学位論文要旨



No 120202
著者(漢字) 黒瀬,孝介
著者(英字)
著者(カナ) クロセ,コウスケ
標題(和) 球果成分及びその生理活性に関する研究
標題(洋)
報告番号 120202
報告番号 甲20202
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2885号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農学国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷田貝,光克
 東京大学 教授 相良,泰行
 東京大学 助教授 佐藤,雅俊
 東京大学 助教授 山川,隆
 東京大学 連携併任教授 大原,誠資
内容要旨 要旨を表示する

 球果はその種子保存において、外部環境による種子の発育阻害から身を守るための重要な機能を有していると考えられている。球果とは、裸子植物の中でマツ属やスギ属などのつくるマツカサ状の構造物をいい、1本の木質化した軸に数個ないし多数の木質化した鱗片が螺生または対生してついたものである。鱗片の間に種子が隠れており、外敵から身を守っている。針葉樹の種子は子房に囲まれておらず、しかも胚珠は球果の鱗片の上側にのる様に存在している。にもかかわらず、球果の複雑な構造によって、外部環境から保護されている。多くのマツ類は種子が成熟すると、球果から順次落下し放出されていく。また球果自身も林床に落下するが、葉や枝よりも耐久力が強く、その耐久性は葉や枝の2〜3倍である。これは種子が発芽するまでの間、それらは耐久性に少なからず貢献していることが知られている。昆虫の攻撃や病原菌による発症から身を守るため抽出物を蓄えて利用しているようである

一般に抽出物は樹木の葉、材、樹皮などから様々な形で得られている。球果の場合も同様なことが予想されるが、球果の抽出物およびその生物活性などの特性に関する報告は極めて少なく未だ未知の部分が多い。そして球果は種子を守るために特殊な化合物を有していることが期待できる。そこで、球果に着目し球果に含まれる抽出物の成分分析と生理活性試験を行った。

 用いた試料は、Abies sachalinenesis,Cedrous deodara,Larix kaempferi,Picea abies,Pinus densiflora,Pinus rigida,Pinus taeda,Tsuga diversifolia,Chamacerous obtuse,Cryptomeria japonica,Alnus maximowcziiiの計11種である。それぞれの球果の精油を採取し、GC/MSにて成分の同定を行った。収率は0.01%〜2.01%であった。成分のうち、同定化合物数と含有率の大きい成分の上位5位を以下に示した(Table1)。成分同定の結果、A.maximowczii以外では、α-pinene,β-pinene,myrceneを含んでいた。炭素数の数によって成分をモノテルペン、セスキテルペン、ジテルペン、その他に分類すると、Picea abiesはジテルペンが多く、他ではモノテルペン含有率の高い樹種が多いが、Pinus densifloraはセスキテルペンが多いことがわかった(Fig1)。葉と比較してもこの両者のみ成分の傾向が違った。

 精油成分を代謝骨格別に分類してみると、モノテルペン類のPinane,Menthane骨格が多いことがわかった。これら両者の関係は対照的であり、片方が多いと片方が少なくなる関係が見られた。特にヒノキ科、スギ科にはその傾向が顕著であった。これらのことから樹種によって、どちらかが優位に生合成を行う酵素を持っているかがわかる。

セスキテルペンでは、Germacrenes,Caryophyllanes,Cadinanes groupの含有率が高かった。これらのことから、今回供試した樹種では、セスキテルペンにおいてもやはり酵素で優位な反応経路があることが示唆された。

球果の精油成分を葉と比較した結果、樹種によっては明らかに違う成分が見られ、また代謝骨格の系統にも違いが見られた。このことからも球果と葉では代謝・蓄積に違いがあると考えられる。

 人類を含め地球上に存在するほとんどすべての生物は酸素をエネルギー源として体内に摂取し生活を営んでいる。酸素は細胞内のミトコンドリアの呼吸鎖、ヘム鉄蛋白質あるいはオキシダーゼ類などにより還元反応を受け、活性酸素種に変換される。こられの活性酸素種は細胞内組織あるいは生体マトリックスに作用し、種々の過酸化反応を介して生体に傷害を与えることが明らかにされつつある。

