学位論文要旨



No 120197
著者(漢字) 小野,裕司
著者(英字)
著者(カナ) オノ,ヒロシ
標題(和) 内添及び外添製紙薬品による紙のオフセット印刷特性の最適化に関する研究
標題(洋) Studies on optimization of offset printing properties of paper using internal and surface additives
報告番号 120197
報告番号 甲20197
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2880号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯貝,明
 東京大学 教授 空閑,重則
 東京大学 助教授 松本,雄二
 東京大学 助教授 竹村,彰夫
 東京大学 助教授 江前,敏晴
内容要旨 要旨を表示する

 セルロース資源を有効利用するためのリサイクルパルプの高配合化、リサイクルパルプ中の炭酸カルシウム填料を有効利用するための中性抄紙化により、近年の用紙物性は大きく変化している。また、印刷の面では、四色カラーオフセット印刷の普及により、紅、藍、黄、墨インキをブランケットから紙へ四回転移させるために、湿し水の用紙への転移量も増加する傾向にある。湿し水転移量の増加は、用紙のウエット着肉不良、色ずれ、テンション変動などを引き起こす原因となっていおり、印刷適性に優れる用紙が求められている。以上の様な背景の中、用紙の品質面では表面強度・耐水性の付与や再湿粘着強度の低下が、抄紙の操業面では中性抄紙におけるファーストパスリテンションの向上が重要な課題になってきており、内添及び外添薬品による用紙の機能性制御や操業性向上の役割が益々重要になってきている。

 本研究では、リサイクルパルプの高配合化や中性抄紙化が用紙物性を変化させる原因を究明し、原紙に表面強度と耐水性を付与するために処理する表面紙力剤・表面サイズ剤の機能発現機構、再湿粘着トラブルの発生機構、中性抄紙の操業性を改善する歩留り向上剤の機能発現機構について、分子レベル及び界面科学的な観点からの研究により解明することを目的とした。

1.リサイクルパルプの高配合率化と中性抄紙化が用紙の動的吸水伸びに及ぼす影響

 各種パルプ単体と各種内添剤を添加した手抄きシートを作成し、動的吸水伸びをMutec社製Wet Stretch Dynamics装置で測定した。

 リサイクルパルプシートは、1秒以内の動的吸水伸びがフレッシュパルプシートの2倍以上であった。これは、前者は初期接触角が低く、ファイン分が多いためと思われる。中性抄紙では水酸化アルミニウムのスケール発生懸念のため、硫酸アルミニウムの添加率を低くしている。硫酸アルミニウム添加率が低い場合には、1秒以内の動的吸水伸びが大きかった。以上の結果から、近年の用紙の動的吸水伸びは大きくなる傾向にあり、これを抑えることが重要であることが分かった。

2.表面サイズ剤が四色カラーオフセット印刷に及ぼす影響

 各種表面サイズ剤を処理した用紙を作製し、Prufbau社製のMultipurpose Printing Testerを用いて水が用紙に転移した後のインキの着肉(ウエット着肉)を評価した。用紙の動的接触角と表面自由エネルギーはFibro社製Dynamic Adsorption Testerを用いて測定した。水を用紙に含浸させた後のインキの浸透性は、Emco社製Dynamic Penetration Measurement装置による超音波の透過率変化から求めた。

 水に対する初期の接触角が高く、表面紙力剤の塗布量が低くなる紙ほどウエット着肉が向上した。水に対する初期の接触角が高い紙の場合には、オフセット印刷時の湿し水の転移率が低下し、吸水による紙中の繊維膨潤が抑えられ、インキが浸透する空隙が保たれるためと思われる。

3.カチオン性内添剤と表面サイズ剤の相互作用の解明

 各種カチオン性内添剤を添加し、ζ電位の異なるパルプから手抄きシートを作製した。スチレン・メタクリル酸共重合体の表面サイズ剤を含浸させた表面サイズ紙に対し、1μLの蒸留水が吸収されるまでの時間を点滴吸水度として測定し、パルプのζ電位が表面サイズ剤に及ぼす影響を検討した。

 パルプのζ電位が高い場合には、スチレン・メタクリル酸共重合体表面サイズ剤の効果が向上した。また、カチオン基の分布が均一なカチオン澱粉ほど表面サイズの効果が高かった。表面サイズ剤の分布が均一かつ、内添カチオン剤との相互作用が強い場合に、表面サイズ剤の効果が最大になることが示された。

4.サイズ剤が再湿粘着強度に及ぼす影響

 AKDやASAなどの各種内添サイズ剤を添加し、表面自由エネルギーの異なる手抄きシートを作製し、ヒドロキシエチル化澱粉(HES)水溶液を含浸させて用紙を調製した。また、HESにn-ベンゼンスルホン酸ナトリウムを添加して表面張力の異なるHES水溶液を調製し、無サイズ原紙に含浸させて用紙を作製した。用紙同士の吸水後の剥離強度を測定して再湿粘着強度とした。

