No | 120244 | |
著者(漢字) | 喜名,振一郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | キナ,シンイチロウ | |
標題(和) | チロシンフォスファターゼPTPMEGの神経系における機能解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 120244 | |
報告番号 | 甲20244 | |
学位授与日 | 2005.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2393号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 病因・病理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 細胞内シグナル伝達において、タンパク質のリン酸化、脱リン酸化反応は大きな役割を担っている。癌遺伝子産物の多くがチロシンキナーゼであるという事実は、チロシンキナーゼが細胞増殖を促進するシグナル伝達を誘起することを示唆し、多くのチロシンキナーゼの機能解析が行われてきた。一方、チロシンフォスファターゼはチロシンリン酸化されたタンパク質を単に脱リン酸化するという消極的な役割を果たしているだけでなく、免疫系におけるCD45やSHP2のように、むしろ積極的にシグナル伝達に関与することが示唆され始めている。一方当研究室ではこれまでにSrc型チロシンキナーゼがシナプス可塑性やグルタミン酸受容体下流のシグナル伝達の調節を担っていることを報告してきた。その中で小脳依存性の運動学習に重要なグルタミン酸受容体delta2と相互作用する分子としてチロシンフォスファターゼPTPMEGを同定した。PTPMEGは巨核球(megakaryocyte)のcell lineからクローニングされた細胞質型チロシンフォスファターゼである。PTPMEGは様々な器官に発現しており、特に脳や精巣において発現が高い。さらに脳内では視床や小脳のプルキンエ細胞、嗅球において発現が高いことを当研究室で見出している。PTPMEGはFERMドメイン、PDZドメインをもつ細胞質型チロシンフォスファターゼファミリーに属する。FERMドメインはezrin,radixin,moesin,talinなどの細胞骨格系のタンパク質に保存してみられるドメインであり、膜貫通タンパク質と細胞骨格を繋ぐ機構を担っていると考えられている。またPDZドメインは膜タンパク質のC末端側の配列を認識し結合することが知られている。これらの構造上の特徴からPTPMEGは細胞内において細胞膜貫通タンパク質から細胞骨格系へのシグナル伝達または制御に関わる分子であることが予想される。 本研究では個体レベルでのPTPMEGの神経系における機能をシナプス構築、形成などの観点から検討するため、PTPMEG欠損マウスを発生工学の手法で作製した。 ターゲティングベクターを構築する際、PTPMEGが発現している神経細胞の軸索投射を可視化する目的でTau-LacZを開始PTPMEG遺伝子のATGコドンにインフレームで挿入した。Tauは微小管結合タンパク質であり、PTPMEGが発現する細胞でTau-LacZが発現すると、Tau-LacZが軸索における微小管に結合する。その後LacZ染色を行うと、本来PTPMEGが発現している神経細胞の投射の様子が可視化できるようになっている。 作製したマウスにおける、PTPMEGmRNA及びPTPMEGタンパク質の欠失はそれぞれ、ノザンおよびウェスタンブロットにより確認した。ヘテロマウスでのかけあわせの結果PTPMEGノックアウトマウスの出生数はメンデルの法則にほぼ一致した。現在、ノックアウトマウスは最高齢16ヶ月にいたっているが、野生型と比較して明らかな生育の異常はみとめられない。またオス、メスともに生殖可能であった。 まず神経系のLacZ染色を行い、PTPMEGノックアウトマウスにおける、神経軸索投射の異常を検討した。その結果、ノックアウトマウスにおいて、外側および内側淡蒼球に野生型においてはみられない特徴的な網目状の染色像が得られた。この染色像の違いは4週以降に顕著であった。これらの結果から、ノックアウトマウスにおいては、内側および外側淡蒼球の近辺を通過する軸索投射、たとえば視床から大脳皮質、あるいは前脳を横切る経路に異常が生じている可能性がある。