学位論文要旨



No 120223
著者(漢字) 城所,知秀
著者(英字)
著者(カナ) キドコロ,トモヒデ
標題(和) マウス性分化初期におけるSryのSox9発現制御機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 120223
報告番号 甲20223
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2906号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 九郎丸,正道
 東京大学 教授 林,良博
 東京大学 教授 東條,英昭
 東京大学 助教授 内藤,邦彦
 東京大学 助教授 金井,克晃
内容要旨 要旨を表示する

 Sry(Sex-determining region of the Y chromosome)遺伝子はY染色体に存在する精巣決定遺伝子であり,その発現はマウス生殖腺においては12 tail somite (ts) stage(胎齢11.0日)から24ts(胎齢12.0日)までの一過性で,生殖腺中央部から前/後端に発現が波及するcenter-to-poleパターンを示す。また,Sox9(Sry-related HMG box 9)はSryの下流で機能する精巣形成遺伝子であり,1)Sryの発現上昇と一致してSox9の発現量が雄特異的に上昇し,その発現はSryと同様のcenter-to-poleパターンを示す,2)ヒトSOX9変異の一部がXY女性を示す,3)Sox9単独によりXX雄マウスを誘導できることから,Sox9はSryが直接制御する因子とされている。しかし,マウスSryタンパクを検出する方法論が確立されていないことや,Sryを発現し解析に有用な細胞株が存在しないこと,Sox9の制御領域が約1Mbに及ぶため解析が非常に困難であること等の理由により, SryがSox9を直接制御していることについての確固たる証拠は今までのところ得られていない。

 そこで本研究では,SryがSox9を直接制御しているかどうかについて検証を行うと共に,Sry遺伝子を導入した新たなトランスジェニック(Tg)マウスを作出し,このマウス生殖腺におけるSox9の発現解析から,SryのSox9制御機構について検討を行った。

 第1章においては性分化初期におけるマウスXY未分化生殖腺でのSryおよびSox9の発現の詳細を,whole-mount in situ hybridization法,免疫組織化学染色法により解析を行った。Sryの発現は12tsの生殖腺中央部で初めて認められ,16tsには前/後端に発現が波及していた。Sox9の発現開始は13-14ts(mRNA),14ts(タンパク)であり,Sryの発現から遅れること約1-2ts(2-4時間)である。また発現パターンはSryと同様のcenter-to-poleパターンを示した。発現細胞は共に生殖細胞に隣接した細胞であり,14tsにおいては共発現している領域を確認した。本章での両遺伝子の発現開始時期の差,発現パターン,および発現細胞の結果は,SryがSox9を直接制御しているという従来の仮説を強く支持するものであった。

 そこで次に,生殖腺におけるSryの発現パターンおよび発現量を改変したマウスを作出し,この生殖腺におけるSox9の発現を観察することで,「SryがSox9の発現を直接制御している」という仮説を再検証し,さらにSryのSox9制御機構について検討した。

 第2章において組織非特異的に低レベルの発現が認められるHsp70.3遺伝子のプロモーターにSryを連結したコンストラクト(HSP-Sry)を用いてTgマウスを作出した。得られたTgマウスのうち,XX雄の性転換を示し,遺伝学的に正常であると考えられるラインについてSryの発現を確認した。半定量的RT-PCR法により,XXTg個体の胎齢11.5日におけるSryの発現は,生殖隆起を含む8臓器/部位全てにおいて確認されたことから,Tg個体においてはSryが全身性に発現していることが示唆された。次にXXTg生殖隆起におけるSryの発現を確認したところ,9ts(胎齢約10.5日)から胎齢13.5日までの全ステージにおいて確認されたことから,Tg生殖隆起においては一過性ではなく恒常的にSryが発現していると考えられる。続いてwhole-mount in situ hybridizationによりSryの発現部位を解析したところ,XXTg,XYTgサンプル共に9,13,18,および30tsの全ステージにおいて生殖腺領域で高い発現が認められた。また,発現は生殖腺領域全体に一様であり,部位特異性は認められなかった。さらにTg生殖腺では,wild type(wt) XY生殖腺には認められない体腔上皮においてもSryの発現が認められ,30tsでは精巣索内に存在するセルトリ細胞で発現していることを確認した。胎齢11.5日においてXXTg生殖腺ではHSP-Sry由来のSryが,XYTg生殖腺では内在性SryとHSP-Sry由来Sryの両方が発現していることをRT-PCRにより確認したことから,XXTg生殖腺はSryが本来の発現よりも前から生殖腺全体に発現している発現パターン改変モデル,XYTg生殖腺は発現パターン改変に加え,Sry発現量過剰モデルであることが明らかとなった。

