学位論文要旨



No 120205
著者(漢字) 橋本,博文
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,ヒロフミ
標題(和) MODIS17アルゴリズムを用いたグローバルなNPP推定
標題(洋) Estimation of global NPP based on the MODIS 17 algorithm
報告番号 120205
報告番号 甲20205
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2888号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農学国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 露木,聡
 東京大学 教授 小林,和彦
 東京大学 教授 鈴木,雅一
 東京大学 助教授 川島,博之
 森林総合研究所 森林管理研究領域チーム長 粟屋,善雄
内容要旨 要旨を表示する

 1999年衛星TERRAが打ち上げられ、TERRAに搭載されたMODISの運用が始まった。MODISは250m及び1kmの中解像度の36バンドを搭載している。MODIS陸域観測チームではMODIS 17アルゴリズムの開発を行い、グローバルで8日おきにオペーレーショなるなNPPのデータの公開している。本研究ではMODIS 17アルゴリズムのNPP計算スキームの改良を行うことを目的とし、さらにそこから得られるNPPを用いることでグローバルな炭素循環に対してどのようなことが明らかになるのかを目的として研究を行った。

 第2章においてGrangerの地表面温度からVPDを推定するアルゴリズムをMODISにあうように改定を行うことで、地域スケールからグローバルスケールでのVPDを得られること目的とした。この方法は(1)推定されたVPDが衛星データより得られるために時間的にも空間的にも均質なデータが得られる(2)Boucherの仮定に基づいたフィードバックの理論を用いているため地表面の詳細な情報を必要としない(3)内外挿で得られるデータと比較して計算量が少ないという利点が上げられる。Amerifluxサイト及びNCDC/GSSDの気象観測データを地上観測データから得られるVPDをバリデーションデータとして用いた。またMODIS 11 land surface temperature(LST)を衛星データとして計算した。得られた式はVPD=0.391e*(LST)であった。MAEは0.32kPaで気象観測ポイントの内外挿で得られるVPDと比べても十分な正確さのものが得られた。

 第3章は第2章のVPD推定アルゴリズムを用いることで入力データが衛星データだけによるNPPの推定を試みた。また、同時に、蒸発散量の推定も行った。衛星データのみから計算する利点は(1)衛星からデータの受信と同時に計算を始めることで結果がすばやく出力され、森林火災・農業・畜産業といった地域レベルでの応用に適している(2)衛星データの利点と同様に均質なデータが得られるということが上げられる。NPPの推定にはMODIS 17アルゴリズムを用いた。蒸発散量の推定方法はNPPと異なり一般的な方法が存在しないため、(1)Preistley-Taylor式 (2)VPDとSurface Resistanceによる推定(3)Penman-Monteith式(4)補完式を用いて、どの方法が最も適しているのか計算結果を考察した。LSTから得られたVPDを用いたNPPの推定は過大評価ではあるが十分正確な結果が得られた。一方、蒸発散量を衛星データのみから計算する方法では、一番精度の良かったPenman-Monteith式を用いた方法でも十分な結果は得られなかった。一番大きな問題点は草地での地表面からの蒸発量であり、地表面の土壌水分の推定なしで衛星のみからでは推定が困難なことを示している。

 第4章では、過去のAVHRRのデータを用い、1982年から1999年のNPPの変動を求めて気候の変化に対する年々変動を調べた。年々変動にENSOが大きな影響を及ぼすことが知られており、本研究では特にENSOがNPPに及ぼす影響について考察した。地表面の二酸化炭素収支はNPPとHeterotrophic Respirationの差であり、inversion modelから得られたグローバルな炭素収支からNPPを差し引くことでheterotrophic respirationの年々変動も計算した。ENSOに対するNPPの変動は場所によって大きく異なった。エルニーニョ期に多くの地域でNPPは減少するが、北アメリカ大陸北西部及びアルゼンチンなどでは気温の上昇によりNPPが上昇する地域があった。結果としてグローバルなNPPは気温との相関は高くなかった。一方グローバルなheterotrophic respirationは気温との相関は高く、1℃あたり7.9PgCの上昇が計算された。また、長期変動はNPPの上昇に比べてheterotrophic respirationは有意な上昇は認められなかった。1982年から1999年の間では地球温暖化に対する温度上昇から十分なheterotrophic respirationの結果が得られないことを示している。

 MODIS 17アルゴリズムを用い、第2書及び第3章でNPPのオペレーショナルな計算に対する改良を試み、第4章でそこから得られた結果の考察を行った。以上の結果から、MODIS 17アルゴリズムを用いる科学的かつ実用的な有用性を示すことができた。

