学位論文要旨



No 120238
著者(漢字) 片山,和浩
著者(英字)
著者(カナ) カタヤマ,カズヒロ
標題(和) G2/M期進行におけるAkt依存的なWEE1Huのリン酸化とその意義
標題(洋)
報告番号 120238
報告番号 甲20238
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2387号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 助教授 俣野,哲朗
 東京大学 助教授 浅野,知一郎
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
内容要旨 要旨を表示する

 ヒト癌において頻繁に認められる癌抑制遺伝子PTENの欠失は、その下流分子であるセリン・スレオニンキナーゼAktを恒常的に活性化している。細胞増殖は細胞周期により厳密に制御されているが、恒常的に活性化したAktはG1期制御を破綻させ、癌細胞の異常増殖を促すことが知られている。しかしAktによるG1期以外の細胞周期制御についてはほとんど報告されていない。ある種の抗癌剤はAktシグナル伝達系を遮断し、増殖抑制・アポトーシス誘導を促すことが報告されており、特にエトポシド、シスプラチン、ゲルダナマイシン誘導体はAktを不活性化すると共にS期あるいはG2/M期において細胞周期を停止させる事が知られている。しかし、その分子機構は未解明であった。本研究において、これらの薬剤がG2/M期停止の指標であるCdc2のTyr15のリン酸化を亢進させる事を見出し、またAktの上流キナーゼであるPI3Kの特異的阻害剤LY294002も同様にCdc2のTyr15のリン酸化亢進を伴ったG2/M期停止を誘導する事を見出した。WEE1HuはCdc2のTyr15をリン酸化する分子であり、G2/M期停止誘導因子として知られている。そこでwee1hu遺伝子をsiRNAによりノックダウンした結果、上述の抗癌剤やLY294002により誘導されたCdc2のリン酸化体増加は認められなかった。さらに野生型PTENあるいはドミナントネガティブ型Akt発現によりCdc2のTyr15のリン酸化亢進を認めたことから、AktがWEE1Huを抑制的に制御する事が示唆された。実際にAktは細胞周期進行に伴いS期からG2期においてWEE1HuのC末端領域のSer642をリン酸化することを見出した。このリン酸化に伴うWEE1Hu活性の変化は認められなかったが、リン酸化Ser642依存的な14-3-3θの結合が確認された。一方、以前より報告されていたWEE1Huと14-3-3β/-σの結合は内在性の発現レベルでは認められなかった。その理由は細胞周期進行において14-3-3θは恒常的に発現しているのに対し、AktによってWEE1Huがリン酸化されるS期からG2期において14-3-3β/-σは発現低下する為であった。14-3-3θとの結合はWEE1Huを核から細胞質へと局在移行させ、G2/M期停止誘導因子として機能を失わせる事が確認された。以上の結果より、AktはS期からG2期においてリン酸化依存的にWEE1Huを細胞質移行・機能抑制させ、M期への進行を積極的に促進させていることが明らかになった。WEE1Huによる細胞周期進行抑制を解除する事がG2/M期遷移の初段階で重要であるが、本研究ではその分子機構について明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は細胞増殖シグナル伝達系の一つであるAktシグナル伝達系と、細胞増殖を制御している細胞周期との関連、特にほぼ未解明であったG2/M期遷移について明らかにすることを試みたものであり、下記の結果を得ている。

1, エトポシド、シスプラチン、ゲルダナマイシン誘導体17-AAGによるAktの不活性化・S期あるいはG2/M期における細胞周期停止が、WEE1Huの活性化に伴うCdc2の不活性化によるものである事を明らかにした。実際にWEE1Hu蛋白質の発現をsiRNAにより抑制した細胞では、これらの抗癌剤処理によるCdc2の不活性化は認められなかった。

2, Aktの上流キナーゼであるPI3Kの特異的阻害剤LY294002処理によっても、同様にCdc2の不活性化を伴うG2/M期停止を認めた。またwee1hu siRNA導入細胞ではLY294002によるCdc2の不活性化が認められなかった。さらに、Aktシグナル伝達系の抑制因子であるPTENやドミナントネガティブ型Akt発現細胞においてCdc2の不活性化が認められたことから、AktがWEE1Huを負に制御している可能性が示された。

3, AktによるWEE1Huのリン酸化について検討したところ、in vitro、in vivoいずれにおいてもリン酸化する事を明らかにした。また、そのリン酸化部位は、WEE1Huのpoint mutant formを用いた実験により、C末端領域に位置するSer642である事が明らかになった。このAktによるWEE1Huのリン酸化は細胞周期進行においてS期からG2期にかけて起こっている事が示された。

4, AktによるWEE1Huのリン酸化は、WEE1Hu自身のキナーゼ活性には影響しなかったものの、14-3-3θの結合促進による核から細胞質への局在移行を促している事が示された。この局在移行によりWEE1Huは機能を失い、不活性型Cdc2の減少・G2/M期遷移が認められた。

5, Aktのリン酸化部位であるSer642をアラニンに置換したS642A型WEE1Hu発現細胞では、野生型WEE1Hu発現細胞に比してG2/M期停止能が向上した。これらの細胞にLY294002を処理したところ、野生型WEE1Hu発現細胞では10%程度G2/M期停止が亢進したのに対し、S642A型WEE1Hu発現細胞ではLY294002による影響が認められなかった事から、AktによるWEE1Huのリン酸化がG2/M期遷移に重要な役割を担う事が示された。

 以上、本論文はG2/M期遷移の初段階において重要であるWEE1Huの機能抑制をAktが担っている事を明らかにした。本研究はAktシグナル伝達系による細胞周期制御において未解明であったG1期以外についても明らかにしたものであり、またG2/M期遷移機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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