学位論文要旨



No 120246
著者(漢字) 松岡,勇二郎
著者(英字)
著者(カナ) マツオカ,ユウジロウ
標題(和) 胸腺腫の臨床病理学的検討 : WHO組織分類,tissue microarrayによる免疫組織化学染色を中心に
標題(洋)
報告番号 120246
報告番号 甲20246
学位授与日 2005.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2395号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 古川,洋一
 東京大学 助教授 中島,淳
 東京大学 助教授 青木,茂樹
 東京大学 助教授 俣野,哲朗
内容要旨 要旨を表示する

 胸腺腫は胸腺の上皮細胞から発生する腫瘍で,前縦隔では最も頻度が高い.重症筋無力症myasthenia gravis(以下MG)や赤芽球瘍pure red cell aplasia(以下PRCA)等の自己免疫疾患の合併や組織の多様性,良性から悪性まで含む特殊な腫瘍である.胸腺腫の一部は,病理組織学的には良性にも関わらず浸潤,転移を生じ,臨床的に悪性であることがあり,周囲への浸潤,転移で分類したMasaokaらの病期分類(以下正岡分類)が広く用いられている.

 胸腺腫の組織分類は今まで幾つか報告され,多少の混乱がみられた.1976年,Rosaiらが胸腺腫を胸腺の上皮性腫瘍に限定し,浸潤がなく被膜で覆われた良性胸腺腫と,浸潤性の悪性胸腺腫に二分し,腫瘍細胞の形態と,リンパ球の程度で表記した.更に,悪性胸腺腫を細胞学的に異型のない胸腺腫(悪性胸腺腫,categoryI)と異型のある胸腺癌(悪性胸腺腫,categoryII)に区分した.また1997年Shimosatoらがリンパ球と上皮性腫瘍細胞との比,腫瘍細胞の形態,細胞異型からなる分類も報告した(以下Shi分類).これらの形態分類とは異なり,1985年,Muller-Hermelinkらは胸腺腫を正常胸腺の皮質もしくは髄質の類似性よりmedullary,mixed,predominantly cortical,cortical thymomaに分類し,後にwell-differentiated thymiccarcinomaという概念を追加した機能分類を提唱した(以下M-H分類).Rosaiらの米国の形態分類と,M-H分類である欧州の機能分類とに分かれ,相互比較が困難な状況となっていた.そこで共通の分類として1999年World Health Organizationより胸腺腫瘍の組織分類(以下WHO分類)が作成された.胸腺上皮性腫瘍は上皮性腫瘍細胞の形態とリンパ球と上皮細胞との割合よりA型,AB型,B1型,B2型,B3型,C型の六つに分類され,それぞれがM-H分類にも対応する.A型は紡錘形の上皮性腫瘍細胞からなり,B型は多角の上皮性腫瘍細胞からなる.両者の混在するものがAB型である.B型はリンパ球の多いものからB1型,B2型,B3型に分類される.C型は胸腺癌に相当する.WHO分類の臨床的有用性等について既に幾つかの報告があるが,多症例を解析したものは未だ限られている.また各型の頻度や予後,B3型の位置づけなどについて報告者によって多少の違いがみられる.

 1994年,Hishima,Fukayamaらは抗CD5抗体が胸腺癌および一部の胸腺腫で特異的に染色されることを報告し,胸腺腫と胸腺癌との区別,胸腺癌と肺や食道などの扁平上皮癌との鑑別に役立つことが知られている.Strobelらは多発性肝転移を伴うc-Kit強陽性の胸腺癌でイマチニブが著効した症例を報告している.種種の抗体が試されているが,CD5に相当するような有用な他の抗体は少なく,また抗体によっては十分な症例数で検討されていない.形態のみでは時に区別の難しいB3型とC型,A型との違いや,B3型の位置づけ,病期,MG合併,予後等を反映する分子マーカーの検討も十分ではない.1998年,Kononenらによって組織マイクロアレイtissue microarray(以下TMA)が紹介された.TMAはパラフィン包埋された組織から径0.6〜2mmの細い円柱状の組織を採取し,新しいパラフィンブロックに包埋し直す方法である.この方法は一つのプレパラートに最大1000個の組織片を並べることが可能で,多数の症例を一度に染色することが出来る.TMAによって多くの検体を用いての新しいマーカーの検討が以前と比べ容易となった.

 今回,以上のことを踏まえ,以下のことを行った.

胸腺上皮性腫瘍に関して

1)WHO分類について以下のことを検討し,臨床的有用性を調べる.

・WHO分類の再現性,他の組織分類との比較

・WHO分類の各型の頻度

・WHO分類と臨床的特徴との関係

・WHO分類と予後

2)TMAを用いた免疫組織化学染色を施行し,以下の項目について検討する.

・WHO分類(B3型とC型,A型の違い等),臨床的特徴(病期やMG合併,予後など)を反映する分子マーカーの同定

・胸腺癌(C型胸腺腫)と食道癌,肺扁平上皮癌との差異,鑑引となる分子マーカーの検討

 対象:1966年から2002年の東京大学医学部附属病院135例と,1983年から2002年の東京都立駒込病院62例の胸腺腫,胸腺癌197例で,男111例,女86例(男/女1.29),年齢15歳〜78歳(平均51.7歳)であった.