参考文献

[1] Hashimoto , H., Nemani, R.R., White, W.A., Jolly, W.M., Piper, S.C., Keeling, C.D., Myneni, R.B., and Running, S.W., ENSO induced variability in terrestrial carbon cycling, Journal of Geophysical Research, (accepted).[2] Hashimoto, H., Nemani, R.R., Dungan, J., Yang, F., and Running, S.W. Global application of daytime average vapor pressure deficit estimation from MODIS-derived land surface temperature. Remote Sensing of Environment, (submitted).[3] Nemani, R.R., Keeling, C.D., Hashimoto, H., Jolly, W.M., Piper, S.C., Tucker, C.D., Myneni, R.B., and Running, S.W., Climate-driven increases in global terrestrial net primary production from 1982 to 1999, Science, 300, pp. 1560-1563, 2003[4] Running, S.W., Nemani, R.R., Heinsch, F.A., Zhao, M., Reeves, M., and Hashimot, H., A continental satellite-derived measure of global terrestrial primary production, Bioscience, 54(6), pp. 547-560, 2004
審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章で構成されている。第1章では、背景及び研究の目的を述べ、既存研究のレビューを行った。CO2濃度上昇に起因した地球温暖化の影響が明らかになるにつれ、地球規模での炭素循環メカニズムを明らかにすることが重要な課題となった。1990年代、陸域でのミッシングシンクが約2.9PgC/yearとして計算されてはいるが、依然として炭素吸収源とその原因を特定するには至っていない。陸域での炭素収支を評価する一つの方法として衛星からNPPを計算する方法があり、本研究ではLUE(光利用効率)モデルの一つであるMODIS 17アルゴリズムを用いてNPP(純一次生産量)の推定を行うことを目的とし、以下の二点に主眼をおいた。MODIS 17アルゴリズムから得られたNPPのデータを、(1)牧場・森林経営及び森林火災予測など現場ニーズにあうように提供できるようにNPP計算過程の改良を試みること、(2)炭素循環研究に資することを目的としてENSO(エルニーニョ南方振動現象)による気候の年々変動に対してNPPの応答を明らかにすること。

 第2章では、LST(地表面温度)からVPD(飽差)を線形関係で推定するアルゴリズムをMODISに適合するように改定を行うことで、地域スケールからグローバルスケールまでの日中平均VPDを得ることを目的とした。まず数値実験を行い、空気力学的抵抗により多少傾きが上下するものの、VPDと地表面温度の飽和蒸気圧はほぼ線形関係で表せることを示した。次に、地上観測地表面温度を用いて検討した結果、夜間は無相関であるが、日中平均のVPDが地表面温度から線形関係で示されることを明らかにした。最後に、気象観測データより得られたVPDに対して衛星データLSTを用いて回帰式(VPD=0.391e*(LST))を求めた。MAEは0.32kPaであり、気象観測点の内外挿で得られるVPDと比較しても十分な正確なものである。フィードバックが働かない海岸地域や砂漠地域ではこの回帰式を用いるのは不適切ではあるが、その他の地域では概ね適用が可能であることが示された。

 第3章では、第2章のVPD推定アルゴリズムを用いることで、入力データを衛星データのみとするNPP及びGPP(総一次生産量)の推定を試みると同時に、蒸発散量の推定も行った。NPP及びGPPの推定にはMODIS 17アルゴリズムを用いた。一方、蒸発散量の推定方法はNPPと異なり一般的な方法が存在しないため、4種類の手法を比較しその計算結果を考察した。NPPの推定は、地上観測のGPPと比較した結果、過大評価ではあるが十分正確な結果が得られた。また、蒸発散量を衛星データのみから計算する方法を地上観測データと比較した結果、最も精度の良かったPenman-Monteith式を用いた方法でも季節変化を捉えてはいるが、多くの地点で過大評価し、土壌の乾燥による乾燥の影響及び降雪の推定が十分ではなかった。このことから、蒸発散量の推定には改良を加える余地のあることが示された。

 地球規模での炭素循環に気候の年々変動が大きな影響を及ぼすことが知られており、第4章では、特にENSOがNPPに及ぼす影響について、1982年から1999年を対象として解析した。その結果、ENSOに対するNPPの変動は場所によって大きく異なり、エルニーニョ期に多くの地域でNPPは減少するが、北アメリカ大陸北西部やアルゼンチンなどで気温の上昇によりNPPの上昇する地域があること、ENSOに対するグローバルなNPP変動には熱帯域のNPP変動が最も貢献していることがわかった。結果として、グローバルなNPPは気温との相関は高くないことが示された。一方、グローバルなheterotrophic respiration(HR)は気温との相関は高く、1℃あたり7.9PgCの上昇が計算された。これは従来の結果と一致し、HRは温度の変数のみで年々変動が説明できることを新たに証明するものである。また長期変動の解析結果は、地球温暖化よる温度上昇に対してHRにアクライメーションが働いたことを示唆するものである。

 第5章では、本研究の結果をまとめ考察を行った。

 以上本論文において得られたNPP推定法は、計算精度が上がり均質なデータが得られることと同時に、衛星データのみでほぼリアルタイムで計算できるという長所がある。本研究により、森林・牧場管理及び森林火災の予測の短期予報に適用可能なNPP計算方法を提示したとともに、地球規模の炭素循環の研究に新たな知見を加えることができた。その成果は学術面だけではなく、応用上においてローカル及びグローバルなNPP推定と炭素循環の解明に寄与するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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