学位論文要旨



No 120211
著者(漢字) 竹山,夏実
著者(英字)
著者(カナ) タケヤマ,ナツミ
標題(和) マウス神経内分泌組織、細胞における膵島細胞腫関連蛋白、IA-2およびIA-2βの分布
標題(洋) Distribution Patterns of Insulinoma Associated Protein 2, IA-2 and IA-2β in Neuroendocrine Cells and Tissues
報告番号 120211
報告番号 甲20211
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2894号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 東條,英昭
 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 助教授 中山,裕之
 東京大学 助教授 松本,芳嗣
内容要旨 要旨を表示する

序論

 膵島細胞腫関連蛋白IA-2および、IA-2と高い相同性を持つIA-2βは、1990年代に相次いで同定された蛋白である。両者とも膜1回貫通型蛋白であり、細胞内ドメインに1つの蛋白チロシン脱リン酸化酵素(PTP)モチーフを有することから、PTPファミリーに分類される。しかしながら、PTP活性中心部位においてIA-2、IA-2β共にアミノ酸置換を持つ為にPTP活性を持たず、これら分子の生体内における機能については明確な答えが出ていない。一方でIA-2およびIA-2β両分子はグルタミン酸脱炭酸酵素に並び、自己免疫疾患である1型糖尿病の主要な自己抗原である。1型糖尿病患者、あるいは予備群の血清中にはIA-2、IA-2βに対する自己抗体が高率に認められることが報告されている。生体においてIA-2およびIA-2βはインスリン分泌顆粒膜に存在すると言われており、これらの分子量は細胞外ドメインの特定配列でプロセシング酵素により切断され、IA-2は約65kDa、IA-2βは約60kDaとなることが報告されている。これまでIA-2およびIA-2βは1型糖尿病の自己抗原としての研究報告が中心で、膵島以外の組織における発現にはさほど注目が集まらなかった。しかし、近年、米国立衛生研究所Notkins博士のもとでIA-2、IA-2βそれぞれの遺伝子欠損マウスが樹立され、これらのマウスがインスリンの分泌低下を引き起こしたという結果からIA-2およびIA-2βはインスリン分泌に関与する蛋白であると考えられた。調節性分泌機構を持つ顆粒は一般に内分泌細胞、神経細胞に共通して存在している。このことから著者はIA-2およびIA-2βが内分泌組織や神経組織において発現する蛋白であると考えた。

以上のような背景から本研究では、IA-2およびIA-2βの内分泌組織および中枢神経組織における発現細胞や発現様式について同定することを目的として研究を行った。

第1章:膵島細胞腫関連蛋白IA-2に対するモノクローナル抗体の作製、及びマウス神経内分泌細胞におけるIA-2の免疫組織化学的解析

 米国立衛生研究所Notkins博士より分与いただいたIA-2遺伝子欠損マウスに対して大腸菌組換えマウスIA-2蛋白を免疫し、抗IA-2モノクローナル抗体を作製した。特に反応性の強い2種類の抗体SK1(IA-2の細胞外ドメインを認識)およびCC20(IA-2の細胞内ドメインを認識)を選択し、抗体の特徴づけを行った。その結果、これら2種類の抗体がIA-2に対して特異性が高く、かつラットやヒトのIA-2と交差性する抗体であることを明らかにした。次に、得られた抗体を用い、IA-2遺伝子欠損マウスを陰性コントロールとしたIA-2発現組織および細胞の同定を行った。ウエスタンブロッティングにより、IA-2が膵臓だけでなく大脳、小脳、延髄、副腎、下垂体、消化管の筋層においても65kDaで発現していることを明らかにした。興味深いことに、副腎では65kDaのIA-2以外に約120kDaのIA-2が存在したことから、副腎では切断を受けないIA-2が多く共存することが明らかとなった。また、免疫組織染色によりIA-2存在部位および細胞を特定したところ、脳においては海馬、視床下部、嗅糸球の部位に多く存在していた。内分泌組織では、膵島α、β、δ細胞、甲状腺瀘胞傍細胞、副腎髄質細胞、Kulchitsky細胞、細胞の特定には至らなかったが、下垂体前葉内分泌細胞、消化管内分泌細胞でIA-2が発現していることが明らかとなった。末梢神経組織については、消化管筋層部の神経叢においてIA-2が発現していることを認め、消化管神経初代培養の蛍光染色によりIA-2が軸索に顆粒状に分布していることを認めた。更に、神経成長因子によって分化誘導した神経様細胞株PC12についても同様に、IA-2が神経終末や軸索に多く分布することを明らかにした。作製した新規モノクローナル抗体により、IA-2が広く神経内分泌細胞に発現する蛋白であることを明らかにした。IA-2はインスリン分泌のみならず神経伝達物質やその他ペプチドホルモンの分泌において機能的に働く主要な蛋白であると考えられた。

第2章:膵島細胞腫関連蛋白IA-2βのマウス神経内分泌組織における分布

 IA-2と相同性の高い分子であるIA-2βに関して、その組織内局在についてはこれまで明らかにされていない。そこで、2章ではIA-2βのマウスにおける発現分布について解析した。

