学位論文要旨



No 120198
著者(漢字) 松田,俊一
著者(英字)
著者(カナ) マツダ,シュンイチ
標題(和) 木質建材のVOC放散挙動とホルムアルデヒドの吸着に関する研究
標題(洋)
報告番号 120198
報告番号 甲20198
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2881号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 竹村,彰夫
 東京大学 教授 小野,拡邦
 東京大学 助教授 信田,聡
 早稲田大学 教授 田辺,新一
 建築研究所 グループ長 本橋,健司
内容要旨 要旨を表示する

【 要 旨 】

 日本では、1990年代から省エネによる住宅の高断熱高気密化とそれに伴う換気不足、また住宅コスト低減のため化学物質を多用した、いわゆる新建材の利用等により「シックハウス症候群」と呼ばれる室内の化学物質汚染が問題となっている。この室内空気環境に関する研究は、木材系、建築系、分析・測定系、医学系等の幅広い分野で行われてきている。厚生労働省は、13種類の化学物質について室内の気中濃度指針値を示しているが、特に木材関係では、木質接着剤に使われるホルムアルデヒドや木材自身からも発生するとされるアセトアルデヒド等との関わりが深く、材料、室内の気中濃度、濃度低減対策等いろいろなアプローチで研究が進められてきている。

 現状では、住宅における室内空気汚染の実態、発生源の特定、それらと木材や木質材料との関連、そして対策の検討と効果の確認という研究がそれぞれ単独で行われている場合が多いため、測定条件が違っていたり、材料の履歴が違っていたりすることから、それらの結果を結びつけて考察することがなかなか困難な状況である。よって総合的な見地から、それらを共通の方法で測定、評価し、原因追及から対策まで一連の繋がりで研究することは大きな意義があると考える。本研究では、実際の住宅のアルデヒド、ケトン類および揮発性有機化合物(VOC:Volatile Organic Compounds、以下VOCと呼ぶ)気中濃度の測定を行うとともに、木材由来の成分と考えられる化学物質の気中濃度の実態を把握した。またそれらの発生源として、内装材として使用される各種木材および木質建材(合板等)からのアルデヒド、VOC放散速度を測定し、放散量が多い材料については、製造方法にまで踏み込んで発生源を検討した。さらに、ホルムアルデヒド対策として吸着に着目し、吸着性能の簡易測定評価法を自ら考案、それを基に各種吸着材料の吸着、脱着性能を評価した。それらの基礎データを基に吸着建材を試作、実住宅での性能評価を行った。これらにより、木質建材からのVOC発生メカニズムの解明、実住宅での室内空気汚染対策についての一つの指針を示した。以下に各章で得られた結論をまとめる。

 第1章 序論

 室内空気汚染問題の経緯を示し、この問題について気中濃度の実態、建築材料から発生、低減対策の三つのポイントから既往の研究と課題、本論文の目指す成果に関する序論を示した。

 第2章 実住宅におけるVOC気中濃度の実態

 2003年7月施行の改正建築基準法前に建築された新築住宅196棟の気密性能、換気回数、VOC気中濃度を測定し、気中濃度の年次傾向、居室別の気中濃度の特徴を検討した。その結果、ホルムアルデヒド、トルエン、キシレン等の気中濃度は年々減少傾向だったが、アセトアルデヒド気中濃度は横ばいという結果であった。厚生労働省指針値物質以外の化学物質では、α-ピネン、ウンデカン、酢酸エチル、アセトン、メチルエチルケトン等が室内で高濃度になる場合が多かった。特に木質フローリングを使用している寝室・洋室では、多くの化学物質が高濃度の傾向が見られ、木質建材が関与している可能性が考えられた。また、木材由来の成分と考えられるα-ピネン気中濃度と、β-ピネン、リモネン、アセトアルデヒド、ヘキサアルデヒド気中濃度に相関関係が見られたことから、これらは木材由来の成分の可能性が考えられた。ホルムアルデヒドとアセトアルデヒド気中濃度については温度の影響を受ける傾向が示された。換気については、換気回数の増加とともにアルデヒド・ケトン類気中濃度は低減する傾向が示された。