 WHO分類の再現性,他の組織分類との比較:同一症例についてWHO分類とShi分類を用いて,胸腺上皮性腫瘍40例を二名の一般若手病理医が別々に連続して診断し,判定者間の一致を検討した.Shi分類の場合,組織別はかなりの一致(κ=0.63),細胞別は中等度の一致(κ=0.48)であったが,細胞異型別は僅かな一致(κ=0.19)にとどまった.WHO分類では中等度の一致(κ=0.52)で,ほぼ良好な結果であり,再現性があると考えられる.またWHO分類の型はA〜C型の6種類のみであり,Shi分類の多様な組み合わせ(二人の医師で20種類)と比べると,簡便である.

 WHO分類の各型の頻度:全例分類可能で,A型6例(3.0%),AB型40例(20.3%),B1型42例(21.3%),B2型64例(32.5%),B3型23例(11.7%),C型22例(11.2%)であった.C型はすべて非角化型類表皮癌(扁平上皮癌)であった.

 WHO分類と臨床的特徴との関係:正岡分類はI期74例(37.6%),II期62例(31.5%),III期28例(14.2%),IVa期20例(10.2%),IVb期13例(6.6%)であった.III,IV期の割合はA型0例,AB型0例,B1型6例(14.3%),B2型19例(29.7%),B3型15例(65.2%),C型21例(95.4%)となり,C型になるほど頻度が高かった.MG合併は58例(29.4%)で,A型0例,AB型7例(17.5%),B1型14例(30.4%),B2型31例(48.4%),B3型5例(21.7%),C型1例(4.5%)で,有意な偏りがあった(p=0.0002).その他に術後MGを4例(2.9%)(AB型2例,B2型1例,B3型1例)を認めた.PRCA合併はAB型2例(1例MG合併),B1型2例,B3型1例の5例(2.5%)であった.男女比や年令は各型で有意な差はなかった.

 WHO分類と予後:腫瘍死は26例でA型0例,AB型1例,B1型3例,B2型5例,B3型3例,C型14例,また病期はI期2例,II期5例,III期7例,IVa期5例,IVb期7例であった.C型になるほど予後不良で,C型とAおよびAB型,B1型,B2型,B3型との間(いずれもp<0.0001),そしてB3型とAおよびAB型との間(p=0.0026)で生存率に有意差があった.正岡分類でも病期が進む程,生存率が低く,III期とI期(p<0.0001),II期(p=0.0005)との間,IV期とI期(p<0.0001),II期(p<0.0001)との間で有意差があった.MG合併や性,年令(52歳までの群と53歳以上の群)では有意差を認めなかった.多変量解析ではWHO分類(p=0.0066)や年令(高齢者群で予後不良)(p=0.0292)で有意差がみられたが,正岡分類では有意な係数は得られなかった(p=0.2525).

 TMAを用いた免疫組織化学染色:TMAを用いて胸腺上皮性腫瘍133例で33種類の抗体による免疫組織化学染色(以下免染)を施行した.c-Kitやβ-Catenin,MMP-2,p63,Bc1-2,Cytokeratin(以下CK)5/6,CK19,CD5などの抗体で,WHO分類で陽性率に有意な偏りがみられた(p<0.05).c-KitやCD5ではC型の陽性率が高く,CK5/6,CK19ではB3型が高く,有意差を認め,両者の鑑別に有用である.またMMP-2はC型での発現が低く,B2型,B3型で高い値を示した.β-Catenin,p63ではAB型,B1型で発現が低い傾向がみられた.Bcl-2はC型の発現が高かったが,B3型でも陽性がみられた.またB3型とA型間ではB3型でβ-cateninが,A型でCD15が有意に高発現であった.更に正岡分類ではc-KitやVEGF,Bcl-2,CD5で有意差がみられた(p<0.05).C型を除いたA型〜B3型胸腺腫ではBc1-2やVEGF,MMP-2,CK5/6で有意差があり,これらの抗体は進行度と関連すると考えられる.MG合併症例にはCK5/6,CK19陽性率が有意に高く,C型を除いた胸腺腫でも有意差がみられた.多変量解析では有意差が認められなかったが,c-Kit(p=0.0207)やBc1-2(p=0.0243),CD5(p=0.0114)の陽性例は陰性例と比べ予後不良であった.B3型のみ,もしくはC型のみで生存率に有意差が生じる分子マーカーは無かった.

 食道癌,肺扁平上皮癌との比較:食道扁平上皮癌24例,肺扁平上皮癌24例にもTMAを用いて同様に免染を施行し,胸腺癌(C型胸腺腫)の結果と比較した.c-KitやBc1-2,CD5は胸腺癌で陽性,食道癌,肺癌で陰性が多く,逆にCD44やp53は胸腺癌で陰性,食道癌,肺癌で陽性が多かった.有意差がみられ(p<0.05),これらの抗体は鑑引診断に有用である.

