学位論文要旨



No 120245
著者(漢字) 奈良橋,俊子
著者(英字)
著者(カナ) ナラハシ,トシコ
標題(和) 肺腺癌におけるp53ファミリー遺伝子の臨床病理学的及び分子病理学的検討
標題(洋)
報告番号 120245
報告番号 甲20245
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2394号
研究科 医学系研究科
専攻 病因病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 助教授 中島,淳
 東京大学 助教授 滝澤,始
 東京大学 助教授 大橋,健一
 東京大学 講師 高岡,晃教
内容要旨 要旨を表示する

 我が国の1998年の肺癌による死亡数は、全悪性腫瘍死の約18%を占め,人口10万人に対する死亡率は、男性60.2、女性21.9である.死亡率を1950年と1998年で比較すると増加の一途をたどり,2010年には肺癌死亡数は10万人を越えると予想されている.また1993年からは肺癌は胃癌を抜き,男性の癌死亡率の第一位となり,女性では胃癌に次いで第二位となっている.肺癌の5年生存率は約25-30%であり,他の癌腫に比し,明らかに予後不良である.

 非小細胞肺癌は、全肺癌のうち80〜85%を占めている。非小細胞肺癌の特徴として、小細胞癌と比べると進行が遅く、化学療法や放射線療法に対する反応が不十分である。したがって、腫瘍が限局している時期では、外科的切除が第一選択となるが、治療成績は胃癌など他の癌腫に比べると大きく劣っており、生存率向上のためにもさらなる分子生物学的研究が期待されている.

 p53は,ヒト癌において最も高頻度(50%)に遺伝子変異が検出されている癌抑制遺伝子である.さらに臨床的にも,p53の異常は癌の悪性度や予後に関わっており,p53の機能を解明することは癌の診断,治療の上でも重要と考えられ研究されてきた.一方,長い間p53にはファミリーが知られていなかったが,1997年から相次いで2つのファミリー遺伝子p73,p63が同定された.p73,p63はp53と構造的類似性は高いものの,ヒト癌における遺伝子変異の頻度は低く,生体内での役割はp53とは異なることが予想されていた.p53ファミリー遺伝子であるp73,p63はp53と共に相互に補完しあい,状況により相反しつつ,totalとしてcellapoptosis,cell survivalを制御しているのではないかと想定されている.これらの相互関係を少しでも紐解ければ,診断だけでなく,ひいては化学療法など治療にも貢献し,予後の改善にも寄与できる可能性もある.そこで今回,癌抑制遺伝子の候補遺伝子であるp73とp63の肺腺癌における臨床病理学的及び分子病理学的特徴を検索した.

p73免疫組織化学的検索と予後

 今日まで、肺癌におけるp73遺伝子発現に関しては限られたデータしか得られていない.p73の発現の変化が腫瘍の形成、進展に関係しているのか、あるいは臨床病理学的特徴や患者生存率と相関があるのかは未だわかっていない.この研究で、我々は95例の肺腺癌のp73の発現を免疫組織学的に分析し、様々な臨床病理学的指標と結果を関連づけることによりこの問題を明らかにしようと試みた.

 1977-1990年の間に東京都立駒込病院にて切除された95例の原発性肺腺癌(直径3cm以下)を検索した.患者は男女比56:39、年齢32-89歳(平均年齢60.3歳)であった.観察期間は1-162ヶ月で、平均観察期間は65.8ヶ月であった。StageI48例(StageIA27例,StageIB21例),StageII7例(StageIIA1例,StageIIB6例),StageIII39例(StageIIIA24例,StageIIIB15例),StageIV1例であった.

 始めに3つの市販されている抗体の性能を比較した.Neomarkersの抗体を使用すると最も良い結果が得られた.しかし、このモノクローナル抗体は3つの異なったクローンの混合物であり、一部に共染も見られたのでそれぞれの3つのクローン(ER-13,ER-15,GC-15)について試すと、クローンGC-15は背景の染色が最も少なく、最も良い染色結果を得られることがわかり,これを選択し,免疫組織化学的検索を行った.

 免疫組織化学的検索により95例中63例(66.3%)においてp73の発現は陽性でありp73陽性例は有意に予後良好であった.特に高齢者群において,著明に予後が良好であった.統計学的にもp73は有意な予後良好因子であることがわかった.

p73免疫組織化学的解析とLOH,methylaion analysisの相関

 肺腺癌におけるp73のLOH,ならびにプロモーター領域の異常メチル化を検討し、各種臨床因子との関連を調べ、肺腺癌におけるp73の不活化のメカニズムを明らかにするために、我々はp73免疫組織化学的解析とLOH,methylaion analysisの相関を検索することとした

 1999-2003年の間に東京大学医学部付属病院呼吸器外科にて切除された症例のうち原発性肺腺癌43例(直径1.1-11cm,平均3.7cm)を無作為に抽出し,検索した.患者は男女比32:11、年齢38-81歳(平均年齢62.7歳)であった.StageI26例(StageIA10例,StageIB16例),StageII4例(StageIIA1例,StageIIB3例),StageIII13例(StageIIIA7例,StageIIIB6例),StageIV0例であった.

 レーザーマイクロダイセクション顕微鏡(Leica Microsystems,Japan)を使用して細胞を収集しDNA抽出を施行した.

