学位論文要旨



No 120218
著者(漢字) 石井,万幾
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,マキ
標題(和) マウス胎仔生殖腺発生過程において発現するMFG-E8の細胞接着活性および機能の解析
標題(洋)
報告番号 120218
報告番号 甲20218
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2901号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 九郎丸,正道
 東京大学 教授 林,良博
 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 助教授 金井,克晃
内容要旨 要旨を表示する

 MFG-E8(milk fat globule-EGF factor8)はマウス乳腺上皮由来の細胞外分泌タンパクで、マウスだけでなくヒト(lactadherin/BA46)、ウシ(PAS-6/7)、ブタ(P47)、およびラット(rAGS)においてもそのホモログが単離されている。MFG-E8は2つの連続したEGFドメインと2つのdiscoidinドメインからなる。2番目のEGFドメイン内には、細胞膜タンパクであるインテグリンαvβ3およびαvβ5と結合するRGD配列が存在している。一方、discoidinドメインは、血液凝固第Vおよび第VIII因子が有するCドメインと高い相同性があり、細胞表面に露出した、細胞膜リン脂質であるフォスファチジルセリン(PS)やフォスファチジルエタノラミン(PE)と結合することが知られている。MFG-E8は、これら2つの細胞接着ドメインを用いて、細胞-細胞間接着を行っている。

 MFG-E8の発現は、乳腺上皮だけでなく、脳、心臓、腎臓、脾臓、肺、肝臓および小腸、またマクロファージ、樹状細胞、骨芽細胞、精子細胞などのような、様々な器官・細胞において認められている。これらの器官・細胞においてのMFG-E8の機能は不明な点が多いが、現在報告されていることは、受精時の卵子精子結合を行う接着分子としての役割、生理的血液凝固の阻害、乳児がMFG-E8を乳汁とともに摂取することによるウイルス感染の防御、マクロファージがMFG-E8を分泌し、アポトーシス細胞と接着する、などである。

 さて近年、MFG-E8は新たにマウス生殖腺発生過程において発現していることが報告された。生殖腺の発生は、胎齢10.5日頃の中腎腹側の隆起に始まり、始原生殖細胞の侵入、体腔上皮の分裂・分化に伴って、胎齢11.5日頃には生殖腺と中腎の境界が明瞭となる。この時期の生殖腺中腎境界部領域の体細胞においてMFG-E8の発現が見られ、形態学的な雌雄差を認めることができる胎齢12.5日においては、生殖腺間質領域に発現するようになる。しかし、この発現は、胎齢13.5日頃では低下し、15.5日では見られなくなる。このように、生殖腺発生過程において一過性に限局した発現を見せることは分かっているが、その細胞接着分子としての機能は不明である。そこで、本研究において、MFG-E8の細胞接着性を検討し、胎仔生殖腺での機能を解析した。

 第1章では、MFG-E8の各ドメインにおけるGST融合タンパクを用いて、胎齢10.5から15.5日の生殖腺細胞の接着性を検討した。EGFドメインへの接着性は、胎齢11.5日をピークとした、胎齢特異性を見せ、さらに接着細胞には伸展が認められた。このことから、EGFドメインへの接着はRGD配列依存的であると考えられた。discoidenドメインへの接着は胎齢とは無関係に恒常的であり、細胞伸展も認められなかった。次に、接着した細胞が体細胞か生殖細胞かを同定するために、ステロイド産生細胞のマーカーであるSF1/Ad4BP抗体と、生殖細胞を染め分けるアルカリフォスファターゼ染色を行い、(1)SF1/Ad4BP陽性細胞、(2)生殖細胞、(3)SF1/Ad4BPおよびアルカリフォスファターゼ陰性細胞、の3種類に分類して、それらの細胞数を検討した。その結果、接着前全生殖腺細胞の3種類の割合と比較して、EGF、discoidinともに有意な差は認められなかった。これらのことから、MFG-E8は、自身の周囲に存在している細胞で、インテグリン、あるいはPSかPEを発現しているものであれば、生殖細胞、体細胞に限らず接着することができると考えられた。