 以上,197例の胸腺上皮性腫瘍(胸腺腫,胸腺癌)についてWHO分類,TMAを用いた免染を中心に臨床病理学的検討を行い,以下のようなことがわかった.

1)WHO分類は予後因子の一つであり,臨床上有用と考えられる.

・WHO分類は再現性があり,簡便である.

・全例で分類可能であり,A型が少なく,B2型が最も多かった.C型はすべて非角化型類表皮癌であった.

・組織間で病期に有意差があり,B3型,C型になるほど進行していた.MG合併の頻度にも有意差があり,A型,C型で少なく,B2型で多かった.

・A型で腫瘍死は無く,腫瘍死の半数以上がC型であった.C型とその他の型との間,B3型とAおよびAB型との間で生存率に有意差を認め,多変量解析でもWHO分類は独立した因子であった.

・B3型は予後やMG合併など臨床的にもC型等とは異なる組織型であることがわかった.

2)更にTMAを用いた免染で以下のことが示された.

・B3型とC型間でCK5/6,CK19がB3型で,c-KitやCD5がC型で陽性率が有意に高かった.またB3型とA型間ではβ-cateninがB3型で,CD15がA型で有意に高発現であり,これらの分子マーカーは組織型の診断,区別の参考となる.B3型は免疫組織化学的にもC型などの他の組織型とは異なることが示された.

・Bc1-2やCK5/6,VEGF,MMP-2は病期と関連した.

・CK5/6,CK19はMG合併例で高発現した.

・各組織型内での差はなかったが,c-KitやCD5,Bc1-2の陽性例は予後不良であった.

・c-KitやCD5,Bc1-2はC型胸腺腫(胸腺癌)で陽性,CD44やp53は食道癌,肺扁平上皮癌で陽性であり,これらは鑑別診断に有用である.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は前縦隔で最も頻度が高く,重症筋無力症(MG)などの自己免疫性疾患を合併する胸腺上皮性腫瘍(胸腺腫,胸腺癌)についてWHO組織分類(A型,AB型,B1型,B2型,B3型,C型)と臨床的特徴との関係,その有用性の評価,また診断や鑑別,予後等に関与する分子マーカーを探るため,多数の胸腺上皮性腫瘍症例でWHO組織分類,組織マイクロアレイ(TMA)による免疫組織化学染色を中心に臨床病理学的検討を行い,下記の結果を得ている.

1.胸腺上皮性腫瘍40例についてWHO組織分類と他の組織分類を用いて二人の病理医が別々に連続して診断し,一致率をみた.WHO組織分類はほぼ良好な一致率を示し再現性があり,他の分類と比べ簡便であることが確認できた.

2.上記の結果を受け,胸腺上皮性腫瘍197例についてWHO組織分類を用いて分類した.全例が分類可能であり,A型が少なく,B2型が最も多かった.C型はすべて非角化型類表皮癌であった.組織間で病期に有意差があり,B3型,C型になるほど進行していた.MG合併の頻度はA型,C型で少なく,B2型で多く,有意差がみられた.A型で腫瘍死は無く,腫瘍死の半数以上がC型であった.C型とその他の型との間,B3型とAおよびAB型との間で生存率に有意差を認め,多変量解析でもWHO組織分類は独立した因子であった.WHO組織分類は以上の特徴を有し,臨床上有用である事が示された.B3型は予後やMG合併など臨床的にもC型等とは異なる組織型であることがわかった.

3.TMAによる33種類の抗体を用いた免疫組織化学染色を胸腺上皮性腫瘍133例で施行した.B3型とC型との間ではCK5/6,CK19がB3型で,c-KitやcD5がC型で陽性率が有意に高かった.またB3型とA型ではβ-cateninがB3型で,CD15がA型で有意に高発現であり,以上の分子マーカーは組織型の診断,区別の参考となることがわかった.B3型は免疫組織化学的にもC型などの他の組織型とは異なることが示された.Bc1-2やCK5/6,VEGF,MMP-2は病期と関連し,CK5/6やCK19はMG合併例で高発現していた.各組織型内での有意差はなかったが,c-KitやCD5,Bc1-2の陽性例は予後不良であった.

4.胸腺癌(C型胸腺腫)との鑑別が問題となる食道,肺の扁平上皮癌に対してもTMAを用いた免疫組織化学染色を行い,胸腺癌の結果と比較した.c-KitやCD5,Bc1-2は胸腺癌で,CD44やp53は食道癌,肺扁平上皮癌で有意に陽性であり,これらの分子マーカーが鑑別診断に有用であることが示された.

 以上,本論文は胸腺上皮性腫瘍(胸腺腫,胸腺癌)でのWHO組織分類と臨床特徴,予後などの検討,TMAを用いた免疫組織化学染色から,WHO組織分類の有用性や,予後等に関連する分子マーカーを明らかにした.本研究はこれまで充分に検討されたとは言えなかった胸腺上皮性腫瘍のWHO組織分類の特徴や有用性,分子マーカーの探究に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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