学位論文要旨



No 120234
著者(漢字) 黄,嘯
著者(英字) Huang,Xiao
著者(カナ) コウ,ショウ
標題(和) キネシンスーパーファミリー蛋白16A、KIF16Aの分子遺伝学的研究
標題(洋) Gene targeting Study of Kinesin Superfamily protein16A,KIF16A
報告番号 120234
報告番号 甲20234
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2383号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 助教授 武井,陽介
 東京大学 助教授 神野,茂
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
内容要旨 要旨を表示する

 キネシンスーパーファミリータンパク質(KIFs)は、ATPの化学エネルギーを使って微小管上を移動する分子モーターのうち、もっとも大きな遺伝子スーパーファミリーを構成している。これらのKIFsは、よく保存されたモータードメインと、それぞれのファミリー間で相同性の少ないカーゴ結合領域がモジュールとして結合した形をしている。五十種類程度のKIF遺伝子には、大きくわけて、N末にモータードメインがあり微小管の(+)末端に向かって運動するグループ、C末にモータードメインがあり微小管の(-)末端に向かって運動するグループ、そして分子の中央にモータードメインがあり主に微小管を脱重合する活性を持つグループの三種がある。そのいくつかについては、近年作製されたノックアウトマウス(KIF1A,KIF1B,KIF1C,KIF2A,KIF3A,KIF3B,KIF5A,KIF5B,KIF5C,KIFC2,KIFC3など)の解析により、細胞内小器官やメッセンジャーRNAの輸送、細胞分裂、微小管の脱重合などの役割が示唆されている。たとえば、KIF1Bノックアウトマウスは神経難病の一種CMT2Aのモデルマウスであり、KIF3AあるいはKIF3Bのノックアウトマウスは胎生の初期に左右軸などの発生異常を起こし、KIF2Aのノックアウトマウスは神経細胞の軸索側枝の退縮の異常により大脳皮質や海馬の発生過程における細胞移動や神経細胞層の構築に変異をきたすことが判明した。しかしその他多くのKIFの機能にはまだ不明な部分が多い。

 KIF16Aは、キネシンモータードメインに共通するアミノ酸配列を用いて、マウス脳のcDNAライブラリーからRT-PCR法を用いて同定された新しいKIF遺伝子である。分子進化的な解析によればKIF1やKIF13と近縁なN-3ファミリーのキネシンに分類され、また特異的な抗体によるイムノブロッテイングにより、ほぼすべての組織に発現されていることが明らかとなっている。またそのC末にはPIPsに結合すると考えられるPXドメインを持つため、KIF16Aはキネシンスーパーファミリーで唯一sorting nexin(SNX)に分類されているが、その機能は不明である。今回、このKIF16Aの生物学的重要性を調べるため、KIF16Aのモータードメインの一部をCre recombinaseの発現によって条件特異的に欠失することのできるKIF16Aのコンディショナル・アリルを相同組換え法によりマウスES細胞に導入した。このアリルのヘテロ接合体のES細胞を型のごとくマウスの胞胚腔に顕微注入しその胞胚を偽妊娠マウスの子宮に移植して296匹のキメラマウスを作製した。しかし、これらのキメラマウスを野生型と掛け合わせたところ、3505匹のF1世代のうち、KIF16Aの組換えアリルを継承しえたものは一匹もなく、KIF16Aの軽微なハプロインサフィシエンシーにより胚の発生が障害されたことが示唆された。

 そこで、Cre/loxPテクノロジーを利用して、KIF16Aのヘテロ組換えコンディショナルアリルをもった細胞株に対してCre発現ベクター、ターゲティングベクター、Cre発現ベクターの順にトランスフェクションとサブクローニングを繰り返し、KIF16Aアリルを完全に欠失したノックアウトES細胞株を樹立した。ノックアウトES細胞株は、コントロールと比較して外見上大きな異常はなく、また増殖の速度にも大きな差は認められなかった。

