学位論文要旨



No 120204
著者(漢字) 成田,廣枝
著者(英字)
著者(カナ) ナリタ,ヒロエ
標題(和) 埋木心材の化学的成分変化の特徴に関する研究
標題(洋)
報告番号 120204
報告番号 甲20204
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2887号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農学国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷田貝,光克
 東京大学 教授 飯塚,尭介
 東京大学 助教授 佐藤,雅俊
 東京大学 助教授 山川,隆
 森林総合研究所 樹木抽出成分研究室長 大平,辰朗
内容要旨 要旨を表示する

 埋木は生育中の樹木が短時間で地層中に埋没し、腐朽せずに長期間保持されたものである。埋木は古くから全国各地で発見されてきており、埋没の原因は主に火山の噴火による火山灰や河川の氾濫による土砂が堆積した場合が多い。単独で発見される埋木もあるが、大規模な埋没林の形態で発見される場合もある。埋木の化学的な研究は1920年代から行われているが、埋木は発掘後の乾燥により、組織が萎縮し堅くなったり、もろくなって分解したりする傾向が強いために、木質化学的な報告が大部分であった。精油についての研究は、わずかにクスノキとヒノキの埋木について行われているに過ぎず、クスノキは主成分のd-camphorの含有率が増加し、ヒノキは主成分のl-α-cadinolが抗菌性を示すことが報告されているのみで、埋木の成分変化の詳細はいまだ解明されていない。

 山口県阿武郡阿武町宇生賀で発掘されるスギの埋木の根株は強い芳香を有しているが、その香りは生木とはかなり異なるさわやかなウッディなものである。したがって、揮発成分に変化が生じていることが考えられたので、精油を中心とする成分分析を行い、生木と詳細に比較することにより成分の変化を検討することを目的とした。また、樹種間での成分変化の傾向の違いを検討するために、他の数種の埋木についても生木との成分比較を行うことを他の目的とした。さらに、主として宇生賀のスギ埋木について、埋木の化学的成分変化の特徴を多面的に検討するために、精油および木粉を用いて生物活性を検討するとともに、炭化による炭化物の物性と留出物の組成変化についても検討した。

 試料の埋木としては、上記宇生賀の少なくても180年生以上のスギ根株の他に、島根県大田市三瓶町のスギ、北海道のヤチダモ、長野県のブナ科コナラ属コナラ亜属コナラ節の1種(以下コナラ節と略記する。)を用い、できる限り発掘地点に近い地域から比較の対象となる生木を入手した。特にスギについては品種が多くまた、現地は植林が進み天然杉が残っていないために、生木は一番近い天然杉分布地である山口、島根、広島3県県境一帯の中から、宇生賀より約40km離れた島根県鹿足郡六日市町で223年生の根株を採取した。さらに樹種は特定できなかったが亜炭化した宮城県の仙台埋木についても実験を行った。さらに一般の埋木とは異なり菌が関与して変質し芳香を有するようになるアキラリア(沈香樹)についても、埋没を経た沈香木と生木の成分を比較した。精油は辺材より心材に多いため、各試料の心材およびスギについては樹皮も木粉とした後、抽出成分の採取、GC/MSによる成分分析、木質系化学分析、灰分の元素分析、炭化等を行い、また、生物活性試験としては木粉および精油について抗菌活性、抗ダニ活性、殺蟻性を検討した。

 それぞれの埋没年代を表1に示す。

 スギ埋木の心材は、精油収量は生木とほぼ同程度の約3%であり、生木の心材同様セスキテルペンとジテルペンを含有していたが、個々の成分は図1に示すように大幅に異なっていた。この成分の差異の大半は図2に示すような二重結合の異性化反応、脱水反応、脱水素反応によるものと考えられる。

