学位論文要旨



No 120230
著者(漢字) 禹,桂炯
著者(英字)
著者(カナ) ウ,ケヒョン
標題(和) ヒドロキシウレア誘発マウス胎児毒性の発現機構に関する研究
標題(洋) Studies on the Mechanisms of Hydroxyurea(HU)-induced Fetotoxicity in Mice
報告番号 120230
報告番号 甲20230
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2913号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 九郎丸,正道
 東京大学 助教授 中山,裕之
内容要旨 要旨を表示する

 ヒドロキシウレア(HU)は悪性腫瘍(さまざまな固形癌、原発性脳腫瘍、頭頚部癌、腎細胞癌、乳癌、慢性骨髄増殖性疾患、急性骨髄性白血病)に対する抗癌剤、鎌状赤血球貧血治療薬およびHIVウイルス複製阻害薬として用いられてきた。HUはリボヌクレオチド還元酵素阻害剤であり、主に増殖しているS期細胞でDNA合成を抑制するが、RNAと蛋白の合成には影響を与えない。HUによる副作用としては、過度の色素沈着、落屑、紅斑、顔や手の落屑、部分脱毛、発熱、新生児呼吸不全などが知られている。一方、HUは哺乳動物に強い催奇形性を有し、増殖中の胎仔細胞に影響を及ぼし、DNA合成を阻害する。HUの催奇形性はこの数十年間に実験動物でよく知られるようになり、HUを妊娠実験動物に投与すると、胎児の中枢神経系(CNS) や頭蓋顔面組織、肢芽などに異常を引き起こし、新生仔の脳、四肢、頭骨などに奇形を生じる。本研究は、HUによる胎仔毒性の発現機構の解明を通じ、胎仔毒性と催奇形性の関連を明らかにすることを目的に行なった。本論文は下記の4章からなる。

 第1章 HUによるマウス胎仔組織におけるアポトーシスの発現

 妊娠13日目に400 mg/kgのHUを妊娠マウスに投与し、胎仔を投与の1時間後から48時間後まで経時的に調べた。投与の6時間後と12時間後に、CNSと肺で核濃縮を呈する細胞の中等度から重度の増数が認められた。核濃縮を呈する細胞の軽度の増数は頭蓋顔面組織や肢芽などにおいても観察された。このような核濃縮を呈する細胞の核は核の断片化(アポトーシス)の検出に広く用いられているTUNEL法により陽性の染色性を示し、また、同細胞はアポトーシス細胞に特徴的な電子顕微鏡的所見を示した。本実験の結果から、HUによる胎仔毒性は胎仔組織における過剰なアポトーシスによる細胞死を特徴とすることが示され、さらに、胎仔のCNS、肺、頭蓋顔面組織、および肢芽におけるこのような過剰な細胞死が、これまでにこれらの組織で報告されている新生仔の形態学的な異常の発生と関連していることが示唆された。

 第2章 出生前HU投与の出生仔マウスへの影響

 妊娠13日目に400 mg/kgあるいは800 mg/kgのHUを投与した妊娠マウスから得た仔マウスを生後0日目と10週目に調べた。HUを投与された母マウスから産まれた仔マウスはコントロールと比較して成長が遅延したが、400 mg/kg群と800 mg/kg群との間では体重増加に有意差は認められなかった。形態学的な変化として、仔マウスで小脳症、水頭症および尾椎の湾曲が観察された。これらの出現頻度については両投与量群間で差はなかったが、その程度は400 mg/kg群よりも800 mg/kg群で重度であった。第1および第2章の結果から、HU暴露時の組織形成の時期の違いによると考えられる組織間の差はあるものの、胎仔組織におけるアポトーシスによる過剰な細胞死が仔マウスの対応する組織に形態学的異常を引き起こすことが示された。