 第3章では第2章で作出したTgマウスを用いて,Sox9の発現について解析を行った。whole-mount in situ hybridizationによる解析から,XXTg,XYTg生殖腺共にSox9の発現は12ts以前では認められず,13tsで初めて検出された。また発現パターンも中央部から18tsまでに前/後端へと波及するcenter-to-poleパターンを示し,XYwt生殖腺での発現と変わらなかった。SryとSox9の二重染色を行った16,および18tsのサンプルから横断切片を作製し,Sox9発現領域の詳細な検討を行ったところ,XXTg生殖腺はSryが生殖腺領域全体に発現しているにも関わらず,Sox9の発現領域はXYwt生殖腺で見られる領域とほとんど変わらなかった。Sox9 mRNAの発現量をリアルタイムRT-PCRにて定量したところ,Sox9発現開始直後の14-16tsにおけるXYTg生殖腺での発現量がXYwtに比べ有意に高い値を示したが,18ts以降ではXXTgと共に差は認められなかった。また,免疫組織化学染色により生殖腺におけるSox9タンパクを検出したところ,Tg生殖腺においても13ts以前で発現は検出されず,XYwtと同じく14tsで初めて認められた。Sox9陽性細胞は生殖細胞に隣接しており,Tg生殖腺においてSryの発現している体腔上皮などの細胞にSox9タンパクの発現は認められなかった。しかし,15-16tsにおけるXYTg生殖腺では中腎に近い領域で,生殖細胞に隣接していないSox9陽性細胞が検出された。この領域におけるSox9陽性細胞はSF1/Ad4Bp(セルトリ前駆細胞を含む生殖腺内体細胞に発現)陽性でもあることから,Tg生殖腺におけるSox9陽性細胞はXYwt生殖腺において発現の認められる細胞と同じ細胞系列であることが示唆された。それぞれの生殖腺における単位面積あたりのSox9陽性細胞数を定量したところ,Sox9タンパク発現開始直後である15-16tsのXYTg生殖腺でXYwt生殖腺と比べ有意に増加していることが明らかとなった。これは,リアルタイムRT-PCRの結果と一致していた。

 XYwt生殖腺におけるSry,Sox9の詳細な発現解析,およびXYTgマウス生殖腺においてSry発現量依存的にSox9の発現量が増加したことから,SryがSox9を直接制御していることが強く示唆された。しかし,Tg生殖腺においてSox9の発現開始時期および発現パターンは全く変化しなかったことから,Sox9発現制御にはSry以外の他の因子が必要であることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 Sry,およびSox9遺伝子は共に哺乳類の精巣分化に重要な因子であり,性分化初期においてSryの発現直後にSox9の発現が雄特異的に誘導されることから,「SryがSox9を直接制御している」という仮説が現在までのところ信じられている。しかし,この根拠は個々に報告された発現解析結果の比較でしかなく,明確な科学的根拠が示されていない。本研究ではこの仮説の是非について検証し,SryのSox9発現制御機構について検討を行った。まず,仮説の根拠を検証するためにSry,およびSox9の発現解析を行った。その結果,SryとSox9の発現について,1)Sox9の発現開始はSryの発現開始から遅れること約1-2ts(2-4時間)であり,2)共に生殖腺中央部から前,後端に波及するcenter-to-poleパターンを示し,3)共に生殖細胞に隣接した同じ細胞系列に発現することが明らかとなった。このことはSox9がSryの制御下に存在することは示唆するが,「SryがSox9を直接制御している」という仮説を支持するには至らない。