 第2章では、前章において、RGD配列依存的細胞接着が認められたことから、RGD配列のターゲットであるインテグリンαvβ3およびαvβ5の、胎仔生殖腺での発現パターンを、whole mount in situ hybridizationを用いて解析した。また、それらの発現細胞が生殖細胞か体細胞かを検討するために、妊娠9.5日マウスに抗癌剤であるブスルファンを投与し、その胎仔の生殖細胞を破壊した生殖腺サンプルにおける、インテグリンαvβ3およびαvβ5のwhole mount in situ hybridizationを行った。その結果、インテグリンαvβ3は胎齢10.5から15.5日にかけて雌雄ともに、主に生殖細胞にmRNAの発現が認められたが、インテグリンαvβ5は生殖腺内体細胞に発現していることが明らかとなった。インテグリンの発現細胞とMFG-E8の発現領域を比較すると、胎仔生殖腺におけるMFG-E8のレセプターは、体細胞で発現を見せるインテグリンαvβ5である可能性が高いと考えられた。

 第3章では、MFG-E8の生殖腺発生における機能を解析するために、MFG-E8のdiscoidinドメインのターゲットであるPSと特異的に結合するタンパクである、アネキシンVを添加した培養液による、胎齢11.5日生殖腺の器官培養を行った。このdiscoidinドメインの阻害を行うことにより、生殖腺内においてほとんど認められなかったアポトーシス細胞が、MFG-E8発現領域で有意に増加していることがTUNEL染色により示された。MFG-E8の生殖腺発生における役割は、前述したMFG-E8の機能の一つであるアポトーシス細胞とマクロファージの架橋ではないかと考え、生殖腺内に局在するマクロファージを確認するために、マーカーであるF4/80抗体を用いて、MFG-E8抗体との免疫二重染色を行った。その結果、生殖腺内にF4/80陽性を示すマクロファージは存在せず、MFG-E8タンパクとの関連性が否定された。さらに、アネキシンV添加培養生殖腺に見られる形態学的変化をより詳細に解析する目的で、電子顕微鏡を用いた観察を行った。MFG-E8発現が見られる生殖腺間質領域に存在する細胞は、雌雄ともに、豊富なミトコンドリアと小胞体、指状に伸びた微絨毛、という共通の、未分化間葉系細胞の特徴を備えていた。しかし、これらの中で、細胞質内に脂肪滴を持つ細胞が存在し、これらは分化したステロイド産生細胞だと考えられた。アネキシンV添加培養によりこれらの細胞は、未添加群と比較して数の増加が見られ、また貪食されずに残存しているアポトーシス細胞(アポトーシス小体)を多数、確認することができた。これらのことから、MFG-E8は生殖腺発生過程において間質領域で発現し、間質領域に存在するステロイド産生細胞や未分化間葉系細胞にアポトーシス誘導が起こるとPSが露出され、そのアポトーシス細胞と、それを貪食するインテグリンを発現した近隣の細胞との架橋を行っていると考えられる。

 胎仔器官形成において、アポトーシス誘導および貪食は重要な機構である。MFG-E8は、生殖腺形態形成に際して、間質領域の細胞数を一定に保つようにプログラムされたアポトーシスの過程において、アポトーシス細胞と貪食細胞の架橋を行っていると考えられる。この間質領域のアポトーシスにより、間質領域の容積は異常に増加することなく、中腎からの生殖腺隆起に伴う生殖腺実質領域の発達が促されるものと推測できる。本研究においてMFG-E8の機能解析とともに、これまでほとんど報告がなかった生殖腺形態形成における、生殖腺実質に対する間質領域の影響について明らかにした。このことは、今後の生殖腺形成の研究に大きく寄与するものであると考えている。