 第3章 HUによるマウス胎仔中枢神経細胞におけるアポトーシスの発現機構

 第1および第2章の結果から、胎仔のCNSにおける高度のアポトーシスが出生仔の脳の奇形(小脳症、水頭症)の発現と相関していることが示された。そこで、本章では、妊娠13日の妊娠マウスにHUを投与し、胎仔の終脳におけるアポトーシスの発現機構を検索した。TUNEL陽性神経上皮細胞はHU投与後3時間で増加し始め、12時間でピークに達し、24時間で急速に減少した。また、1時間から6時間にかけて、免疫組織化学的にp53陽性神経上皮細胞が検出され、p53タンパクの発現は同じ時期にWestern blot解析でも認められた。同時に、p53の標的遺伝子でアポトーシス関連(fas,fasL,

およびbax)および細胞周期関連遺伝子(mdm2およびp21)のmRNAsの有意な発現の上昇が終脳で検出された。これらの標的遺伝子の発現の程度と推移は、fas,fasL,mdm2およびp21のタンパク発現のそれと同様であった。フローサイトメーターによる解析結果および細胞周期停止に関係するタンパクの発現動態から、神経上皮細胞は3から6時間後にかけてS期で、また、12時間後にG2/M期で、それぞれ細胞周期停止を起こしたことが示唆された。上述した結果から、胎仔脳におけるHUによる神経上皮細胞のアポトーシスはp53によって誘導されることが示された。

 第4章 HUによるマウス胎仔肺におけるアポトーシスの発現機構

 ヒトではHUに暴露された母体由来の新生児で呼吸不全や肺胞炎などの肺の異常が報告されている。一方、第2章の結果からは肺重量の低下以外に明らかな肺の形態学的異常は認められなかったものの、第1章で胎仔肺でCNSにつぐ高度のアポトーシスが認められたことから、本章では、妊娠13日目の妊娠マウスにHUを投与し、胎仔の肺でのアポトーシスの発現機構について検索した。胎仔の肺におけるTUNEL陽性細胞、すなわちアポトーシス細胞の数は投与の3時間後に増加を始め、6時間後にピークに達し、その後減少した。活性化カスパーゼ3陽性細胞数の変化もTUNEL陽性細胞のそれと一致していた。TUNELや活性化カスパーゼ3に対する陽性反応は、主として肺の間葉系細胞で観察された。アポトーシスの誘導に先立ち、胎仔の肺におけるp53陽性細胞の数はHU投与後1時間と3時間で著しく増加し、その後急速に減少した。さらに、リン酸化p53タンパクの発現がWestern blot解析により同じ時期に認められた。p53の転写標的遺伝子の中で、p21,bax,およびcyclin GのmRNAsの発現レベルはコントロールに比べて有意に上昇しており、また、fas mRNAの発現レベルもコントロールと比較して高い傾向を示した。また、フローサイトメターによる解析結果から、HU投与3時間後にS期で細胞周期停止が起こった可能性が示唆された。こうした結果から、マウス胎仔の肺におけるHUによるアポトーシスもp53の誘導と密接に関連していることが示唆された。

 上記の結果より、HUによるマウス胎児組織の毒性発現には、アポトーシス誘導と細胞周期の停止が重要な役割を果たしており、これらの変化はp53によって媒介されていることが示唆された。また、こうした胎仔組織におけるアポトーシスによる過剰な細胞死は出生仔の対応組織における形態異常の発生と密接に関係しているものと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 ヒドロキシウレア(HU)は抗癌剤やHIVウイルス複製阻害薬として用いられてきた。HUはリボヌクレオチド還元酵素阻害剤で、主に増殖しているS期細胞でDNA合成を抑制するが、RNAと蛋白の合成には影響を与えない。HUによる副作用としては、発熱、新生児呼吸不全などが知られている。一方、HUは哺乳動物に強い催奇形性を有し、増殖中の胎仔細胞のDNA合成を阻害する。HUを妊娠実験動物に投与すると、新生仔の脳、四肢、頭骨などに奇形を生じることが知られている。本研究の目的は、HUによる胎仔毒性の発現機構の解明を通じ胎仔毒性と催奇形性の関連を明らかにすることである。

