学位論文要旨



No 120208
著者(漢字) 国武,陽子
著者(英字)
著者(カナ) クニタケ,ヨウコ
標題(和) オオバギボウシの種子生産における密度依存性とその発生機構の解明
標題(洋)
報告番号 120208
報告番号 甲20208
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2891号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,広芳
 東京大学 教授 鷲谷,いづみ
 北海道大学 教授 大原,雅
 東京大学 助教授 宮下,直
 東京大学 助教授 高槻,成紀
内容要旨 要旨を表示する

 植物の個体群動態を考えるうえで種子生産における密度依存性は非常に重要である。特に個体密度が低下に伴って、個体当たりの種子生産が低下するアリー型密度効果は、遺伝的な浮動や近交弱勢などとともに、小集団を衰退させるプロセスであると考えられている。一般に、個体密度が高いと、種子生産はプラスの効果をうけることが多い。動物媒介種であれば、例えば、送粉者の訪花頻度が増加することで、受粉される花粉が増加する、また集団内の遺伝的な多様性が高いことで、受粉された花粉による受精率が高くなる可能性が高いと考えられている。しかしながら、過去の研究において、個体密度や個体群サイズと種子生産の関係には変異性があり、相関関係が検出されない、あるいは密度と適応度間に負の相関が示されることもある。したがってこのような密度依存性の変異性が生じる要因を明らかにするためには、複数の環境で複数の年にわたって種子生産における密度依存性の強さを明らかにする必要がある。また種子生産には様々な要素が関与しているため、密度依存性がどのようなプロセスによって生じているのかを明らかにする必要がある。本研究では、ユリ科ギボウシ属オオバギボウシHosta sieboldiana を材料に、種子生産に密度依存性が生じる機構を明らかにすることを目的とした。 2章では、局所個体群の個体密度と種子生産の関係について、花資源量が異なる2ヵ所の個体群で、3年間にわたり示した。 また、種子が生産される過程で密度依存的に影響するプロセスを特定した。その結果、パッチサイズが大きいと、結実の程度が高くなる密度依存的な傾向を示し、その関係性は個体群や、年によって、有意に変化することはなかった(図1)。このことは、種子生産のパッチ間変異を決定する要因が、年や個体群にかかわらず、花粉媒介のプロセスであったこと、また、大きいパッチでの花粉制限の程度は、個体群や年にかかわらず低い傾向を示したことによっても支持された(図2)。つまり、オオバギボウシの種子生産における密度依存性に時空間変動がみられなかった理由として、種子生産に決定的な影響を与える要因である、花粉媒介が密度依存的な応答をしめしていたことが示唆された。 3章では花粉制限が密度依存的に生じるプロセスを明らかにするために、花粉媒介者であるマルハナバチの訪花頻度と、1回訪花あたりの結実効率に注目し、各変数とパッチサイズとの関係を示した。また訪花頻度がパッチサイズが大きいと高くなる傾向を説明するために、パッチに訪問するマルハナバチの個体数を観測し、パッチ内での訪花行動を観察した。その結果、マルハナバチによる訪花頻度はパッチサイズが大きいと高くなっていた。また、パッチサイズが大きくなっても、パッチに訪問する1株当たりのマルハナバチの個体数が増加しなかった。一方パッチが大きくなると、パッチ内で利用する株数が多くなっていた。したがって、オオバギボウシの種子生産における花粉制限が、大きいパッチで弱く小さいパッチで強く生じることは、花粉媒介者の訪花回数が大きいパッチでは小さいパッチに比べて低いこと、そして、それはパッチサイズに依存して、パッチ内のマルハナバチによる資源利用の違いによって生じていることが明らかになった。本研究より、種子生産の密度依存性における花粉媒介プロセスの重要性と、花粉媒介者の訪花行動の資源密度に対する応答の重要性が示唆された。またオオバギボウシの種子生産における局所個体密度の重要性が強く示唆された。

図1.オオバギボウシの花粉制限とパッチサイズの関係。白点は一之瀬高原,黒点は乙女高原を示す。実線、点線は各高原のプロットに対する線形近似線を示す。パッチサイズは開花個体数を自然対数に変換した。縦軸は人工受粉処理とコントロールの結果率×結実率の差を示す。

