森林資源への影響の分析

 第4章では、雁行形態論を用いて中国の林産業の発展を分析した。ここでは、原木、製材、ファイバーボード、パーティクル・ボード、合板、紙および板紙といった木材製品の生産、輸入および輸出の歴史を取り上げた。その結果、中国の林産業において合板が既に輸出拡張の段階にあるものの、他の林産業は導入の段階にとどまっていることが示された。

 概して言えば、中国の林産業において生産量も輸入量も輸出量も増加しているが、輸出は低位にある。早生樹種の造林面積および産業用原木輸入の増大に伴い、中国の林産業には一層の成長を期待することができる。しかしながら、ロシアとマレーシアなどの製材、合板および紙・板紙用原木の輸出国が、環境問題によって必然的に輸出制限に直面している。これらの国々の動向は、中国の林産業にとって見逃せない要素である。

 中国の林産業は、次の理由により、まだ導入の段階にあると言える。第一に、社会主義の中国は1949年から1978年までの30年間鎖国に近い状態であった。それにより、生産、輸入、輸出の発展パターンが強く影響を受けた。第二に、中国は他の開発途上国と比較して、多くの人口と木材製品の低い消費レベルであることである。これは、中国にとって雁行形態論の最終段階である逆輸入段階まで長い道のりであることを示すものである。この段階では、新しい輸出者が出現し、中国の生産費用が高くなるとともに、国内で生産するよりも輸入することが有益になる。第三に、林産業は森林資源に強く依存することである。森林資源の少なさが、中国林産業の発展の途を速めなかったのである。

 第5章 社会・経済要因の森林資源への影響

 第5章では、中国において森林資源に与える社会・経済要因の影響を分析した。森林面積を非説明変数とし、一人当たりGDP、農業人口、非農業人口、原木生産量、林業従業員数および植林面積を説明変数とするモデルを構築した。ここでは、全国モデル、地区モデルおよび省モデルを推定した。推定方法としては、時系列分析およびパネルデータ分析を用いている。森林資源動態の段階を評価するために、森林資源のU字型仮説を適用することとした。

 全国モデルでは、一人当たりGDPと人口が森林資源の増加に正の影響を及ぼすことが示された。人口が森林面積を拡大させる要因となるのは、義務植樹制度があることに起因すると判断される。

 地区モデルでは、中国を六つの地区に分けて、直轄市地区を除いて、五つのモデルを推定し、以下のような結果を得た。東北地区では、森林資源からの収入への依存が減少している。また、経済発展が森林資源へ正の影響を与えている。しかし、人口の増加(農業人口と非農業人口)が森林資源の増加に圧力となっている。華北華東平原地区および南方地区では、農民が森林資源の増加に対して大きな役割を果たしている。東北、華北華東平原、南方の地区モデルで一人当たりGDPの係数が正であることは、経済発展が森林面積の増加に寄与すること、およびこれらの地区がU字型曲線の後半の段階にあることを意味する。西南地区と西北地区では、農業人口から非農業人口へのシフトが森林資源への人口圧を軽減し、非農業人口は正に影響することから森林面積の増加に貢献したと考えられる。同じことは東北地区においても言える。さらに林業従業員者数は森林面積を増加させる正の要因であることも明らかとなった。林業従業者の業務が植林と森林保全へと転換していることを示唆している。

 省モデルの結果は、内モンゴル省、海南省および新彊省などのいくつかの遠隔の省ならびに経済の発展したいくつかの省が、まだ森林資源変化曲線の初期の段階にあることを示めしている。6つの説明変数の中で、一人当たりのGDPが森林に最も広い影響を及ぼすことが分かった。吉林、四川および雲南といった原木生産の多い省については、原木生産が森林面積の減少を引き起こしていることが示された。

 第6章 原木貿易およびその森林資源への影響

 第6章は、原木貿易に関する政策について論じ、計量経済学アプローチにより森林資源への原木貿易の影響を分析した。原木貿易政策のレビューでは、自由経済市場への移行に伴い政策がどのように変化したのかを示した。ステップワイズによる回帰モデルの推定結果は、原木輸入および一人当たりGDP成長の両方が森林資源に正の影響を及ぼし、他方の原木輸出が負の影響を与えていることが明らかとなった。

 輸入材利用に関する国家政策は、原木需要を満たすことに重要な役割を果たすとともに、更に森林保護へと貢献している。中国に対する外国投資、中国西部の開発戦略、および2008年の北京オリンピックにより、原木需要は増加し続けており、環境や森林の保護はより困難な課題になっている。以前より中国の原木輸入への依存が明白となっている。

 第7章 結論

 最終章では、本研究の結果をまとめるとともに、提言を行った。研究結果は次のように要約できる。(1)中国における総原木生産量は低水準で増加しており、南方地区が最も重要な生産地となっている。(2)経済成長および原木輸入が森林面積の増加に正の影響を与え、原木輸出は負の影響を与えている。(3)中国の林産業については、輸出拡大段階に入っている合板産業を除いて、雁行発展論の初期段階にとどまっている。(4)一人当たりGDPが森林資源に最も広く影響を与えており、中国全体で見ると経済発展と共に森林面積が増加することが期待される。つまり、中国はU字型仮説の森林資源曲線の後半に位置すると判断される。人口、原木生産、林業従業員者数、植林面積が森林資源に影響を与えることも分かった。