 スギ樹皮の精油成分も図3に示すように、埋木と生木では大きく異なっており、埋木ではセスキテルペンの脱水素がさらに進んだものと推察される。一方で、生木樹皮には心材では含有率の低かったcis-calamenene 1や全く検出できなかったcadalene 2等の含有率が増大していることがわかった。また、埋木心材にのみ含有されているphyllocladene 3およびisophyllocladene 4は生木の樹皮には含有されることを確認した。さらに樹皮成分と土壌との関わりを検討するために、埋木の側根周辺に付着していた土壌の精油を検討したところ、図3に示すように樹皮成分の一部が含有されていることが明らかになり、それらは主に親水性により樹皮から土壌へ溶出したものと考えられる。仙台埋木の精油収量は微量であったが、主成分はnaphtaleneおよび分子量206と推定される2つの化合物で約45%であり、cis-calamenene 1、およびcadalene 2も含有されていた。

 ヤチダモおよびコナラ節においては埋木および生木共に精油収量は非常に少なく、0.1%未満であった。ヤチダモは成分的には図4に示すように、脂肪族アルコールおよび脂肪酸等の鎖状脂肪族化合物が、埋木で約80%、生木で約40%を占め、針葉樹に比較してテルペン類の比率が低くなっていた。また、スギ埋木に特徴的なcadalene 2はヤチダモ埋木には含まれていなかった。コナラ節でも同様の結果であった。

 アキラリア属においては生木の精油収量は非常に少なく0.1%未満であったが、沈香木からは芳香を有する精油が大量に得られた。他の埋木と生木では精油収量の差はあまりなかったことから、沈香木の大量の精油は生木中の成分の単純な変化ではなく、菌による代謝が加わった結果生じた新たな成分と考えられる。

 ヤチダモの埋木と生木、コナラ節埋木とコナラ生木に共通して、また、アキラリアでは生木にhexadecanoic acidが含まれていた。

 生物活性試験はスギ埋木と生木について、真菌類、ダニ、イエシロアリを用いて行った。その結果、図5に示すようにスギ埋木は生木とほぼ同程度の抗菌性を示した。

 スギ埋木と生木の炭化を管状炭化炉において行ったところ、炭化物の比表面積は埋木が365.14m2/gで黒炭に近く、生木では254.68m2/gで白炭に近い値であった。また、炭化温度が約230℃までの留出物は、酢酸、フルフラール等の熱分解物を殆ど含有せず、精油とほぼ同じ成分を有していた。

 本研究により、スギ埋木ではさまざまな成分変化が生じたことが明らかになった。また、生木樹皮中に埋木心材特有の成分が確認されたことは、樹皮が心材に比較して酸化を受けやすい環境下にあることから、埋木心材中で埋没中に起きた成分変化も菌の関与しない酸化反応による可能性が高いと考えられる。

 ヤチダモ、コナラ等に含まれていたhexadecanoic acidは草本類や南洋材の広葉樹では精油成分としての報告があるが、針葉樹の生木では従来報告のないものであり、今回、スギおよび他の針葉樹の埋木にも検出されなかった。したがって、hexadecanoic acidは樹木においては広葉樹特有の成分、すなわちbiomarkerの1つということができ、広葉樹と針葉樹とでは2次代謝の観点から経路が著しく異なることを示唆している。

 生物活性試験の結果から、スギ埋木は、抗菌機能を発揮する用途にも積極的に使用できることがわかった。特に精油はカワラタケに強い抗菌活性を示した。

 スギ埋木の炭化物が比表面積が大きい特性を有し、炭化時に精油の併産も可能なことから、炭化による端材やおが屑の有効利用が期待される。

表1 埋木の年代(BP:1950年基準)

図1 スギ埋木及び生木の精油成分

a)セスキテルペン類

b)ジテルペン類

図2 生木から埋木への特徴的な成分変化

図3 スギ埋木樹皮、生木樹皮および埋木付着土壌の精油成分

図4 ヤチダモの精油成分

図5 スギの木粉と精油の抗菌試験結果

Tp:オオウズラタケ Cv:カワラタケ Fus:フザリウム Pen:アオカビ Asp:クロコウジカビ

審査要旨 要旨を表示する

 火山の噴火による火山灰や河川の氾濫による土砂が堆積して埋没して生じる埋木は、生育中の樹木が比較的短時間に埋没し、腐朽せずに長期間地中に保存されたものである。埋没期間中に樹木は物理的、化学的変化を受け,埋木は生木とは大きく異なる特徴を有することが予想される。また、埋木では生木には存在しない芳香を発散するものも存在し、貴重な香木として利用されてきたものも見られる。しかしながら、埋木の状態で発掘された後は、乾燥により組織が萎縮し硬くなったり、もろくなって分解したりすることが多いために取り扱いにくいこともあり化学的な研究はあまり行われていない。特に埋木に含まれる精油の埋没期間中での成分変化については、二,三の樹種で検討されているのみで、ほとんど研究が行われていない。