あるいは、PTPMEGの発現がフィードバック的に制御されており、PTPMEGがないためにTau-LacZの発現が抑制されずに続いていると考えることもできる。 当研究室ではこれまでにPTPMEGがGluRdelta2と相互作用すること、およびin situハイブリダイゼーションにより小脳プルキンエ細胞に非常に強く発現していることを報告している。さらに今回、その小脳における発現はpostnatalな時期からadultになるにつれ高くなることを、LacZ染色、およびウェスタンブロットにより確認した。GluRdelta2ノックアウトマウスはrotarodをもちいた行動実験から、小脳依存性の運動失調を示すことが報告されている。これらのことをふまえて、PTPMEGも小脳に依存した協調運動あるいは運動学習に重要な役割を担っているのではないかと考え、行動実験を行った。まず、野生型及び、PTPMEGノックアウトマウスの行動量を比較したところ有為な差はみとめられなかった。また座骨神経や筋肉、脊椎のHE染色標本を作製したが、ノックアウトマウスにはこれらの組織に形態学的な異常は確認されなかった。さらに、wire-hungの実験により握力を比較したところ、ノックアウトマウスの握力は正常であった。これらのことより、PTPMEGノックアウトマウスは基本的な運動能力については正常であると想定された。次に小脳依存性の行動を観察するため、rotarod実験を行った。PTPMEGノックアウトマウス、野生型ともに回を重ねるにつれ、回転しているrodの上にのっていられる時間は増えていった。ところがPTPMEGノックアウトマウスでは野生型と比較してrod上にのっていられる時間が有為に短いことがわかった(p<0.01)。しかし、トライアル1回目では野生型及びノックアウトマウスの成績に有為な違いは認められなかった。これらのことよりPTPMEGノックアウトマウスのrotarod実験における成績の低下は、運動失調というよりは、むしろ運動学習の異常に由来することが強く示唆された。そこでPTPMEGが強く発現しているプルキンエ細胞の構造を抗Calbindin抗体を用いた免疫染色により比較した。その結果、ノックアウトマウスでは野生型と比較してプルキンエ細胞の構造に、なんら著しい違いはみとめられなかった。 続いて野生型およびPTPMEGノックアウトマウスを用いて、プルキンエ細胞の電気生理学的な解析を行った。プルキンエ細胞への興奮性入力を中心に解析した。まずシナプス前終末からの伝達物質放出を反映すると考えられている登上線維の Paired-pulse depression、平行線維のPaired-pulse facilitationを測定した。その結果ノックアウトマウスと野生型で違いはみられず、ノックアウトマウスにおいて、プレシナプスの機能は正常であることが分かった。次いで電気的特性から容量成分や抵抗成分の値を求めた。小脳のスライスから計測した両者の値に有為差はみとめられなかった。さらに立ち上がり係数や、減衰の時定数などのkineticsも異常はみられず、登上線維からプルキンエ細胞への多重支配も起こっていなかった。これらをまとめるとPTPMEGノックアウトマウスにおいては、登上線維および平行線維からプルキンエ細胞へのシナプスの基本的性質は正常であることが分かった。以上より、PTPMEGは小脳の発達ではなく、むしろ発達後の機能に重要であると推定された。さらにPTPMEGは、海馬においても発現がみられる。そこで海馬依存性の行動学習をfear conditioning実験により検討した。その結果、ノックアウトマウスは、海馬依存性の行動学習で異常がみられた。 本研究ではPTPMEGノックアウトマウスを作製し、その解析を行った。 今回、PTPMEGが運動学習に関わっていることを見出したことは、このフォスファターゼの役割や、小脳における運動学習のメカニズムを解明するうえで非常に重要であると考えられる。これまでは運動学習に関わるシグナル経路としては小脳において、PKCがGluR2のセリン残基をリン酸化することなどは知られてきているが、本研究によってチロシンリン酸化を伴うシグナル伝達も必須であることが、初めて示唆された。またPTPMEGは、GluRdelta2と相互作用する分子として同定された分子である。GluRdelta2は、ノックアウトマウスが運動失調を示すなど重篤な異常がみられるにも関わらず、その機能や下流のシグナルに関してはほとんど分かっていない。今後は、GluRdelta2の数少ない有力な下流分子の一つであり、かつ興味深いGluR2とPTPMEGとの関わりなどの観点からの展開を図りたい。 | |