 第一に、IA-2βmRNAの発現組織をRT-PCRにより同定したところ、大脳、小脳、延髄、脊髄、下垂体、甲状腺、肺、膵臓、副腎、胃、小腸、大腸といった、神経や内分泌細胞を含む組織で共通して発現が認められた。一方、心臓、肝臓、腎臓、生殖器官、骨格筋ではmRNAは検出限界以下であった。次に、マウス抗IA-2βモノクローナル抗体を用いた免疫組織化学染色法により発現細胞の同定を行ったところ、膵臓α、β、δ細胞、甲状腺瀘胞傍細胞、副腎髄質細胞、Kulchitsky細胞、下垂体前葉内分泌細胞、消化管内分泌細胞におけるIA-2βの発現を認めた。脳においてIA-2βは海馬、視床下部、嗅糸球、僧坊細胞層、橋に多く分布していた。また末梢神経である腸管筋層間神経叢の神経細胞において、IA-2βは細胞体よりむしろ突起に顆粒状に分布していることを明らかにした。本研究によってIA-2β発現が認められた細胞は第1章でIA-2を発現していた細胞や部位とほぼ一致した。このことから、IA-2βはIA-2と同様に神経内分泌細胞で発現している蛋白であり、両蛋白は共に調節性顆粒の分泌に機能している分子であると考えられた。

第3章:細胞、細胞内小器官特異的IA-2βアイソフォームの局在

 膵島β細胞において60kDaで発現していることが知られているIA-2βであるが、本研究の過程でIA-2βが主に3つの異なる分子量で発現していることが明らかとなった。第3章では、これらIA-2βアイソフォームの発現パターンについて、組織、細胞、細胞内小器官について解析を行った。中枢神経組織では大脳、小脳、延髄全ての部位でIA-2βが71,64,60kDaで発現していることを認めた。これらを分子量に従いIA-2β71,IA-2β64,IA-2β60と命名した。膵臓では主にIA-2β60が検出され、副腎においても主にIA-2β60が検出された。一方、下垂体では脳と同様にIA-2β71,IA-2β64,IA-2β60が検出された。IA-2βの発現が予想された甲状腺、肺においては検出限界以下であった。内分泌細胞が多く存在する消化器官について調べたところ、粘膜層で主にIA-2β60の発現が確認されたが、消化管筋層においてはIA-2β71,IA-2β64,IA-2β60の発現を認めた。このようにIA-2βアイソフォームの発現パターンは組織によって異なり、3つあるいは1つの分子量で認められる組織に大別された。更に、IA-2βアイソフォーム発現パターンを、膵臓内分泌細胞由来細胞株を用いて検証した。その結果、β細胞由来であるMIN6,βTC6では主にIA-2β60が発現し、α細胞由来αTC1においてはIA-2β71,IA-2β64,IA-2β60すべてが発現していた。すなわち、IA-2βはIA-2β71,IA-2β64,IA-2β60が同一の細胞内に存在するパターンと、IA-2β60のみが存在するパターンに分類されることが明らかになった。最後に、脳サンプルを用いたショ糖密度勾配遠心法により、IA-2βアイソフォームの細胞内小器官の分布について検証した。興味深いことにIA-2β60はシナプス顆粒膜に、IA-2β64,IA-2β71は分泌顆粒膜分画に存在した。このことから、IA-2と異なりIA-2βの3つのアイソフォームは異なる2つの調節性分泌顆粒に存在する分子であり、それぞれ顆粒内に存在する異なる修飾酵素により切断を受ける結果、アイソフォームが生じるものと考えられた。

まとめ

 本研究により、これまで膵島β細胞のみで発現が注目されていたIA-2およびIA-2βが中枢および末梢神経細胞、ペプチドホルモン、アミンの分泌を行う神経内分泌細胞においても発現している蛋白であることが明らかになった。脳における存在量の多い部位は、神経突起が多く分布する部位であった。また、IA-2およびIA-2βともに組織、細胞によっては従来報告されていた発現分子量とは異なる分子量で発現していることが明らかとなり、細胞が有する切断酵素の種類により、分子量の違いが生じてくると考えられた。IA-2およびIA-2βが調べた全ての神経や内分泌細胞で発現していたことから、インスリン分泌のみならず、ホルモンや神経伝達物質の分泌に関わる蛋白であることが考えられた。IA-2およびIA-2βは分子構造的には極めて近縁の蛋白であるが、IA-2は主に分泌顆粒で働き、IA-2βは分泌顆粒だけでなくシナプス顆粒やシナプス様顆粒で機能している分子であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 膵島細胞腫関連蛋白IA-2およびIA-2βは、1990年代に同定された蛋白である。両者とも膜1回貫通型蛋白であり、蛋白チロシン脱リン酸化酵素ファミリーに分類される。生体においてIA-2は約65kDa、IA-2βは約60kDaでインスリン分泌顆粒膜に存在すると考えられている。IA-2およびIA-2βについてこれまで1型糖尿病の自己抗原としての研究が中心で、膵臓以外の組織における発現には注目が集まらなかった。米国立衛生研究所Notkins博士のもとで樹立されたIA-2、IA-2βそれぞれの遺伝子欠損マウスがインスリンの分泌低下を起こしたことから、IA-2およびIA-2βがインスリン分泌に関与する蛋白であると考えられた。以上のような背景から申請者は、IA-2およびIA-2βが神経内分泌組織に共通して発現する蛋白質と考え、それらの発現細胞や発現様式について同定することを目的として研究を行った。

