学位論文要旨



No 120232
著者(漢字) 権,仲基
著者(英字)
著者(カナ) クウォン,ジュンキー
標題(和) ubiquitin C-terminal hydrolase(UCH)ファミリーのマウス精巣における役割と機能の検索
標題(洋) Studies on ubiquitin C-terminal hydrolase (UCH) family during spermatogenesis of mice
報告番号 120232
報告番号 甲20232
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第2915号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 九郎丸,正道
 東京大学 教授 西原,眞杉
 東京大学 助教授 久和,茂
内容要旨 要旨を表示する

(要旨)

 ユビキチンはあらゆる細胞に存在するタンパク質ということで、英語のubiquitousにちなんで名付けられた。ユビキチンは76アミノ酸からなる酵母からヒトに至るまで非常に良く保存された小タンパク質である。ユビキチン- プロテアソームシステムによるタンパク質分解機構は細胞のタンパク質のレベルをコントロールする重要な役割を果たし、したがって細胞周期制御、DNA修復、signal transduction,cell transformationのような多様な生体反応を規制することが多くの研究を通して分かるようになった。ユビキチンレベルは特定酵素の2つのグループであるユビキチン化酵素(E1(ユビキチン活性化酵素)、E2(ユビキチン結合酵素)、 E3(ユビキチンリガーゼ))と脱ユビキチン化酵素(DUB)のバランスによって厳密にコントロールされる。またDUBはUCH(ubiquitin-C-terminal hydrolase)型とUBP(ubiquitin-specific protease)型に分類される。脱ユビキチン化酵素(DUB)の一つであるUCHファミリーはユビキチンープロテアソーム経路においてポリユビキチン遺伝子やリボソームタンパク質との融合遺伝子から生合成されたユビキチン前駆体をプロセシングして成熟型分子に転換する機能や、ユビキチン化修飾したタンパク質からユビキチンを解離させる作用を持っていることが知られている。

 本研究ではUCHアファミリー、UCH-L1およびUCH-L3アイソザイムの機能や役割を2つの欠損マウスを用い免疫組織学的・生化学的に検索し、精子形成での2つのUCHアイソザイムの機能が異なったことや新たなUCHファミリーの機能を初めて明らかにした(第1章)。また、明らかにしたUCH-L1の新たな機能をUCH-L1欠損マウス(gad mouse)を用いUCH-L1の加齢による精子過程での与える影響を検索しました(第2章)。第3章ではUCH-L1トランスジェニックマウスを作製、精子過程でのUCH-L1の機能をさらに詳しく検索しました。

(第1章)(A)現在、哺乳類では4種類のUCHアイソザイム(UCH-L1,3,4,5)が単離されており、主なUCHアイソザイムであるUCH-L1およびUCH-L3アイソザイムは52%のアミノ酸シーケンスアイデンティティ共有していますがそれらの発現部位は全く異なります。UCH-L1 mRNAは生殖系組織である精巣・卵巣およびニューロン細胞で選択的に表現されますがUCH-L3 mRNAはこれらも含めた多くの組織で強く発現していることが知られている。これらの2つのアイソザイムは精子形成過程で重要な役割を果たすと考えられる。精子形成過程は3つの複雑な、高度に組織されたプロセス、Mitosis(有糸分裂)、Meiosis(減数分裂)、Spermiogenesis(精子形成)に分かれています。UCH-L1に特有の抗体が特に精祖細胞およびセルトリ細胞で発現を見せることから精子形成過程の中でのUCHアイソザイムが機能を果たしていると考える。そこでUCH-L1およびUCH-L3の特有シーケンスに対するペプチド抗体を初めて作製し各段階で分離した精細胞や精子形成の初期の過程で各UCHアイソザイムの発現レベルを検索した。この結果UCH-L1およびUCH-L3が精子形成過程で異なった機能を持っていることが明らかになった。2つのUCHアイソザイムは精子形成過程の中で発達的・差別的に表現している。これらの結果は、幹細胞である精祖細胞の有系分裂の増殖中にはUCH-L1が減数分裂を起こす精母細胞および減数分裂後の精子細胞ではUCH-L3が関与していることが示された。