審査要旨 | 本研究は、未だのその機能がほとんど解明されていないチロシンフォスファターゼPTPMEGの個体レベルでの機能解析を試みており、PTPMEGノックアウトマウスを作製し、神経系における解析を行った結果、下記の結果を得ている。 1.PTPMEGのlocusにTau-LacZをノックインしたコンストラクトでターゲティングベクターを設計し、ノックアウトマウスを作製している。ヘテロマウス同士のかけあわせではメンデルの法則にしたがって子供は出生しており、ノックアウトマウスはオス、メスともに交配可能であった。さらにノックアウトマウスは最高齢16ヶ月に達しており、その時期までに野生型と比較して著しい発達の異常というのは観察されていない。 2.PTPMEGの小脳における発現をヘテロマウスに対するLacZ染色により観察したところ、小脳プルキンエ細胞において成長するにつれ発現が高まることが示された。さらにPTPMEGに対する抗体を作製して小脳におけるPTPMEGの時期依存的発現をタンパクレベルで観察したところ、PTPMEGはタンパクレベルでも成長していくにつれ発現が高まっていくことが分かった。またさらに、PTPMEGに対する抗体を用いて野生型とノックアウトマウスの小脳のlysateに対してウェスタンブロットを行ったところ、ノックアウトマウスにおいてはPTPMEGの全長よりも低分子量側においても複数のバンドが消失することが確認でき、PTPMEGは小脳において部分断片の形でも存在していることが示された。 3.PTPMEGノックアウトマウスの小脳プルキンエ細胞への興奮性入力の基本的性質を調べている。登上線維からプルキンエ細胞への多重支配はおきていなかった。またプルキンエ細胞に発現しているAMPAレセプターのkineticsやコンダクタンスも正常であり、プレシナプスからの伝達物質の放出を反映するPPFやPPDも正常であった。さらにキャパシタンスやレジスタンスの値も正常であった。抗カルバインジン抗体を用いた免疫染色の結果、小脳プルキンエ細胞の形態も異常はなかった。これらの結果はPTPMEGノックアウトマウスにおいて発達段階は正常に進行したことが示された。 4.PTPMEGノックアウトマウスに対して小脳依存性の行動実験をほどこし、rotarodおよび、eyeblink conditioning実験の両方においてノックアウトマウスでは野生型と比較して成績が低下していることが示された。これによりPTPMEGが小脳依存性の運動学習に関わる分子であることが示された。 5.小脳におけるチロシンリン酸化の割合を抗リン酸化チロシン抗体である4G10を用いて野生型とノックアウトマウスで比較したところ、ノックアウトマウスにおいて73kDa付近のタンパクのチロシンリン酸化の割合が著しく増大していることが示された。ノックアウトマウスにおいてチロシンリン酸化の割合が上昇していることからPTPMEGの小脳においてはこの73kDaのタンパクが基質の一つである可能性が示された。 6.ノックアウトマウスにおいて海馬や扁桃体依存牲の行動実験であるfear conditionillg実験を行ったところ、海馬依存性の行動実験において成績が上昇していた。扁桃体依存性の行動実験は正常であった。 7.PTPMEGノックアウトマウスでは、Tau-LacZをノックインしたコンストラクトでターゲティングベクターを作製していることを利用して、LacZ染色を行い、視床から大脳皮質への投射の様子を観察している。その結果、ノックアウトマウスでは視床から大脳皮質への投射に異常が出ている可能性が示された。 以上、本論文はノックアウトマウスを使った解析からチロシンフォスファターゼPTPMEGが小脳において運動学習に関わっていることを示した。本研究はこれまでその機能がほとんど分かっていなかったPTPMEGの機能を明らかにしたものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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