 そこで,Sryが一過性ではなく恒常的で,かつcenter-to-poleパターンではなく生殖腺領域全体に発現している遺伝子改変マウスを作出し,この遺伝子改変マウス生殖腺におけるSox9の発現解析結果から仮説の再検証を行った。目的のマウスは,Sry遺伝子の制御領域をHsp70.3のプロモーターに置き換えたコンストラクト(HSP-Sry)を用いてマウス受精卵に導入するトランスジェニック(Tg)法により作出した。得られたTgマウスのうち,XX雄の性転換を示すラインの生殖隆起におけるSry mRNAの発現は一過性ではなく恒常的で,9,13,18,および30tsの全ステージにおいて生殖腺領域で高い発現が認められた。また,wild type(wt) XY生殖腺には認められない体腔上皮においてもSryの発現が認められ,30tsでは精巣索内に存在するセルトリ前駆細胞で発現していることを確認した。さらに,胎齢11.5日においてXXTg生殖腺ではHSP-Sry由来のSryが,XYTg生殖腺では内在性SryとHSP-Sry由来Sryの両方が発現していた。以上の結果から,XXTg生殖腺ではHSP-Sry由来のSryの発現が1)内在性Sryの発現開始時期よりも前から,2)生殖腺領域全体の細胞に均一であること,XYTg生殖腺においてはXXTg生殖腺で見られるHSP-Sry由来のSryと内在性Sryが共発現していることが明らかとなった。

 続いてSox9の発現解析を行った結果,XXTg,XYTg生殖腺共にSox9 mRNAの発現は12ts以前では認められず,13tsで初めて検出された。また発現パターンも中央部から18tsまでに前/後端へと波及するcenter-to-poleパターンを示した。16,および18tsにおいてSryとSox9の二重染色を行ったところ,XXTg生殖腺ではSryが体腔上皮を含む生殖腺領域全体の細胞に発現しているにも関わらず,Sox9の発現領域はXYwt生殖腺で見られる領域とほとんど変わらなかった。Sox9 mRNAの発現量は,Sox9発現開始直後の14-16tsにおけるXYTg生殖腺での発現量がXYwtに比べ有意に高い値を示したが,18ts以降ではXXTgと共に差は認められなかった。また,Sox9タンパク陽性細胞はTg生殖腺においても13ts以前で発現は検出されず,XYwtと同じく14tsで初めて認められた。Tg生殖腺においてSox9陽性細胞はXYwtと同様に生殖細胞に隣接しており,HSP-Sry由来のSryが発現している体腔上皮を構成する細胞などにSox9タンパクの発現は認められなかった。しかし,15-16tsにおけるXYTg生殖腺では中腎に近い領域で,生殖細胞に隣接していないSox9陽性細胞が検出された。この領域におけるSox9陽性細胞はSF1/Ad4Bp陽性であり,Sox9陽性,SF1/Ad4Bp陰性を示す細胞は認められなかった。それぞれの生殖腺における単位面積あたりのSox9陽性細胞数は,Sox9タンパク発現開始直後である15-16tsのXYTg生殖腺でXYwt生殖腺と比べ有意に増加していたが,18ts以降ではほとんど差が認められなかった。以上の結果から,1)生殖腺におけるSox9発現制御にはSry以外の因子が関与していること,2)生殖腺においてSox9を発現する細胞は限られた細胞系列であることが示唆された。

 本研究は「SryがSox9を直接制御している」という仮説に疑問を投げかけるものであり,今まで遅々として進まなかったSox9発現制御機構の解明に大きく寄与するものである。これらの成果は,獣医学学術上貢献するところが少なくない。よって,審査委員一同は,本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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