 そのような背景のもとで、本論文では精油を中心とした成分の詳細な検討を行い、埋木の埋没期間中での成分の変化を考察することを目的とした。また、埋木成分の新規な有効利用法の発掘を目的として、抗菌作用、殺ダニ作用、殺蟻作用等の生物活性を検討し、また、炭化による炭化物の物性と留出物を検討し、埋木の有用性についての評価を行った。

 本論文は6章からなり、第一章では研究の背景と本論文の研究目的が述べられている。

さらに、2章:埋木の年代と強度、3章:成分の化学的変化の特徴、4章:心材とその精油の生物活性、5章:埋木の炭化、6章:結論となっている。以下に本論分の大要を示す。

 スギ埋木の心材は生木とほぼ同量の精油を含み、また、その成分も生木の心材同様、主としてセスキテルペンとジテルペンを含有していたが、その含有成分、含有量は両者の間で大きく異なっていた。埋木中には生木成分の二重結合の異性化反応、脱水反応、脱水素反応、芳香化によって生じた成分が顕著であった。

 スギ樹皮の精油成分も埋木と生木では大きく異なり、埋木ではセスキテルペンの脱水素が進行した成分が見られた。一方で、生木樹皮には心材では含有率の低かったシスーカラメネンや全く検出できなかった芳香環化合物カダレン等の含有率が増大していることがわかった。

 埋木心材にのみ含有されているフィロクラデン及びイソフィロクラデンは生木の樹皮には含まれていることがわかった。さらに、樹皮成分と土壌との関わりを調べるために、埋木の側根周辺に付着している土壌の精油を調べたところ、樹皮成分の一部が含有されていることが明らかとなった。それらは樹皮から土壌へ溶出したと考えられる。また、生木樹皮中に埋木心材特有の成分が確認されたことは、樹皮が心材に比較して酸化を受けやすい環境下にあることから、埋木心材中で埋没中に起きた成分変化も菌の関与しない酸化反応による可能性が高いと考えられる。

 上記スギ埋木の埋没期間が3000〜4000年であるのに対して300万年の仙台産樹種不明の針葉樹埋木では主成分はナフタレン及びカダレン、カラメネンなど芳香化の進んだ成分が見出され、埋没期間の長期化とともに芳香化が進行することが考えられる。

 ヤチダモ及びコナラ属樹種では脂肪族アルコール及び脂肪酸等の鎖状脂肪族化合物が、

埋木で約80%、生木で約40%を占め、針葉樹に比較してテルペン類が割合が低いのが特徴的であった。また、スギ埋木に特徴的なカダレンはヤチダモ、コナラ埋木には含まれておらず、針葉樹と広葉樹との間に埋木成分の変化の違いがみられた。

 生物活性試験ではスギ埋木と生木の木粉及び精油の真菌類、チリダニ類、イエシロアリに対する活性を調べ、生木と同様,埋木にもそれぞれの活性を見出した。

 スギ埋木の炭化では365m2/gの比表面積を持つ炭化物が得られ、この値は生木からのそれよりも大きかった。また、炭化温度が約230℃までの留出物は、酢酸、フルフラール等の熱分解物をほとんど含まず、精油と同じ成分を有していた。

 以上本論文は、埋木成分の生木成分からの変化の過程を詳細に検討し、その過程に埋木特有の異性化反応、脱水反応、脱水素反応、芳香化反応が関わっていることを明らかにし、また、埋木が抗菌作用、殺ダニ作用、殺蟻作用を有することを見出し、有効利用に関わる知見を提供したもので、学術上、応用上貢献するところが多い。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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