 申請者はIA-2遺伝子欠損マウスに対して組換えマウスIA-2蛋白を免疫し、抗IA-2モノクローナル抗体を作製した。反応性の強い2種類の抗体SK1およびCC20について性質を解析した後、これらの抗体を用いてIA-2発現組織および細胞の同定を行った。IA-2が膵臓だけでなく大脳、小脳、延髄、副腎、下垂体、消化管の筋層においても65kDaで発現していることを明らかにした。副腎では65kDaのIA-2以外に約120kDaのIA-2が認められたことから、副腎では切断を受けないIA-2も多く共存することを明らかにした。免疫組織染色によりIA-2存在部位および細胞を特定した。脳においては海馬、視床下部、嗅糸球の部位に多く存在し、内分泌組織では、膵島α、β、δ細胞、甲状腺瀘胞傍細胞、副腎髄質細胞、Kulchitsky細胞、下垂体前葉内分泌細胞、消化管内分泌細胞でIA-2が発現していることを明らかにした。神経組織ではIA-2が神経終末や軸索に多く分布することを明らかにした。作製した新規モノクローナル抗体により、申請者はIA-2が広く神経内分泌細胞に発現する蛋白であることを明らかにした。

 申請者は更に、IA-2と相同性の高いIA-2β蛋白についても、発現分布について解析を行った。RT-PCRにより神経や内分泌細胞を含む組織でIA-2βmRNAの発現を認めた。免疫組織化学染色法により、膵島α、β、δ細胞、甲状腺瀘胞傍細胞、副腎髄質細胞、Kulchitsky細胞、下垂体前葉内分泌細胞、消化管内分泌細胞におけるIA-2βの発現を認め、脳におけるIA-2βの分布を海馬、視床下部、嗅糸球、僧坊細胞層、延髄に認めた。またIA-2βが腸管筋層間神経叢の神経突起に顆粒状に分布することを明らかにした。IA-2β発現が認められた細胞はIA-2の発現細胞や発現部位とほぼ一致したことから、IA-2βおよびIA-2が共に調節性顆粒の分泌に機能する分子であることが示唆された。

 申請者は研究の過程でIA-2βが3つの異なる分子量で発現していることを明らかとしたが、これらアイソフォームの発現パターンについて解析した。中枢神経組織でIA-2βが71,64,60kDaで発現していることを認め、これらを分子量に従いIA-2β71,IA-2β64,IA-2β60とした。膵臓、副腎では主にIA-2β60のみが、下垂体ではIA-2β71,IA-2β64,IA-2β60が検出された。消化器官について、内分泌細胞を含む粘膜層で主にIA-2β60の発現を確認し、筋層ではIA-2β71,IA-2β64,IA-2β60の発現を認めた。このようにIA-2βアイソフォームの発現パターンは組織によって異なり、3つあるいは1つの分子量で認められる組織に大別された。更に、IA-2βアイソフォーム発現パターンを膵島内分泌細胞由来細胞株を用いて検証した。β細胞株MIN6,βTC6ではIA-2β60が発現し、α細胞株αTC1ではIA-2β71,IA-2β64,IA-2β60が発現することを明らかにした。すなわち、IA-2βはIA-2β71,IA-2β64,IA-2β60が同一の細胞内に存在するパターンと、IA-2β60のみが存在するパターンに分類されることが示された。マウス脳サンプルを用いたショ糖密度勾配遠心法により、IA-2β60はシナプス顆粒膜に、IA-2β64,IA-2β71は分泌顆粒膜分画に存在する分子であることが示唆された。このことから、IA-2βの3つのアイソフォームは異なる2つの調節性分泌顆粒に存在する分子であると考えられた。

 申請者の研究により、これまで膵島β細胞のみで発現が注目されていたIA-2およびIA-2βが、調べた全ての神経や内分泌細胞で発現していたことから、インスリン分泌のみならず、ホルモンや神経伝達物質の分泌に関わる蛋白であると考えられた。IA-2およびIA-2βともに組織、細胞によっては従来報告されていた発現分子量とは異なる分子量で発現していることが明らかとなり、細胞が有する切断酵素の種類で分子量の違いが生じると考えられた。IA-2およびIA-2βは分子構造的には極めて近縁の蛋白であるが、IA-2は主に分泌顆粒で働き、IA-2βは分泌顆粒だけでなくシナプス顆粒やシナプス様顆粒で機能している分子であると考えられた。申請者の研究は今後IA-2およびIA-2βが関わる調節性分泌機構解明への手がかりとなると期待される。以上の結果は、免疫学および内分泌学上、重要な知見を加えるものである。従って審査委員一同は博士(農学)の資格を充分に有すると判断した。

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