学位論文要旨



No 120184
著者(漢字)
著者(英字) JOHNSON,Travis
著者(カナ) ジョンソン,トラビス
標題(和) 太平洋における浮遊性毛顎類の生態学的研究
標題(洋) Ecological Study of Pelagic Chaetognaths in the Pacific Ocean
報告番号 120184
報告番号 甲20184
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2867号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 寺崎,誠
 東京大学 教授 西田,周平
 東京大学 助教授 津田,敦
 東京大学 助教授 武田,重信
 高知大学 助教授 岩崎,望
内容要旨 要旨を表示する

 毛顎類は雌雄同体で世界の海洋に生息し、全動物プランクトン生物量の1-2割を占め、カイアシ類に次いで重要なグループである。典型的な肉食プランクトンでカイアシ類、オキアミ類、介形類、甲殻類幼生などを主要な餌生物とし、時にはイワシ、ニシン、タイなどの有用水産資源の仔稚魚を補食する。また種によっては狭い水温・塩分の範囲にしか生息できないので水塊の指標生物として利用される。毛顎類の鉛直分布構造についてはこれまで表層(0-200m)を中心に世界の海洋から多くの報告があるが、中深層までの昼夜別あるいは時系列採集による調査例は極めて少なく、200m以深に生息する毛顎類の詳しい鉛直分布構造についても不明な点も多い。

 本研究では太平洋の東西、南北に位置する4海域(南極海オーストラリア区東経140度線上、三陸沖、米国西岸オレゴン沖、スルー海・セレベス海)で毛顎類各種の0-1000m層での鉛直分布構造を明らかにし、生息環境の水塊との関連性をみることを目的とした。1994年12月-2003年10月の7航海でMOCNESSおよびORI型鉛直多層式ネットを用いて1000m以浅で1日に2〜6回の層別採集を実施し、出現種、各種の昼夜別鉛直分布、昼夜鉛直移動の有無について、さらに0-1000m層の卓越種クローンヤムシ(Eukrohnia hamata)の成熟度(卵巣および卵の大きさで0-3に区分)、顎毛の大きさと数、歯の大きさと数および摂餌生態について4海域での詳細な比較を行い、太平洋に生息するクローンヤムシの生態学的特徴を解明した。

三陸沖での出現種と鉛直分布構造

 親潮域では3属17種、フロント域では3属17種、暖水塊内では3属20種が出現した。親潮域の0-800m層ではクローンヤムシが82.8%で卓越し、以下Sagitta elegans(キタヤムシ)、E.bathypelagicaが多く出現した。クローンヤムシは鉛直移動を行わず、100-300m層に多く分布し、キタヤムシは100m以浅に多く、鉛直移動が認められた。フロント域ではS.minimaが38.0%、暖水種S.enflataが14.3%、クローンヤムシが11.4%であった。S.minimaは終日0-100m層、クローンヤムシは300m以深に生息し、ここでもキタヤムシの昼夜移動が認められた。南の暖水塊ではS.minimaが42.2%、クローンヤムシが15.9%、S.scrippsaeが12.1%であった。北上して古くなった暖水塊ではクローンヤムシが32.6%、S.minimaが19.1%、,S.nagaeが16.4%で毛顎類の種組成も大きく異なり、暖水種の占める割合も11.7%から5.1%に減少し、暖水塊も北上に伴い周囲の水を取り込んでいることが示唆された。S.minima, S.nagaeは暖水塊の表層,S.scrippsaeは中層、クローンヤムシは底部に分布していた。キタヤムシの分布層は南の暖水塊が0-150mであったが、北の暖水塊では150-600mであった。

オレゴン沖での出現種と鉛直分布構造

 2000年8月は中層種S.decipiensが46.2%、S.scrippsaeが25.7%、クローンヤムシが

21.2%であったが、エルニーニョの影響を受けた2003年10月はS.euneriticaが33.1%、S.decipiensが30.5%、クローンヤムシが15.4%であった。キタヤムシの出現率は2000年、1.8%、アラスカから冷水が中層に侵入した2003年、10.6%で同一海域でも年によって水塊構造が大きく変化することが明になった。S.decipiensは両年とも200-400m層に多く生息し、昼夜移動は行わなかった。クローンヤムシは2000年は200m以深、2003年は一部の若い個体が0-40m層に出現したが、最大分布層は400-500m層に見られた。2003年に多く出現したS.euneriticaは主に40m以浅に生息していた。キタヤムシの最大分布層は100-200mでこの海域では昼夜移動は認められなかった。

スルー・海・セレベス海での出現種と鉛直分布構造

 スルー海のほうがセレベス海より出現個体数も多く、種多様性に富んでおり、それぞれ4属24種、4属22種が出現した。S.enflataは両海で32%を占め、この他にS.pacifica,Pterosagitta draco,Krohnitta pacificaが多く出現した。S.enflataは50m以浅に分布最大層があり、100m以浅に生息するS.pacificaとP.dracoに鉛直移動が認められた。