1. HUによるマウス胎仔組織におけるアポトーシスの発現

 400 mg/kgのHUを妊娠13日目のマウスに投与したところ、投与6時間後と12時間後に、CNSと肺で核濃縮を呈する細胞の中等度から重度の増数が認められた。このような細胞の核はアポトーシスの検出に広く用いられているTUNEL法に陽性を示し、また、同細胞はアポトーシス細胞に特徴的な電子顕微鏡的所見を示した。この結果から、HUは胎仔組織に過剰なアポトーシスをおこすことが示され、さらに、このような過剰な細胞死が、これまでにこれらの組織で報告されている新生仔の形態学的な発生異常と関連していることが示唆された。

2. 出生前HU投与の出生仔マウスへの影響

 妊娠13日目に400 mg/kgあるいは800 mg/kgのHUを投与した母マウスから生まれた仔マウスを生後0日目と10週目に調べた。HU投与群の仔マウスは対照群と比較して成長が遅延し、小脳症、水頭症および尾椎の湾曲が観察された。体重増加、奇形出現頻度については両投与量群間で差はなかったが、奇形の程度は400 mg/kg群よりも800 mg/kg群で重度であった。前項で明らかになった胎仔組織におけるアポトーシスによる過剰な細胞死が仔マウスの対応する組織に形態学的異常を引き起こすことが示された。

3. HUによるマウス胎仔中枢神経細胞におけるアポトーシスの発現機構

 妊娠13日目の母マウスにHUを投与し、胎仔の終脳におけるアポトーシスの発現機構を検索した。TUNEL陽性神経上皮細胞はHU投与後3時間で増加し始め、12時間でピークに達した。また、1時間から6時間後にかけて、免疫組織化学でp53陽性神経上皮細胞が検出され、同時にWestern blot解析でもp53タンパクの発現が認められた。同時に、p53の標的遺伝子でアポトーシス関連(fas,fasL,およびbax)および細胞周期関連遺伝子(p21)のmRNAsの有意な発現の上昇が終脳で検出された。これらの標的遺伝子の発現の程度と推移は、fas,fasL,mdm2およびp21のタンパク発現の動態と同様であった。フローサイトメーターによる解析結果から、神経上皮細胞は投与3から6時間後にかけてS期で、また、12時間後にG2/M期で、それぞれ細胞周期停止を起こしたことが示された。上述の結果から、HUによる胎仔脳神経上皮細胞のアポトーシスはp53によって誘導されることが示された。

4. HUによるマウス胎仔肺におけるアポトーシスの発現機構

 妊娠13日目の母マウスにHUを投与し、胎仔の肺でのアポトーシスの発現機構について検索した。TUNEL陽性細胞数は投与の3時間後に増加を始め、6時間後にピークに達し、その後減少した。活性化カスパーゼ3陽性細胞数の変化もTUNEL陽性細胞の変動と一致していた。TUNELや活性化カスパーゼ3の発現は、主として肺の間葉系細胞で観察された。胎仔の肺におけるp53陽性細胞の数はHU投与後1時間と3時間で著しく増加した。さらに、リン酸化p53タンパクの発現が同じ時期に認められた。p53の転写標的遺伝子の中で、p21,bax,およびcyclin GのmRNAsの発現レベルは対照群に比べて有意に上昇し、また、fas mRNAの発現レベルも対照群と比較して高い傾向を示した。また、フローサイトメターによりHU投与3時間後にS期で細胞周期停止が起こった可能性が示唆された。この結果から、マウス胎仔の肺におけるHUによるアポトーシスもp53と密接に関連していることが示唆された。

 上記の結果より、HUによるマウス胎仔組織の毒性発現には、アポトーシス誘導と細胞周期の停止が重要な役割を果たしており、これらの変化はp53によって媒介されていることが示唆された。また、こうした胎仔組織におけるアポトーシスによる過剰な細胞死は出生仔の対応組織における形態異常の発生と密接に関係しているものと考えられた。本研究の成果は薬剤の胎仔毒性評価の際に大いに参考になる知見をもたらした。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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