 LOHを評価するために、p73と共に染色体1p36に位置し,p73の遠位にあるDIS243,近位にあるDIS468という2つのマイクロサテライトマーカーを選択し,検索した.対象症例43例のうちLOH検索でinformativeであった症例と肺非小細胞癌14細胞株,その他3細胞株についてもMethylation Specific Polymerase Chain Reactionを検索した.

 培養細胞(NHBE,SAEC,HaCat),肺非小細胞癌11細胞株,p73αtransfected-H1299,p73βtransfected-H1299,肺小細胞癌細胞株Lu130,乳癌細胞株MCF-7からの全抽出物を記載に準じてWestern blotting用に調整し,これを用い施行した.

 p73とその近傍のマイクロサテライトマーカーに高率にLOHを認めた.またMSPによりプロモーターのメチル化を有する症例は検出できなかった.p73免疫組織化学的検索では43例中22例(51.1%)が陽性を示した.p73免疫反応性は年齢(65歳以上,65歳未満)(P=0.0480),組織学的分化度(P=0.0028),腫瘍径(P=0.0035)と相関を示した.また,65歳以上症例群では,病理学的ステージ(P=0.0122),腫瘍径(P=0.0022)ともそれぞれ相関を示した.さらに,高齢者群では,組織学的分化度に依存してp73の発現が失われやすい傾向が見られた.Western blottingの結果,p73α,p73βをtransfectionしたH1299と共に培養細胞HaCat,SAEC,肺小細胞癌細胞株Lu130でp73の発現を認めた.

p63免疫組織化学的解析と予後

 これまでのところ初期の肺腺癌において、免疫反応性に関する臨床病理学的相関や予後的意義のデータで広く受け入れられているものはない.今回の研究で、我々は95例の肺腺癌をp63の発現で免疫組織学的にこの問題を分析し、その結果を様々な臨床病理学的因子と関連づけることでこの問題を明らかにしようと試みた.

 対象は第二章と同一であり,免疫組織化学的染色には既知の6isoformを認識する抗ヒトp63蛋白マウスモノクローナル抗体(4A4,Santa Cruz,USA)を用いた.

 培養細胞(NHBE,SAEC,HaCat),肺非小細胞癌11細胞株,乳癌細胞株からの全抽出物をp73と同様にWestern blotting用に調整し,施行した.HLC-1,H1648に関しては核と細胞質の分離し,核,細胞質それぞれをwestern blottingに用いた.

 免疫組織学的検索の結果,92例中46例(50%)で核に陽性であった.また細胞質にp63が発現している症例が92例中47例(51%)あった.p63細胞質陽性例は有意に予後不良であった.統計学的にもp63は有意な予後不良因子であることがわかった.p63核・細胞質陽性例はそれ以外の症例に比し有意に予後不良であり,しかも著明であった.Westeren blottingにより,細胞質にp63が発現していることが証明された.

 肺腺癌においてp73は癌抑制遺伝子としてp63は癌遺伝子として機能していることが示唆される.p73,p63それぞれの核における発現は,p53の発現と有意に相関を示しており,また機序は不明であるがp63が核・細胞質共に陽性を示す例では著明に予後不良であることを考慮すると,p53ファミリー遺伝子間の複雑な相互関係の一端を覗いていると考えられる.蛋白やmRNAレベルでの発現,遺伝子増幅の有無など,さらなる分子病理学的検索により,遺伝子相互間の関係の探索が必要である.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は,p53と共に相互にtotalとしてcellapoptosis,cellsurvivalを制御しているのではないかと想定されているp53ファミリー遺伝子であり,癌抑制候補遺伝子である.p73,p63について,肺腺癌を対象として臨床病理学的,分子病理学的検討を行ったものであり,下記の結果を得ている.

(1)免疫組織化学的検索によるp73陽性例は有意に予後良好であった.特に高齢者群において,著明に予後が良好であった.統計学的にもp73は有意な予後良好因子であることがわかった.p73が癌抑制遺伝子として機能していることが示唆された.

(2)p73とその近傍のマイクロサテライトマーカーに高率にLOHを認め,この領域に癌抑制遺伝子の存在が示唆された.またMSPによりプロモーターのメチル化を有する症例は検出できなかった.免疫組織化学的検索と併せて考察すると,p73の発現喪失にはプロモーターのメチル化よりもLOHのほうがより影響を与えていると考えられる.さらに,高齢者群では,組織学的分化度に依存してp73の発現が失われやすい傾向が見られたので,プロモーターのメチル化以外の年齢依存性の要因の関与も推測される.

(3)免疫組織学的検索の結果,p63細胞質陽性例は有意に予後不良であった.統計学的にもp63は有意な予後不良因子であることがわかった.p63核・細胞質陽性例はそれ以外の症例に比し有意に予後不良であり,しかも著明であった.Westeren blottingにより,細胞質にp63が発現していることが証明された.細胞質内のp63が癌の悪性度と何らかの関連性を持つ可能性が示唆された.

 以上より,本論文では肺腺癌においてp73は癌抑制遺伝子としての働きを持つことが示唆され,p73の発現の喪失に関し年齢依存性の要因が考えられ,またp63が細胞質に存在することを初めて証明し,細胞質のp63が癌の悪性度と何らかの関連性を持つことが示唆された.本研究はp53ファミリー遺伝子の複雑な相互関係の解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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