学位論文要旨



No 120201
著者(漢字) 上野,茂昭
著者(英字)
著者(カナ) ウエノ,シゲアキ
標題(和) 溶液系不凍 水の構造特性非破壊計測に関する研究
標題(洋)
報告番号 120201
報告番号 甲20201
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2884号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農学国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相良,泰行
 東京大学 教授 黒倉,寿
 東京大学 助教授 宮脇,長人
 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 助教授 白樫,了
内容要旨 要旨を表示する

 凍結食品の品質に影響を及ぼす内部構造は、主成分である水の凍結過程を通じて形成する氷結晶性状の影響を受けることが知られている。特に、凍結状態の食品を計測対象とする場合、先ず凍結プロセスを氷結晶の性状という観点から把握することが重要であり、とりわけ氷結晶3次元構造が最終製品の品質、特に食感などに大きく関与するものと考えられている。

 既存の凍結試料内の氷結晶観察法は、氷を他の物質と置換あるいは昇華させた跡を観察する間接観察法と、氷を直接観察する直接観察法に大別される。間接法には凍結置換法、凍結固定法および凍結乾燥法が挙げられる。これらの観察法は、観察に必要とされる試料の処理後においても、凍結により形成された氷結晶構造が維持されるという仮定に基づいているが、この仮定の妥当性を検証する計測法は皆無である。直接法には、低温走査型電子顕微鏡や共焦点レーザー顕微鏡による観察などがあり、凍結試料中の氷そのものを直接観察可能な点で優れている。しかしながら試料製作に高度な技術の習熟を必要とし、また装置が高価なので、凍結食品製造の現場では普及していない。

 他方、食品分野におけるプロセスコントロールや品質管理などの実用的見地から、食品内部の成分および構造などの情報を得るための非破壊計測法の開発が推進されている。これらの非破壊計測は、対象が持つ光学、力学、電気などの諸特性を計測する方法および核磁気共鳴や電子線、放射線で水分を可視化する方法等に大別される。しかし、後者の手法を凍結状態の食品に適用する場合、低温下では計測精度が低く、また現状では装置が高価で簡便でない場合が多いなど、実用技術としての制約が多い。

 以上の問題点を克服し食品の電気特性を計測する手法として、誘電特性の計測が注目されている。誘電特性は、電場内において水や油などの誘電体を含む食品が示す性質を指し、対象試料の構成成分の中で特定の原子団や分子の運動状態をリアルタイムで検出可能であり、また化学組成のみならず幾何的構造にも敏感であるため、凍結試料内の氷結晶粒の形態すなわち氷結晶構造の非破壊計測が可能であると考えられる。

 本研究の目的は、1)先ず種々の冷却速度で凍結したゼラチンゲルと寒天ゲルを試料とし、凍結試料内に形成される氷結晶構造を、マイクロスライサ画像処理システムにより定量的に計測し、凍結条件と3次元的氷結晶形態の関係を明らかにし、2)次に氷結晶性状の異なる試料に対して誘電スペクトルを測定し、氷結晶性状と誘電特性との関係を明らかにする。3)最終的には、簡略化した、異なる氷結晶性状の構造モデルすなわち氷結晶構造モデルを提案し、電磁場数値解析により、氷結晶性状・誘電特性の両者の関係を理論的に明らかにすることにより、凍結試料内に形成される氷結晶性状を非破壊的に計測する方法を確立することにある。

 本論文では、先ず、凍結条件と氷結晶性状の関係を定量的に把握することを目的とし、マイクロスライサ画像処理システムを用いて、凍結寒天ゲルおよび凍結ゼラチンゲル内に形成される氷結晶を3次元的に計測した。具体的には、ゼラチンまたは多糖類である寒天粉末に蛍光試薬(RhodamineB)を添加した純水を加えてモデル食品とし、これらをプログラムフリーザおよび液体窒素凍結装置により種々の冷却速度で一次元凍結したものを凍結試料とした。