 第3章 木材および木質材料からのVOC放散速度

 第2章の結果を踏まえ、室内での気中濃度が高く、また木材由来成分との関連が示唆されたアセトアルデヒド等の発生源を検討すべく、二つのアプローチから検討した。

 一つは各種木質材料とその単板、ラミナからのVOC放散速度を小型チャンバー法により測定し、樹種による放散VOC成分の特徴や木質材料の製造条件と放散量の関係を示した。今回測定した樹種では、シナ材からのアルデヒド類の放散が多く、また、単板より合板の方が放散量は多かった。特にLVL、集成材からはホルムアルデヒド、アセトアルデヒドの放散がかなり多かった。スギ心材単板、辺材単板は熱圧処理によりアセトアルデヒドの放散が高められる傾向にあり、その放散量は熱圧処理時間の長さによって差がみられた。VOC成分については、合板等からの放散は少なかったが、構造用集成材とそのラミナ(ロシアアカマツ)、LVLとその単板(ラジアータパイン)からは、α-ピネン、β-ピネン、リモネンが多く放散した。これらについては樹種からの放散が関係していると考えられた。

 二つ目は、樹種としてスギとスプルースを用い、樹種、接着剤、圧締条件の組み合わせが違う集成材からのアルデヒド・ケトン類、VOCの放散の特徴と、使用した接着剤の構成成分が放散に与える影響を示した。ホルムアルデヒドについては、レゾルシノール系樹脂接着剤を使用した場合、放散量が大きく増加するが、高周波処理により放散を抑える効果が確認できた。アセトアルデヒドについては、樹種(スギ、スプルース)によって放散量に差があり、特定の接着剤と圧締条件の組み合わせにより放散量が大きく増加した。VOCとしては木材成分の放散が確認された。集成材に使用した水性高分子イソシアネート系接着剤およびそれらの成分からのアルデヒド・ケトン類の放散は少なかったことから、この接着剤を使った各集成材のアルデヒド・ケトン類、VOCの放散については接着剤自身からの影響はないものと思われた。以上の結果から、今回の集成材からのホルムアルデヒド、アセトアルデヒドの放散については、樹種の違い(セルロース、ヘミセルロース、リグニン等の成分構成比の違いなど)により、接着剤成分と木材成分との化学反応で発生する場合と高周波処理により発生が促進される場合がある可能性が考えられる。これらの反応メカニズム等のさらなる検討については今後の課題とした。

 第4章 ホルムアルデヒド吸着材料の吸着性能の評価

 ホルムアルデヒドの吸着除去方法を検討した。吸着性能の評価については第2章の結果を基に実環境に即した試験条件を設定し、簡易的でかつ、脱着性能までを評価する方法を考案し、市場にある吸着材料(粉末および成型品)についてその吸着・脱着性能を評価した。

 炭系及び珪藻土系の多孔質材料(粉末)は、温度変化に追随してホルムアルデヒドの吸着と脱着が起こった。これは多孔質材料特有の物理吸着によるためと考える。一方、ヒドラジド基を有し、ホルムアルデヒドを化学的に吸着する吸着剤の場合では、温度変化が起きても吸着後の脱着が起こらず、ホルムアルデヒドの吸着には化学吸着剤が適すると考えられた。

 今回試験を行った成型品は、ホルムアルデヒドの脱着が見られた。特にシート状の成型品については、成型品の表面加工の影響や単位面積当たりの吸着剤使用量の影響が吸着量の低下に関係し、ボード状の成型品については、使用したバインダーや吸着剤として使用した多孔質材の物理吸着がホルムアルデヒドの脱着を起こしたものと考えられた。

 今回提案した建築材料のホルムアルデヒド吸着・脱着性能の評価試験方法は、各種材料の吸着能力の優劣、また温度変化によるホルムアルデヒドの脱着をそれぞれ評価する上で簡易的でかつ有効な方法の一つと考える。

