学位論文要旨



No 120189
著者(漢字) 須甲,武志
著者(英字)
著者(カナ) スコウ,タケシ
標題(和) バイオベンティング処理における土壌中の揮発性有害物質移動に関する研究
標題(洋)
報告番号 120189
報告番号 甲20189
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2872号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 田中,忠次
 東京大学 教授 塩沢,昌
 東京大学 助教授 溝口,勝
 埼玉大学 教授 小松,登志子
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 2003年の土壌汚染対策法の施行や汚染された土地の資産価値や売却価格の低下により,人々の土壌汚染への関心が高まっている.特に,油による汚染は,ガソリンスタンドのタンクからの漏洩など,もっとも身近に起こりうるものの1つである.油汚染浄化技術の1つにバイオベンティング技術がある.これは汚染された土地に掘った井戸から,空気もしくは酸素を土の不飽和領域に送り込み,そこに棲息する微生物を活性化させ,汚染物質の分解を促し,微生物分解により発生した二酸化炭素や汚染物質の揮発成分を別の井戸から取り出す技術である.しかし,バイオベンティングに関して触れている研究はまだまだ少なく,大部分が砂質土壌を用いた研究であり,わが国に広く分布する火山灰土を用いた研究は多くない.また,土壌のガス移動に関して,揮発と微生物分解を同時に扱った研究もあまり見当たらない.そこで,本研究の目的を汚染土壌への強制的通気による汚染物質の移動,除去の過程を,拡散・移流・微生物分解・揮発の各側面から検討し,それらを総合してバイオベンティング処理中の汚染物質の挙動を把握することとした

 ガソリンスタンドのタンクのからの漏洩による油汚染を考えた場合,土壌への汚染は表層ではなく,地下数メートルの部分に起こることが予想される.本研究ではそのような事態を想定し,土壌試料として,立川ローム土を使用した.用いた土壌は東京都西東京市の東京大学田無農場から採取したものを用いた.また,油は混合物であるため,油を使っての定量化は簡単ではない.そこで,本研究では灯油や軽油に含まれる物質であるドデカンを用いて実験を行った.

 実験はすべて30℃,RH50%の恒温恒湿チャンバー内で行った.

バッチ試験

 ドデカンの微生物分解特性を調べるため,ドデカンを含む試料を入れた密閉容器を複数作成し,容器内圧力,O2・CO2ガス濃度,微生物数,ドデカン除去率の経時変化を調べた.実験は,初期ドデカン濃度および容器内初期O2濃度を変化させた.初期ドデカン濃度の異なる条件に関して,ドデカン濃度が高いほどおおむねドデカン除去率は高く(Fig.1),微生物数は実験前に比べ,最大で2倍程度の増加であった.初期O2濃度の異なる条件に関して,高いO2濃度の試料ほど高い除去率を示し(Fig.2),微生物数はO2濃度の高い条件で実験前の2.5〜3倍に増加した.また,嫌気状態とされるO2濃度2%試料でも,50日間で20%のドデカンが分解された.

 初期ドデカン濃度の異なる条件のドデカン除去率のデータを利用して,1次反応モデルを応用し,以下の分解量と初期ドデカン濃度の関係式をフィッティングにより導出した.

 Crem=Cini{1-exp(-0.0135t)}(1)

ここで,Cremはドデカン除去率,Ciniは初期ドデカン濃度,tは時間である.

揮発量測定実験

 ドデカンの揮発特性を調べるため、内径7.5cm,高さ2cmのアクリルリングに試料を詰め,下部より8日間通気を行う条件と,通気を行わず静置した条件とで,揮発したドデカンガス濃度の経時変化を調べた.その結果,通気を行う場合,揮発したドデカンは,飽和濃度に達しないことが分かった.それに対し通気しない条件ではドデカンガス濃度は,時間とともに低下した(Fig.3).

 また,ドデカンガス濃度から試料中のドデカン除去率を見積もるため、下式を用いて揮発によるドデカン除去量を推測したところ,実験後に計測したドデカン除去率と推測した累計除去率がおおむね一致した.

ここで,mevapは時刻t1からt2の期間の平均揮発量,Ct1・Ct2はt1・t2時におけるドデカンガス濃度,Qaは通気した全空気体積(非通気の場合は全間隙体積)である.

カラム実験

 通気による気相・液相中のドデカンや微生物の分布を調べるため、内径7.5cm,高さ20cmのアクリルカラムに,試料を充填したものを用意し実験を行った.通気は最大50日間行い,10日毎にカラム内のドデカンガス濃度,通気終了後にドデカン除去量および微生物数を計測した.条件はRun12(含水比90%・通気あり),Run13(含水比90%・通気なし),Run14(含水比120%・通気あり)の3つとした.