 凍結終了後の凍結試料は、マイクロスライサ画像処理システムを用いて、ミクロン単位の押し上げ機構と回転刃により試料の連続断面を作り、各断面を顕微鏡撮影ついで画像処理を行うことにより、各観察断面における氷結晶等価円直径、周囲長、粒界線密度、数密度および形状などの2次元特徴量を計測した。その結果、伝熱面の最終到達温度が低く凍結速度が大きいほど、氷結晶等価円直径は小さく、また粒界線密度および数密度は増大することが示され、凍結条件と氷結晶特徴量の関係を定量的に明らかにした。さらに、従来は困難であった、凍結溶液系材料内に形成される氷柱の3次元構造を可視化することに成功することにより、氷柱の連続または結合・枝分かれの構造を形成することを明らかにし、また各氷柱の体積を定量化に計測した。

 次に、凍結ゼラチンゲルの誘電特性を明らかにするために、種々の冷却速度により凍結した試料の有効複素誘電率を算出した。具体的には先ず、凍結試料の中心部の温度を種々の一定温度に保ち、インピーダンスメータを用いて周波数100Hz〜100kHzにおけるインピーダンスの絶対値および位相角を測定し、比誘電率、比誘電損率および導電率を算出した。凍結ゼラチンゲルは、比誘電損率がある周波数fmaxにおいて極大値ε"maxを示すデバイ緩和分散が見られた。一方、極大値ε"maxを示す周波数(1/緩和時間)は、測定温度の上昇につれて増大し、その周波数は氷よりも凍結ゼラチンゲルの方が高くなった。また、凍結ゼラチンゲルの緩和の活性化エネルギーは氷のそれとほぼ等しいことから、凍結ゼラチンゲルは、氷の物性が主で試料の導電性の影響を含んだデバイ型緩和分散モデルに導電率の影響を考慮した式が適用可能であることが分かった。また、示差走査型熱量計を用いた熱分析により、これらの凍結ゼラチンゲルのゼラチン層は、ガラス状態であることが推察された。

 次に、氷結晶特徴量と誘電特性の関係を明らかにするために、氷結晶性状の影響を受けるデバイ型緩和分散モデルのパラメータを調べた。即ち、氷結晶観察および誘電特性の計測を一つのセルで行うことは実験の操作上困難であるため、一回の実験で試料を氷結晶観察用、温度測定用および誘電特性計測用の3つのセルに分けて充填し、温度・画像計測・インピーダンス測定を同一の冷却条件で行える装置を用いた。具体的には先ず、氷結晶性状を示すパラメータとして氷結晶の等価円直径、粒界線密度および数密度を計測し、デバイ型緩和モデル式に導電率を考慮したモデル式のパラメータである、緩和時間、直流成分の導電率および有効誘電率の関係を調べた。

 これらのパラメータの中で、緩和時間は氷結晶性状によらず一定であり、緩和時間は氷結晶の性状に依存しないことが推察された。また同様に、直流成分の導電率および有効誘電率の氷結晶構造依存性を明らかにするために、これらのパラメータをモデル式と実測値の最小2乗近似より算出し氷結晶構造の依存性を検討した。その結果、直流成分の導電率および有効誘電率は、氷結晶等価円直径が増大するほど減少し、氷結晶粒界線密度および数密度が増大するほど増大することが明らかとなった。ただし、直流成分の導電率は、氷結晶サイズが小さくならないと、その差が顕在化しない傾向が明らかとなった。一方、有効誘電率は氷結晶構造の差異に比較的敏感であり、氷結晶サイズが大きい場合でも比誘電率で10〜20程度も差があり、構造の違いが検出できることが明らかになった。