図2.オオバギボウシの種子生産とパッチサイズの関係。白点は一之瀬高原,黒点は乙女高原を示す。実線、点線は各高原のプロットに対する線形近似線を示す。パッチサイズは開花個体数を自然対数に変換した。縦軸は結果率×結実率を示す。

審査要旨 要旨を表示する

 植物の個体群動態を考えるうえで種子生産における密度依存性は非常に重要である。特に個体密度の低下に伴って、個体当たりの種子生産が低下するアリー型密度効果は、遺伝的浮動や近交弱勢などとともに、小集団を衰退させるプロセスであると考えられている。一般に、個体密度が高く個体群サイズが大きいと、種子生産は増加することが多い。動物媒介種であれば、送粉者の訪花頻度が増加し、受粉される花粉が増加する。また集団内の遺伝的な多様性が高ければ、受粉された花粉による受精率が高まる可能性がある。しかしながら、過去の研究においては、個体密度や個体群サイズと種子生産の関係には変異性がみられ、無相関であったり、負の相関が示されることもあった。このような密度効果における状況依存性がなぜ生じるかを明らかにするためには、種子生産に至るまでの一連のプロセスを定量的に明らかにし、上位階層の空間レベルの影響を考慮する必要がある。本研究では、ユリ科ギボウシ属オオバギボウシHosta sieboldianaを材料に、局所個体群レベルの種子生産に密度依存性とその変異が生じる機構を明らかにすることを目的とした。そのために、上位空間階層である個体群と年によって、局所個体群レベルの密度依存性が変化するかどうかに注目した。

 序論で以上の内容を述べたのち、続く第2章では、局所個体群の個体密度と種子生産の関係について、花資源量が異なる2ヵ所の個体群を対象に3年間にわたり調査を行い、その関係性に変異があるかを検証した。また、同時に種子が生産される過程で密度依存的に影響するプロセスを特定した。その結果、パッチサイズが大きいと、結実の程度が高くなるアリー型密度依存効果が認められたが、その関係性は個体群や年によって変化することはなかった。また変動主要因分析により、オオバギボウシの種子生産を規定している要因は、花粉媒介のステージであることが明らかになった。さらに、パッチサイズと種子生産の正の関係は、花粉制限がパッチサイズとともに減少することに起因することがわかった。

 第3章では、花粉制限が密度依存的に生じるプロセスを明らかにするために、花粉媒介者であるマルハナバチの訪花頻度と、1訪花あたりの結実効率に注目し、これらとパッチサイズとの関係を明らかにした。また、パッチサイズの変化に伴い訪花頻度が変化するプロセスを明らかにするため、パッチに訪問するマルハナバチの個体数を観測し、加えてパッチ内での訪花行動を観察した。その結果、パッチサイズが大きいとマルハナバチによる訪花頻度は高くなっていたが、1株当たりに換算したマルハナバチの訪問個体数は増加しなかった。一方、パッチが大きくなると、パッチ内で利用する株数が多くなることが示された。したがって、オオバギボウシのパッチサイズと花粉制限の強さの負の相関は、大きいパッチでは小さいパッチに比べて花粉媒介者の訪花回数が少ないこと、それはマルハナバチによるパッチ内の資源利用の仕方がパッチサイズに依存して変化することが原因であることがわかった。一方、パッチサイズと訪花頻度の関係は、種子生産や花粉制限と同様、個体群や年によって変化していなかった。

 本研究では、オオバギボウシの種子生産の密度依存性に時空間変動は見出せなかった。しかし、密度依存性を変化させうる要因として、花粉媒介プロセスの種子生産に対する相対的な貢献度や、花粉媒介自体の密度依存性の強さが重要であると考えられた。

 以上、本研究は、種子生産における密度依存性が生じる一連のプロセスを定量的に明らかにし、従来ブラックボックスとなっていた状況依存性を統一的に説明することを試みた斬新なものである。こうした知見は、植物個体群の存続機構を考えるうえで重要な視点を与えるものであり、学術上のみならず応用上の貢献も少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものとして認めた。

UTokyo Repositoryリンク