(B)2つのUCHアイソザイムは高い相同性にもかかわらず多くの研究で違った機能を見せる。加水分解活性(hydrolase activity)でUCH-L3はUCH-L1より200倍以上の高い活性を持っておりますがUCH-L1が持っていると示唆されているユビキチン化リガーゼ活性はほとんどない。またUCH-L1は癌細胞の増殖に応じて引き起こされることや癌細胞の抗増殖性活性を持っていることが示された。さらにUCH-L1はニューロン中のユビキチンと結合しユビキチンの半減期を延長してことが知られている。またUCH-L3はNedd8(ユビキチンとの高い相同性を持つ)と結合しそのC末端をプロセスすることも知られている。第1章では2つのUCHアイソザイム、UCH-L1およびUCH-L3が精子形成過程中に機能的な多様性を示す可能性を見た。そこでUCH-L1欠損マウスとUCH-L3ノックアウトマウスの精巣を用い実験的に停留睾丸症を作製、ストレスに対するUCH-L1およびUCH-L3のin vivoでの機能をさらに検索した。通常なら精巣は腹の温度より陰嚢の中で低く維持されますが実験的に作製した停留睾丸はより高い体温により精細胞のアポトーシスを引き起こされる。しかし、UCH-L1欠損マウス(gad mouse)の精巣はストレスに対して抵抗性を示しユビキチンレベルも減少していた。抗アポトーシスタンパク質(Bcl-2,Bcl-xL)および存続支持タンパク質の両方の発現レベルも著しくより高かった。対照的に、UCH-L3ノックアウトマウスはストレスに対し著明な精巣の萎縮および精細胞のアポトーシスが促進された。特にNedd8およびアポトーシスタンパク質のレベルが上げられた。これらの結果は、UCH-L1およびUCH-L3の両方が精細胞アポトーシスに対し相反的な機能を持っていることを示す。UCH-L1は精細胞アポトーシスに対しアポトーシス促進機能を持ち、UCH-L3は精細胞アポトーシスに対し抗アポトーシス機能を持っていることを示す。さらに、UCH-L1がモノユビキチンと結合することやUCH-L3がNedd8に対し特異性を生体内で持っていることが示された。

(第2章)第1章で明らかになったUCH-L1のアポトーシス促進機能をUCH-L1欠損マウス(gad mouse)を用いさらに詳しく検索した。UCH-L1の欠損による正常な精子形成過程への影響を成熟前・後に分けて検索した。(A)5週前のマウス精細胞発生時は広範囲のアポトーシスが観察される。この初期の精細胞アポトーシスは主に精祖細胞と精母細胞で行われるし機能的な精子形成にとって重要と考える。抗アポトーシスタンパクBcl-2およびBcl-xLを過剰発現されたマウスでは精子形成の初期過程のアポトーシスが減少および正常な精子形成の崩壊が報告された。そこで、UCH-L1欠損マウスを用い精子形成の初期の過程および精巣上体の精子成熟段階でのUCH-L1とアポトーシスの関連性を検索した。その結果、UCH-L1欠損マウスの精子形成の初期過程で減数分裂前の精細胞が蓄積およびアポトーシスの減少が見られた。さらにUCH-L1欠損マウスの精子を調べた結果、精子の生産能力・運動性への変化および奇形な精子の増加が見られた。これらの結果はアポトーシスの大規模な波に対する抵抗が結局精子の品質の変化を及ぶことを示す。UCH-L1依存のアポトーシスは正常な精子形成過程にとって非常に重要なことを示している。

(B)精子形成過程でのアポトーシスは精細管のローカル環境に対して精細胞数をコントロールする重要な役割を果たしている。しなし、アダルトマウスの精細胞アポトーシスの正確なメカニズムはまだ不明である。そこでアダルト UCH-L1欠損マウスの精巣を用い組織学・免疫組織化学的に加齢による精子形成過程へのUCH-L1の影響を検索した。この結果25週齢のマウスで精細管の萎縮および増殖する細胞を示すPCNA陽性細胞の著しい減少が見られた。このことから、幹細胞である精祖細胞の加齢なる増殖の減少からUCH-L1はアダルトマウス精子形成過程においても重要な機能を果たしていることが示された。

(第3章)本章では、第1,2章で示唆したUCH-L1のアポトーシスレギュレーター機能を確かめるためUCH-L1を過剰発現するトランスジェニックマウスを作製し精子形成過程を検索した。UCH-L1欠損マウスを用いた検索ではアポトーシスに対する強い抵抗性が見られた。またこれらの結果は全てUCH-L1がモノユビキチンと結合してユビキチンのレベルを維持していることも示唆した。本実験で用いたUCH-L1トランスジェニックマウスの精巣はアポトーシスを引き起こす精母細胞の数の増加により精母細胞のパキテン期段階で精子形成がブロックされ不妊になることを明らかにした。UCH-L1は減数分裂中の精子形成に影響をあたえ、特に主な精母細胞のアポトーシスを引き起こすと考えられる。さらに超過UCH-L1により幹細胞である精祖細胞の増殖およびPCNAの分布にも影響を及ぶことが明らかになった。これらの結果から超過UCH-L1はアポトーシスに関与し精子形成過程をブロックして不妊を引き起こすことが示された。

本の研究では、2つのUCHアイソザイム(UCH-L1およびUCH-L3)が精子形成中に異なった相反的な機能を持っていることを示しており、特にUCH-L1は精子形成過程中ユビキチンシステムを通してアポトーシスレギュレーター機能を果たしていることを明らかにした研究である。