 ところが、このKIF16Aを欠失したES細胞株、あるいはその由来するヘテロ組換えコンディショナルアリル株あるいは野生型株をそれぞれin vitroの環境でembryoid bodyを形成させ、三胚葉の初期分化を観察したところ、embryoid body形成から10日程度の段階において、ノックアウト株のembryoid bodyの発育が有意に遅れていることが明らかとなった。そこで、固定標本をパラフィン包埋し切片を観察したところ、ノックアウト群ではcystic cavityの周囲の塩基好性の外胚葉細胞による円柱上皮の形成がほとんど見られなかった。そこで、TUNEL法によりこの切片を染色してみると、対象群では少数のアポトーシス細胞の点在が見られたが、ノックアウト群では、60%以上のembryoid bodyにおいて、中心部の空隙の近傍に集積した細胞塊にアポトーシス像が観察された。

 これらの観察により、KIF16A遺伝子は、ES細胞のin vitro分化の過程において、外胚葉性の細胞系譜の分化あるいは維持に必須であることが明らかとなった。この表現型は、現在までのKIFノックアウトマウスにおいてもっとも重篤であり、新しいKIF16A遺伝子の初期発生過程における細胞内シグナル伝達の分子メカニズムへの深い関与が示唆される。初期外胚葉の分化過程においては、BMP、Ihh、FGF、dystroglycanなどのシグナルの関与が明らかとなっているが、今回の結果は、これらのシグナル伝達メカニズムへの微小管系分子モーターの重要な関与をはじめて強く示唆するものである。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は真核細胞の機能に重要な役割を演じていると考えられる細胞内物質輸送の生物学的重要性を明らかにするため、キネシンスーパーファミリータンパク質(KIFs)の一員であるKIF16A分子について、Cre/loxPシステムを用いた標的遺伝子組み換え法によってノックアウトES細胞株を樹立したものであり、このKIF16Aを欠失したES細胞株をin vitroの環境で分化させ、embryoid bodyにおける三胚葉の初期分化を観察して、下記の結果を得ている。

1.Cre/loxPテクノロジーを利用して、KIF16Aのヘテロ組換えコンディショナルアリルをもった細胞株に対してCre発現ベクター、ターゲティングベクター、Cre発現ベクターの順にトランスフェクションとサブクローニングを繰り返した結果、KIF16Aアリルを完全に欠失したノックアウトES細胞株を樹立した。ノックアウトES細胞株は、コントロールと比較して外見上大きな異常はなく、また増殖の速度にも大きな差は認められなかった。

2.このKIF16Aを欠失したES細胞株、あるいはその由来するヘテロ組換えコンディショナルアリル株あるいは野生型株をそれぞれin vitroの環境でembryoid bodyを形成させ、三胚葉の初期分化を観察したところ、embryoid body形成から10日程度の段階において、ノックアウト株のembryoid bodyの発育が有意に遅れていることが明らかとなった。そこで、固定標本をパラフィン包埋し切片を観察したところ、ノックアウト群ではcystic cavityの周囲の塩基好性の外胚葉細胞による円柱上皮の形成がほとんど見られなかった。そこで、TUNEL法によりこの切片を染色してみると、対象群では少数のアポトーシス細胞の点在が見られたが、ノックアウト群では、60%以上のembryoid bodyにおいて、中心部の空隙の近傍に集積した細胞塊にアポトーシス像が観察された。すなわち、KIF16A遺伝子の欠失によって、embryoid body中心部での外胚葉の分化に問題を生じ、空隙を裏打ちする外胚葉性の上皮組織の形成が不全であり、またアポトーシスが亢進していた。したがって、KIF16Aは初期胚の形成において、外胚葉性細胞系譜の分化および維持の重要な因子として働くと考えられた。

 以上、本論文は遺伝子ターゲティングの先端的手法を独創的に組み合わせて、マウスのES細胞の初期分化において、微小管系分子モーターであるKIF16Aタンパク質が外胚葉上皮の分化および維持に必須であることを明らかにした。本研究は分子モーターKIF16Aの初期分化におけるシグナル伝達への関与を示唆し、再生医学的な見地における分子モーターの重要性をはじめて強く明らかにしたものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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