 通気を行ったRun12・Run14はともに,通気を行わなかったRun13よりドデカン除去率が20%程度高かった(Fig.4).また,実験開始30日〜50日後の期間には,どの条件においてもドデカン除去速度が著しく低下した.ドデカンガスの濃度は,実験10日目が高く,それ以降は10分の1程度に低下した.Run12において微生物数は,10日後〜30日後はドデカンの分解により,実験前の1.5〜2.5倍に増殖し,30日後〜50日後にはドデカン濃度の減少により増殖が抑制された.Run14では,空気流入口であるカラム下部で,ドデカン除去率・微生物数ともに顕著に増加した.

 Run12のカラムにおいて,ドデカン除去率および微生物数はほぼ一様な分布,ドデカンガス濃度はカラム下部から上部に向けて高くなる分布であった.このことから,揮発・微生物分解とも,カラム全層で活発に行われていると考えられた.Run13のカラムでは,ドデカンの除去率およびドデカンガスの濃度はほぼ一様な分布,微生物数はカラム下部で増加,上部では初期値より減少する分布であり,さらに,含水比はカラム下部で高い値を示した.以上のことから考えると,重力による水分移動にドデカン・微生物が追随し,カラム下部で若干ドデカン濃度の高い環境が出来,カラム下部で微生物分解と拡散,カラム上部では拡散のみでドデカンの除去が行われているものと思われる.Run14のカラムについては,ドデカンガスの濃度はほぼ一様な分布,ドデカン除去率および微生物数はカラム下部で大きくなる分布であった.これは,高い含水比により気相率が低下することによって微生物がO2を取り込みにくく,O2を取り込みやすいカラム下部で増殖し,ドデカンの分解を活発に行うものと考えられる.

通気による微生物分解の寄与の割合と分解促進効果

 カラム実験で得られたドデカン除去率を,(2)式を用いて揮発成分を求め,それを全除去率から引いて微生物分解成分を求めた.その結果をFig.5に示す.実験開始〜10日目は,試料中に棲息する微生物がドデカンのある環境に馴れるために時間が必要であったため,揮発が総除去量の50%以上を占めた.10日〜30日目は,微生物分解が活発であり,総除去量の80%近くを占めた.しかし,30日〜50日目には,ドデカン濃度の減少により揮発・微生物分解,両要素のドデカン除去率が低下することが分かった.また,含水比の異なる2条件の計算結果を比較すると,含水比の大きい試料では,気相率が小さいため,ドデカンの揮発が起こりづらく,微生物分解が汚染除去に占める割合が高かった.

Table1 分解式による計算値とカラム実験の実測値の比較

微生物によるドデカン除去率分解量計算値カラム実験実測値

通気あり W=90% Run120〜10日12.62%21.07%

10〜30日13.07%25.83%

30〜50日5.58%2.28%

 また,微生物分解成分については,(1)式を用いて算出した分解量との比較を行った.その結果をTable1に示す.実験開始30日間はカラム実験のほうが計算値より高い分解量を示し,この差が通気の効果であると考えられた.しかし,30日〜50日の期間では実験値は計算値より低くなった.

結論

 ドデカンを含む立川ローム土壌への強制的な通気の結果,ドデカンの除去特性について以下のことが分かった.

・ 異なるドデカン濃度試料による,立川ローム土壌に棲息する微生物の分解特性から,1次反応モデルを用いて微生物分解量を初期ドデカン濃度と時間で表すことができた.

・ 通気時には,揮発したドデカンガスは飽和せずに輸送されることが分かった.

・ 強制的通気を行った土壌中のドデカンの気相中・液相中の分布を把握した.その結果,時間が経過するにつれ,ドデカンの分解速度が大きく低下することが分かった.

・ ドデカンの除去率を揮発成分と微生物分解成分に分けて評価し,さらに微生物分解式を用いて,通気によるO2供給によるドデカン分解の促進効果を評価した.

・ 立川ローム土壌への通気による油汚染除去は,現場含水比よりも低い含水比(90%)にすることで高い除去率が達成できる.また,現場含水比に近い含水比(120%)でも,期間はかかるが高い除去率を達成できることが分かった.

 今後の課題としては,以下のものが挙げられる.

