学位論文要旨



No 120190
著者(漢字) 黄,立翰
著者(英字)
著者(カナ) コウ,リツカン
標題(和) サトウキビ梢頭部の分別システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 120190
報告番号 甲20190
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2873号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 芋生,憲司
 東京大学 教授 横山,伸也
 東京大学 教授 蔵田,憲次
 東京大学 教授 大下,誠一
 東京大学 講師 沖,一雄
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

 サトウキビ生産農家戸数の減少や高齢化、後継者不足から、サトウキビ生産の機械化が望まれ、特に収穫作業の機械化が実施された。その結果、作業効率は高くなったが、これまでの人力収穫に比較して大量のトラッシュが工場に持ち込まれる状況となった。製糖工場では、風選によりトラッシュを分離している。この方法で、大部分のトラッシュは除去できるが、梢頭部と呼ばれるサトウキビの葉と茎に介する部分がなかなか分別できない。ハーベスタで収穫した梢頭部の重さや形状は、原料茎と非常に似ているので混入したまま製糖の圧搾作業に持ち込まれてしまう。梢頭部は糖の含有率が低く、バガスへの糖分損失を大きくする。また、梢頭部に多く含まれるでんぷんは蔗糖の結晶化を阻害する。このため、本研究では、梢頭部を分別するシステムの開発を目的とする。

2.実験システム及び方法

 本研究では、レーザビームで、対象物の表面を走査し、光源の方向に戻った反射光の強度を測る。梢頭部と原料茎の表面粗さの違いによって、反射光強度の分布するパターンの違いを分析して、対象物を認識する。図1に測定原理を示す。集光されたレーザビームが左側の対象物に照射し、中心部分から光源に戻った反射光の量は両側より顕著に多い。予想される高いピークを持った反射光パターンを下側に示す。右側にある対象物の場合には、走査によって光源に戻った反射光の量は対象物の細かい表面形状に従って変化する。そのため、予想された反射光パターンに幾つの小さなピークが見られる。

 測定装置の概略を図2に示す。光源には、出力4mWのヘリウムネオン(He-Ne)グリーンレーザ(発振波長543.5nm、ビーム径0.8mm、Uniphase社製)を用いた。光センサには、高感度光検出器(C5460-01、浜松ホトニクス社製)を採用した。コンベヤのベルト移動速度は5.85mm/sとした。フォトインタラプタがベルトの縁に2cmピッチで張り付けた白いマーカを検出するごとに、モータでミラーを回して、ベルトの進行方向に対して垂直な方向にレーザ光を走査する。レーザビームは照射光レンズ(レンズ(a))、ハーフミラーを通過し、回転ミラーを介してコンベヤの表面に至る。焦点距離400mmのレンズ(a)を通過したレーザビームはコンベヤの表面付近に集光され、極めて小さな光点になる。レーザビームは対象物から反射され、反射光の中で、後方反射光(光源の方向に戻る光)だけが計測される。後方反射光は回転ミラー、ハーフミラー、レーザミラーを介し、焦点距離50mmの受光レンズ(レンズ(b))によって集光され、光センサに到達する。回転ミラーから試料が置かれているコンベヤまでの距離は13.5cmとした。尚、測定は外乱の影響を考慮して暗室内で行った。ベルトと試料の乱反射の影響を抑えるためにベルトに暗幕シートを張り付けて、試料と光センサの間に遮光板を設置した。データのサンプリング周波数を10kHzに、一回のサンプリング数を3000件に設定した。この実験装置を利用して、一本の試料を自動的に一端から2cmずつ20回走査した。供試したサンプルは原料茎40本と梢頭部40本である。

3.分析パラメータ

 原料茎から得られたパターンで比較的大きなピークが現れるということは、梢頭部から得られたパターンより尖っているといえる。このため、それぞれの波形がどの位に尖っているかを見分ければよい。正規分布を標準として、分布のとがり具合(平坦度)を求めるパラメータのことを尖度(Kurtosis)と呼ぶ。尖度の関数KURTは次式で表される。

n:データ総数、xi:個々のデータ、〓:平均値、Sは標準偏差である。

 そして、反射光パターンの中に存在すると予想される梢頭部から得られる特徴的な波形をとらえることを目的として、フーリエ解析を行った。離散的フーリエ変換(discrete Fourier transform)の式を以下に示す。

n:データ総数、x(k):個々のデータ、G(h)は周波数hについて対称となるので、データの前半(h<n/2の部分)だけが利用される。また窓関数には最も一般的なハニングウィンドー(Hanning window)を使用した。解析にはパワースペクトルを用いた。周波数hの成分のパワーP(h)は次式で表される。

