学位論文要旨



No 120188
著者(漢字) 遠藤,良輔
著者(英字)
著者(カナ) エンドウ,リョウスケ
標題(和) クロロフィル蛍光顕微画像計測による葉緑体レベルの光合成機能解析
標題(洋)
報告番号 120188
報告番号 甲20188
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2871号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 教授 蔵田,憲次
 東京大学 教授 大下,誠一
 東京大学 助教授 芋生,憲司
 東京大学 教授 富士原,和宏
内容要旨 要旨を表示する

 水質汚染や大気汚染等の環境ストレスは,微小藻類,及び高等植物に多大な影響を及ぼしている。これらのストレスによって,植物体内では光合成電子伝達や熱放散量に変化が生じ,光合成系における機能の低下が生じる。微小藻類,及び高等植物は,生態系において炭素固定を行う生産者としての地位を担っており,環境ストレスによる光合成障害の検知,また,光合成障害のメカニズムについての解析は急務であると言える。このような環境ストレスに対する,早期の光合成障害検知手法は近年長足の進歩を遂げており,特に,画像計測技術の発達には目覚しいものがある。画像計測は,スポット計測とは異なり面的な情報を出力できるため,不均一な反応に対しての解析に有効な計測技術である。クロロフィル蛍光顕微画像計測法は,微小領域において,光合成反応に関する情報を非破壊で画像解析できる唯一の手法である。さらに,顕微鏡の各焦点面における画像から焦点部分を抽出して,3D蛍光画像を構築する手法を用いると,平面だけではなく高さ方向の情報も得ることができ,対象の立体構造にについて詳細な解析を行うことが可能である。しかし,環境ストレスが微小藻類の光合成機能に及ぼす影響について,不均一性を考慮しながら解析を行った報告はない。また,高等植物を対象として,高さ情報とクロロフィル蛍光を比較しながら解析を行った報告もない。そこで,本研究では,微小領域の立体構造を把握しながら光合成機能の不均一性を可視化できるクロロフィル蛍光顕微画像計測システムを開発し,ストレス下にある微小藻類,及び高等植物の光合成機能障害について,蛍光パラメータを用いて解析を行うことを目的とした。

 まず,微小領域におけるΦPSII(光合成電子伝達収率と高い相関を持つ蛍光パラメータ)が算出可能な,クロロフィル蛍光顕微画像計測システムを製作した。そして,本システムを用いて,代表的な土壌処理系除草剤の主成分DCMUが,生育ステージの異なる微小藻類Spirogyra distenta Lの光合成機能に与える影響について,飽和パルス法によるクロロフィル蛍光顕微画像計測を行った。飽和パルス法では,明期中に光合成電子伝達を一時的に飽和させる強度のパルス光を照射し,明期定常状態の蛍光収率画像と飽和パルス光照射時の蛍光収率画像を取得する。この二つの蛍光収率から,光合成電子伝達収率と高い関連を示すΦPSIIを算出することができる。DCMUの滴下によって,Spirogyra distentaのΦPSIIは低下した。また,ΦPSIIの低下は,生育ステージの若いSpirogyra distenta程顕著であった。これらの結果から,同一濃度のDCMUであっても,生育ステージが若いSpirogyra distenta程深刻な光合成障害が現れる可能性があることがわかった。Spirogyra distentaは,春・秋に大きな増殖期を持つなど,季節的な周期を持つ生活環を有している。本結果から,Spirogyra distentaに対する農薬害は,季節により異なる可能性があることが示唆された。

