No | 120220 | |
著者(漢字) | 稲永,敏明 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イネナガ,トシアキ | |
標題(和) | 糖尿病誘発APAハムスターを用いた糖尿病性腎症の発症・進展メカニズムの解析 | |
標題(洋) | Syrian hamster of APA strain, an animal model of diabetic nephropathy, and its initiation and progression mechanisms | |
報告番号 | 120220 | |
報告番号 | 甲20220 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 博農第2903号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 獣医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | (要旨) 様々な原因で慢性腎不全になり、生存のために血液透析導入を余儀なくされる患者が年々増加している。慢性腎不全に至る原因疾患で現在最大のものが糖尿病である。糖尿病はそのものが患者の生存を脅かすことはあまりないが、血管を慢性的に傷害することから様々な合併症を起こす。糖尿病患者は近年増加の一途であり、それに合わせて合併症の一つである糖尿病性腎症(以下、腎症)の患者数も増加しており、2003年ではこの年に新規透析導入した患者約3万人のうち40%を占めている。合併症の多くは腎症をはじめとして慢性かつ進行性に起こり、やがてその臓器の不可逆的な機能不全を引き起こす。特に腎臓は生体の維持に重要な働きをしていることもあり、その機能不全(腎不全)は尿毒症による死に直結する。現在、腎症の治療は血糖コントロールに降圧剤の併用が中心であるが、このコントロールは容易ではない。このために「成因に基づく腎症治療法」開発のための研究がさまざまなモデル動物を用いて、現在も多く行われている。そのような治療法を開発するためには、ヒト腎症に近い病態を示すような動物モデルでの実験が不可欠である。 APA系シリアンハムスター(以下、APAハムスター)は、他の1型糖尿病モデル動物に比べて体重1kgあたり30-45mgという低用量のストレプトゾトシン(以下、SZ)の腹腔内1回投与により、持続する高血糖状態を作出することができる。さらにこのモデルでは高血糖に加えて高コレステロール血症および高トリグリセリド血症という高脂血症状態を呈する。またヒトの糖尿病患者にとって致命的な大血管症、腎症という合併症に類似した変化を、それも高血糖誘発後4週以降という比較的早期より示すことが明らかになっており、これらの糖尿病合併症の新たなモデル動物として種々の解析が行われてきた。本研究では糖尿病性腎症モデルAPAハムスターを腎機能に注目して解析し、ヒト腎症のモデル動物としての特性を明らかにし(第1章)、本モデルを用いて、腎症の発症と進展に関連する因子の検索を行った(第2章)。 (第1章) これまでに行われた糖尿病誘発APAハムスターモデルにおける腎症モデルとしての検索は病理組織学的なものが主であった。SZ投与後4週以降糸球体への細胞外基質(ECM)の沈着およびメサンギウム領域の拡大を特徴とする彌慢性の硬化性変化が見られた。また12週以降糸球体内には脂肪染色陽性の泡沫細胞の沈着が見られた。その他、腎症だけでなくさまざまな糖尿病合併症への関与が明らかになっている終末糖化物質(AGE)の糸球体基底膜(GBM)への沈着が見られた。またRT-PCR法や免疫染色により、硬化にかかわる炎症性サイトカインmRNAの増加および糸球体メサンギウム領域での染色性の増加が見られた。これらのことは糖尿病、もしくは持続する高血糖状態がAGE形成〜沈着などを介して炎症性サイトカインの増加を促し、糸球体に硬化性変化を起こしているという、ヒトなどで考えられている腎症の病変形成メカニズムと類似の変化が起こっていることを示唆していると考えられた。 これらのことを踏まえ、本研究ではさらにこのモデルの特性を明らかにするため、8週齢時にSZを投与した糖尿病誘発APAハムスター(APA-D)、非誘発APAハムスター(APA-N)および系統間対照群としてage-matchな無処置ゴールデンハムスター(GOL)を置き、それらの3群について、腎症の表現型である腎機能のより詳細な検索を行い、並行して腎病変の変化を合わせて検討した。その結果、APA-NはGOLと比較して尿中総タンパク量が有意に高値を示した。両者で糸球体の変化はほとんど見られなかったが、尿細管間質領域のフィブロネクチンの染色性および尿細管のクサビ状萎縮病変の出現頻度がAPA-Nで高いという差が見られ、これがタンパク排泄の差として現れている可能性が考えられた。