 第5章 吸着建材の設計、加工方法および実環境での吸着性能の検討

 第4章の結果を基に、最適な吸着剤の選択し、それを使った吸着建材を設計した。調湿材の調湿性を利用し、室内の水分と一緒にホルムアルデヒドを引き寄せることでホルムアルデヒドと化学吸着剤を接触しやすくすることにより、吸着効果が高まることが示唆された。また、化学吸着剤と調湿材をそれぞれ一定割合で混合成型することにより、ホルムアルデヒドの吸着能力と一旦吸着したホルムアルデヒドを脱着させない保持能力、さらには調湿性能を発揮することがわかった。この結果を基に吸着建材を製作し、実住宅でその効果を確認した。その結果、新築時に吸着建材を天井に施工した部屋では、ホルムアルデヒド気中濃度が厚生労働省指針値以下に抑えられたとともに、相対湿度も施工していない部屋と比べて低湿度に抑えられていたことから調湿効果も確認された。ただし、吸着性能の持続性は1年間の使用でほぼなくなり、再放出する物理吸着のみとなったことから、今後さらに長期間、吸着性能を持続させる方法について検討する必要がある。

 また、吸着建材の施工と換気扇を併用することで、短期間にホルムアルデヒド気中濃度を低減させることも確認できた。以上のように、短期間での集中的なホルムアルデヒドの除去性能および継続的なホルムアルデヒドの除去効果と、調湿性能を合わせ持った建材を提案することができた。

 以上の結果より本研究で得られた知見をまとめると以下のようになる。

(1)室内空気中の化学物質の中でホルムアルデヒド、α-ピネン、β-ピネン、リモネン、アセトアルデヒド、ヘキサアルデヒド等は木材あるいは木質建材からの放散が大きく関与していると考えられる。

(2)ホルムアルデヒド、アセトアルデヒドの放散には、樹種と接着剤や熱圧処理等の製造条件が影響を与える。

(3)今回考案したホルムアルデヒドの吸着・脱着評価試験方法は、簡易的でかつ、吸着と脱着の両方を評価できる。

(4)化学吸着剤と調湿材とを混合成型した吸着建材を使うことで効果的なホルムアルデヒド低減対策が行える。

以 上

審査要旨 要旨を表示する

 「シックハウス症候群」と呼ばれる室内空気汚染問題を解決するためには、住宅における室内の化学物質気中濃度の実態把握と発生源の特定、そして特定された化学物質に応じた適切な対策の実施が必要である。特に木質材料については、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド等木質材料と関連する化学物質の室内気中濃度への影響や、それらの発生メカニズムの解明が求められている。この研究が進めば、室内空気汚染問題の効果的な対策と今後の木質材料の更なる有効利用へ繋げることができるものと考えられる。

 本論文では、多くの実住宅の実態調査から木質材料と関連すると思われる室内空気汚染物質の特定とともに、樹種、接着剤、製造方法が木質材料からの化学物質の発生に影響していることを示した。さらに、ホルムアルデヒドについて吸着という手法を用いて効果的な低減対策を実現したものである。

 第1章では、室内空気汚染問題の経緯を示し、この問題について気中濃度の実態、建築材料から発生、低減対策の三つのポイントから既往の研究と課題、本論文の目指す成果に関する序論を示した。これにより、本論文のテーマの整理がなされている。

 第2章では、実住宅におけるVOC気中濃度の実態として、2003年7月施行の改正建築基準法前に建築された新築住宅196棟の気密性能、換気回数、VOC気中濃度を測定し、気中濃度の年次傾向、居室別の気中濃度の特徴が検討されている。ホルムアルデヒド等の気中濃度は年々減少傾向、アセトアルデヒド気中濃度は横ばいという結果が得られた。また、α-ピネン、ウンデカン、酢酸エチル、アセトン、メチルエチルケトン等が室内で高濃度になる場合が多かった。特に木質フローリングを使用している寝室・洋室では、多くの化学物質が高濃度となり、木質建材が関与している可能性が考えられた。また、木材由来の成分と考えられるα-ピネン気中濃度と、β-ピネン、リモネン、アセトアルデヒド、ヘキサアルデヒド気中濃度に相関関係が見られたことから、これらは木材由来の成分の可能性が考えられた。