審査要旨 要旨を表示する

 MFG-E8(milk fat globule-EGF factor 8)はマウス乳腺上皮由来の細胞外分泌タンパクで、生体内の様々な器官・細胞で発現が認められる。MFG-E8およびそのホモログの機能として、受精時の卵子-精子結合、生理的血液凝固阻害、乳児の腸管におけるウイルス感染防御、マクロファージとアポトーシス細胞の架橋などが知られている。MFG-E8は2つのEGFドメインと2つのdiscoidinドメインからなる接着分子であり、discoidinドメインを用いて細胞膜に結合し、エクソサイトーシス様分泌を行うことが知られている。2番目のEGFドメイン内のRGD配列はインテグリンαvβ3およびαvβ5と結合し、2番目のdiscoidinドメインはフォスファチジルセリン(PS)やフォスファチジルエタノラミン(PE)を認識する。マウス生殖腺発生過程においてMFG-E8は胎齢11.5日から12.5日頃の生殖腺-中腎境界部の体細胞周囲や体腔上皮下の間質領域に発現が見られるが、その機能は明らかでない。そこで本論文では、MFG-E8の細胞接着性とMFG-E8の標的となる生殖腺細胞を検討し、胎仔生殖腺での機能を解析した。まず、MFG-E8の各ドメインにおけるGST融合タンパクを用いて、胎齢10.5から15.5日の生殖腺細胞の接着性をadhesion assayで検討した。EGFドメインに対して胎齢11.5日をピークとした胎齢特異的接着性が見られ、discoidinドメインへは恒常的接着性が見られた。またこれらのドメインに接着できる細胞は、生殖細胞や生殖腺内体細胞といったいずれの細胞でも可能であることをSF1/Ad4BP抗体(体細胞マーカー)による免疫染色およびアルカリフォスファターゼ染色により示した。

 次にMFG-E8のEGFドメインの標的であるインテグリンαvβ3およびαvβ5のmRNAの胎齢10.5日から13.5日生殖腺での発現パターンを、whole mount in situ hybridizationを用いて解析した。インテグリンavβ3は胎齢10.5から15.5日にかけて雌雄ともに、主に生殖細胞にmRNAの発現が認められたが、インテグリンαvβ5は生殖腺内体細胞に発現していることが明らかとなった。これらの発現パターンとMFG-E8タンパクの局在を比較すると、雄生殖腺においてターゲットとなるインテグリンは間質領域に発現しているαvβ5であり、雌生殖腺ではMFG-E8が見られる領域に生殖細胞も接していることから、αvβ3あるいはαvβ5のいずれもターゲットであると考えられた。

 さらにMFG-E8の生殖腺発生における機能を解析するために、まずMFG-E8の2番目のdiscoidinドメインの標的であるPSと特異的に結合するタンパクであるアネキシンV添加培養液、およびGST-discoidin添加培養液による生殖腺器官培養を行って、両者で見られた形態学的変化を比較した。アネキシンV添加により、生殖腺内においてほとんど認められなかったアポトーシス細胞がMFG-E8発現領域で有意に増加していることがTUNEL染色により示された。またこの領域の細胞を透過型電子顕微鏡で観察すると貪食されずに残存しているアポトーシス細胞(アポトーシス小体)を多数、確認することができた。GST-discoidin添加器官培養では、アネキシンV添加培養生殖腺と類似した形態学的変化が見られたと同時に、間質領域の体細胞間の接着性脆弱による体腔上皮の剥離や細胞間隙の拡張が見られた。生殖腺発生過程においてアポトーシス細胞を処理している細胞がマクロファージであるのかどうかを確認するために、マーカーであるF4/80抗体を用いて免疫染色を行ったところ、生殖腺内においてF4/80陽性細胞は間質領域に局在していることが確認された。しかしその細胞数は、MFG-E8発現細胞数よりはるかに少数であるため、マクロファージではない細胞もMFG-E8を産生していると考えられる。

 以上のことからMFG-E8の生殖腺発生過程での機能は、間質領域における貪食の架橋、あるいは間質領域での細胞-細胞間接着を強固にすることによる形態維持という2つの可能性が考えられる。いずれの可能性においても、MFG-E8が持つ細胞接着性は生殖腺形態形成・維持に非常に重要な役割を担っていると考えられる。本論文は、生殖腺発生学分野において、MFG-E8の接着分子としての役割を生殖腺間質領域の生殖腺形態形成という観点から検討し、多くの新知見を提供した。これらの成果は、獣医学学術上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学術論文として価値あるものと認めた。

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