一方、APA-Dはさらに多い量の尿中タンパクを排泄し、血液中の腎機能マーカー(尿素窒素値およびクレアチニン値)の有意な変化も見られ、実際の腎機能の低下が明らかになった。APA-Dはクレアチニン値の変化から、SZ投与後4週(12週齢)前後では過濾過状態になっている可能性が示され、ヒト腎症における腎機能の低下に類似した変化が起こっていることが示唆された。 尿タンパクについてはさらに詳細な解析を行った。尿タンパクは血液タンパクがベースとなり、これが腎糸球体で濾過された後、さらに尿細管による再吸収や分泌の結果その組成が出来上がって出てくるものであるが、腎機能の変化はこの組成に変化をもたらすことが知られている。そこで尿タンパクの一次元および二次元の電気泳動や、尿中アルブミンのウエスタンブロットを行った。その結果、APA-Dでは高分子量性タンパク尿を示していること、ヒト腎症で報告があるものと同様なvitamin D-binding proteinなどの排泄の増加が見られることが明らかになった。このことはヒト腎症と同じ現象が腎臓で起こっていることを示していると考えられる。また糖尿病誘発群ではフラグメント化アルブミンが高分子量よりにシフトしていることより、ヒト腎症および他の腎症モデルで報告があったように、本モデルでもアルブミンの近位尿細管における再吸収機構の低下およびフラグメント化の低下が起こっていることを示していると考えられた。以上のことより、本モデルはヒト腎症のいくつかの重要な表現型を供えるモデル動物であると考えられた。 (第2章) 第2章では、このモデルを用いて腎症の発症および進展に関わる因子の検索を行った。本研究では、さまざまな利点を持つと考えられ、多くの研究に用いられはじめているプロテオーム解析の技術を導入し、糖尿病誘発群と非誘発群の腎臓より抽出したタンパクについて、プレリミナリーなプロテオーム解析を行ったところ、いくつかの報告のない因子が候補としてあがった。その中には細胞骨格タンパクや転写因子などが含まれていたが、それらの中で小胞体(ER)シャペロンタンパクであるglucose-regulated protein 78kD(GRP78)およびcalreticulinに注目し、これらの抗体を用いて腎抽出タンパクのウエスタンブロットを行った。その結果、SZ投与後4週、24週において高血糖(HG)群で有意に高い発現を認めた。また同じ抗体を用いた腎臓の組織切片の免疫染色では、いずれのタンパクもHG群の遠位尿細管上皮、ボーマン嚢上皮などで染色像が見られ、この領域でこれらのERシャペロンタンパクの発現が上昇した状態、つまりERストレスがかかっている状態であることが示唆される結果となった。これまで糖尿病性腎症においてERストレスが上昇しているという報告はない。しかし近年ERストレスがアルツハイマー病やパーキンソン病など慢性神経変性疾患をはじめとしてさまざまな病態に関与していることが報告されており、腎症においても何らかの病態への関与がある可能性も考えられる。 そこでHG群に対してSZ投与後2週から4週の間インスリン治療を行い(HGins群)、同期間生理食塩水のみ投与した群(HGsal群)との比較を行った。2週間のインスリン投与により血糖値の有意な低下が見られたことから、糖尿病状態が改善されたと考え、剖検を行い腎臓よりタンパクを抽出した。ウエスタンブロットによりGRP78を半定量したところ、HGins群においてより強い発現を認めた。またHGins群では有意に腎肥大が抑制されていた。これらのことはインスリン治療がGRP78の発現を増大させ、腎肥大抑制に働いたのではないかと考えられた。さらに遠位尿細管上皮で起こっていることを明らかにするため、腎遠位尿細管上皮の特徴を多く残しているMDCK細胞を高糖濃度負荷、糖化アルブミン負荷などいくつかの条件下で48時間の培養を行った。その結果、もっともGRP78の発現を誘導したのは浸透圧調節作用のあるマンニトール負荷であり、その浸透圧は340-390mOsmol/l付近であった。腎症初期は高血糖の影響による浸透圧利尿が起こっており、その状態では遠位尿細管は普段よりやや高い浸透圧(約350mOsmol/l)にさらされている状態であるといえる。今回の結果から、SZ投与後4週の時点においては遠位尿細管上皮がやや上昇した浸透圧にさらされており、この状態がERストレスを惹起している可能性が示唆された。慢性期(SZ投与後24週)にもERストレスが同様に遠位尿細管上皮で上昇していることが観察されており、この原因、および結果何が起こるのかを検索することが必要である。ERストレスそのものも治療のターゲットとなりうると考えられるが、ERは広範囲に存在するものであり副作用が心配される。このため、より下流の因子を検索することで新たな腎症に対する治療法をもたらすようなエビデンスを得られる可能性が考えられる。 | |