 原紙の表面自由エネルギーが低く、HES水溶液の表面張力が低い場合に、再湿粘着強度(ネッパリ強度)が低かった。これはオフセット印刷時に溶出した粘着性物質の用紙やブランケットへの付着仕事が低下するためである。

5.表面紙力剤の機能発現機構の解明

 分子量と置換度の異なる各種変性澱粉を試料とした。SEC-MALS法により、変性澱粉の分子量、置換度、溶解方法が澱粉分子の水溶液中でのコンフォメーションに及ぼす影響について解析した。置換度と置換基分布は13C-NMR定量モードで測定した。

 SEC-MALSの測定結果から、ヒドロキシエチル基の置換度が高いほど、水溶液中での分子鎖がより広がったコンフォメーションになることが示された。HESの表面強度発現機構は、分子鎖の広がりやヒドロキシエチル基の水素結合および疎水結合などの相互作用に起因していることが考えられる。また、酸化澱粉を高温・高圧下のジェットクッキングやアルカリ法で可溶化すると、分子量はやや低下し、分子鎖がより広がったコンフォメーションになる。

 以上の様に、澱粉の変性方法と溶解方法を最適化することで、紙に表面サイズ処理ことにより更なる強度向上の可能性が示された。

6.抄紙歩留りシステムの最適化

6.1 ウエットエンドパラメーターがファインと紙力剤のリテンションに及ぼす影響

 パルプの電荷と操業性に関しては様々な報告があるが、各種ウエットエンドパラメーターがファインリテンションや紙力剤の定着率に及ぼす影響について統一した見解は得られていなかった。そこで、凝結剤として硫酸バンドとpDADMACの添加率を変化させたモデル実験を行い、ファインリテンションと紙力剤定着率を最適化するウエットエンド指標を検討した。

 硫酸バンドやpDADAMACを凝結剤として使用した場合にファインリテンションを最大にするには、繊維表面電荷密度を表現しているζ電位を約-10mVに近づけることが重要であることが分かった。カチオン澱粉やPAM系紙力剤の定着率を最適化する指標には、ゼータ電位ではなく、パルプ全体のカチオン要求量が指標になることが分かった。パルプ全体の電荷の10〜20%が中和されている場合にカチオン澱粉の定着率が最大になり、約30%が中和されている場合にPAM系紙力剤の定着量が最大になった。歩留向上剤は分子量が大きいために、パルプの最表面に吸着するのでファインリテンションを最適化するにはζ電位が指標になると考えられる。一方、PAM系紙力剤は分子量が小さいために、フィブリル内部へも吸着するのでパルプ全体のカチオン要求量が紙力剤定着率を最適化する指標になる。

6.2 カチオン性高分子とポリエチレンオキサイド(PEO)による新規リテンションシステム

 カチオン性で、フェノール性水酸基を骨格に持つ高分子、カチオン化ポリビニルフェノール(ビニルベンジルトリメチルアンモニウムクロリド/ビニルフェノール共重合体、VBTMAC/VPH)を合成し、カチオン性コファクター/PEOシステムの歩留り向上剤としての効果を検討した。4級アンモニウムとフェノール性水酸基を持ち、4級アンモニウム/フェノール性水酸基のモル比が約30/70の高分子化合物をPEOと併用することにより、PFR/PEOシステムよりもファインリテンションと濾水度が向上することが分かった。

 また、既存のカチオン性凝結剤とフェノールホルムアルデヒド樹脂(PFR)とを適切な比率で添加することにより、カチオン性ポリフェノールと同様の効果を得られるものと考え、pDADMAC/PFR/PEOシステムの効果を検討した。PDADMAC/PFR/PEOシステムはデュアルカチオンシステムやPFR/PEOシステムよりもファインリテンションや濾水性が向上し、最適な4級アンモニウムとフェノール性水酸基のモル比は45/55であった。

 この様に従来は抄紙系の電荷には影響されないと思われていたPFR/PEOリテンションシステムであるが、凝結剤の添加により更なるファインリテンションと濾水度の向上が図れることが明らかになった。

6.3 高分子カチオン性マイクロパーティクルリテンションシステム

 乳化重合法とマイクロエマルジョン重合法により、様々な電荷と粒径の高分子カチオン性マイクロパーティクル(CPMP)を合成した。CPMPはpH11までカチオン性を保っていた。CPMPは水溶液中でカチオン性の軽質炭酸カルシウム(PCC)に吸着するが、その吸着は強固なものではなく、凝集剤としての効果は高くなかった。一方、炭酸ナトリウムやポリアクリル酸(PAA)をPCCサスペンションに添加することによりPCCの表面をアニオン性に改質すると、凝集効果が大幅に改善された。CPMP、PAA、炭酸ナトリウムの添加順序を変化させて、凝集効果を検討した結果、添加順序が大きな影響を及ぼし、様々な架橋凝集モデルが考えられた。以上の結果から、PCCを含む中性抄紙の紙料における架橋凝集はPCCの表面電荷とサスペンション中の電解質に大きく影響されることが明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