審査要旨 要旨を表示する

 ユビキチン- プロテアソームシステムによるタンパク質分解機構は細胞のタンパク質のレベルをコントロールする重要な役割を果たし、細胞周期制御、DNA修復、signal transduction, cell transformationのような多様な生体反応を制御することが多くの研究を通して分かるようになった。脱ユビキチン化酵素(DUB)の一つであるUCHファミリーはユビキチンープロテアソーム経路においてポリユビキチン遺伝子やリボソームタンパク質との融合遺伝子から生合成されたユビキチン前駆体をプロセシングして成熟型分子に転換する機能や、ユビキチン化されたタンパク質からユビキチンを解離させる作用を持っている。

 本研究は2つのUCHアイソザイム、UCH-L1およびUCH-L3の機能や役割を明らかにするため、UCH欠損マウスを用い精子形成(spermatogenesis)でのUCHアイソザイムの欠損による病理組織学的・生化学的変化や新たなUCHファミリーの機能を明らかにすることを目的としたものである。

 第1章では主なUCHアイソザイムであるUCH-L1およびUCH-L3を中心に精子形成過程における発現部位の検索および熱ストレスに対する2つのUCHアイソザイムの異なった機能について述べている。高度に組織化された3つの複雑な精子形成過程、Mitosis(有糸分裂)、Meiosis(減数分裂)、精子形成におけるUCH-L1およびUCH-L3の発現レベルを検索した結果、UCH-L1は幹細胞である精祖細胞の有系分裂の増殖中および精細胞を支えているセルトリ細胞で発現を示す反面、UCH-L3は減数分裂を起こす精母細胞および減数分裂後の精子細胞で強い発現を示すことを明らかにした。これは2つのUCHアイソザイムが精子形成過程の中で異なる機能を持つという多様性を持っている可能性が示された。

 また、異なる機能を示した2つのUCHアイソザイム欠損マウスを用い実験的に停留睾丸症を作製し、熱ストレスに対するUCH-L1およびUCH-L3の機能を検索した。その結果、UCH-L1およびUCH-L3のは精細胞ストレスに対し相反的な機能を持っていることが示された。UCH-L1は精細胞アポトーシスに対しアポトーシス制御因子として、UCH-L3は抗アポトーシス制御因子であることが示された。さらに、UCH-L1はモノユビキチンと結合することやUCH-L3がNedd8に対し生体内で特異性を持っていることが示された。

 第2章ではUCH-L1のアポトーシス制御因子およびユビキチンに対する機能をUCH-L1欠損マウス(gad mouse)を用い病理組織学的・生化学的に詳しく述べている。精子形成の初期過程および精巣上体の精子成熟段階でのUCH-L1とアポトーシスの関連性を検索した。その結果、UCH-L1欠損マウス(gad mouse)の精子形成の初期過程で減数分裂前の精細胞蓄積およびアポトーシスの減少が見られること、精子の数・運動性への変化および奇形精子の増加が見られた。以上のことからUCH-L1欠損によるアポトーシスへの抵抗は初期の精子形成過程の異常および精子の質の変化に及ぶことが示された。また、加齢による精子形成過程へのUCH-L1の影響について検索した結果、gad mouse では25週齢のマウスで精細管の萎縮およびPCNA陽性細胞の著しい減少が見られた。このことはアポトーシス制御因子であるUCH-L1が精子形成過程において重要な機能を果たしていることを示唆している。

 第3章ではUCH-L1のアポトーシス制御因子としての機能を確かめるためUCH-L1を過剰発現するトランスジェニックマウスを作製し、精子形成過程でのUCH-L1の機能について調べている。UCH-L1トランスジェニックマウスの精巣はアポトーシスを引き起こす精母細胞の数の増加により、精母細胞のパキテン期段階で精子形成がブロックされ不妊になることが明らかされた。これは、UCH-L1は減数分裂中の精子形成に影響をあたえ、特に精母細胞のアポトーシスを引き起こすと考えられる。さらに過剰UCH-L1により幹細胞である精祖細胞の増殖およびPCNA分布にも影響が及ぶことが明らかになった。以上の結果から過剰UCH-L1はアポトーシスに関与し精子形成過程をブロックして不妊を引き起こすことが示された。

 以上のように、本論文は2つのUCHアイソザイム(UCH-L1およびUCH-L3)が精子形成過程で相反的な機能を持っていることを示しており、特にUCH-L1は精子形成過程中アポトーシス制御因子としての機能を果たしていることを始めて明らかにした研究である。この論文はタンパク質分解系において脱ユビキチン化酵素であるUCHの新たな機能を見出すことにより精子形成解析での貢献が多大である。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値があるものと認めた。

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