 第3章では、木材および木質材料からのVOC放散速度を測定し、材料および接着剤、製造方法の視点からVOCの発生源を検討している。LVL、集成材からはホルムアルデヒド、アセトアルデヒドの放散がかなり多かった。また、スギ心材単板、辺材単板は熱圧処理によりアセトアルデヒドの放散が高められる傾向にあり、その放散量は熱圧処理時間の長さに影響されていたことから、製造条件が放散量に影響を与える可能性が示唆された。この結果を受け、樹種、接着剤、圧締条件の組み合わせが違う集成材からのアルデヒド・ケトン類、VOCの放散の特徴と、使用した接着剤の構成成分が放散に与える影響を検討した。ホルムアルデヒドについては、レゾルシノール系樹脂接着剤を使用した場合、放散量が大きく増加するが、高周波処理により放散を抑える効果が確認できた。アセトアルデヒドについては、樹種(スギ、スプルース)によって放散量に差があり、特定の接着剤と圧締条件の組み合わせにより放散量が大きく増加した。以上の結果から、今回の集成材からのホルムアルデヒド、アセトアルデヒドの放散については、樹種の違い(セルロース、ヘミセルロース、リグニン等の成分構成比の違いなど)により、接着剤成分と木材成分との化学反応で発生する場合と高周波処理により発生が促進される場合がある可能性が考えられた。

 第4章では、実環境に即したホルムアルデヒド吸着材料の吸着性能および脱着性能の評価方法として、簡易的な測定方法を考案し、市場にある吸着材料(粉末および成型品)についてその吸着・脱着性能を評価した。炭系及び珪藻土系の多孔質材料(粉末)は、温度変化に追随してホルムアルデヒドの吸着と脱着が起こり、物理吸着によるものと考えられた。一方、ホルムアルデヒドを化学的に吸着する吸着剤は、温度変化が起きても吸着後の脱着が起こらず、ホルムアルデヒドの吸着には化学吸着剤が適すると考えられた。

 第5章では、第4章の結果を基に、最適な吸着剤を選択し、それを使った吸着建材を設計して実環境での吸着性能の評価を行った。調湿材の調湿性を利用し、室内の水分と一緒にホルムアルデヒドを引き寄せることでホルムアルデヒドと化学吸着剤を接触しやすくすることにより、吸着効果が高まることが示唆された。また、化学吸着剤と調湿材をそれぞれ一定割合で混合成型することにより、ホルムアルデヒドの吸着能力と一旦吸着したホルムアルデヒドを脱着させない保持能力、さらには調湿性能を発揮することがわかった。実住宅でその効果を確認したところ、ホルムアルデヒド気中濃度が厚生労働省指針値以下に抑えられたとともに、相対湿度も施工していない部屋と比べて低湿度に抑えられていたことから吸着効果と調湿効果が確認された。ただし、吸着性能の持続性については、今後さらに検討する必要がある。しかし、短期間での集中的なホルムアルデヒドの除去性能および継続的なホルムアルデヒドの除去効果と、調湿性能を合わせ持った建材を提案することができたことは、今後の対策手法の一つとして評価できる。

 以上のように本研究の結果は、木質材料と室内空気汚染との関係を示し、また、木質材料からのVOC発生メカニズムの解明に繋がる重要な知見を与え、木質材料の室内環境に対する今後の対応の方向性並びに材料研究に対して大きく貢献することは明らかである。さらに、今回示した簡易的な吸着・脱着評価方法および吸着除去方法の考え方は、今後の室内空気汚染対策の一つとして大きな指針となるものである。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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