 近年の製紙産業では、セルロース資源を有効利用するためにリサイクルパルプの高配合化、炭酸カルシウム填料を有効利用するための中性抄紙化が進められ、その結果用紙の物性は大きく変化している。また、印刷の面では、四色カラーオフセット印刷の普及により、インキをブランケットから紙へ四回転移させるために、湿し水の用紙への転移量も増加する傾向にある。湿し水転移量の増加は、用紙へのインキのウエット着肉不良、色ずれなどを引き起こす原因となっており、印刷適性に優れる用紙製造が求められている。また、用紙の品質面では表面強度・耐水性の付与や再湿粘着強度の低下が、操業面では中性抄紙におけるファーストパスリテンションの向上が重要な課題になってきており、内添および外添薬品による用紙の機能性制御や操業性向上の役割が益々重要になってきている。

 そこで本論文では、リサイクルパルプの高配合化や中性抄紙化が用紙の物性を変化させる原因を究明し、原紙に表面強度と耐水性を付与するために処理する表面紙力剤・表面サイズ剤の機能発現機構、再湿粘着トラブルの発生機構等について、分子レベルおよび界面科学的な観点からの研究により解明し、応用技術として展開することを目的とした。

 まず、リサイクルパルプの高配合率化と中性抄紙化が用紙の動的吸水伸びに及ぼす影響を明らかにするため、各種パルプに内添剤を添加した手抄きシートを作製し、動的吸水伸びを測定した。その結果、リサイクルパルプシートは、1秒以内の動的吸水伸びがフレッシュパルプシートの2倍以上であった。これは、前者は初期接触角が低く、微細繊維成分が多いためである。一方、中性抄紙では硫酸アルミニウムの添加率が低いが、この場合、1秒以内の動的吸水伸びが大きかった。以上の結果から、内添処理あるいは表面サイズ処理により用紙の動的吸水伸びを抑えることが重要であることが分かった。

 続いて、表面サイズ剤が四色カラーオフセット印刷に及ぼす影響を明らかにするため、各種表面サイズ剤を処理した用紙を作製し、水が用紙に転移した後のインキの着肉(ウエット着肉)を評価した。また、用紙の動的接触角、表面自由エネルギー、水を用紙に含浸させた後のインキの浸透性を測定した。その結果、水に対する初期の接触角が高く、表面紙力剤の塗布量が低い紙ほどウエット着肉性が向上した。水に対する初期の接触角が高い紙の場合には、オフセット印刷時の湿し水の転移率が低下し、吸水による紙中の繊維膨潤が抑えられ、その結果、インキが浸透する空隙が保たれるためと思われる。

 カチオン性内添剤と表面サイズ剤の相互作用を解明するため、各種カチオン性内添剤を添加し、ζ電位の異なるパルプから手抄きシートを作製した。スチレン・メタクリル酸共重合体の表面サイズ剤を含浸させた表面サイズ紙に対し吸水度を測定し、パルプのζ電位が表面サイズ剤に及ぼす影響を検討した。パルプのζ電位が高い場合には、表面サイズ剤のサイズ効果が向上した。また、カチオン基の分布が均一なカチオンデンプンほど表面サイズ効果が高かった。表面サイズ剤の分布が均一かつ、内添カチオン剤との相互作用が強い場合に、表面サイズ剤の効果が最大になることが明らかになった。

 サイズ剤が再湿粘着強度に及ぼす影響について、各種内添サイズ剤を添加した表面自由エネルギーの異なる手抄きシートを作製し、ヒドロキシエチル化デンプン(HES)水溶液を含浸させて用紙を作製した。また、表面張力の異なるHES水溶液を調製し、無サイズ原紙に含浸させて用紙を作製し、用紙同士の吸水後の剥離強度を測定して再湿粘着強度とした。その結果、原紙の表面自由エネルギーが低く、HES水溶液の表面張力が低い場合に、再湿粘着強度が低かった。これはオフセット印刷時に溶出した粘着性物質の用紙やブランケットへの付着仕事が低下するためである。

 表面紙力剤の機能発現機構の解明を目的として、分子量と置換度の異なる各種変性デンプンを試料としてSEC-MALS法により、変性デンプンの分子量、置換度、溶解方法がデンプン分子の水溶液中でのコンフォメーションに及ぼす影響について解析した。置換度と置換基分布は13C-NMRの定量モードで測定した。SEC-MALSの測定結果から、ヒドロキシエチル基の置換度が高いほど、水溶液中での分子鎖がより広がったコンフォメーションになることが明らかになった。HESの表面強度発現機構は、分子鎖の広がりやヒドロキシエチル基の水素結合および疎水結合などの相互作用に起因していることが考えられる。

 以上の様に本研究の結果は、リサイクルパルプを多く含み、高速4色オフセット印刷用の用紙の印刷性能向上と、高速印刷操業時におけるトラブル対策に関して基礎的知見が得られ、その結果応用に結びつく技術に展開することができた。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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