・ 実験期間中の微生物種変化の追跡

・ 移流分散方程式を用いたモデルの構築

・ フィールド適用のための不均一性のある土層に関する考慮

Fig.1 ドデカン除去率の経時変化(バッチ試験,初期ドデカン濃度の異なる条件)

Fig.2 ドデカン除去率の経時変化(バッチ試験,初期O2濃度の異なる条件)

Fig.3 ドデカンガス濃度の経時変化

Fig.4 ドデカン除去率の経時変化(カラム試験)

Fig.5 ドデカン除去率の揮発と微生物分解の寄与の割合

審査要旨 要旨を表示する

 2003年の土壌汚染対策法施行により、土壌汚染への社会的関心がこれまで以上に高まっている。これらの中で、最も身近に起こりうる土壌汚染の1つにガソリンスタンドからの漏洩などに起因する油汚染があり、この油汚染土壌の浄化手法として、近年、バイオベンティングが注目されている。バイオベンティング技術は、汚染された土壌に空気もしくは酸素を送り込み、そこに棲息する微生物を活性化させて汚染物質の分解を促し、分解後に発生した二酸化炭素や汚染物質の揮発成分を土壌から取り出す技術である。しかし、バイオベンティングに関する基礎研究はまだ少なく、汚染土壌の浄化過程には未解明の部分が少なくない。本研究は、油で汚染された土壌にバイオベンティング処理を施した場合の、揮発性有害物質の分解および移動特性を明らかにする目的で実施された。

 第1章では、日本およびアメリカにおける土壌汚染問題の歴史的経緯、バイオベンティング技術が生み出された背景、バイオベンティングに関する既往の研究、土壌中のガスの移流・揮発・微生物の関与などに関する既往の基礎研究を総括し、本研究の目的と意義を明らかにした。

 第2章では、本研究全体に共通する実験試料と実験環境条件について述べ、油汚染に遭遇する可能性の高い立川ローム土壌を試料として用いたこと、混合物質である軽油や燈油に代えて、安全で扱い易いドデカンC12H26を汚染モデル物質として採用したこと、全ての実験を温度30℃、湿度50%に制御した実験室内で実施したこと、などを述べた。

 第3章では、単純な閉鎖系の中で、汚染物質であるドデカンが微生物分解によってどのように分解されていくかを、50日間のバッチ試験で調べ、経過時間の影響、汚染物質であるドデカン濃度の影響、与える酸素濃度の影響などを明らかにした。その結果、(1)微生物によるドデカン除去率は、50日間でおおむね55%であること、(2)その間に土壌微生物総数が約2倍に増殖すること、(3)ドデカン分解により発生するはずのCO2は予測値を下回るが、これはドデカンに含まれるCのかなりの部分が増殖した微生物の生体炭素量に転化されたためであること、(4)酸素濃度が高いと、当然、微生物分解は激しいが、酸素濃度がかなり低くて嫌気的な条件に至ってもなお若干のドデカンは分解されること、などがわかった。

 第4章では、バイオベンティングを適用した場合、通気による揮発の促進が現れるかどうかを確認するための実験とその結果を述べた。汚染物質が揮発した場合、揮発物質は無害化されずに系外へ排出される危険があるので、揮発を極力抑える必要があるが、通気は、微生物分解を促す半面、揮発を促す懸念がある。実験の結果、通気をしても、通気をしないで濃度拡散により系外にガス状で排出されるドデカン量を大きく上回る排出量は出ないことがわかった。すなわち、通気は微生物分解には寄与するが、揮発をそれほど促進しないことが解明された。

 第5章では、バイオベンティングをモデル化したカラム実験を実施し、ドデカンで汚染された立川ローム土壌に、毎分20mlの通気を下から上に向かって行い、50日間のカラム内ドデカン量と微生物数の変化を測定した。その結果、(1)通気0日目から10日目までは微生物の全体数が微減するので、微生物分解の寄与が小さく、揮発によるドデカン除去の寄与が相対的に大きいこと、(2)通気10日目から30日目までは微生物数が急激の増加し、ドデカン除去に対する微生物分解の寄与が大きいこと、(3)30日目から50日目まではドデカン総量が減少するため、ドデカン除去そのものが低いレベルに止まること、が明らかとなった。さらに、土壌含水比が高いとき、ドデカンの微生物分解は盛んに行われるが、揮発は起こりにくく、含水比が高い方がバイオベンティング効果が現れ易いことを示唆した。

 第6章では、バイオベンティングにおけるドデカン除去過程を、微生物分解、揮発、通気、土壌水分量と関連付けた総合的考察を行った。特に、第3章で行ったバッチ試験結果を通気試験においても適用可能であるという仮定を設け、微生物分解にシムコンスらの1次反応モデルを用いた所、ドデカン除去総量を微生物分解量と揮発量に分離することに成功し、第5章で解明した定性的な特性を定量的に検証することができた。

 第7章では結論を述べた。

 以上要するに、本論文はバイオベンティング処理における土壌中の揮発性有害物質移動について、ドデカンをモデル物質とする室内実験によってその特性を明らかにし、微生物の1次反応モデルを用いて定量的解析に成功したものであり、学術応用上寄与するところが大きい。よって、審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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