 本研究の結果は、中国国内の森林資源の展開が見込まれ、林産業の原料問題を解決する重要な方法であることを示している。また、本結果に示されたとおりに、たとえ原木輸入が森林面積を増加させるとしても、中国は外国の木材に過度に頼ってはならない。環境保護意識の高まりを背景として、原木輸出国が今までどおりに木材を輸出することができなくなる可能性がある。外国の木材に依存することにより、林産業は国際市場に影響され易くなることになる。

審査要旨 要旨を表示する

 森林率わずか16.6%の中国において、膨大な中国国民の厚生を向上させるには、林産業および木材貿易が如何にあり、また如何にあるべきかを問うことが重要であり。本研究は、中国における林産業および木材貿易の発展について、それらの森林資源への影響に注目しつつ解明を試みたものである。

 第1章では、背景、目的、研究の枠組みを述べ、第2章では、中国大陸における森林資源の状況を論じた。第2回森林資源調査において森林資源は減少したが、その後の2度の調査では面積と蓄積がともに増加している。しかし、森林資源の質は悪化している。

 中国31の行政の省・自治区・直轄市を6つの地区にグループ分けしてみると、森林資源は主に東北、西南および南方の3地区に分布している。これらの地区は、中国土地面積の58%を占め、、総森林面積のうち84%に達する。中国の森林面積と蓄積は増加しているが、東北地区と西南地区、および国有林で森林消失が進んでいる。

 第3章では、森林資源の利用の第一段階である原木生産の状況を取り上げた。森林が重大な森林消失問題に直面した1980年代始め以来、原木生産を減少させるガイドラインが設定されている。1991年までは東北地区が原木生産の第一位であったが、1992年からは南方地区が最多の原木生産者となっている。南方地区は、今後もより多くの原木生産を行うことが予想される。

 第4章では、雁行形態論を用いて中国の林産業の発展を分析した。ここでは、原木、製材、ファイバーボード、パーティクル・ボード、合板、紙および板紙といった木材製品の生産、輸入および輸出の歴史を取り上げた。その結果、中国の林産業において合板が既に輸出拡張の段階にあるものの、他の林産業は導入の段階にとどまっていることが示された。

 概して言えば、中国の林産業は、次の理由により、まだ導入の段階にあると言える。第一に、社会主義の中国は1949年から1978年までの30年間鎖国に近い状態であったため、発展が立ち後れたこと。第二に、人口が多く、木材製品消費が低いレベルであること。従って、雁行形態論の最終段階である逆輸入段階まで長い道のりがあることになる。第三に、森林資源少ないので、中国林産業の発展が制約されているのである。

 第5章では、森林面積を被説明変数とし、一人当たりGDP、農業人口、非農業人口、原木生産量、林業従業員数および植林面積を説明変数とするモデルを構築した。推定方法としては、時系列分析およびパネルデータ分析を用いた。森林資源動態の段階を評価するためには、森林資源のU字型仮説を適用した。

 全国モデルでは、一人当たりGDPと人口が森林資源の増加に正の影響を及ぼすことが示された。人口が森林面積を拡大させる要因となるのは、義務植樹制度があることに起因すると判断される

 地区モデルでは東北、華北華東平原、南方地区において一人当たりGDPの係数が正となった。これらの地区がU字型曲線の後半の段階にあることを意味するものと考えられる。華北華東平原地区および南方地区では非農業人口が正の係数を持った。これらの地域では農民が森林資源の増加に対して大きな役割を果たしていると考えられる。西南地区と西北地区では非農業人口が正の係数を持った。農業人口から非農業人口へのシフトが森林資源への人口圧を軽減し、森林面積の増加に貢献したと考えられる。同じことは東北地区においても言えた。さらに林業従業員者数は森林面積を増加させる正の要因であることも明らかとなった。林業従業者の業務が植林と森林保全へと転換していることを示唆していると判断された。

 省モデルの結果は、幾つかの遠隔の省がまだ森林資源変化曲線の初期の段階にあることを示している。6つの説明変数の中で、一人当たりのGDPが森林に最も広範な影響を及ぼすことが分かった。幾つかの原木生産の多い省では、原木生産が森林面積の減少を引き起こしていることが示された。

 第6章は、原木貿易に関する政策について論じ、計量経済学アプローチにより森林資源への原木貿易の影響を分析した。ステップワイズによる回帰モデルの推定結果は、原木輸入および一人当たりGDPが森林資源に正の影響を及ぼし、原木輸出が負の影響を与えていることが明らかとなった。原木輸入により国内資源を温存する中国政府の政策を支持するものであるが、南方人工林の成長まで当分の間原木輸入が高水準を続けることを示唆すると言えよう。

 最終章である第7章では、本研究の結果をまとめるとともに、提言を行った。

 以上、本研究は、中国における社会・経済要因の森林資源へ影響を多角的に分析し、雁行形態論を用いて産業発展論の観点から林産業を評価し、森林資源変化のU字型仮説を利用して中国の森林資源動態と経済水準との関係を明らかにしたものであり、学術上応用上、貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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