学位論文要旨



No 120173
著者(漢字)
著者(英字) Muhamad Husni Idris
著者(カナ) ムハマド フスニ イドリス
標題(和) リモートセンシング解析を用いたボルネオ島における降水の年々変動が植生に与える影響の研究
標題(洋) Studies on the effect of inter-annual variability in rainfall on vegetation cover in Borneo, using satellite remote sensing data analysis
報告番号 120173
報告番号 甲20173
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2856号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,雅一
 東京大学 教授 小林,洋司
 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 教授 松本,淳
 東京大学 助教授 芝野,博文
内容要旨 要旨を表示する

 地球環境保全にとって熱帯雨林の生態系を保全することの重要性が世界的に認識されている。渇水などの自然条件が熱帯雨林に影響を与えている。ボルネオ島は赤道が中央部を横断し北緯7度から南緯4度にまたがっている、東南アジアにおいて熱帯雨林が存在する主要な地域の一つである。ボルネオ島では平年と異なる渇水をもたらす少雨がしばしばエルニーニョ現象に伴って生ずる。著しい渇水はボルネオ島における主要な木材となる樹種の開花結実の引き金になるという報告もあるほか、水ストレスを樹木に与えるとともに、森林火災を発生しやすくするという、森林保全にとっての重要な影響をもたらす。本研究は、衛星リモートセンシングの手法を用いて渇水がもたらすボルネオ島の植生への影響を明らかにしようとするものである。

 本研究は、(1)エルニーニョ・南方振動(ENSO)と降水の変動の関係解析、(2)正規化植生指数(NDVI)を用いた森林火災の発生地域の特定と火災後の植生回復の検討、(3)降水量とNDVIの関係の探索、(4)渇水が植生に与える影響の時間的空間的影響の評価、から構成される。

 各月の月雨量の年々変動とENSOの関係については、ボルネオ島内の23地点の32年間降水量資料を収集し、エルニーニョ期と非エルニーニョ期の月降水量比、ENSO指数と月降水量の相関、および主成分分析を用いて調べた。その結果、ボルネオ島の東西南北の4地域で特徴ある差異があることが見出された。ボルネオ島北部はエルニーニョ指数(東部太平洋赤道地域の海表面温度の平年値からの偏差)と対応して、エルニーニョ期に2月から4月の月降水量が減少するのに対し、南部は7月から10月に減少する。また、赤道を含むボルネオ島中部では、エルニーニョ期に東部は2月から4月と7月から10月の2時期に減少し、西部ではエルニーニョの影響が少ない。それぞれの地域でエルニーニョ期に降雨が減少する月は、その地域の降水量季節変化において少雨の月に対応しているとともに、熱帯雨林気候の南北にある雨季乾季を持つ熱帯モンスーン気候の北半球、南半球の乾季の時期と対応している。なお、海面水温と月降水量について月をずらして相関をとると、北部の降水量は8ヶ月前から1ヶ月後の海面水温と対応が見られるのに対し、南部の降水量は2ヶ月前から8ヶ月後の海面水温と対応するという結果で、エルニーニョ指数が降水量に影響を与える時間差が異なった。時期により相関の高い時間差が異なることから、東部太平洋の海面水温の影響が時間をかけて降水量に影響を与えるという解釈は不適当で、エルニーニョ現象は熱帯集束帯の活動を2ヶ月以内の時間差で弱めると考えられる。そして熱帯集束帯の活動の低下が、熱帯集束帯の南北方向の季節的移動にともなって平年は1年を通して熱帯集束帯のもとにある地域に、熱帯モンスーン気候下における乾季に相当する少雨を出現させているという知見が得られた。

 ボルネオ島では大規模森林火災がしばしば発生し、植生変化に大きい影響を与えている。渇水が植生に与える影響を論ずるとき、その前提として森林火災の影響を受けた地域を特定するとともに、火災後の植生回復過程を明らかにする必要がある。本研究では、1982年から1999年の分解能8kmであるNOAA/PALデータから得られるNDVIを用いて、大規模火災発生域特定と植生回復を明らかにした。ボルネオ島では1983年、1987年、1991年、1997年、1998年に大規模森林火災が発生している。これら5時期の火災発生前後のNDVI変化(NDVId)を用い、それぞれの火災影響地域について被害レベルを区分して特定した。同様の手法は、1987年に中国東北部で発生した大規模森林火災についても適用された。火災後の植生回復は、(1)被害レベルが等しい地域のNDVI平均値(A-NDVI)を求め、(2)各レベルのA-NDVIと非火災域のA-NDVIとの比(Q-NDVT)を時系列として求めた。A-NDVIとQ-NDVIはどちらも植生回復が表現されるが、Q-NDVIにはA-NDVIに含まれるピナツボ火山噴火によるアエロゾルの影響などが除かれるのでQ-NDVIが植生回復を論じるときにより適切な指標である。