 誘電特性の計測を理論的に検証するために、氷結晶断面画像および実際の氷結晶を単純化したモデルに静電場の数値解析を適用し静電容量および有効誘電率を算出した。具体的には先ず、マイクロスライサ画像処理システムにより得られたラスターデータである氷結晶断面画像および簡略化した氷結晶構造モデルをベクトルデータに変換し、各画像のx方向の境界条件として、電位差1Vの平行電極を設定し、分散相である氷に対し誘電率εice100、連続相であるゼラチンゲルに対し誘電率εgelatin1〜10を仮定して、系内の電磁場を数値計算した。ついで電極の帯電量を算出することにより静電容量および有効誘電率の算出を行った。

 氷結晶断面画像を用いた数値解析の結果、氷結晶等価円直径が小さいほど、有効誘電率が大きな値を示すことが確認された。また、氷結晶の形と有効誘電率の関係を調べる目的で、氷結晶固相率一定の下で氷結晶の形を四角と円に単純化した氷結晶モデルについて同様の解析を行った。その結果、四角形および接触四角形モデルにおける有効誘電率は、マイクロスライサ画像と同様に氷結晶サイズが小さくなるにつれ大きくなることが明らかとなった。この結果を受けてさらに電極が作り出す電場の方向と氷結晶粒界のなす角度が静電容量に与える影響を検証した。即ち、単一の結晶粒界に対して、静電場・氷結晶粒界のなす角度を0度〜90度と変化させて電磁場の数値解析を行った。その結果、有効誘電率は角度の増加とともに減少し、45度において急激に減少することが分かり、静電場における静電容量および有効誘電率は、氷結晶の粒界と電場のなす角度の影響を強く受けていることが明らかとなった。

 以上のように、誘電特性の実測値および数値解析結果から、氷結晶サイズが小さいほど有効誘電率は大きくなることが明らかとなり、マイクロスライサ画像処理システムによる氷結晶画像解析およびインピーダンスメータによる誘電特性の計測とその電磁場解析により、凍結試料内に形成される氷結晶性状を非破壊的に計測できる可能性を示した。本研究の成果は食品内部の成分および構造などの情報を得るための非破壊的計測法として有用であり、今後、食品分野におけるプロセスコントロールや品質管理などの実用的技術として利用されることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文の目的は、冷凍食品内に形成される氷結晶性状を非破壊的に計測する方法を開発することにある。そのために溶液系材料として凍結寒天ゲルおよび凍結ゼラチンゲルを供試材料とし、先ずマイクロスライサ画像処理システムを用いてこれらの材料内に形成される氷結晶性状を3次元的に計測する方法を開発すると共に、氷結晶性状の凍結速度依存性を明らかにした。次にこれらの供試材料の誘電特性を計測し、氷結晶性状を非破壊的に計測するのに有効な誘電特性のパラメータを抽出した。さらに供試材料内の氷結晶性状モデルの静電場数値シミュレーションにより、誘電特性に影響を及ぼす氷結晶性状パラメータを明らかにした。最終的には、氷結晶性状は誘電特性の計測により非破壊的に計測可能であることを確認した。以下に本論文の具体的手法と成果について概説する。

 ゼラチンと寒天粉末に純水と蛍光試薬(Rhodamine B)を添加してモデル食品とし、これらをプログラムフリーザおよび液体窒素凍結装置により種々の冷却速度で一次元凍結した。次にマイクロスライサ画像処理システムを用いて、凍結資料をミクロン単位の押し上げ機構と回転刃により連続的に切削し、露出した顕微鏡撮影断面及び再構築立体像の画像処理により、氷結晶等価円直径、周囲長、粒界線密度、数密度、形状および体積などの特徴量を計測した。その結果、試料の最終到達温度が低く凍結速度が大きいほど、氷結晶等価円直径は小さく、また粒界線密度および数密度は増大することなど、凍結条件と氷結晶特徴量の関係を定量的に明らかにした。特に、従来は困難であった氷柱の3次元構造を可視化することに成功し、氷柱は連続または結合・枝分かれの構造を形成することを明らかにした。