審査要旨 | 糖尿病性腎症(腎症)は持続する高血糖を主たる原因として起こる糖尿病合併症のひとつであり、腎臓に進行性の硬化性病変を起こし、患者を末期腎不全に至らしめる。日本には現在20万人以上の透析患者がいるが、週2〜3回の血液透析は患者の体への負担も大きく、QOLを低下させ、また長期の透析には腎アミロイドーシスなどの透析合併症の発症を恐れながらの生活となる。腎症が透析患者を生む最大原因となっていることから、腎症治療法に関する研究は医療費増大の問題からも非常に重要であると言える。本論文は腎症モデル動物の特性を解析し、それを用いて新たな腎症発症メカニズムを明らかにすることを目的としたものである。 第1章ではストレプトゾトシン(SZ)誘発糖尿病APAハムスターの特に腎機能についての検索を行った。その結果、血液尿素窒素値やクレアチニン値が顕著に上昇しており、また尿中総タンパク(TP)量も顕著に上昇していた。このことから実際に本モデルでの腎機能の低下が明らかになった。組織学的には糸球体の彌慢性硬化病変が見られることから、本モデルは腎症初期の病態をよく反映したモデルであると考えられた。尿タンパクについてより詳細な解析を行った。一次元のSDS-PAGEの結果、SZ投与24週では糖尿病誘発APAハムスターは高分子量性のタンパク尿を呈していることが示唆された。また近位尿細管におけるアルブミンの再吸収・フラグメント化に注目し、尿中のアルブミンをポリクローナル抗体を用いて検出した。糖尿病誘発群では病期が進むにつれて、低分子量のアルブミンのバンドが弱くなり、より高分子量のバンドの強度が上がっていく様子が観察され、アルブミンの再吸収・フラグメント化機構の低下が示唆された。これらが示す機能的な変化は腎症患者で見られる病気の表現型と非常に類似したものであると言え、類似した腎病態の存在が示唆された。以上のことから、本モデルは腎症の病態をよく反映したモデルであると結論付けた。 第2章ではこのモデルを用いて、腎症発症機構の解明を目的として研究を行った。まず腎抽出タンパクの2次元電気泳動を行い、糖尿病群と対照群で比較した。その結果、4スポットに差を認め、質量分析(MS)の結果9種類のタンパクが挙げられた。なかでも小胞体(ER)シャペロン関連因子は複数のものが糖尿病群で高い発現のあったスポットで見られたことから、糖尿病群の腎臓でERストレスが亢進している可能性があると考え、以降の解析を行った。実際にMSの結果挙がったglucose-regulated protein 78kD(GRP78)およびcalreticulinはERで作られたタンパクがまず結合するERシャペロンであり、これによりタンパクの糖鎖修飾、折りたたみが行われる。Western blot法により、腎抽出タンパク中の発現量を半定量したところ、GRP78およびcalreticulinともに糖尿病群で顕著な発現上昇が見られた。また免疫組織化学的検索ではいずれも遠位尿細管上皮細胞、ボーマン嚢上皮細胞などで陽性像が見られる一方、糸球体メサンギウム細胞や近位尿細管上皮は染色されなかった。とくに遠位尿細管上皮は顕著に陽性を示し、このことはこの領域で特異的にERストレスが誘導されている可能性を示唆すると考えられた。本論文ではERシャペロンタンパクの特異的な発現上昇の原因を明らかにするために、APAハムスターのSZ投与後2週から4週にインスリン治療を行った。その結果、血糖値の有意な改善があったものの、GRP78の発現量はむしろインスリン治療群で有意に上昇していた。このことはERシャペロンの発現は高血糖により誘導されていたのではないことを示唆する。またインスリン治療群では生理食塩水投与群に比して、腎肥大が有意に改善されており、腎症初期の腎肥大とERシャペロン発現が関係すること、しかも腎肥大に対して保護的に作用する可能性があることを示唆する結果になった。また遠位尿細管上皮由来とされるMDCK細胞をマンニトール添加で培養を行ったところ、培養液のみのものに比べて高いGRP78発現が認められた。このことから高血糖により上昇した浸透圧が遠位尿細管上皮でのERシャペロン発現を促している可能性が示唆された。糖尿病は慢性疾患であり、高血糖による浸透圧利尿も持続するものであることから、この機序が腎症の発症・進展に何らかの役割を果たしている可能性があると考えられ、さらなる検索の必要性を示唆する。 以上のように、本論文は腎症モデル動物を用いた腎症発症・進展機構の解明に一つの道を示したものであり、今後新たな治療法の開発を考える上で有用な情報を提供したと考えられる。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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