 NDVIから得られる1983年のボルネオ、1987年の中国東北部の大規模森林火災からの植生回復は、火災後4年間の回復が顕著で両地域ともほぼ同様の推移を示したが、4年後にボルネオでは火災前のNDVI値に復帰していた。中国東北部では被害が激しかった地域は10年後でも火災前の状態と同じ水準には戻っていないという差異が見られた。ボルネオ島における1987年、1991年の火災は1983年に比べると相対的に小規模で、これら比較的小規模の森林火災事例からは1-2年でNDVI値が回復している結果が得られ、火災規模による回復速度の差異がある。

 NDVIと降水量の関係は、場所により異なる。ボルネオ島におけるNDVIと降水量の関係は、NDVIが渇水を評価する手法となる可能性をもつために、重要である。先ず、1998年5月から2002年12月の1km分解能をもつSPOT・VGTデータを用いて、雨量観測地周囲の農地と森林(常緑林)のNDVIと3ヶ月移動平均月降水量の関係を調べた。南部では、農地と森林のいずれも降水量が100mm/月以下となると、NDVIが低下する。北部では農地は南部と同様であったが、森林はNDVI低下が農地ほど明瞭ではなかった。また、赤道域を挟む中部については東部、西部とも1998年5月から2002年の期間に月降水量が100mm/月を下回ることがほとんどなく、明瞭なNDVI低下は見られなかった。SPOT・VGTデータは利用できる期間が短く明瞭なエルニーニョ期間を含まないが、3ヶ月平均の月雨量が100mm/月以下となると多くの場合NDVI低下がもたらされるという結果がえられた。

 また、1982年から1999年の長期にわたるNOAA/PALデータによるNDVIを用いて、ENSOがもたらす渇水が植生に与える影響を調べた。ENSOと降水変化の関係が、東西南北の4地域で時期が異なることを踏まえて、この期間に森林火災の影響を受けた地域を除いて、各地域ごとに解析を行う。渇水の影響は、雨量計周囲160km四方について森林域のNDVI(A-NDVIf)、農地のNDVI(A-NDVIc)を3ヶ月平均の月雨量と対比して求める。ただし、NDVIには森林火災時に拡がる煙や、火山噴火による影響が含まれるが、たまたまピナツボ火山噴火がエルニーニョ期間にあたったこともあって、エルニーニョ期間に生じるNDVI低下を直ちに植生の減少や植物活性の低下とすることはできない。そこで先ず、エルニーニョ期間を除いて3ヶ月平均の月雨量とNDVIの相関を各地域について求めた。南部では3ヶ月平均の月雨量50mm/月、北部では80mm/月以下のときに、NDVIが低下している。この関係を用いて降水状況から考えられるNDVI変化の時系列を推定し、NOAA/AVHHRデータのNDVIと比較した。NDVI推定値と観測値の両者がともなって減少が見られる時期と観測値にのみNDVI低下が見られる期間に区分することによって、降雨が少ない条件におけるNDVI低下と他地域での火災がもたらす煙や火山噴火のエアロゾルなど少雨に起因しないNDVI低下を判別した。少雨に起因するNDVI低下は、南部の農地と森林では1982,1987,1991,1997年の8〜10月に、北部の農地では1983,1998年の2〜4月見られた。赤道域の東部地域のサマリンダにおいては、農地、森林ともに1982,1991,1997年の8〜10月、1983,1992,1998年の2〜4月に少雨に起因するNDVI低下がみられた。ただし、同じ赤道域の東部地域のバリクパパンでは1982,1997年の8〜10月、1983年の2〜4月に限られる。これらはいずれも各地域でエルニーニョ期間に雨量が低下する時期に対応して生じている。北部の森林では、少雨に起因するNDVI低下は特定されなかったが、少雨があってもNDVIに影響が現れないのか、非エルニーニョ期間で求めた降水量とNDVIの関係式が不適当であるからかのは明らかではない。一方、NDVIが低下しているが少雨に起因すると考えられない事例は、北部における1991/92年のNDVIがピナツボ噴火の影響を受けている期間のほか、1983年、1998年の2〜4月などである。

 これらの結果よりボルネオ島において、1)エルニーニョ期に生ずる降雨減少の緯度による地域的な差異が明らかとなり、2)エルニーニョ期に生ずる森林火災発生被害地域にも降雨減少の地域的特性が現れていること、3)森林火災被害地域とは別に、火災の影響を受けていない地域において、3ヶ月平均月降水量が100mm/月を下回ると衛星リモートセンシングデータから得られるNDVIに低下が生じ、蒸散や光合成に関係する植物活性が何らかの影響をうける、という降水年々変動と植生の関係についての一連の影響が検出された。地球気候システムがもたらすエルニーニョ現象による降水の年々変動は、森林火災という直接的影響と土壌水分の低下などを通した水ストレスによる植物活性の低下という2種類の影響をボルネオ島の植生に与えていることを示すとともに、その両者について地域的な特徴が降水の空間分布特性と結びついていることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、東南アジアにおいて熱帯雨林が存在する主要な地域の一つであるボルネオ島を対象に、渇水などの自然条件が熱帯雨林に与える影響を衛星リモートセンシングの手法を用いて明らかにするものである。