P(h)=|G(h)|2=G(h)・G(h)*(3)

 ここで、G(h)*はG(h)の共役複素数を示す。

4.実験結果

 実験結果の例として、原料茎の部位による受光パターンを図3に、梢頭部の部位による受光パターンを図4に示す。図3のパターンQは原料茎の滑らかな表面から得られた波形、パターンOは茎の節から得られた波形である。図4のパターンK、Mとも比較的粗くなっている梢頭部の表面から得られた波形である。反射光パターンは全体的半円形に近い形状になり、その上多数の小さなピークから構成された周期的な波形が存在する。この波形は梢頭部の葉脈により、形成したものである。

5.パターン分析

 フーリエ解析について説明する。抽出された512件のデータが含まれる反射光パターンにハニングウィンドーを乗算し、この窓関数にかけられたデータをフーリエ変換して、パワースペクトルを求める。梢頭部の特徴的な波の波長は8から12であり、パターンのデータ数は512である。従って(512/12=42.7、512/8=64.0)、この波は周波数43~64に相当し、分析結果と一致している。梢頭部の特徴を一つのパラメータとして表現できるように、周波数43から64の値のパワーの総和を算出し、この数値をFFTSUMと呼ぶことにする。

 尖度とフーリエ解析により全ての実験データを分析した結果を述べる。本実験では、一本のサンプルに20回の走査を行ったが、サンプルの長さは完全に均一ではないので、サンプルの両端付近で得られたデータは、場合によってサトウキビから得られた反射光パターンが含まれていないものもある。そのため、本実験では一本のサンプルから得られた20箇所のデータのうち前後を除き、真中の16箇所のものだけを分析の対象とした。供試した梢頭部と原料茎は各40本なので、分析したデータの数は1280である。

 FFTSUM vs. Kurtosisの分析結果(図5)を見ると、梢頭部から得られたデータと原料茎から得られたデータは、混合しているものも多少存在しているが、明確に離れた場所に分布しているものが圧倒的に多い。この事から、効果的に梢頭部と原料茎を分別できる可能性が高いと考えられる。

6.判別

 判別の流れを述べる。「Sampling」では、40本の梢頭部と40本の原料茎から、それぞれランダムで選択して、各20本を実験組(Testing set)に、各20本を教師組(Training set)に入れる。「Classifying」では、線形判別分析(Linear discriminant analysis)により、教師組から得られた値を基準にして、実験組にある40本のサンプルから得られた640個のデータを二つのグループに分類する。グループ1は梢頭部から得られたデータとして判別されたもの、グループ2は原料茎から得られたデータとして判別されたものである。ここまでで、データは分類されたが、本研究の目的はデータ単位で(パターンごとに)分別することではなく、サンプル単位で分別することである。つまり、梢頭部か原料茎か、サンプルごとにで分けなければならない。そのため、線形判別分析で判別されたデータに基づき、サンプル単位で判別する必要がある。

 「Judging」では、データをサンプル単位で分類する。一本のサンプルから得られた16個のデータの中に、前段階でグループ1に入れられたデータの個数を計算する。そして、この数値(各サンプルのグループ1に入れられたデータの数)に対して、一つの閾値を設定することにより、サンプルを判別する。一つの閾値において、判別の三段階を100回繰り返し、毎回に、梢頭部の正答率、原料茎の正答率及び全正答率を算出し、結果として記録する。そして、100回の結果の平均値を計算し、判別結果を出力した。

 判別結果を見ると、閾値の増大に従い、梢頭部の正答率は徐々に減少し、原料茎の正答率は向上する。全正答率(Overall accuracy)を表す青い曲線の真中に頂点が現れた。閾値7における青い四角は、94.90%の最高正答率を表している。