南極海での出現種と鉛直分布構造

 5測点から2属5種が出現し、クローンヤムシは全個体数の80%以上を占める卓越種であった。1994年12月の調査ではクローンヤムシは水温躍層以深に分布し、昼夜を問わず南の測点(64°40S)では300m以深、北の測点13(64°20S)では躍層-100mおよび300m以深に多く生息していた。小型のクローンヤムシが北に多く出現した。Sagitta gazellaeは躍層-100m層に多く分布し、測点13では昼夜移動が認められた。Sagitta marriは300m以深に多く生息していた。2002年1月の調査ではクローンヤムシは南の測点では0-400m層に、北の測点では0-100m層と300-400m層に多く生息していた。他の2種は北の測点では南の測点より深い層に分布していた。

クローンヤムシの4海域における生態学的比較

 クローンヤムシは南極海では100m以浅の表層にも多く出現したが、他の海域では三陸沖親潮域の100-200m層を除きいずれも300m以深の中・深層に生息し、南北半球の高緯度では表層、低緯度に行く従って分布深度が深くなる現象が確認された。またどの海域でも若い個体は浅層、成体は深層に生息し、成熟に伴う下層への移行が明らかになった。最大分布層の平均水温は南極海-0.84〜1.01度、三陸沖3.82〜4.14度、オレゴン沖5.82〜6.37度、スルー海12.08度、セレベス海9.53度で太平洋ではかなり広範囲の水温範囲に生息していることが明らかになった。成熟段階2の若い個体の平均体長は南極海の南測点で23.3mm、北測点で21.3mm、セレベス海で10.5mm、三陸沖暖水塊内で16.4mm、親潮域で16.3mm、オレゴン沖で15.0mmであった。成熟段階3の成体の平均体長は南極海の南測点で21.6mm、北測点で20.4mm、三陸沖暖水塊内で19.0mm、親潮域17.7mm、オレゴン沖で16.6mmであった。クロンーヤムシの成熟には水温が強く影響しており熱帯の深海でも水温の高い環境に生息する個体は他の海域に比べて早く成熟することが明らかになった。また南極海の南北両測点から採集された成体の体長が成熟段階2より小さいことは、この海域ではS.lyraなどの中深層種同様にクローンヤムシが一生に数回産卵を行っている可能性を示唆している。顎毛および歯は肉食動物プランクトンである毛顎類の重要な餌捕獲器官である。4海域の顎毛数は9-10対で大きな差異はなかったが、体長に対する最大顎毛長の割合はスルー海、5.9%、セレベス海、6.9%、三陸沖、4.3%、オレゴン沖、4.1%、南極海、3.9%で、熱帯水域の中深層に生息するクローンヤムシが大きな顎毛を持っていた。また同一体長の個体ではスルー海、セレベス海に生息するクローンヤムシは他の海域に比べて歯の数も多く、深海生活に適応した餌捕獲器官をもつことが明らかになった。南極海のクローンヤムシは大型個体が夜に活発に摂餌活動を行うが、全体では昼夜の差は小さい。餌保有率(全検出個体中、餌を消化管内に所有する個体の割合)は1994年12月の調査ではフロント域に生息するクローンヤムシが14.5%で最も低く、北の測点、26.3%、南の測点49.5%であった。しかし2001年1月の調査では北が47.6%で南の35.6%より大きく、年によっても摂餌活動は変化することが明らかになった。南極海同様に他の3海域でも摂餌活動の昼夜差は小さく、三陸沖では生物量の高い暖水塊周辺部のフロント域が67.9%で最も高く、暖水塊内(41.3%、53.5%)と親潮域(44.8%)では大きな差はなく、熱帯水域ではスルー海のクロンーヤムシの餌保有率(50.3%)はセレベス海(26.4%)よりかなり大きかった。

 以上、本研究では太平洋の広範な4海域で同一プランクトン採集器を用いた0-1000m層での詳しい層別調査を実施することにより、水塊と出現種の関連、出現各種の鉛直分布構造の経時変動、昼夜鉛直移動の有無などを明らかにした。、さらに0-1000m層に多く生息するクローンヤムシについては分布構造、成熟度、餌捕獲器官(顎毛、歯)、摂餌活動を4海域および年による比較を試み新知見を得ることができた。今後は分子生物学的手法を導入して、各海域に出現するクロンーヤムシの遺伝学的差異を検討することにより世界の海洋に普遍的に分布する本種の生物学的特性をより詳しく明らかにすることができると考える。