 第1章で、本研究の位置づけが示され、(1)エルニーニョ・南方振動(ENSO)と降水の変動の関係解析、(2)正規化植生指数(NDVI)を用いた森林火災の発生地域の特定と火災後の植生回復の検討、(3)降水量とNDVIの関係の探索、(4)渇水が植生に与える影響の時間的空間的影響の評価、からなる課題と論文の構成が提示されている。

 第2章では、ボルネオ島内の23地点の32年間降水量資料を収集し、エルニーニョ期と非エルニーニョ期の月降水量比などを用いて各月の月雨量の年々変動とENSOの関係が調べられた。その結果、ボルネオ島の東西南北の4地域で特徴ある差異があることが見出されている。ボルネオ島北部はエルニーニョ指数と対応して、エルニーニョ期に2月から4月の月降水量が減少するのに対し、南部は7月から10月に減少する。また、赤道を含むボルネオ島中部では、エルニーニョ期に東部は2月から4月と7月から10月の2時期に減少し、西部ではエルニーニョの影響が少ない。それぞれの地域でエルニーニョ期に降雨が減少する月は、その地域の降水量季節変化において少雨の月に対応しているとともに、熱帯雨林気候の南北にある雨季乾季を持つ熱帯モンスーン気候の北半球、南半球の乾季の時期と対応している。熱帯集束帯の活動の低下が、熱帯集束帯の南北方向の季節的移動にともなって平年は1年を通して熱帯集束帯のもとにある地域に、熱帯モンスーン気候下における乾季に相当する少雨を出現させているという知見が得られた。

 第3章では、ボルネオ島では大規模森林火災がしばしば発生し、植生変化に大きい影響を与えていることについて、渇水が植生に与える影響を論ずる前提として森林火災の影響を受けた地域を特定するとともに、火災後の植生回復過程を明らかにしている。本研究では、1982年から1999年の分解能8kmであるNOAA/PALデータから得られるNDVIを用いて、1983年、1987年、1991年、1997年、1998年の5時期ついて、大規模森林火災発生前後のNDVI変化により、それぞれの火災影響地域を被害レベルを区分して特定した。同様の手法は、1987年に中国東北部で発生した大規模森林火災についても適用された。火災後の植生回復の評価には、ピナツボ火山噴火によるアエロゾルの影響などを除く、非火災域と火災域のNDVIの比を用いる手法を提案し、良好な結果が得られている。NDVIから得られる大規模森林火災からの植生回復は、火災後4年間の回復が顕著で両地域ともほぼ同様の推移を示したが、4年後にボルネオでは火災前のNDVI値に復帰していた。また、中国東北部では被害が激しかった地域は10年後でも火災前の状態と同じ水準には戻っていないという差異が見られるという新知見を得ている。

 第4章、第5章では、降水量とNDVIの関係が調べられている。1998年5月から2002年12月の1km分解能をもつSPOT・VGTデータを用いて、雨量観測地周囲の農地と森林(常緑林)のNDVIと3ヶ月移動平均月降水量の関係を調べ、3ヶ月平均の月雨量が100mm/月以下となると多くの場合NDVI低下がもたらされるという結果をえている。

 また、1982年から1999年の長期にわたるNOAA/PALデータによるNDVIを用いて、ENSOがもたらす渇水が植生に与える影響を調べた。少雨に起因するNDVI低下は、南部の農地と森林では1982,1987,1991,1997年の8〜10月に、北部の農地では1983,1998年の2〜4月見られた。赤道域の東部地域のサマリンダにおいては、農地、森林ともに1982,1991,1997年の8〜10月、1983,1992,1998年の2〜4月に少雨に起因するNDVI低下がみられた。ただし、同じ赤道域の東部地域のバリクパパンでは1982,1997年の8〜10月、1983年の2〜4月に限られる。これらはいずれも各地域でエルニーニョ期間に雨量が低下する時期に対応して生じている。

 これらの結果よりボルネオ島において、地球気候システムがもたらすエルニーニョ現象による降水の年々変動は、森林火災という直接的影響と土壌水分の低下などを通した水ストレスによる植物活性の低下という2種類の影響をボルネオ島の植生に与えていることを示すとともに、その両者について地域的な特徴が降水の空間分布特性と結びついていることを明らかにした。

 以上のように、本研究は学術上のみならず応用上も価値が高い。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

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