 次に,組織の構造が発達した高等植物の解析を行うため,3D画像計測手法をクロロフィル蛍光顕微画像計測システムに導入した。はじめに,同一間隔で複数の焦点面画像を取得した。次に,ピクセル毎の焦点測度を算出して,合焦距離を求めた。この際,各ピクセルにおける最適なマスクサイズが自動的に選択されるよう,従来の焦点測度フィルタを改良した。焦点測度は合焦地点において最大値を取る。また,高さが変化したときの焦点測度グラフは正規曲線をとることが報告されている。そこで,焦点測度の最大値をとる焦点面と,その前後の焦点面の3つから正規分布を近似し,その頂点に相当する値をもって合焦地点とした。この処理によって取得する焦点面画像の枚数を大幅に削減し,計測中にサンプルが移動してしまう従来の問題点を解決することができた。このようにして,ムラサキツユクサ葉の海綿状組織における葉肉細胞を対象に,合焦地点のz座標から3D画像を,またピクセル値から合焦蛍光画像を求めた。さらに,これらを統合して3Dクロロフィル蛍光顕微画像を算出した。

 さらに,本システムに飽和パルス法を適用し,中濃度オゾンを曝露して可視害が確認されたヒマワリ葉海綿状組織の葉肉細胞に対して,3Dクロロフィル蛍光顕微画像計測を行った。そして,取得した焦点面クロロフィル蛍光画像から,合焦蛍光画像と3D画像を算出した。さらに,明期定常状態の合焦蛍光画像と飽和パルス光照射時の合焦蛍光画像から合焦ΦPSII画像を算出した。これらを用いて,蛍光強度,及びΦPSIIと高さの関係について,ピクセル毎に解析した。オゾン曝露前のヒマワリ葉は,顕微鏡視野内にわたって,ほぼ均一な蛍光強度分布を示した。一方,オゾン曝露後のヒマワリ葉では不均一な蛍光強度の分布が見られた。また,表皮に近い領域ほど蛍光強度は顕著に低下した。可視画像との比較により,蛍光強度分布と気孔の位置には関係がみられなかった。これより,従来気孔のみとされてきたオゾンの侵入経路が,ヒマワリ葉においては,クチクラで覆われた表皮にも存在する可能性が示唆された。次に,ΦPSIIの分布,及び高さとの関係を調べた。オゾン曝露後の蛍光画像が不均一な強度分布を示した一方で,ΦPSIIはオゾン前後で顕著な変化は見られず,顕微鏡視野全体にわたってほぼ均一な値で分布していた。この結果から,オゾン曝露によって蛍光強度の低下した,表皮に近い海綿状組織においても,オゾン曝露前とほぼ同様の電子伝達収率が維持されていることがわかった。このことは,オゾン曝露によって生じる光合成障害が,必ずしも光合成電子伝達収率の低下によってもたらされているわけではないことを示唆していた。

 本研究をまとめると,(1)クロロフィル蛍光顕微画像計測システムを製作し,生育ステージの異なる微小藻類に対して,DCMUによる光合成機能障害の解析を行った,(2)高倍率での3D-クロロフィル蛍光顕微画像計測システムを開発し,ムラサキツユクサ葉の海綿状組織における葉肉細胞を対象として3D-クロロフィル蛍光顕微画像の検証を行った,(3)オゾン曝露後のヒマワリ葉の海綿状組織に対して,飽和パルス法による3D-クロロフィル蛍光顕微画像計測を行った。そして,蛍光強度,及びΦPSIIと高さの関係を微小領域毎に解析し,表皮近傍の葉肉細胞ほどオゾンによる障害が顕著であるという現象を新たに見出した。

審査要旨 要旨を表示する

 水質汚染や大気汚染等の環境ストレスは,微小藻類,及び高等植物に多大な影響を及ぼしている。このような環境ストレスに対する,早期の光合成障害検知手法は近年長足の進歩を遂げており,特に,画像計測技術の発達には目覚しいものがある。本論文は,微小領域の立体構造を把握しながら光合成機能の不均一性を可視化できるクロロフィル蛍光顕微画像計測システムを開発し,ストレス下にある微小藻類,及び高等植物細胞の光合成機能障害について,蛍光パラメータを用いて解析を行うことを目的としており,6章で構成されている。