 植物は常に紫外線・放射線・酸素などによる、酸化障害を受けているが、その防御機能として色素などを利用して防いでいる。人間にも抗酸化作用を有するので、有効であるアントシアニン、フラボノイド、カテキンなどは植物において二次代謝産物として生成されるものである。植物の様々な防御機能は我々人間にとっても有効であり、それ故に多くの研究がされてきている。

球果は種子を保管・保護し自らの子孫を残すために非常に有益な化合物を蓄積していると考えられる。なかでも現在世の中に注目されているのは活性酸素を抑えるはたらかきのある抗酸化物質を含んでいることである。そこで球果成分の抗酸化物質についてDPPHラジカル消去作用試験によって検討し、以下の結果を得た。

 1)球果のメタノール抽出物11種のDPPHラジカル消去作用試験を行った結果、Pinus densiflora,Pinus rigida,Tsuga diversifolia,Alnus maximowicziiの4種が95%以上の消去活性作用を示した。

 他に、Picea abiesが、約70%の消去活性を示し、Larix kaempferi,Pinus taedaが約40%の消去活性を示した。

 2)そこで、特に強い活性を示した、Pinus densiflora,Pinus rigida,Tsuga diversifolia,Alnus maximowicziiにおいて、メタノール抽出物から、ヘキサン、クロロホルム、酢酸エチルの順に分画し、その分画物の、DPPHラジカル消去作用試験を行った。その結果、Pinus rigidaとAlnus maximowizciiでは、酢酸エチル抽出部とメタノール残渣部に約90%以上の消去活性が見られた。Tsuga diversiforiaでは、酢酸エチル抽出部に約90%以上の消去活性が見られた。Pinus diversifloraは他の3種とは弱いながらもやはり酢酸エチル抽出部に約50%の消去活性が見られた。

 3)次に、4種に共通して活性のみられた、酢酸エチル抽出部を、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、水酸ナトリウムで順次アルカリ処理し、それぞれ強酸性部、中酸性部、弱酸性部、中性部を得た。 その4画分でDPPHラジカル消去作用試験を行った。その結果、Alnus maximowicziiでは強酸性部、中酸性部に約90%以上の強い活性がみられることがわかった(Fig2)。またPinus diversifloraでも、強酸性部には強い活性が、中酸性部にはやや弱い活性がみられた。Pinus rigidaとTsuga diversipforiaは、強酸性部に約90%の消去活性が見られた。

 混合物状態の画分をNMR測定した結果、芳香核にフェノール性水酸基、カルボキシル基を有することがわかった。また球果はアントシアニンをはじめとするポリフェノール類を含有していることが報告されているので、これらの活性化合物はフラボノイド類の可能性が高いと考えられる。

 Ames試験では、ミヤマハンノキのメタノール抽出物で弱い活性が見られた。その他の抽出物では有意な活性がみられなかった。

 球果の精油成分を研究した結果、葉、材、樹皮に劣らぬ精油量を含有する部位であることが明らかとなった。球果は熟して種子を放出後は樹木にとって、無用のものとなりまた非常に乾燥した状態となる。用いた球果は乾燥していたが、非常に多くの精油成分を含有しよい香りを放つことがわかった。そのため乾燥した状態でも腐ることがないため、葉とは違い長い間芳香剤用の役割に利用可能である。材、樹皮は生長に時間を要し、バイオマスとして利用可能になるまでに長期間を要する。一方球果は毎年樹上に形成されるため、短期的に何度も利用できる、バイオマス資源として大きな利用可能性を秘めている。それに加えて、抗酸化性などの生物活性を有しているので、将来のバイオマス資源として大いに期待の持てる部位である。