審査要旨 要旨を表示する

 毛顎類は雌雄同体で世界の海洋に生息し、全動物プランクトン生物量の1-2割を占め、カイアシ類に次いで重要なグループである。典型的な肉食プランクトンでカイアシ類、オキアミ類、介形類、甲殻類幼生などを主要な餌生物とし、時にはイワシ、ニシン、タイなどの有用水産資源の仔稚魚を補食する。また種によっては狭い水温・塩分の範囲にしか生息できないので水塊の指標生物として利用される。

 本論文は太平洋の東西、南北に位置する4海域(南極海オーストラリア区東経140度線上、三陸沖、米国西岸オレゴン沖、スルー海・セレベス海)で毛顎類各種の0-1000m層での鉛直分布構造を明らかにし、生息環境の水塊との関連性を詳しく解析した。1994年12月-2003年10月の7航海でMOCNESSおよびORI型鉛直多層式ネットを用いて1000m以浅で1日に2〜6回の層別採集を実施し、出現種、各種の昼夜別鉛直分布、昼夜鉛直移動の有無について、さらに0-1000m層の卓越種クローンヤムシ(Eukrohnia hamata)の成熟度(卵巣および卵の大きさで0-3に区分)、顎毛の大きさと数、歯の大きさと数および摂餌生態について4海峻での詳細な比較を行い、太平洋に生息するクローンヤムシの生態学的特徴を解明した。

 第2章は三陸沖の鉛直分布構造の研究で、親潮域では3属17種、フロント域では3属17種、暖水塊内では3属20種が出現した。親潮域の0-800m層ではクローンヤムシが82.8%で卓越し、以下Sagitta elegans(キタヤムシ)、E.bathypelagicaが多く出現した。クローンヤムシは鉛直移動を行わず、親潮域では100-300m層に多く分布し、暖水塊内では400m以深に生息していることが明らかにされた。キタヤムシは100m以浅に多く、鉛直移動が認められ、親潮域では成体も多く出現するが、暖水塊内では幼体のみ認められ、クローンヤムシでも同様の傾向が確認された。

 第3章はオレゴン沖の鉛直分布構造の研究で、この海域は年によりエルニーニョと北方からの亜寒帯水の中層侵入が毛顎類を用いた水塊解析で明らかになった。2000年8月は中層種S.decipiensが46.2%、S.scrippsaeが25.7%、クローンヤムシが21.2%であったが、エルニーニョの影響を受けた2003年10月はS.euneriticaが33.1%、S.decipiensが30.5%、クローンヤムシが15.4%であった。キタヤムシの出現率は2000年、1.8%、アラスカから冷水が中層に侵入した2003年、10.6%で同一海域でも年によって水塊構造が大きく変化することが解明された。

 第4章はスルー海・セレベス海における鉛直分布構造の研究で、スルー海のほうがセレベス海より出現個体数も多く、種多様性に富んでおり、それぞれ4属24種、4属22種が出現し、スルー海では100m、600mの2極に多くの種が生息していたが、セレベス海では種類数は深度とともに徐々に減少し、スルー海では鉛直移動する種が多く認められ、同じ熱帯水域でも水塊構造によって分布様式が大きく異なることが解明された。

 第5章は南極海における鉛直分布構造の研究で、5測点から2属5種が出現し、クローンヤムシは全個体数の80%以上を占める卓越種であり、出現個体数は南極発散域で最も低く、南北に離れるに従い増加し、北部では2極化分布が確認され、大型個体が多く出現することから南極発散域を境界に南北で異なる産卵周期があることが明らかにされた。

 第6章はクローンヤムシの4海域における生態学的比較研究で、クローンヤムシは南極海では100m以浅の表層にも多く出現したが、他の海域では三陸沖親潮域の100-200m層を除きいずれも300m以深の中・深層に生息し、南北半球の高緯度では表層、低緯度に行く従って分布深度が深くなる現象が確認された。またどの海域でも若い個体は浅層、成体は深層に生息し、成熟に伴う下層への移行が明らかになった。クロンーヤムシの成熟には水温が強く影響しており熱帯の深海でも水温の高い環境に生息する個体は他の海域に比べて早く成熟することが明らかになった。また同一体長の個体ではスルー海、セレベス海に生息するクローンヤムシは他の海域に比べて歯の数も多く、深海生活に適応した餌捕獲器官をもつことが明らかになった。摂餌活動は、昼夜の差が小さく、高水温域に生息するクローンヤムシの方が高い餌保有率(全検出個体中、餌を消化管内に所有する個体の割合)を持つことが解明された。

 以上要するに、本論文は太平洋に出現する動物プランクトンの中で重要なグループでありながら、生態学的知見の少なかった毛顎類の鉛直分布構造、水塊との関連性、成長、摂餌を明らかにし、生態系の中で毛顎類の果たす役割についての新知見を得たもので学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認める。

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