7.研究成果

■ サトウキビにレーザを照射して、後方反射光を測定することにより、様々な表面状態に対する反射光パターンを得ることができた。

■ レンズでレーザを更に集光し、縮小した照射スポットにより、梢頭部の表面に存在する葉脈の微細な凸凹を検知することができた。

■ 反射光パターンに特定のパラメータを用いた判別を行うことで、原料茎と梢頭部とをかなりの高精度で分けることができた。

■ 現在日本の製糖工場で行われている手作業の代替として、レーザを用いた梢頭部を分別するシステムを導入することの可能性が示された。

図1 測定原理

図2 測定装置の概略

図3 原料茎と得られたパターン

図4 梢頭部と得られたパターン

図5 分析結果

図6 判別結果

審査要旨 要旨を表示する

 サトウキビは鹿児島県奄美諸島および沖縄県における主要農産物のひとつであり,現地の製糖工場で加工されている。近年農作業の機械化が望まれ、特にハーベスタの導入による収穫作業の機械化が推進された。これにより,作業効率は高くなったものの,製糖原料となるサトウキビの茎と,梢頭部がハーベスタで切断され,混在した状態で工場に持ち込まれることになり,新たな問題が生じた。梢頭部はサトウキビの葉と茎に介する部分であり,これに多く含まれるでんぷんが蔗糖の結晶化を阻害する。このため、工場では手作業で梢頭部を分別している。梢頭部分別の機械化は従来から研究されているが,梢頭部の色と形状が原料形に似ているため,機械による分別が困難で,いずれの研究でも良い結果が得られていない。本研究はレーザ光を用いて,従来に無い方法で梢頭部の識別を行ったものである。

 論文は4章で構成されている。第1章では、研究の背景と意義が述べられ,続く第2章では表面粗さによる梢頭部の識別について述べられている。梢頭部と原料茎の物性は似ているが,表面粗さが異なる。申請者はこのことに着目し,レーザ光によって対象物を走査し,その後方反射強度のパターンを分析することで,梢頭部を識別する方法を考案した。試作した試験装置を用いてサトウキビのサンプルを軸方向に移動させながら,緑色のレーザ光を軸と垂直方向に走査し,後方反射強度を測定した。照射位置と後方反射強度の関係を分析した結果,梢頭部と原料茎の表面粗さのちがいが,後方反射強度のパターンに反映されることが実証された。反射光のパターンから各種のパラメータを計算して,その値により梢頭部と原料茎の判別を行った結果,パターンの尖りの程度を示す「尖度」パラメータによって,正答率の高い判別を行えることが判明した。表面が滑らかな原料茎では正反射が強いので,後方反射強度のパターンには中央付近に高いピークが生じ,尖度が大きくなった。尖度による判別の結果,全正答率は約80%で,誤判別の主な原因は原料茎の汚れ,原料茎から分泌されたワックス成分であった。

 第3章では改良された試験装置と新たな判別法が述べられている。第2章の試験で見られた誤判別の問題を解消するため,申請者は梢頭部表面のテクスチャをより詳細に分析し,梢頭部表面に存在する微細な凹凸を検知することを試みた。このためにレーザ光を更に集光し,サトウキビ表面における照射光のスポット直径を縮小した。また装置に,レーザ照射強度の調節,反射鏡の高精度化,受光法の改善,光および電磁ノイズの低減などの改良を施すことで,S/Nを向上させた。その結果,梢頭部に存在する微細な凹凸が受光強度の周期的変化として検知された。判別には,前述の尖度パラメータに加えて,梢頭部表面の凹凸を反映すると思われる受光パターンのパワースペクトルを導入した。受光パターンを空間周波数領域にフーリエ変換し,特定領域のパワースペクトルの和をとることで,梢頭部表面のテクスチャの特徴が検出された。尖度とパワースペクトルのパラメータを組み合わせて線形判別分析を行うことで,正答率が向上し,全正答率は約95%となった。

 第4章では研究結果をまとめるとともに,本研究を実用に供する際の提案が述べられている。例として石垣島製糖工場の現状を調査し,そのデータに基づいて,実用化の際に必要となる装置の規模と処理速度を推算した。更にそれを達成するための装置の構成を提案した。

 以上のように本研究はレーザ光の走査によって対象物の表面状態を検知し,サトウキビ梢頭部の識別を行えることを実証したものであり,高い独創性を持つ。開発された方法にはサトウキビ以外の農産物の識別や品質評価に適用できる可能性も期待される。また農産物表面の微細な形状とレーザ光の後方反射パターンを関連づけたことは新たな知見であり,学術上貢献するところが少なくないと考えられる。よって審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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