Table1 球果精油の同定化合物数と含有化合物上位5種

Fig1 全11種求果精油成分の炭素数別含有率比較

Fig.2 極性別画分におけるDPPHラジカル消去作用試験

審査要旨 要旨を表示する

 樹木の球果は、1本の木質化した軸に多数の木質化した鱗片が螺生または対生してついたもので、鱗片の間に種子を蓄えており、それを害虫、樹病菌、酸化などの様々な外部環境からのストレスから子孫維持の目的で守っている。球果を有する多くの樹種は種子が成熟すると、球果と共に落下するが、同じく落下する葉や枝よりも耐久力が高いことが知られている。その耐久力の本となっているものの一つに抽出成分が考えられる。樹木の抽出成分は葉、材などが今までに調べられ、その特性などが明らかになっているものも多いが、外部からのストレスに対応する生物活性の高い抽出成分を含むことが予想されるにも関わらず、球果の抽出物及びその生物活性についての研究報告は極めて少なく、未だ未知の部分が多い。そこで、本研究では球果に含まれる抽出成分に焦点をあわせ、球果の構成成分を明らかにし、樹種間での構成成分を比較しケモタキソノミー上の知見を得るとともに、球果にとっては外部ストレスの一つと考えられる酸化に対する抗酸化作用への抽出成分の関わりを検討した。さらに球果の持つ生物活性の有効利用を目的としてAmes 試験による活性成分を検討した。

 本論文は7章からなり、第一章では研究の背景と本論文の研究目的が述べられている。

さらに、2章:試料、3章:球果成分-精油成分について、4章:生理活性試験、5章:総括、6章:謝辞、7章:参考文献  となっている。以下に本論分の大要を示す。

 Abies sachalinenesis,Cedrous deodara,Larix kaempferi,Picea abies,Pinus densiflora,Pinus rigida,Pinus taeda,Tsuga diversifolia,Chamacerous obtuse,Cryptomeria japonica,Alnus maximowcziiiの11樹種の球果を試料とした。まず、それぞれの球果の精油を採取し、その成分の同定を行った。その結果、Alnus maximowcziii以外ではα-pinene,β-pinene,myrceneを含んでおり、さらに、炭素数によって分類すると、Picea abiesはジテルペン、Pinus densifloraはセスキテルペンが多く、他ではモノテルペン含有率の高い樹種が多いことが明らかになった。葉の場合も上記2樹種のみが他の樹種と成分の傾向が違った。

 精油成分を代謝骨格別に分類すると、モノテルペン類のPinane,Menthane骨格が多いことがわかった。これら両者の関係は対照的であり、片方が多いと片方が少なくなる関係が見られた。特にヒノキ科、スギ科にはその傾向が顕著であった。これらのことから樹種によって、どちらかが優位に生合成を行う酵素を持っているかがわかる。

 セスキテルペンでは、Germacrenes,Caryophyllanes,Cadinanes groupの含有率が高く、このことからも今回供試した樹種では、上記3化合物群のセスキテルペン生合成が優位な反応経路があることが示唆された。球果の精油成分を葉と比較した結果、樹種によっては明らかに違う成分が見られ、また代謝骨格の系統にも違いが見られた。このことからも球果と葉では代謝・蓄積に違いがあると考えられる。

 球果のメタノール抽出物11種のDPPHラジカル消去作用試験を行った結果、Pinus densiflora,Pinus rigida,Tsuga diversifolia,Alnus maximowicziiの4種が95%以上の消去活性作用を示した。 他に、Picea abiesが、約70%の消去活性を示し、Larix kaempferi,Pinus taedaが約40%の消去活性を示した。そこで、強い活性を示したPinus densiflora,Pinus rigida,Tsuga diversifolia,Alnus maximowicziiのメタノール抽出物をさらに分画、分配等により活性を追求した結果、Alnus maximowicziiでは強酸性部、中酸性部に約90%以上の強い活性があり、Pinus diversifloraでは、強酸性部には強い活性が、中酸性部ではやや弱い活性があることが明らかになった。さらに、Pinus rigidaとTsuga diversipforiaは、強酸性部に約90%の消去活性が見られた。これら分画物のNMRを測定した結果、フラボノイド構造の存在が推定された。

 Ames試験では、ミヤマハンノキのメタノール抽出物で弱い活性が見られた。その他の抽出物では有意な活性がみられなかった。

 以上本論文は、球果精油成分を精査し、それぞれの構成成分を明らかにするとともに、そのケモタキソノミー上からの考察を加え、樹種、あるいは属毎によって優位な生合成経路を明らかにした。さらに、球果の抗酸化性を検討し、活性な分画を得、その構造を推定した。これらの研究成果は球果成分の生合成を考察する上での貴重な知見を提供し、また、球果中での生物活性物質の存在を明らかにしたもので、学術上、応用上貢献するところが多い。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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