 序論の1章に続く2章では、クロロフィル蛍光計測に焦点をあて,クロロフィル蛍光の由来とその計測手法について述べた。さらに,計測微小領域におけるΦPSII(光合成電子伝達収率と高い相関を持つ蛍光パラメータ)が算出可能な,クロロフィル蛍光顕微画像計測システムを作製した。

 続く3章では,2章で作製した計測システムを用いて,代表的な土壌処理系除草剤の主成分DCMUが,生育ステージの異なる微小藻類アオミドロ(Spirogyra distenta)の光合成機能に与える影響について,飽和パルス法により検討した。DCMUの滴下によって,アオミドロのΦPSIIは低下した。また,ΦPSIIの低下は,生育ステージの若いアオミドロ程顕著であった。アオミドロは,春・秋に大きな増殖期を持つなど,季節的な周期を持つ生活環を有している。本結果から,アオミドロに対する農薬障害は,季節により異なる可能性があることが示唆された。

 4章では,組織の立体構造が発達した高等植物の解析を行うため,受動的な3次元(3D)計測手法であるshape-from-focus法を改良し,高さ方向の解析も可能な,クロロフィル蛍光顕微3D画像計測システムを開発した。この手法では,はじめに,同一間隔で複数の焦点面画像を取得した。次に,ピクセル毎の焦点測度を算出して,合焦距離を求めた。この際,各ピクセルにおける最適なマスクサイズが自動的に選択されるよう,従来の焦点測度フィルタを改良した。また,焦点測度の最大値をとる焦点面と,その前後の焦点面の3つから正規分布を近似し,その頂点に相当する値をもって合焦地点とした。この処理によって取得する焦点面画像の枚数を大幅に削減し,計測中にサンプルが移動してしまう従来の手法の問題点を改良した。さらに,ムラサキツユクサ(Tradescantia ohiensis)葉の海綿状組織における葉肉細胞を対象に,合焦地点のz座標から3D画像を,またピクセル値から合焦蛍光画像を求めた。これらを統合して3Dクロロフィル蛍光顕微画像を算出した。

 さらに5章では,本システムに飽和パルス法を適用し,中濃度オゾン(300ppb)を曝露して可視害が確認されたヒマワリ(Helianthus annuus)葉海綿状組織の葉肉細胞に対して,3Dクロロフィル蛍光顕微画像計測を行った。そして,取得した焦点面クロロフィル蛍光画像から,合焦蛍光画像と3D画像を算出した。さらに,明期定常状態の合焦蛍光画像と飽和パルス光照射時の合焦蛍光画像から合焦ΦPSII画像を算出した。これらを用いて,蛍光強度,及びΦPSIIと高さの関係について,ピクセル毎に解析した。オゾン曝露前のヒマワリ葉は,顕微鏡視野内にわたって,ほぼ均一な蛍光強度分布を示した。一方,オゾン曝露後のヒマワリ葉では不均一な蛍光強度の分布が見られた。また,表皮に近い領域ほど蛍光強度は顕著に低下した。可視画像との比較により,蛍光強度分布と気孔の位置には関係がみられなかった。次に,ΦPSIIの分布,及び高さとの関係を調べた。オゾン曝露後の蛍光画像が不均一な強度分布を示した一方で,ΦPSIIはオゾン前後で顕著な変化は見られず,顕微鏡視野全体にわたってほぼ均一な値で分布していた。この結果から,オゾン曝露によって蛍光強度の低下した,表皮に近い海綿状組織においても,オゾン曝露前とほぼ同様の電子伝達収率が維持されていることがわかった。このことは,オゾン曝露によって生じる光合成障害が,必ずしも光合成電子伝達収率の低下によってもたらされているわけではないことを示唆していた。続く6章では,本論文の総括がなされている。

 以上,本論文では,3D解析が可能なクロロフィル蛍光顕微画像計測システムを開発し,そのシステムを用いて環境ストレスが微小藻類及び高等植物細胞に与える影響について検討した結果,細胞レベルでの光合成機能障害について新たな知見を得ており,学術上貢献するところが少なくないと考えられる。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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