 次に、凍結ゼラチンゲルの誘電特性を明らかにするために、種々の冷却速度により凍結した試料の有効複素誘電率を算出した。具体的には、先ず凍結試料の中心部の温度を種々の一定温度に保ち、インピーダンスの絶対値および位相角を測定し、比誘電率、比誘電損率および導電率を算出した。また、示差走査型熱量計を用いた熱分析により、これらの凍結ゼラチンゲルのゼラチン層は、ガラス状態にあることが推察された。さらに、比誘電損率が特定の周波数において極大値を示すデバイ緩和分散が観られ、極大値を示す周波数は、測定温度の上昇につれて増大することが分かった。他方、緩和の活性化エネルギーは氷のそれとほぼ等しいことから、凍結ゼラチンゲルの物性は主に氷の物性に支配され、試料の導電性の影響を含んだデバイ型緩和分散モデルに導電率の影響を考慮した理論式が適用可能であることが分かった。次に、氷結晶性状を示すパラメータとして氷結晶の等価円直径、粒界線密度および数密度を計測し、デバイ型緩和モデル式に導電率を考慮したモデル式のパラメータである、緩和時間、直流成分の導電率および比有効誘電率との関係を明らかにした。

 これらのパラメータの中で、緩和時間は氷結晶性状によらず一定であり、緩和時間は氷結晶性状に依存しないことが推察された。また同様に、直流成分の導電率および比有効誘電率の氷結晶構造依存性を明らかにするために、これらのパラメータをモデル式と実測値の最小2乗近似より算出し氷結晶構造の依存性を検討した。その結果、直流成分の導電率および有効誘電率は、氷結晶等価円直径が増大するほど減少し、氷結晶粒界線密度および数密度が増大するほど増大することが明らかとなった。ただし、直流成分の導電率は、氷結晶サイズが小さくならないと、その差が顕在化しない傾向が明らかとなった。一方、比有効誘電率は氷結晶構造の差異に比較的敏感であり、氷結晶サイズが大きい場合でも比誘電率で10〜20程度も差があり、構造の違いが検出できることを明らかにした。

 非破壊計測法としての誘電特性計測の有効性を理論的に検証するために、マイクロスライサ画像処理システムにより得られた氷結晶断面画像を対象にして、電位差1Vの平行電極を設定し、分散相である氷に対し誘電率100、連続相であるゼラチンゲルに対し誘電率1〜50を仮定して、系内の静電場を数値シミュレーションした。その結果、氷結晶等価円直径が小さいほど、比有効誘電率が大きな値を示すことが確認された。また、氷結晶の形状と有効誘電率の関係を把握する事を目的とし、氷結晶固相率一定の条件下で氷結晶の形を四角と円に単純化した氷結晶モデルについて同様の解析を行った結果、四角形および接触四角形モデルにおける比有効誘電率は、氷結晶サイズが小さくなるにつれ大きくなることが明らかとなった。さらに、単一の結晶粒界に対して、静電場・氷結晶粒界のなす角度を0度〜90度と変化させた静電場の数値シミュレーションの結果、比有効誘電率は角度の増加とともに減少し、45度において急激に減少することが分かり、静電場における静電容量および比有効誘電率は、氷結晶の粒界と電場のなす角度の影響を強く受けることを明らかにした。

 以上のように、誘電特性の実測値および数値シミュレーション結果から、氷結晶サイズが小さいほど比有効誘電率は大きくなることが明らかとなり、マイクロスライサ画像処理システムによる氷結晶画像解析およびインピーダンスメータによる誘電特性の計測とその静電場の数値シミュレーションにより、凍結試料内に形成される氷結晶性状を非破壊的に計測できる事を確認した。以上の審査結果から、審査委員一同は本論文の学術的な独創性と実用的な有用性を高く評価し、博士学位論文として価値あるものと認めた。

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